University of Virginia Library

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 A7. 
 A8. 
 A9. 
 A10. 
 A11. 
 188. 
  
 A23, A24. 
 109,319. 

[276、277、278]

うれしきもの

まだ見ぬ物語の多かる。又一つを見て、いみじうゆかしう覺ゆる物語の、二つ見つけたる。心おとりするやうもありかし。人のやり捨てたる文を見るに、同じつづき數多見つけたる。いかならんと夢を見て、恐しと胸つぶるるに、ことにもあらず合せなどしたる、いとうれし。よき人の御前に、人々數多侍ふ折に、昔ありける事にもあれ、今聞しめし、世にいひける事にもあれ、かたらせ給ふを、われに御覽じ合せてのたまはせ、いひきかせ給へる、いとうれし。遠き所は更なり、おなじ都の内ながら、身にやんごとなく思ふ人の惱むを聞きて、いかに/\と覺束なく歎くに、おこたりたる消息得たるもうれし。思ふ人の、人にも譽められ、やんごとなき人などの、口をしからぬものに思しのたまふものの折、もしは人と言ひかはしたる歌の聞えてほめられ、うちききなどに譽めらるる、みづからのうへには、まだ知らぬ事なれど、猶思ひやらるるよ。いたううち解けたらぬ人のいひたる古き事の知らぬを、聞き出でたるもうれし。後に物の中などにて、見つけたるはをかしう、唯これにこそありけれと、かのいひたりし人ぞをかしき。檀紙、白き色紙、ただのも、白う清きは得たるもうれし。恥しき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、われながらうれし。常にはおぼゆる事も、又人の問ふには、清く忘れて止みぬる折ぞ多かる。頓に物もとむるに、見出でたる。只今見るべき文などを、もとめ失ひて、萬の物をかへす%\見たるに、捜し出でたる、いとうれし。物あはせ、何くれと挑むことに勝ちたる、いかでか嬉しからざらん。又いみじうわれはと思ひて、したりがほなる人はかり得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。これがたうは必せんずらんと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬやうにて、たゆめ過すもをかし。にくき者のあしきめ見るも、罪は得らんと思ひながらうれし。指櫛むすばせて、をかしげなるも又うれし。思ふ人は、我身よりも勝りてうれし。御前に人々所もなく居たるに、今のぼりたれば、少し遠き柱のもとなどに居たるを、御覽じつけて、「こち來」と仰せられたれば、道あけて、近く召し入れたるこそ嬉しけれ。御前に人々あまた、物仰せらるる序などにも、「世の中のはらだたしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、いづちも/\行きうせなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清らなる、よき筆、白き色紙、檀紙など得つれば、かくても暫時ありぬべかりけりとなん覺え侍る。また高麗縁の疊の筵、青うこまかに、縁の紋あざやかに、黒う白う見えたる、引き廣げて見れば、何か猶さらに、この世はえおもひはなつまじと、命さへ惜しくなんなる」と申せば、「いみじくはかなき事も慰むなるかな。姥捨山の月は、いかなる人の見るにか」と笑はせ給ふ。さぶらふ人も、「いみじくやすき息災のいのりかな」といふ。さて後にほど經て、すずろなる事を思ひて、里にあるころ、めでたき紙を二十つつみに裹みて賜はせたり。仰事には、「疾く參れ」などのたまはせて、「これは聞しめし置きたる事ありしかばなん。わろかめれば、壽命經もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いとをかし。無下に思ひ忘れたりつることを、思しおかせ給へりけるは、猶ただ人にてだにをかし、ましておろかならぬ事にぞあるや。心も亂れて、啓すべきかたもなければ、ただ、

かけまくもかしこきかみのしるしには鶴のよはひになりぬべきかな

