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一 道の記

 むかし、かべのなかより、もとめいでたりけむふみの名をば、いまの世の人の子は、夢ばかりも、身のうへの事とはしらざりけりな。みづくきのをかの葛原かへす%\もかきおくあとたしかなれども、かひなきものは、おやのいさめなりけり。また賢王の人をすて給はぬまつりごとにももれ、忠臣の世を思ふなさけにもすてらるるものは、かずならぬ身ひとつなりけりと思ひしりなば又さてしもあらで、なほこのうれへこそやるかたなくかなしけれ。

 さらに思ひつゞくれば、やまとうたのみちは、たゞまことすくなく、あだなるすさみばかりとおもふ人もやあらむ。日のもとの國に、天の岩戸ひらけし時より、よもの神たちのかぐらの言葉をはじめて、世ををさめ物をやはらぐる中だちとなりにけりとぞ此の道のひじりたちはしるしおかれたりける。さても又、集をえらぶ人は、ためしおほかれども、二たび勅をうけて、よゝにきこえあげたる家は、たぐひなほありがたくやありけむ。その跡にしもたづさはりて、みたりのをのこ子ども、もゝちの歌のふるほぐどもを、いかなるえにかありけむ、あづかりもたることあれど、みちをたすけよ、子をはぐくめ、後の世をとへ、とて、ふかきちぎりをむすびおかれし細川のながれも、ゆゑなくせきとゞめられしかば、跡とふ法のともし火も、道をまもり、家をたすけむ親子のいのちも、もろともにきえをあらそふ年月をへて、あやふく心ぼそきながら、なにとして、つれなくけふまでながらふらむ。をしからぬ身ひとつは、やすくおもひすつれども、子を思ふ心のやみは、なほしのびがたく、道をかへりみるうらみは、やらむかたなくて、さてもなほ、あづまのかめのかゞみにうつせば、くもらぬ影もやあらはるゝと、せめておもひあまりて、よろづのはゞかりをわすれ、身をえうなきものになしはてて、ゆくりもなく、いさよふ月にさそはれいでなむとぞ思ひなりぬる。

 さりとて、文屋の康秀がさそふにもあらず、すむべき國もとむるにもあらず。頃はみふゆたつはじめの空なれば、ふりみふらずみ、時雨もたえず、あらしにきほふ木の葉さへ、涙とともにみだれちりつゝ、ことにふれて心細くかなしけれど、人やりならぬみちなれば、いきうしとて、とどまるべきにもあらで、なにとなく、いそぎたちぬ。

 めかれせざりつる程だに、あれまさりつる庭もまがきも、ましてと見まはされて、したはしげなる人々の袖のしづくも、なぐさめかねたる中にも、侍從・大夫などの、あながちに、うち屈じたるさま、いと心苦しければ、さま%\いひこしらへ、ねやのうちを見やれば、昔のまくらの、さながらかはらぬを見るも、いまさらかなしくて、かたはらにかきつく。

