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二 東日記

 あづまにてすむ所は、月影のやつとぞいふなる。浦ちかき山もとにて風いとあらし。山寺のかたはらなれば、のどかに、すごくて、浪のおと、松の風たえず。

 みやこのおとづれは、いつしかおぼつかなきほどにしも、宇津の山にて行きあひたりし山伏のたよりにことづて申したりし人の御もとより、たしかなる便につけて、ありし御返事とおぼしくて、

たびごろもなみだをそへてうつの山
しぐれぬひまもさぞしぐれけむ

ゆくりなくあくがれいでしいざよひの
月やおくれぬかたみなるべき

みやこをいでし事は、神無月十六日なりしかば、いさよふ月を、おぼしわすれざりけるにや、いとやさしく、あはれにて、たゞこの御返事ばかりをぞ又きこゆる。

めぐりあふすゑをぞたのむゆくりなく
空にうかれしいさよひの月

 前の右兵衞の督爲教君のむすめ、歌よむ人にて、たび%\勅撰にも入り給へりし大宮の院の中納言ときこゆる人、歌の事ゆゑ、あさゆふ申しなれしかばにや、道の程のおぼつかなさなど、おとづれ給へる文に、

はる%\とおもひこそやれ旅ごろも
なみだしぐるゝ袖やいかにと

返し

おもへたゞ露もしぐれもひとつにて
山ぢわけこし袖のしづくを

 この御せうと、中將爲兼の君も、おなじさまに、おぼつかなさなど書きて、

ふるさとはしぐれにたちし旅衣
雪にやいとゞさえまさるらん

返し

たびごろも浦風さえて神無月
しぐるゝ雲に雪ぞふりそふ

 式乾門院のみくしげどのときこゆるは、久我の太政大臣の御むすめ、これも續後撰より、うちつゞき、二たび三たびの集にも、家々のうちぎきにも歌あまた入り給へる人なれば、御名もかくれなくこそは。いまは安嘉門院に、御方とてさぶらひ給ふ。あづまぢ思ひたちし、あすとて、まかり申しのよしに、北白河殿へまゐりたりしかど、みくしげどのは見えさせ給はざりしかば、今夜ばかりのいでたち、物さわがしくて、かくとだにきこえあへず、いそぎ出でにしも、心にかゝり給ひて、たよりにおとづれきこゆ。草の枕ながら年さへくれぬる心ぼそさ、雪のひまなさなど、かきあつめて、

きえかへりながむる空もかきくれて
ほどは雲井ぞ雪のなりゆく

などきこえたりしを、たちかへり、その御返事あり。

たよりあらばと、心にかけまゐらせさぶらひつるを、けふしはすの二十二日、御文まちえて、めづらしく、うれしさ、まづなにごとも、こまかに申したく候ふに、こよひの御方たがへの行幸、この御所へとて、世の中まぎるゝほどにて、思ふばかりもいかゞと本意なくこそ。御旅あすとて、御參り候ひける日しも、峯殿の紅葉見にとて、わかき人々さそひ候ひしほどに、のちにこそ、かゝる御事どもきこえ候ひしか。などや、かくとも御たづね候はざりし。
ひとかたに袖やぬれましたび衣
たつ日をきかぬうらみなりせば

さてもそれより、雪になりゆくと候ひし御返事は、

かきくらし雪ふる空のながめにも
ほどは雲井にあはれをぞしる

とあれば、このたびは又、たつ日をきかぬとある御返事ばかりをぞきこゆる。

心からなにうらむらんたびごろも
たつ日をだにもしらずがほにて

 曉たよりありときゝて、夜もすがらおきゐて、みやこのふみどもかくなかに、ことにへだてなく、あはれにたのみかはしたる姉君に、をさなき人々の事など、さま%\書きやるほど、例の浪風はげしく聞ゆれば、たゞいまあるまゝの事をぞかきつけつる。

夜もすがらなみだもふみもかきあへず
いそこす風にひとりおきゐて

 又おなじさまにて、ふるさとに戀ひ忍ぶおとうとの尼上にも、ふみたてまつるとて、磯菜どものはし/\を、いさゝかつゝみて、

いたづらにめかりしほやくすさみにも
戀ひしやなれしさとのあま人

 ほどへて、このおとゞひ二人の返事あり。いとあはれにて、いそぎ見れば姉君、

玉づさを見るもなみだのかゝるかな
いそこす風はきくこゝちして

この姉君は中の院の中將といひし人のうへなり。今は三位入道とか、おなじ世ながら遠ざかりはてゝ行ひ居たる人なり。そのおとうとの君も、めかりしほやくとありし返事、さま%\書きつゞけて、人こふるなみだのうみは、みやこにも枕の下にたゝへてこそなど書きて、

