University of Virginia Library

 その日の午後、私たちは水の冷たい 梓川 あずさがは の流を徒渉した。

 川を埋め残した森林の上には、飛騨信濃境の山々が、――殊にうす雲つた穂高山が、 ※※ さんぐわん

[_]
[6]
と私たちを見下してゐた。私は水を渡りながら、ふと東京の或茶屋を思ひ出した。その軒に懸つてゐる岐阜提灯も、ありありと眼に見えるやうな気がした。しかし私を繞つてゐるものは、人煙を絶つた谿谷であつた。私は妙な矛盾の感じを頭一ぱいに持ちながら、無愛想な案内者の尻について、漸く対岸を蔽つてゐる熊笹の中へ辿り着いた。

 対岸には大きな 山毛欅 ぶな もみ が、うす暗く 森々 しんしん と聳えてゐた。稀に熊笹が まばら になると、 雁皮 がんぴ らしい花が赤く咲いた、湿気の多い草の間に、放牧の牛馬の足跡が見えた。

 程なく一軒の板葺の小屋が、熊笹の中から現れて来た。これが 小島 こじま 烏水 うすい 氏以来、屡槍ヶ嶽の登山者が一宿する、名高い 嘉門治 かもんじ の小屋であつた。

 案内者は小屋の戸を開けると、背負つてゐた荷物を其処へ下した。小屋の中には大きな囲爐裡が、寂しい灰の色を拡げてゐた。案内者はその天井に懸けてあつた、長い釣竿を取り下してから、私一人を後に残して、夕飯の肴に供すべく、梓川の 山女 やまめ を釣りに行つた。

 私は蓙や雑嚢を捨てて暫く小屋の前をぶらついてゐた。すると熊笹の中から、大きな黒斑らの牛が一匹、のそのそ側へやつて来た。私は稍不安になつて小屋の戸口へ退却した。牛は うる

[_]
[7]
んだ眼を挙げて、
[_]
[8]じつと
私の顔を眺めた。それから首を横に振つて、もう一度熊笹の中へ引き返した。私はその牛の姿に愛と嫌悪とを同時に感じながら、ぼんやり巻煙草に火をつけた……

 曇天の夕焼が消えかかつた時、私たちは囲爐裡の火を囲んで、竹串に あぶ つた 山女 やまめ を肴に、鍋で炊いた飯を貪り食つた。それから毛布に寒気を凌いで、白樺の皮を巻いて造つた、原始的な燈火をともしながら、夜が戸の外に下つた後も、いろいろ山の事を話し合つた。

 白樺の火と ほた の火と、――この明暗二種の火の光は、既に燈火の文明の消長を語るものであつた。私は小屋の板壁に、濃淡二つの私の影が動いてゐるのを眺めながら、山の話の途切れた時には、今更のやうに原始時代の日本民族の生活なぞを想像せずにはゐられなかつた。……