とゞめおくふるき枕のちりをだに
我がたちさらばたれかはらはむ

 代々にかきおかれける歌の草子どものおくがきなどして、あだならぬかぎりを、えりしたゝめて、侍從のかたへおくるとて、かきそへたる歌

和歌の浦にかきとゞめたるもしほ草
これを昔のかたみとはみよ
あなかしこよこ浪かくな濱千鳥
ひとかたならぬあとをおもはゞ

これをみて、侍從の返事いととくあり。

つひによもあだにはならじもしほ草
かたみを三代の跡にのこさば
まよはましをしへざりせば濱千鳥
ひとかたならぬ跡をそれとも

 この返事いとおとなしければ、心やすくあはれなるにも、むかしの人にきかせたてまつりたくて、又うちしほたれぬ。

 大夫の、かたはらさらずなれきつるを、ふりすてられなむ名殘、あながちに思ひしりて、手ならひしたるを見れば、

はる%\と行くさきとほくしたはれて
いかにそなたの空をながめむ

とかきつけたる、物よりことにあはれにて、おなじかみにかきそへつ。

つく%\と空なながめそ戀しくば
みちとほくともはやかへりこむ

とぞなぐさむる。

 山より侍從のあにの、をりしも、いでたちみむとておはしたり。それも、いともの心ぼそしと思ひたるを、この手ならひどもを見て又かきそへたり。

あだにたゞ涙はかけじ旅ごろも
こゝろの行きてたちかへるほど

とは、こといみしながら、なみだのこぼるゝを、あらゝかにものいひまぎらはすも、さま%\哀なるを、阿闍梨の君は山ぶしにて、この人々よりは兄なる、このたびのみちのしるべにおくらむとて出でたるめるを、この手ならひにまじはらざらむやはとて、かきつく。

たちそふぞうれしかりける旅衣
かたみにたのむおやのまもりは

 女子はあまたもなし。たゞひとりにて、このちかきほどの女院にさぶらひ給ふ。院の姫宮一所むまれたまへりしばかりにて、心づかひもまことしきさまに、おとな/\しくおはすれば、宮の御方の御戀しさもかねて申しおくついでに、侍從・大夫などのこと、はぐくみおほすべきよしも、こまかにかきつゞけて、おくに、

君をこそ朝日とたのめ故郷に
のこるなでしこ霜にからすな

ときこえたれば、御かへりもこまやかに、いとあはれにかきて、歌の返しには、

思ひおく心とゞめばふるさとの
霜にもかれじやまとなでしこ

とぞある。

 いつゝの子どものうた、のこるなくかきつゞけぬるも、かつは、いとおこがましけれど、おやのこゝろには、あはれにおぼゆるまゝに、かきあつめたり。

 さのみ心よわくてもいかゞとて、つれなくふりすてつ。粟田口といふ所よりぞ車はかへしつる。ほどなく逢坂の關こゆる程も、

さだめなき命は知らぬ旅なれど
又あふさかとたのめてぞゆく

 野路といふところ、こしかた行くさき人も見えず、日はくれかゝりていとものがなしと思ふに、時雨さへ打ちそゝぐ。

うちしぐれ故郷おもふ袖ぬれて
行くさきとほき野路のしの原

 今夜は鏡といふ所につくべしとさだめつれど、暮れはてて、え行きつかず。守山といふ所にとゞまりぬ。こゝにも時雨なほしたひきにけり。

いとゞ我袖ぬらせとややどりけむ
まなく時雨のもる山にしも

 けふは十六日の夜なりけり。いとくるしくて、うちふしぬ。いまだ月の光かすかにのこりたる明けぼのに、守山をいでて行く。野洲川わたるほど、さき立ちてゆく人のこまのあしおとばかりさやかにて霧いとふかし。

旅人はみなもろともに朝たちて
こまうちわたすやすの川霧

 十七日の夜は小野の宿といふ所にとゞまる。月いでて、山のみねに立ちつゞきたる松の木の間、けぢめ見えて、いとおもしろし。こゝも夜ふかき霧のまよひにたどりいでつ。

 醒が井といふ水、夏ならばうちすぎましやと見るに、かち人は、なほたちよりてくむめり。

むすぶ手ににごる心をすゝぎなば
うき世の夢やさめが井の水

とぞおぼゆる。

 十八日、美濃の國、關の藤川わたるほどに、まづおもひつゞけらる。

わが子ども君につかへんためならで
わたらましやは關のふぢかは

不破の關屋のいたびさしは、いまもかはらざりけり。

ひまおほき不破の關屋はこのほどの
しぐれも月もいかにもるらん

關よりかきくらしつる雨、時雨にすぎてふりくらせば、みちもいとあしくて、心よりほかに笠縫のむまやといふ所にとゞまる。

たび人はみのうちはらひ夕ぐれの
雨にやどかるかさぬひのさと

十九日、又こゝをいでて行く。よもすがらふりつる雨に、平野とかやといふほど、みちいとわろくて、人かよふべくもあらねば、水田の面をぞさながらわたり行く。あくるまゝに雨はふらずなりぬ。ひるつかた過ぎ行くみちに目にたつやしろあり。人にとへば、むすぶの神とぞ聞ゆるといへば、