もろともにめかりしほやく浦ならば
なか/\袖になみはかけじを

この人も安嘉門院にさぶらひし人なり。つゝましくする事どもを、思ひかねてひきつらねたるも、いとあはれにをかし。

 ほどなく年くれて春にもなりにけり。かすみこめたるながめのすゑいとゞしく、谷の戸はとなりなれど、鶯のはつねだにおとづれこず。思ひなれにし春の空はしのびがたく、むかし戀しきほどにしも、又みやこのたよりありとつげたる人あれば、例の所々へふみかく中に、いさよふ月とおとづれ給へりし人の御もとへ、

おぼろなる月はみやこの空ながら
まだきかざりしなみのよる/\

など、そこはかとなき事どもをきこえたりしを、たしかなる所よりつたはりて、御返事も、いたうほどへず、まち見たてまつる。

ねられじなみやこの月を身にそへて
なれぬ枕のなみのよる/\

 權中納言の君は、まぎるゝ方なく歌をのみよみ給ふ人なれば、このほど手ならひにしおきたる歌どもも書きあつめてたてまつる。海いとちかき所なれば、かひなどひろふをり/\も、名草の濱ならねばかひなき心ちしてなどかきて、

いかにしてしばしみやこをわすれがひ
なみのひまなくわれぞくだくる
しらざりし浦山風も梅がかは
みやこににたる春のあけぼの
はれくもりながめぞわぶる浦風に
かすみたゞよふ春の夜の月
あつまぢのいそ山松のたえまより
浪さへ花のおもかげにたつ
みやこ人おもひもいでばあづまぢの
はなやいかにとおとづれてまし

などや、たゞふでにまかせて、うち思ふまゝに、いそぎたるつかひとて、かきさすやうなりしを、又ほどもへず返事し給へり。ひごろのおぼつかなさも、この御ふみに、かすみはれぬる心ちしてなどあり。

たのむぞよしほひにひろふうつせがひ
かひあるなみのたちかへるよを
くらべみよかすみのうちの春の月
はれぬ心はおなじながめを
しらなみの色もひとつに散る花を
おもひやるさへおもかげにたつ
あづまぢのさくらを見ても思ひいでば
みやこの花を人やとはまし

 やよひのすゑつかた、わか/\しきわらはやみにや、日まぜにおこる事二たびになりぬ。あやしうしほれはてたる心ちしながら、三たびになるべき日の曉よりおきて、佛の御前にて、心をひとつにて、法華經八卷をよみつ。そのしるしにや、なごりもなくおちたり。をりしもみやこのたよりあれば、かゝる事こそなど、ふるさとへもつげやるついでに、例の權中納言の御もとへ、「旅の空にてたまきはるまでやとあやふきほどの心ぼそさも、さすがになほたもつ御法のしるしにや、今日まではかけとどめてこそ」などかきて、

いたづらにあまのしほやくけぶりとも
たれかはみまし風にきえなば

ときこえたりしを、おどろきて、返事とくたまへり。

きえもせじ和歌の浦路に年をへて
光をそふるあまのもしほ火

御經のしるしこそいとたふとくとて、

たのもしな身にそふともとなりにけり
たへなる法の花のちぎりは

 卯月のはじめつかた、たよりあれば、又おなじ人の御もとへ、こぞの春夏の戀しさなど書きつゞけて、

見しにこそかはらざるらめ暮れはてし
春より夏にうつるこずゑも
夏ごろもはやたちかへて都人
いまやまつらむ山ほととぎす

その返し又あり、

 うちすてられたてまつりにしのちは

草も木もこぞ見しまゝにかはらねど
ありしにも似ぬ心ちのみして

 さてもほとゝぎすの御たづねこそ

人よりも心つくしてほとゝぎす
たゞふたこゑをけふぞきゝつる
實方の中將の、五月まで、ほとゝぎす聞かで、みちのくにより、みやこにはきゝふりぬらむほとゝぎすせきのこなたの身こそつらけれ、とかや申されたる事の候ふな。そのためしも思ひいでられ、この御ふみこそ、ことにやさしく

など書きおこせ給へり。

 さるほどに卯月のすゑになりにければ、ほとゝぎすのはつね、ほのかにも思ひたえたり。人づてにきけば、比企のやつといふ所には、あまたこゑなきけるを人きゝたりなどいふをきゝて、

しのびねはひきのやつなる郭公
雲井にたかくいつかなのらむ

など、ひとりごちつれど、そのかひなし。もとより、あづまぢは、みちのおくまで、昔より郭公まれなるならひにやありけむ、一すぢに又なかずばよし、まれにも聞く人ありけるこそ、人わきしけるよと思ふも、なか/\いと心づくしにうらめしけれ。