あまりにやと啓せさせ給へとてまゐらせつ。臺盤所の雜仕ぞ、御使には來たる。青き單衣などぞ取らせて。まことにこの紙を、草紙に作りてもてさわぐに、むつかしき事も紛るる心地して、をかしう心のうちもおぼゆ。二月ばかりありて、赤衣著たる男の、疊を持て來て「これ」といふ。「あれは誰そ、あらはなり」など物はしたなういへば、さし置きて往ぬ。「いづこよりぞ」と問はすれば、「まかりにけり」とて取り入れたれば、殊更に御座といふ疊のさまにて、高麗などいと清らなり。心の中にはさにやあらんと思へど、猶おぼつかなきに、人ども出しもとめさすれど、うせにけり。怪しがり笑へど、使のなければいふかひなし。所たがへなどならば、おのづからも又いひに來なん。宮のほとりに案内しに參らせまほしけれど、なほ誰すずろにさるわざはせん、仰事なめりといみじうをかし。二日ばかり音もせねば、うたがひもなく、左京の君の許に、「かかる事なんある。さる事やけしき見給ひし。忍びて有樣のたまひて、さる事見えずば、かく申したりとも、な漏し給ひそ」と言ひ遣りたるに、「いみじうかくさせ給ひし事なり。ゆめ/\まろが聞えたるとなく、後にも」とあれば、さればよと、思ひしもしるく、をかしくて、文かきて、又密に御前の高欄におかせしものは、惑ひしほどに、やがてかきおとして、御階のもとにおちにけり。

關白殿、二月十日のほどに、法興院の積善寺といふ御堂にて、一切經供養せさせ給ふ。女院、宮の御前もおはしますべければ、二月朔日のほどに、二條の宮へ入らせ給ふ。夜更けてねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。翌朝、日のうららかにさし出でたる程に起きたれば、いと白うあたらしうをかしげに作りたるに、御簾より始めて、昨日かけたるなめり。御しつらひ、獅子狛犬など、いつのほどにや入り居けんとぞをかしき。櫻の一丈ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、御階のもとにあれば、いと疾う咲きたるかな、梅こそ只今盛なめれと見ゆるは、作りたるなめり。すべて花のにほひなど、咲きたるに劣らず、いかにうるさかりけん。雨降らば、萎みなんかしと見るぞ口惜しき。小家などいふ物の多かりける所を、今作らせ給へれば、木立などの見所あるは、いまだなし。ただ宮のさまぞ、けぢかくをかしげなる。殿渡らせ給へり。青鈍の堅紋の御指貫、櫻の直衣に、紅の御衣三つばかり、唯直衣にかさねてぞ奉りたる。御前より初めて、紅梅の濃きうすき織物、堅紋、立紋など、あるかぎり著たれば、唯ひかり滿ちて、唐衣は萌黄、柳、紅梅などもあり。御前に居させ給ひて、物など聞えさせ給ふ。御答のあらまほしさを、里人に僅にのぞかせばやと見奉る。女房どもを御覽じ渡して、「宮に何事を思しめすらん。ここらめでたき人々を竝べすゑて御覽ずるこそ、いと羨しけれ。一人わろき人なしや、これ家々の女ぞかし。あはれなり。よくかへりみてこそさぶらはせ給はめ。さてもこの宮の御心をば、いかに知り奉りて集り參り給へるぞ。いかにいやしく物惜しみせさせ給ふ宮とて、われは生れさせ給ひしよりいみじう仕うまつれど、まだおろしの御衣一つ給はぬぞ。何かしりうごとには聞えん」などの給ふがをかしきに、みな人々笑ひぬ。「まことぞ、をこなりとてかく笑ひいまするが恥し」などの給はする程に、内裏より御使にて、式部丞某まゐれり。御文は、大納言殿取り給ひて、殿に奉らせ給へば、ひき解きて、「いとゆかしき文かな。ゆるされ侍らばあけて見侍らん」との給はすれば怪しうとおぼいためり。「辱くもあり」とて奉らせ給へば、取らせ給ひても、ひろげさせ給ふやうにもあらず、もてなさせ給ふ、御用意などぞありがたき。すみのまより、女房茵さし出でて、三四人御几帳のもとに居たり。「あなたにまかりて、禄の事ものし侍らん」とてたたせ給ひぬる後に、御文御覽ず。御返しは紅梅の紙に書かせ給ふが、御衣のおなじ色ににほひたる、猶斯うしも推し量り參らする人はなくやあらんとぞ口をしき。今日は殊更にとて、殿の御かたより禄は出させ給ふ。女の裝束に、紅梅の細長そへたり。肴などあれば、醉はさまほしけれど、「今日はいみじき事の行幸に、あが君許させ給へ」と大納言殿にも申して立ちぬ。