まもれたゞ契りむすぶの神ならば
とけぬうらみにわれまよはさで

 洲俣とかやいふ河には舟をならべて、正木のつなにやあらむ、かけとゞめたる浮橋あり。いとあやふけれどわたる。この河、つゝみの方はいとふかくて、かた/\はあさければ、

かたふちのふかき心はありながら
人めつゝみのさぞせかるらむ
かりの世の行き來とみるもはかなしや
身のうき舟をうき橋にして

とも思ひつゞけける。

 又一の宮といふやしろをすぐとて、

一のみや名さへなつかしふたつなく
三つなき法をまもるなるべし

 二十日、尾張の國、下戸のむまやを出でて行く。よぎぬみちなれば熱田の宮へまゐりて、すゞりとりいでて、かきつけたてまつる歌いつゝ

いのるぞよ我がおもふ事なるみがた
かたひくしほも神のまに/\
なるみがた和歌のうらかぜへだてずば
おなじ心に神もうくらむ
みつしほのさしてぞきつるなるみがた
神やあはれとみるめたづねて
雨かぜも神の心にまかすらむ
わが行くさきのさはりあらすな
契りあれやむかしも夢にみしめなは
こゝろにかけてめぐりあひぬる

しほひのほどなれば、さはりなく、ひがたを行く。をりしも濱千鳥おほくさきだちて行くも、しるべがほなる心ちして、

濱千鳥なきてぞさそふ世の中に
跡とめじとは思はざりしを

隅田川のわたりにこそありときゝしかど、みやこ鳥といふ鳥の、はしとあしとあかきは、この浦にもありけり。

こととはむはしとあしとはあかざりし
わがこしかたのみやこ鳥かと

 二村山をこえて行く。山も野もいと遠くて、日もくれはてぬ。

はる%\と二村山を行きすぎて
なほすゑたどる野べの夕やみ

 八橋にとゞまらむと人々いふ。くらさに橋も見えずなりぬ。

さゝがにのくもであやふきやつはしを
ゆふぐれかけてわたりかねつる

 二十一日、八橋をいでて行く。日いとよくはれたり。山もと遠き原野をわけ行く。ひるつかたになりて、もみぢいとおほき山にむかひて行く。風につれなきくれなゐ、ところ%\、くちばにそめかへてける常盤木どももたちまじりて、あをぢのにしきを見る心ちして人にとへば、宮路の山とぞいふ。

