University of Virginia Library

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こころゆくもの

よくかいたる女繪の詞をかしうつづけておほかる。物見のかへさに乘りこぼれて、男どもいと多く、牛よくやるものの車走らせたる。白く清げなる檀紙に、いとほそう書くべくはあらぬ筆して文書きたる。川船のくだりざま。齒黒のよくつきたる。重食に丁多くうちたる。うるはしき糸のねりあはせぐりしたる。物よくいふ陰陽師して、河原に出でてずその祓したる。夜寢起きて飮む水。徒然なるをりに、いとあまり睦しくはあらず、踈くもあらぬ賓客のきて、世の中の物がたり、この頃ある事の、をかしきも、にくきも、怪しきも、これにかかり、かれにかかり、公私おぼつかなからず、聞きよきほどに語りたる、いと心ゆくここちす。社寺などに詣でて物申さするに、寺には法師、社には禰宜などやうのものの、思ふほどよりも過ぎて、滯なく聞きよく申したる。檳榔毛はのどやかにやりたる。急ぎたるは輕々しく見ゆ。網代は走らせたる。人の門より渡りたるを、ふと見るほどもなく過ぎて、供の人ばかり走るを、誰ならんと思ふこそをかしけれ。ゆるゆると久しく行けばいとわろし。牛は額いとちひさく白みたるが、腹のした、足のしも、尾のすそ白き。馬は紫の斑づきたる。蘆毛。いみじく黒きが、足肩のわたりなどに、白き處、うす紅梅の毛にて、髮尾などもいとしろき、實にゆふかみともいひつべき。牛飼は大にて、髮赤白髮にて、顏の赤みてかど/\しげなる。雜色隨身はほそやかなる。よき男も、なほ若きほどは、さるかたなるぞよき。いたく肥えたるは、ねぶたからん人と思はる。小舎人はちひさくて、髮のうるはしきが、すそさわらかに、聲をかしうて、畏りて物などいひたるぞ、りやう/\じき。猫はうへのかぎり黒くて、他はみな白からん。

説經師は顏よき、つとまもらへたるこそ、その説く事のたふとさも覺ゆれ。外目 しつればふと忘るるに、にくげなるは罪や得らんと覺ゆ。この詞はとどむべし。少し 年などのよろしきほどこそ、かやうの罪はえがたの詞かき出でけめ。今は罪いとおそ ろし。又たふときこと、道心おほかりとて、説經すといふ所に、最初に行きぬる人こ そ、なほこの罪の心地には、さしもあらで見ゆれ。藏人おりたる人、昔は、御前など いふこともせず、その年ばかり、内裏あたりには、まして影も見えざりける。今はさ しもあらざめる。藏人の五位とて、それをしもぞ忙しうつかへど、なほ名殘つれ%\にて、心一つは暇ある心地ぞすべかめれば、さやうの所に急ぎ行くを、一たび二たび聞きそめつれば、常にまうでまほしくなりて、夏などのいとあつきにも、帷子いとあざやかに、薄二藍、青鈍の指貫などふみちらしてゐためり。烏帽子にもの忌つけたるは、今日さるべき日なれど、功徳のかたにはさはらずと見えんとにや。いそぎ來てその事するひじりと物語して、車たつるさへぞ見いれ、ことにつきたるけしきなる。久しく逢はざりける人などの、まうで逢ひたる、めづらしがりて、近くゐより物語し、うなづき、をかしき事など語り出でて、扇ひろうひろげて、口にあてて笑ひ、裝束したる珠數かいまさぐり、手まさぐりにし、こなたかなたうち見やりなどして、車のよしあしほめそしり、なにがしにてその人のせし八講、經供養などいひくらべゐたるほどに、この説經の事もきき入れず。なにかは、常に聞くことなれば、耳馴れて、めづらしう覺えぬにこそはあらめ。さはあらで講師ゐてしばしあるほどに、さきすこしおはする車とどめておるる人、蝉の羽よりも輕げなる直衣、指貫、すずしのひとへなど著たるも、狩衣姿にても、さやうにては若くほそやかなる三四人ばかり、侍のもの又さばかりして入れば、もとゐたりつる人も、少しうち身じろきくつろぎて、高座のもと近き柱のもとなどにすゑたれば、さすがに珠數おしもみなどして、伏し拜みゐたるを、講師もはえ%\しう思ふなるべし、いかで語り傳ふばかりと説き出でたる、聽問すなど、立ち騒ぎぬかづくほどにもなくて、よきほどにて立ち出づとて、車どものかたなど見おこせて、われどちいふ事も何事ならんと覺ゆ。見知りたる人をば、をかしと思ひ、見知らぬは、誰ならん、それにや彼にやと、目をつけて思ひやらるるこそをかしけれ。説經しつ、八講しけりなど人いひ傳ふるに、「その人はありつや」「いかがは」など定りていはれたる、あまりなり。などかは無下にさしのぞかではあらん。あやしき女だに、いみじく聞くめるものをば。さればとて、はじめつかたは徒歩する人はなかりき。たまさかには、つぼ裝束などばかりして、なまめきけさうじてこそありしか。それも物詣をぞせし。説經などは殊に多くも聞かざりき。この頃その折さし出でたる人の、命長くて見ましかば、いかばかりそしり誹謗せまし。