君達などいみじう假粧し給ひて、紅梅の御衣も劣らじと著給へるに、三の御前は御匣殿なり。中の姫君よりも大に見え給ひて、うへなど聞えんにぞよかめる。うへも渡らせ給へり。御几帳ひき寄せて、新しく參りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。さし集ひて、かの日の裝束、扇などの事をいひ合するもあり。又挑みかはして、「まろは何か、唯あらんにまかせてを」などいひて、「例の君」などにくまる。夜さりまかづる人も多かり。かかる事にまかづれば、え止めさせ給はず。うへ日々に渡り、夜もおはします。君達などおはすれば、御前人少なく候はねばいとよし。内裏の御使日々に參る。御前の櫻、色はまさらで、日などにあたりて、萎みわるうなるだにわびしきに、雨の夜降りたる翌朝、いみじうむとくなり。いと疾く起きて、「泣きて別れん顏に、心おとりこそすれ」といふを聞かせ給ひて、「げに雨のけはひしつるぞかし、いかならん」とて驚かせ給ふに、殿の御方より侍の者ども、下種など來て、數多花のもとに唯よりによりて、引き倒し取りて、「密に往きて、まだ暗からんに取れとこそ仰せられつれ、明け過ぎにけり、不便なるわざかな、疾く/\」と倒し取るに、いとをかしくて、いはばいはなんと、兼澄が事を思ひたるにやとも、よき人ならばいはまほしけれど、「かの花盗む人は誰ぞ、あしかめり」といへば、笑ひて、いとど逃げて引きもていぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。莖どもにぬれまろがれつきて、いかに見るかひなからましと見て入りぬ。掃殿寮まゐりて御格子まゐり、主殿の女官御きよめまゐりはてて、起きさせ給へるに、花のなければ、「あなあさまし。かの花はいづちいにける」と仰せらる。「あかつき盗人ありといふなりつるは、なほ枝などを少し折るにやとこそ聞きつれがしつるぞ。見つや」と仰せらる。「さも侍らず。いまだ暗くて、よくも見侍らざりつるを、しろみたるものの侍れば、花を折るにやと、うしろめたさに申し侍りつる」と申す。「さりともかくはいかでか取らん。殿の隱させ給へるなめり」とて笑はせ給へば、「いで、よも侍らじ。春風の爲て侍りなん」と啓するを、「かくいはんとて隱すなりけり。ぬすみにはあらで、ふりにこそふるなりつれ」と仰せらるるも、珍しき事ならねど、いみじうめでたき。殿おはしませば、寐くたれの朝顏も、時ならずや御覽ぜんと引き入らる。おはしますままに、「かの花うせにけるは、いかにかくは盗ませしぞ、いぎたなかりける女房たちかな。知らざりけるよ」と驚かせ給へば、「されど我よりさきにとこそ思ひて侍るめりつれ」と忍びやかにいふを、いと疾く聞きつけさせ給ひて、「さ思ひつる事ぞ、世に他人いでて見つけじ、宰相とそことの程ならんと推し量りつ」とて、いみじう笑はせ給ふ。「さりげなるものを、少納言は春風におほせける」と宮の御前にうちゑませ給へる、めでたし。「虚言をおほせ侍るなり。今は山田も作るらん」とうち誦ぜさせ給へるも、いとなまめきをかし。「さてもねたく見つけられにけるかな。さばかり誡めつるものを、人の所に、かかるしれもののあるこそ」との給はす。「春風はそらにいとをかしうも言ふかな」と誦ぜさせ給ふ。「ただことには、うるさく思ひよりて侍りつかし。今朝のさまいかに侍らまし」とて笑はせ給ふを小若君「されどそれはいと疾く見て、雨にぬれたりなど、おもてぶせなりといひ侍りつ」と申し給へばいみじうねたからせ給ふもをかし。さて八日九日の程にまかづるを、「今少し近うなして」など仰せらるれど、出でぬ。いみじう常よりものどかに照りたる晝つかた、「花のこころ開けたりや、いかがいふ」との給はせたれば、「秋はまだしく侍れど、よにこの度なんのぼる心地し侍る」など聞えさせつ。出させ給ひし夜、車の次第もなく、まづ/\とのり騒ぐがにくければ、さるべき人三人と、「猶この車に乘るさまのいとさわがしく、祭のかへさなどのやうに、倒れぬべく惑ふいと見ぐるし。たださはれ、乘るべき車なくてえ參らずば、おのづから聞しめしつけて賜はせてん」など笑ひ合ひて立てる前より、押し凝りて、惑ひ乘り果てて出でて、「かうか」といふに、「まだここに」と答ふれば、宮司寄り來て、「誰々かおはする」と問ひ聞きて、「いと怪しかりけることかな。