しぐれけりそむるちしほのはては又
もみぢのにしき色かへるまで

この山までは、むかし見しこゝちする、ころさへかはらねば、

まちけりなむかしもこえしみやぢ山
おなじしぐれのめぐりあふ世を

山の裾野に竹ある所に、萱屋たゞひとつ見ゆる、いかにして、なにのたよりに、かくて住むらんと見ゆ。

ぬしやたれ山のすそ野に宿しめて
あたりさびしき竹のひとむら

日は入りはてて、なほもののあやめわかるゝほど、渡津とかやいふ所にとゞまりぬ。

 二十二日の曉、夜ふかきありあけのかげに出でて行く。いつよりも、ものいとかなし。

すみわびて月のみやこはいでしかど
うき身はなれぬありあけのかげ

とぞおもひつゞくる。ともなる人、ありあけの月さへかさきたりといふをきゝて、

旅人のおなじみちにやいでつらん
かさうちきたるありあけの月

 高師の山もこえつ。海見ゆるほどいとおもしろし。浦風あれて、松のひゞきすごく、浪いとあらし。

わがためや風もたかしのはまならむ
袖のみなとの浪はやすまで

 いとしろきすさきに、くろき鳥のむれゐたるは、鵜といふとりなりけり。

白はまにすみの色なるしまつとり
ふでもおよはゞ繪にかきてまし

 濱名の橋より見わたせば、かもめといふ鳥、いとおほくとびちがひて、水のそこへもいる、岩のうへにも居たり。

かもめゐるすさきのいはもよそならず
なみのかずこそ袖に見なれて

 今夜は引馬の宿といふ所にとゞまる。この所の大かたの名は濱松とぞいひし。したしといひしばかりの人々なども住む所なり。住みこし人のおもかげも、さま%\思ひ出でられて、又めぐりあひて見つるいのちのほども、かへす%\あはれなり。

濱松のかはらぬかげをたづねきて
見し人なみにむかしをぞとふ

その世に見し人の子、まごなど、よびいでてあひしらふ。

 二十三日、てんちうのわたりといふ、舟にのるに、西行がむかしも思ひ出でられて心ぼそし。くみあはせたる舟たゞひとつにて、おほくの人の往き來に、さしかへるひまもなし。

水のあわのうき世をわたるほどを見よ
はやせの瀬々にさをもやすめず

 今夜は遠江、見附の國府といふ所にとゞまる。里あれてものおそろし。かたはらに水の江あり。

たれかきて見つけのさとときくからに
いとゞたびねぞそらおそろしき

 二十四日、ひるになりて、小夜の中山こゆ。ことのまゝといふやしろのほど、もみぢいとおもしろし。山かげにて、あらしもおよばぬなめり。ふかく入るまゝに、をちこちのみねつゞき、こと山に似ず、心ぼそくあはれなり。ふもとのさと、菊川といふ所にとゞまる。

こえくらすふもとのさとのゆふやみに
松風おくるさよのなかやま

あかつき、おきて見れば月もいでにけり。

雲かゝるさやの中山こえぬとは
みやこにつげよ有明の月

河おといとすごし。

わたらむとおもひやかけしあづまぢに
ありとばかりはきく河の水

 二十五日、菊川をいでて、けふは大井河といふ川をわたる。水いとあせて、きゝしにはたがひて、わづらひなし。河原幾里とかや、いとはるかなり。水のいでたらむおもかげ、おしはからる。

おもひいづるみやこのことはおほ井河
いくせの石のかずもおよばじ

 宇津の山こゆるほどにしも、阿闍梨の見しりたる山伏行きあひたり。夢にも人をなど、むかしをわざとまねびたらむ心ちして、いとめづらかに、をかしくも、あはれにも、やさしくもおぼゆ。いそぐ道なりといへば、ふみもあまたはえかゝず。たゞやむごとなき所ひとつにぞおとづれきこゆる。

我が心うつゝともなし宇津の山
夢路もとほきみやここふとて
つたかへでしぐれぬひまもうつの山
なみだに袖の色ぞこがるゝ

 今夜は手越といふ所にとゞまる。なにがしの僧正とかやののぼりとて、いと人しげし。やどりかねたりつれど、さすがに人のなき宿もありけり。

 二十六日、藁科河とかやわたりて、興津のはまにうちいづ。なくなくいでしあとの月影など、まづ思ひいでらる。ひるたち入りたる所に、あやしきつげのをまくらあり、いとくるしければうちふしたるに、すゞりも見ゆれば、枕の障子に、ふしながらかきつけつ。

なほざりに見る夢ばかりかり枕
むすびおきつと人にかたるな

くれかゝるほど清見が關をすぐ。岩こす浪のしろききぬをうちきするやうに見ゆるもをかし。

清見がた年ふる岩にこととはん
なみのぬれぎぬいくかさねきつ

ほどなく暮れて、そのわたりの海ちかき里にとゞまりぬ。浦人のしわざにや、となりよりくゆりかゝる煙のいとむつかしきにほひなれば、夜の宿なまぐさしといひける人のことばもおもひ出でらる。夜もすがら風いとあれて、なみたゞ枕にたちさわぐ。

