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なまめかしきもの
ほそやかに清げなる公達の直衣すがた。をかしげなる童女の、うへの袴など、わ
ざとにはあらで、ほころびがちなる汗袗ばかり著て、藥玉など長くつけて、高欄のも
とに、扇さしかくして居たる。若き人のをかしげなる、夏の几帳のしたうち懸けて、
しろき綾、二藍ひき重ねて、手ならひしたる。薄樣の草紙、村濃の糸してをかしくと
ぢたる。柳の萌えたるに青き薄樣に書きたる文つけたる。鬚籠のをかしう染めたる、
五葉の枝につけたる。三重がさねの扇。五重はあまり厚くなりて、もとなどにくげな
り。能くしたる檜破子。白き組のほそき。新しくもなくて、いたくふりてもなき檜皮屋に、菖蒲うるはしく葺きわたしたる。青やかなる御簾の下より、朽木形のあざやかに、紐いとつややかにて、かかりたる紐の吹きなびかされたるもをかし。夏の帽額のあざやかなる、簾の外の高欄のわたりに、いとをかしげなる猫の、赤き首綱に白き札つきて、碇の緒くひつきて引きありくもなまめいたり。五月の節のあやめの藏人、菖蒲のかづらの、赤紐の色にはあらぬを、領巾裙帶などして、藥玉を皇子たち上達部などの立ち竝み給へるに奉るも、いみじうなまめかし。取りて腰にひきつけて、舞踏し拜し給ふもいとをかし。火取の童。小忌の公達もいとなまめかし。六位の青色のとのゐすがた。臨時の祭の舞人。五節の童なまめかし。
宮の五節出させ給ふに、かしづき十二人、他所には御息所の人出すをばわろき事
にぞすると聞くに、いかにおぼすか、宮の女房を十人出させ給ふ。今二人は女院、淑
景舎の人、やがて姉妹なりけり。辰の日の青摺の唐衣、汗袗を著せ給へり。女房にだ
にかねてさしも知らせず、殿上人にはましていみじう隱して、みな裝束したちて、暗
うなりたるほどに持て來て著す。赤紐いみじう結び下げて、いみじくやうしたる白き
衣に、樫木のかた繪にかきたる、織物の唐衣のうへに著たるは、誠にめづらしき中に、童は今少しなまめきたり。下づかへまでつづき立ちいでぬるに、上達部、殿上人驚き
興じて、小忌の女房とつけたり。小忌の公達は、外に居て物いひなどす。五節の局を
皆こぼちすかして、いと怪しくてあらする、いと異樣なり。「その夜までは猶うるはしくこそあらめ」との給はせて、さも惑はさず、几帳どものほころびゆひつつ、こぼれ出でたり。小兵衞といふが赤紐の解けたるを、「これを結ばばや」といへば、實方の中將、よりつくろふに、ただならず。
あしびきの山井の水はこほれるをいかなる紐のとくるならん
といひかく。年わかき人の、さる顯證の程なれば、いひにくきにやあらん、返し
もせず。そのかたはらなるおとな人達も、打ち捨てつつ、ともかくもいはぬを、宮司
などは耳とどめて聽きけるに、久しくなりにけるかたはらいたさに、ことかたより入
りて、女房の許によりて、「などかうはおはする」などぞささめくなるに、四人ばか
りを隔てて居たれば、よく思ひ得たらんにもいひにくし。まして歌よむと知りたらん
人の、おぼろげならざらんは、いかでかと、つつましきこそはわろけれ。「よむ人は
さやはある。いとめでたからねど、ねたうこそはいへ」と爪はじきをしてありくも、
いとをかしければ、
うす氷あはにむすべる紐なればかざす日かげにゆるぶばかりぞ
と辨のおもとといふに傳へさすれば、きえいりつつえもいひやらず。「などか/\」と耳を傾けて問ふに、少しことどもりする人の、いみじうつくろひ、めでたしと聞かせんと思ひければ、えも言ひつづけずなりぬるこそ、なか /\恥かくす心地してよかりしか。おりのぼるおくりなどに、なやましといひ入れぬる人をも、の給はせしかば、あるかぎり群れ立ちて、ことにも似ず、あまりこそうるさげなンめれ。舞姫は、すけまさの馬頭の女、染殿の式部卿の宮の御弟の四の君の御はら、十二にていとをかしげなり。はての夜も、おひかづきいくもさわがず。やがて仁壽殿よりとほりて、清涼殿の前の東のすのこより舞姫をさきにて、うへの御局へ參りしほど、をかしかりき。
細太刀の平緒つけて、清げなる男のもてわたるも、いとなまめかし。紫の紙を包