今は皆乘りぬらんとこそ思ひつれ。こはなどてかくは後れさせ給へる。今は得選を乘せんとしつるに。めづらかなるや」など驚きて寄せさすれば、「さばまづその御志ありつらん人を乘せ給ひて、次にも」といふ聲聞きつけて「けしからず腹ぎたなくおはしけり」などいへば、乘りぬ。その次には、誠にみづしが車にあれば、火もいと暗きを、笑ひて、二條の宮に參りつきたり。御輿は疾く入らせ給ひて、皆しつらひ居させ給ひけり。「ここに呼べ」と仰せられければ、左京、小左近などいふ若き人々、參る人ごとに見れど、なかりけり。おるるに隨ひ、四人づつ御前に參り集ひて侍ふに、「いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限おりはててぞ、辛うじて見つけられて、「かばかり仰せらるるには、などかくおそく」とて率ゐて參るに、見れば、いつの間に、かうは年ごろの住居のさまに、おはしましつきたるにかとをかし。「いかなれば、かう何かと尋ぬばかりは見えざりつるぞ」と仰せらるるに、とかくも申さねば、諸共に乘りたる人、「いとわりなし。さいはての車に侍らん人は、いかでか疾くは參り侍らん。これもほと/\え乘るまじく侍りつるを、みづしがいとほしがりて、ゆづり侍りつるなり。暗う侍りつる事こそ、わびしう侍りつれ」と笑ふ/\啓するに、「行事するもののいとあやしきなり。又などかは心知らざらん者こそつつまめ、右衞門などはいへかしなど仰せらる。「されどいかでか走りさきだち侍らん」などいふも、かたへの人、にくしと聞くらんと聞ゆ。「さまあしうて、かく乘りたらんもかしこかるべき事かは。定めたらんさまの、やんごとなからんこそよからめ」とものしげに思し召したり。「おり侍るほどの待遠に、苦しきによりてにや」とぞ申しなほす。

御經のことに、明日渡らせおはしまさんとて、今宵參りたり。南院の北面にさしのぞきたれば、たかつきどもに火をともして、二人三人四人、さるべきどち、屏風引き隔てつるもあり、几帳中にへだてたるもあり。又さらでも集ひ居て、衣ども閉ぢ重ね、裳の腰さし、假粧ずるさまは、更にもいはず、髮などいふものは、明日より後はありがたげにぞ見ゆる。「寅の時になん渡らせ給ふべかなる。などか今まで參り給はざりつる。扇もたせて、尋ね聞ゆる人ありつ」など告ぐ。「まて、實に寅の時か」とさうぞき立ちてあるに、明け過ぎ、日もさし出でぬ。西の對の唐廂になん、さし寄せて乘るべきとて、あるかぎり渡殿へ行く程に、まだうひ/\しきほどなる今參どもは、いとつつましげなるに、西の對に殿すませ給へば、宮にもそこにおはしまして、まづ女房車に乘せさせ給ふを御覽ずとて、御簾の中に、宮、淑景舎、三四の君、殿のうへ、その御弟三所、立ち竝みておはします。車の左右に、大納言、三位中將二所して、簾うちあげ、下簾ひきあげて乘せ給ふ。皆うち群れてだにあらば、隱れ所やあらん。四人づつ書立に隨ひて、それ/\と呼び立てて、乘せられ奉り、歩み行く心地、いみじう實にあさましう、顯證なりとも世の常なり。御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の見ぐるしと御覽ぜんは、更にわびしき事かぎりなし。身より汗のあゆれば、繕ひ立てたる髮などもあがりやすらんと覺ゆ。辛うじて過ぎたれば、車のもとに、いみじう恥しげに、清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふも現ならず。されど倒れず、そこまでは往き著きぬるこそ、かしこき顏もなきかと覺ゆれど、皆乘りはてぬれば、引き出でて、二條の大路に榻立てて、物見車のやうにて立ち竝べたる、いとをかし。人もさ見るらんかしと、心ときめきせらる。四位五位六位など、いみじう多う出で入り、車のもとに來て、つくろひ物いひなどす。まづ院の御むかへに、殿を始め奉りて、殿上と地下と皆參りぬ。それ渡らせ給ひて後、宮は出させ給ふべしとあれば、いと心もとなしと思ふほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめに十五、四つは尼の車、一の御車は唐の車なり。