ならはずよよそにきゝこしきよみがた
あらいそなみのかゝるねざめは

 富士の山を見ればけぶりたゝず。むかし、ちゝの朝臣にさそはれて、いかになるみの浦なればなどよみし頃、とほつあふみの國までは見しかば、富士の煙のすゑも、あさゆふ、たしかに見えしものを、いつのとしよりか、たえしととへば、さだかにこたふる人だになし。

たがかたになびきはててかふじのねの
けぶりのすゑの見えずなるらむ

古今の序の言葉とておもひ出でられて、

いつの世のふもとのちりかふじのねの
雪さへたかき山となしけむ
朽ちはてしながらの橋をつくらばや
ふじの煙もたゝずなりなば

こよひは波のうへといふ所にやどりて、あれたるおとさらにめもあはず。

 二十七日、あけはなれてのち富士河わたる。あさかはいとさむし。かぞふれば十五瀬をぞわたりぬる。

さえわびぬ雪よりおろす富士河の
かは風こほる冬の衣手

 けふは、日いとうらゝかにて田子の浦にうちいづ。あまどものいさりするを見ても、

こゝろからおりたつたごのあま衣
ほさぬうらみも人にかこつな

とぞいはまほしき。

 伊豆の國府といふ所にとゞまる。いまだ夕日のこるほど、三島の明神へまゐるとて、よみてたてまつる。

あはれとやみしまのかみのみやばしら
たゝこゝにしもめぐりきにけり
おのづからつたへしあともあるものを
神はしるらむしきしまのみち
たづねきてわがこえかゝるはこねぢに
やまのかひあるしるべをぞとふ

 二十八日、伊豆の國府をいでて箱根路にかゝる。いまだ夜ふかかりければ、

玉くしげ箱根の山をいそげども
なほあけがたきよこぐものそら

足柄の山は、みちとほしとて箱根路にかゝるなりけり。

ゆかしさよそなたの雲をそばだてて
よそになしつるあしがらの山

いとさかしき山をくだる。人のあしも、とゞまりがたし。湯坂とぞいふなる。からうじてこえはてたれば、ふもとに、早河といふ河あり。まことにいとはやし。木のおほくながるゝを、いかにと問へば、あまのもしほ木を浦へ出さむとてながすなりといふ。

東路のゆさかをこえて見わたせば
鹽木ながるゝ早川のみづ

 湯坂より浦にいでて、日くれかゝるに、なほとまるべき所とほし。伊豆の大島まで見わたさるゝ海づらを、いづことかいふと問へば、しりたる人もなし。あまの家のみぞある。

あまのすむその里の名もしらなみの
よするなぎさに宿やからまし

 鞠子河といふ河を、いとくらくてたどりわたる。こよひは酒勾といふ所にとゞまる。あすは鎌倉へ入るべしといふなり。

 二十九日、酒勾をいでて、はまぢを、はる%\と行く。明けはなるゝ海の上を、いとほそき月出でたり。

浦路ゆく心ぼそさをなみまより
いでてしらする有明の月

なぎさによせかへる波のうへに、霧たちて、あまた見えつるつり舟も見えずなりぬ。

あま小舟こぎゆくかたを見せじとや
なみにたちそふうらの朝霧

みやこの遠くへだたりはてぬるも、なほ夢のこゝちして、

たちわかれよもうきなみはかけもせじ
むかしの人のおなじ世ならば

【附記】 原本コヽマデヲ第三十枚ノ表四行ニテ終り、其ノ紙ヲ裏白トシ、第三十一枚ノ表中央ニ

安嘉門院四條法名阿佛作

ト記シテ裏白、第三十二枚ノ表ニ

中院大納言 置文和歌

日吉百ヶ日參籠之時日歌之内也

いとはるゝなかきいのちのつれなくて
猶なからへは子はいかにせむ
ふるさとに千世もとまてはおもはすと
とみのいのちをとふ人もかな

ト記シテ裏白、第三十三枚ノ表ヨリ、次の東日記ヲ記ス。