菩提といふ寺に結縁八講せしが、聽きにまうでたるに、人のもとより疾く歸り給 え、いとさう%\しといひたれば、蓮のはなびらに、

もとめてもかかる蓮の露をおきてうき世にまたは歸るものかは

と書きてやりつ。誠にいとたふとくあはれなれば、やがてとまりぬべくぞ覺ゆる。さうちうが家の人のもどかしさも忘れぬべし。

小白川といふ所は、小一條の大將の御家ぞかし。それにて上達部、結縁の八講し 給ふに、いみじくめでたき事にて、世の中の人の集り行きて聽く。遲からん車はよる べきやうもなしといへば、露と共に急ぎ起きて、實にぞひまなかりける。轅の上に又 さし重ねて、三つばかりまでは、少し物も聞ゆべし。六月十日餘にて、暑きこと世に 知らぬほどなり。池の蓮を見やるのみぞ、少し涼しき心地する。左右の大臣たちをお き奉りては、おはせぬ上達部なし。二藍の直衣指貫、淺黄の帷子をぞすかし給へる。 少しおとなび給へるは、青にびのさしぬき、白き袴もすずしげなり。安親の宰相なども若やぎだちて、すべてたふときことの限にもあらず、をかしき物見なり。廂の御簾高くまき上げて、長押のうへに上達部奧に向ひて、なが/\と居給へり。そのしもには殿上人、わかき公達、かりさうぞく直衣なども、いとをかしくて、居もさだまらず、ここかしこに立ちさまよひ、あそびたるもいとをかし。實方の兵衞佐、長明の侍從など、家の子にて、今すこしいでいりなれたり。まだ童なる公達など、いとをかしうておはす。少し日たけたるほどに、三位中將とは關白殿をぞ聞えし、香の羅、二藍の直衣、おなじ指貫、濃き蘇枋の御袴に、張りたる白き單衣のいとあざやかなるを著給ひて、歩み入り給へる、さばかりかろび涼しげなる中に、あつかはしげなるべけれど、いみじうめでたしとぞ見え給ふ。細塗骨など、骨はかはれど、ただ赤き紙を同じなみにうちつかひ持ち給へるは、瞿麥のいみじう咲きたるにぞ、いとよく似たる。まだ講師ものぼらぬほどに、懸盤どもして、何にかはあらん物まゐるべし。義懷の中納言の御ありさま、常よりも勝りて清げにおはするさまぞ限なきや。上達部の御名など書くべきにもあらぬを。誰なりけんと、少しほど經れば、色あひはなばなといみじく、匂あざやかに、いづれともなき中の帷子を、これはまことに、ただ直衣一つを著たるやうにて、常に車のかたを見おこせつつ、物などいひおこせ給ふ。をかしと見ぬ人なかりけんを、後にきたる車の隙もなかりければ、池にひき寄せてたてたるを見給ひて、實方の君に、「人の消息つき%\しくいひつべからんもの一人」と召せば、いかなる人にかあらん、選りて率ておはしたるに、「いかがいひ遣るべき」と、近く居給へるばかりいひ合せて、やり給はん事は聞えず。いみじくよそひして、車のもとに歩みよるを、かつは笑ひ給ふ。後のかたによりていふめり。久しく立てれば、「歌など詠むにやあらん、兵衞佐返しおもひまうけよ」など笑ひて、いつしか返事聞かんと、おとな上達部まで、皆そなたざまに見やり給へり。實に顯證の人々まで見やりしもをかしうありしを、返事ききたるにや、すこし歩みくるほどに、扇をさし出でて呼びかへせば、歌などの文字をいひ過ちてばかりこそ呼びかへさめ。久しかりつるほどに、あるべきことかは、なほすべきにもあらじものをとぞ覺えたる。近く參りつくも心もとなく、「いかにいかに」と誰も問ひ給へどもいはず。權中納言見給へば、そこによりてけしきばみ申す。三位中將、「疾くいへ、あまり有心すぎてしそこなふな」との給ふに、「これも唯おなじ事になん侍る」といふは聞ゆ。藤大納言は人よりもけにのぞきて、「いかがいひつる」との給ふめれば、三位中將、「いとなほき木をなん押し折りためる」と聞え給ふに、うち笑ひ給へば、皆何となくさと笑ふ聲、聞えやすらん。中納言「さて呼びかへされつるさきには、いかがいひつる、これやなほしたること」と問ひ給へば、「久しうたちて侍りつれども、ともかくも侍らざりつれば、さは參りなんとてかへり侍るを、呼びて」とぞ申す。「誰が車ならん、見知りたりや」などのたまふ程に、講師ののぼりぬれば、皆居しづまりて、そなたをのみ見る程に、この車はかいけつやうにうせぬ。下簾など、ただ今日はじめたりと見えて、濃きひとへがさねに、二藍の織物、蘇枋の羅のうはぎなどにて、しりにすりたる裳、やがて廣げながらうち懸けなどしたるは、何人ならん。何かは、人のかたほならんことよりは、實にと聞えて、なか/\いとよしとぞ覺ゆる。朝座の講師清範、高座のうへも光滿ちたる心地して、いみじくぞあるや。暑さのわびしきにそへて、しさすまじき事の、今日すぐすまじきをうち置きて、唯少し聞きて歸りなんとしつるを、敷竝に集ひたる車の奧になんゐたれば、出づべきかたもなし。朝の講はてなば、いかで出でなんとて、前なる車どもに消息すれば、近くたたんうれしさにや、はや/\と引き出であけて出すを見給ふ。いとかしがましきまで人ごといふに、老上達部さへ笑ひにくむを、ききも入れず、答もせで狹がり出づれば、權中納言「ややまかりぬるもよし」とて、うち笑ひ給へるぞめでたき。それも耳にもとまらず、暑きに惑ひ出でて、人して、「五千人の中には入らせ給はぬやうもあらじ」と聞えかけて歸り出でにき。そのはじめより、やがてはつる日までたてる車のありけるが、人寄り來とも見えず、すべてただあさましう繪などのやうにて過しければ、「ありがたく、めでたく、心にくく、いかなる人ならん、いかで知らん」と問ひけるを聞き給ひて、藤大納言、「何かめでたからん、いとにくし、ゆゆしきものにこそあなれ」とのたまひけるこそをかしけれ。さてその二十日あまりに、中納言の法師になり給ひにしこそあはれなりしか。櫻などの散りぬるも、なほ世の常なりや。老を待つまのとだにいふべくもあらぬ御有樣にこそ見え給ひしか。