それに續きて尼の車、後口より水精の珠數、薄墨の袈裟衣などいみじくて、簾はあげず。下簾も薄色の裾少し濃き。次にただの女房の十、櫻の唐衣、薄色の裳、紅をおしわたし、かとりの表著ども、いみじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は淺緑に霞み渡るに、女房の裝束の匂ひあひて、いみじき織物のいろ/\の唐衣などよりも、なまめかしう、をかしき事限なし。關白殿、その御次の殿ばら、おはする限もてかしづき奉らせ給ふ、いみじうめでたし。これら見奉り騒ぐ、この車どもの二十立ち竝べたるも、又をかしと見ゆらんかし。いつしか出でさせ給はばなど、待ち聞えさするに、いと久し。いかならんと心もとなく思ふに、辛うじて、采女八人馬に乘せて引き出づめり。青末濃の裳、裙帶、領巾などの風に吹きやられたる、いとをかし。豐前といふ采女は、典藥頭重正が知る人なり。葡萄染の織物の指貫を著たれば、いと心ことなり。「重正は色許されにけり」と山の井の大納言は笑ひ給ひて、皆乘り續きて立てるに、今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたしと見え奉りつる御有樣に、これは比ぶべからざりけり。朝日はな%\とさしあがる程に、木の葉のいと花やかに輝きて、御輿の帷子の色艶などさへぞいみじき。御綱はりて出でさせ給ふ。御輿の帷子のうちゆるぎたるほど、實に頭の毛など、人のいふは更に虚言ならず。さて後に髮あしからん人もかこちつべし。あさましう、いつくしう、猶いかでかかる御前に馴れ仕うまつらんと、わが身もかしこうぞ覺ゆる。御輿過ぎさせ給ふほど、車の榻ども、人給にかきおろしたりつる、また牛どもかけて、御輿の後につづきたる心地の、めでたう興あるありさま、いふかたなし。おはしましつきたれば、大門のもとに高麗唐土の樂して、獅子狛犬をどり舞ひ、笙の音、鼓の聲に物もおぼえず。こはいづくの佛の御國などに來にけるにかあらんと、空に響きのぼるやうにおぼゆ。内に入りぬれば、いろ/\の錦のあげばりに、御簾いと青くてかけ渡し、屏幔など引きたるほど、なべてただにこの世とおぼえず。御棧敷にさし寄せたれば、又この殿ばら立ち給ひて、「疾くおりよ」との給ふ。乘りつる所だにありつるを、今少しあかう顯證なるに、大納言殿、いともの/\しく清げにて、御下襲のしりいと長く所せげにて、簾うちあげて、「はや」とのたまふ。つくろひそへたる髮も、唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらん。色の黒さ赤ささへ見わかれぬべき程なるが、いとわびしければ、ふとも得降りず。「まづ後なるこそは」などいふほども、それも同じこころにや、「退かせ給へ、かたじけなし」などいふ。「恥ぢ給ふかな」と笑ひて、立ちかへり、辛うじておりぬれば、寄りおはして、「むねたかなどに見せで、隱しておろせと、宮の仰せらるれば來たるに、思ひぐまなき」とて、引きおろして率て參り給ふ。さ聞えさせ給ひつらんと思ふもかたじけなし。參りたれば、初おりける人どもの、物の見えぬべき端に、八人ばかり出で居にけり。一尺と二尺ばかりの高さの長押のうへにおはします。ここに立ち隱して、「率て參りたり」と申し給へば、「いづら」とて几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ唐の御衣裳奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御衣よろしからんや、中に唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重の御衣に、赤色の唐の御衣、地摺の唐の羅に、象眼重ねたる御裳など奉りたり。織物の色、更になべて似るべきやうなし。「我をばいかが見る」と仰せらる。「いみじうなん候ひつる」なども、言に出でてはよのつねにのみこそ。「久しうやありつる。それは殿の大夫の、院の御供にきて、人に見えぬる、おなじ下襲ながら、宮の御供にあらん、わろしと人思ひなんとて、殊に下襲ぬはせ給ひけるほどに、遲きなりけり。