みて封じて、房長き藤につけたるも、いとをかし。
内裏は五節のほどこそすずろにただならで、見る人もをかしう覺ゆれ。主殿司などの、いろ/\の細工を、物忌のやうにて、彩色つけたるなども、めづらしく見ゆ。
清涼殿のそり橋に、もとゆひの村濃いとけざやかにて出でたるも、さま%\につけてをかしうのみ、上雜仕童ども、いみじき色ふしと思ひたる、いとことわりなり。山藍日蔭など柳筥にいれて、冠したる男もてありく、いとをかしう見ゆ。殿上人の直衣ぬぎたれて、扇やなにやと拍子にして、「つかさまされとしきなみぞたつ」といふ歌をうたひて、局どもの前わたるほどはいみじく、添ひたちたらん人の心さわぎぬべしかし。まして颯と一度に笑ひなどしたる、いとおそろし。行事の藏人の掻練重、物よりことにきよらに見ゆ。褥など敷きたれど、なか/\えものぼりゐず。女房の出でたるさま譽めそしり、このごろは他事はなかンめり。帳臺の夜、行事の藏人いと嚴しうもてなして、かいつくろひ二人、童より他は入るまじとおさへて、面にくきまでいへば、殿上人など「猶これ一人ばかりは」などのたまふ。「うらやみあり。いかでか」などかたくいふに、宮の御かたの女房二十人ばかりおし凝りて、こと%\しういひたる藏人何ともせず、戸をおしあけてさざめき入れば、あきれて「いとこはすぢなき世かな」とて立てるもをかし。それにつきてぞ、かしづきども皆入る。けしきいとねたげなり。うへもおはしまして、いとをかしと御覽じおはしますらんかし。童舞の夜はいとをかし。燈臺に向ひたる顏ども、いとらうたげにをかしかりき。
無名といふ琵琶の御琴を、うへの持てわたらせ給へるを、見などして、掻き鳴し
などすと言へば、ひくにはあらず、緒などを手まさぐりにして、「これが名よ、いか
にとかや」など聞えさするに、「ただいとはかなく名もなし」との給はせたるは、な
ほいとめでたくこそ覺えしか。
淑景舎などわたり給ひて、御物語のついでに、「まろがもとにいとをかしげなる
笙の笛こそあれ。故殿の得させ給へり」との給ふを、僧都の君の「それは隆圓にたう
べ。おのれが許にめでたき琴侍り、それにかへさせ給へ」と申し給ふを、ききも入れ
給はで、猶他事をのたまふに、答させ奉らんと數多たび聞え給ふに、なほ物のたまは
ねば、宮の御前の「否かへじとおぼいたるものを」との給はせけるが、いみじうをか
しき事ぞ限なき。この御笛の名を僧都の君もえ知り給はざりければ、ただうらめしとぞおぼしたンめる。これは職の御曹司におはしましし時の事なり。うへの御前に、いなかへじといふ御笛のさふらふなり。御前に侍ふ者どもは、琴も笛も皆めづらしき名つきてこそあれ。琵琶は玄象、牧馬、井上、渭橋、無名など、また和琴なども、朽目、鹽竈、二貫などぞ聞ゆる。水龍、小水龍、宇多法師、釘打、葉二、なにくれと多く聞えしかど忘れにけり。宜陽殿の一の棚にといふことぐさは、頭中將こそしたまひしか。
うへの御局の御簾の前にて、殿上人日ひと日、琴、笛吹き遊びくらして、まかで
別るるほど、まだ格子をまゐらぬに、おほとなぶらをさし出でたれば、戸の開きたる
があらはなれば、琵琶の御琴をただざまにもたせ給へり。紅の御衣のいふも世の常な
る、袿又はりたるも數多たてまつりて、いと黒くつややかなる御琵琶に、御衣の袖を
うちかけて、捕へさせ給へるめでたきに、そばより御額のほど白くけざやかにて、僅
に見えさせ給へるは、譬ふべき方なくめでたし。近く居給へる人にさし寄りて、「半
かくしたりけんも、えかうはあらざりけんかし。それはただ人にこそありけめ」といふを聞きて、心地もなきを、わりなく分け入りて啓すれば、笑はせ給ひて、「われは知りたりや」となん仰せらるると傳ふるもをかし。
御乳母の大輔の、けふ日向へくだるに、賜はする扇どもの中に、片つかたには、
日いと花やかにさし出でて旅人のある所、井手の中將の館などいふさまいとをかしう
書きて、今片つかたには、京のかた雨いみじう降りたるに、ながめたる人などかきた
るに、
あかねさす日にむかひても思ひいでよ都は晴れぬながめすらんと
ことばに御手づから書かせ給ひし、あはれなりき。さる君をおき奉りて、遠くこ
そえいくまじけれ。