 又、和徳門院の新中納言の君ときこゆるは、京極の中納言定家のむすめ、深草の前の齋宮ときこえしに、父の中納言のまゐらせおき給へりけるまゝにて年へ給ひにける。この女院は齋宮の御子にしたてまつり給へりしかば、つたはりてさぶらひ給ふなりけり。うきみこがるゝもかり舟などよみ給へりし民部卿典侍のおとうとにぞおはする。さる人の子とて、あやしき歌よみて人にはきかれじと、あながちにつゝみ給ひしかど、はるかなる旅の空のおぼつかなさに、あはれなる事どもを書きつゞけて、

いかばかり子をおもふつるのとびわかれ
ならはぬたびの空になくらむ

と、ふみことばにつゞけて、歌のやうにもあらず書きなし給へるも、人よりはなほざりならぬやうにおぼゆ。御返事は、

それゆゑにとびわかれてもあしたづの
子をおもふかたはなほぞこひしき

ときこゆ。そのついでに、故入道大納言の、草の枕にも常にたちそひて夢に見え給ふよしなど、この人ばかりや、あはれともおぼさむとて、かきつけて、たてまつるとて、

みやこまでかたるもとほし思ひねに
しのぶむかしの夢のなごりを
はかなしや旅ねの夢にかよひきて
さむれば見えぬ人のおもかげ

など書きてたてまつりたりしを、またあながちにたよりたづねて返事し給へり。さしもしのび給ふ事もをりからなりけり。

あづまぢの草の枕はとほけれど
かたればちかきいにしへの夢
いづこより旅寢のとこにかよふらむ
おもひおきける露をたづねて

などのたまへり。

 夏の程は、あやしきまで、おとづれたえて、おぼつかなさも一かたならず、みやこの方は、志賀の浦浪たちこえて、山・三井寺のさわぎなどきこゆるにも、いとゞおぼつかなし。からうじて、八月二日ぞたしかなるつかひまちえて、日ごろとりおきける人々の御ふみども、とりあつめて見つる。

 侍從爲相の君のもとより、五十首の歌、當座によみたりけるとて、きよがきもしあへず、便宜すこしとてくだされたり。歌もいとゞおとなしくなりにけり。五十首に二十八首點あひつるも、あやしく、心のやみのひがめにこそはあらめ、そのなかに、

心のみへだてずとても旅ごろも
山路かさなるをちのしら雲

とある歌をみるに、この旅の空を思ひおこせて詠まれたるにこそはと、心をやりてあはれなれば、そのうたのかたはらに、もじちひさくて、返しをぞ書きそへてやる。

戀ひしのぶこゝろやたぐふあさゆふに
ゆきてはかへるをちのしら雲

 又おなじ旅の題にて、侍從のうたに、

かりそめの草のまくらの夜な/\を
おもひやるにぞ袖も露けき

とある所にも、また返事を書きそへたり。

秋ふかき草の枕にわれぞなく
ふりすててこしすゞむしのねを

 又この五十首のおくに、ことばをかきそふ。おほかたの歌ざまなどを、ほめも、又よむべきやうなど、しるしつけておくに、昔の人のことを、

これを見ばいかばかりとかおもひ出づる
人にかはりてねこそなかるれ

と書きつく。

 侍從の弟、爲守の君のもとよりも三十首の歌をおくりて、これに點あひて、わろからむこと、こまかにしるしたべと、いはれたり。年もことしは十六ぞかし。歌の、くちなれ、やさしくおぼゆるも、かへす%\心のやみと、かたはらいたし。これも旅のうたには、こなたを思ひて詠みけりと見ゆ。くだりしほどの日なみの日記を、この人々のもとへつかはしたりしを見て詠まれたりけるなめり。

たちわかれふじのけぶりを見てもげに
心ぼそさのいかにそひけむ

又これにもかへしをかきつく、

かりそめにたちわかれても子をおもふ
おもひはふじのけぶりとぞ見し

 又權中納言の君、いとこまやかにふみかきて、

くだり給ひにしのちは歌よむ友なくて、秋になりては、いとゞ思ひいできこゆるまゝに、ひとり月をのみながめあかして、

など書きて、

あづまぢの空なづかしきかたみだに
しのぶなみだにくもる月かげ

この御返、これよりも、ふるさとの戀しさなど書きて、

かよふらしみやこの外の月みても
そらなつかしきおなじながめは

都の歌ども、この後おほくつもりたり。又かきつくべし。

【附記】原本第五十三枚ノ表四行マデニテ此ノ鎌倉滞在中ノ記ヲ終リ其ノ紙ノ裏ニ

安嘉門院四條法名阿佛作東日記

ト記シ第五十四枚ノ表ヨリ「阿佛假名諷誦」ヲ記セリ。