いとすき給へり」などとうち笑はせ給へる、いとあきらかに晴れたる所は、今少しけざやかにめでたう、御額あげさせ給へる釵子に、御分目の御髮の聊よりて、著く見えさせ給ふなどさへぞ、聞えんかたなき。三尺の御几帳一雙をさしちがへて、こなたの隔にはして、その後には、疊一枚を、長ざまに縁をして、長押の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御伯父の兵衞督忠君と聞えけるが御女、宰相の君とは、富小路の左大臣の御孫、それ二人ぞうへに居て見え給ふ。御覽じわたして、「宰相はあなたに居て、うへ人どもの居たる所、往きて見よ」と仰せらるるに、心得て、「ここに三人いとよく見侍りぬべし」と申せば、「さば」とて召し上げさせ給へば、しもに居たる人々、「殿上許さるる内舎人なめりと笑はせんと思へるか」といへば、「うまさへのほどぞ」などいへば、そこに入り居て見るは、いとおもだたし。かかる事などをみづからいふは、ふきがたりにもあり、また君の御ためにも輕々しう、かばかりの人をさへ思しけんなど、おのづから物しり、世の中もどきなどする人は、あいなく畏き御事にかかりて、かたじけなけれど、あな辱き事などは、又いかがは。誠に身の程過ぎたる事もありぬべし。院の御棧敷、所々の棧敷ども見渡したる、めでたし。殿はまづ院の御棧敷に參り給ひて、暫時ありてここに參り給へり。大納言二所、三位中將は陣近う參りけるままにて、調度を負ひて、いとつき%\しうをかしうておはす。殿上人、四位五位、こちたううち連れて、御供に侍ひ竝み居たり。入らせ給ひて見奉らせ給ふに、女房あるかぎり、裳、唐衣、御匣殿まで著給へり。殿のうへは、裳のうへに小袿をぞ著給へる。「繪に書きたるやうなる御さまどもかな。今いらい今日はと申し給ひそ。三四の君の御裳ぬがせ給へ。この中の主君には、御前こそおはしませ。御棧敷の前に陣をすゑさせ給へるは、おぼろけのことか」とてうち泣かせ給ふ。實にと、見る人も涙ぐましきに、赤色櫻の五重の唐衣を著たるを御覽じて、「法服ひとくだり足らざりつるを、俄にまとひしつるに、これをこそかり申すべかりけれ。さらばもし又、さやうの物を切り調めたるに」との給はするに、又笑ひぬ。大納言殿少し退き居給へるが、聞き給ひて、「清僧都のにやあらん」との給ふ。一言としてをかしからぬ事ぞなきや。僧都の君、赤色の羅の御衣、紫の袈裟、いと薄き色の御衣ども、指貫著たまひて、菩薩の御樣にて、女房にまじりありき給ふもいとをかし。「僧綱の中に、威儀具足してもおはしまさで、見ぐるしう女房の中に」など笑ふ。父の大納言殿、御前より松君率て奉る。葡萄染の織物の直衣、濃き綾のうちたる、紅梅の織物など著給へり。例の四位五位いと多かり。御棧敷に女房の中に入れ奉る。何事のあやまりにか、泣きののしり給ふさへいとはえ%\し。事始りて、一切經を、蓮の花のあかきに、一花づつに入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下六位、何くれまでもて渡る、いみじうたふとし。大行道導師まゐり、囘向しばし待ちて舞などする、日ぐらし見るに、目もたゆく苦しう。うちの御使に、五位の藏人まゐりたり。御棧敷の前に胡床立てて居たるなど、實にぞ猶めでたき。夜さりつかた、式部丞則理まゐりたり。「やがて夜さり入らせ給ふべし。御供に侍へと、宣旨侍りつ」とて歸りも參らず。宮は「なほ歸りて後に」との給はすれども、また藏人の辨まゐりて、殿にも御消息あれば、唯「仰のまま」とて、入らせ給ひなどす。院の御棧敷より、千賀の鹽竈などのやうの御消息、をかしき物など持て參り通ひたるなどもめでたし。事はてて院還らせ給ふ。院司上達部など、このたびはかたへぞ仕う奉り給ひける。宮は内裏へ入らせ給ひぬるも知らず、女房の從者どもは、「二條の宮にぞおはしまさん」とて、そこに皆往き居て、待てど/\見えぬ程に、夜いたう更けぬ。内裏には宿直物持て來らんと待つに、きよく見えず。あざやかなる衣の、身にもつかぬを著て、寒きままに、にくみ腹立てどかひなし。翌朝きたるを、「いかにかく心なきぞ」などいへば、となふる如もさ言はれたり。又の日雨降りたるを、殿は「これになん、わが宿世は見え侍りぬる。いかが御覽ずる」と聞えさせ給ふ。御心おちゐ理なり。