七月ばかり、いみじくあつければ、よろづの所あけながら夜もあかすに、月のこ ろは寐起きて見いだすもいとをかし。闇もまたをかし。有明はたいふもおろかなり。 いとつややかなる板の端近う、あざやかなる疊一枚かりそめにうち敷きて、三尺の儿 帳、奧のかたに押しやりたるぞあぢきなき。端にこそ立つべけれ、奧のうしろめたか らんよ。人は出でにけるなるべし。薄色のうらいと濃くて、うへは少しかへりたるな らずは、濃き綾のつややかなるが、いたくはなえぬを、かしらこめてひき著てぞねた める。香染のひとへ、紅のこまやかなるすずしの袴の、腰いと長く衣の下よりひかれ たるも、まだ解けながらなめり。傍のかたに髮のうちたたなはりてゆららかなるほど、長き推しはかられたるに、又いづこよりにかあらん、朝ぼらけのいみじう霧滿ちたるに、二藍の指貫、あるかなきかの香染の狩衣、白きすずし、紅のいとつややかなるうちぎぬの、霧にいたくしめりたるをぬぎ垂れて、鬢の少しふくだみたれば、烏帽子の押し入れられたるけしきもしどけなく見ゆ。朝顏の露落ちぬさきに文書かんとて、道のほども心もとなく、おふの下草など口ずさびて、わがかたへ行くに、格子のあがりたれば、御簾のそばをいささかあげて見るに、起きていぬらん人もをかし。露をあはれと思ふにや、しばし見たれば、枕がみのかたに、朴に紫の紙はりたる扇、ひろごりながらあり。檀紙の疊紙のほそやかなるが、花か紅か、少しにほひうつりたるも儿帳のもとに散りぼひたる。人のけはひあれば、衣の中より見るに、うち笑みて長押におしかかりゐたれば、はぢなどする人にはあらねど、うちとくべき心ばへにもあらぬに、ねたうも見えぬるかなと思ふ。「こよなき名殘の御あさいかな」とて、簾の中に半ばかり入りたれば、「露よりさきなる人のもどかしさに」といらふ。をかしき事とりたてて書くべきにあらねど、かく言ひかはすけしきどもにくからず。枕がみなる扇を、我もちたるしておよびてかき寄するが、あまり近う寄りくるにやと心ときめきせられて、今少し引き入らるる。取りて見などして、疎くおぼしたる事などうちかすめ恨みなどするに、あかうなりて、人の聲々し、日もさし出でぬべし。霧の絶間見えぬほどにと急ぎつる文も、たゆみぬるこそうしろめたけれ。出でぬる人も、いつの程にかと見えて、萩の露ながらあるにつけてあれど、えさし出でず。香のかのいみじうしめたる匂いとをかし。あまりはしたなき程になれば、立ち出でて、わがきつる處もかくやと思ひやらるるもをかしかりぬべし。