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竹林抄卷第八 雜連歌上
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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8. 竹林抄卷第八
雜連歌上

[二一一七]言葉や松をはしめなるらん と云句に
[二一一八]春たては人は千年を祝ふ世に

能阿法師

[二一一九]ちきれる春の面影もうし
[二一二〇]岩水に雪を汲まて身は老て

權大納言都心敬

[二一二一]言葉はかりのあらましはうし
[二一二二]身をいはふ初春ことに老の來て

宗砌法師

[二一二三]星あらたまるとしは越けり
[二一二四]冬の水春の木かけに移り來て

平賢盛

[二一二五]猶梅か香をしたふ木かくれ
[二一二六]年毎に去年を忘るゝ春もなし

能阿

[二一二七]曇りかすめる峯の有明
[二一二八]古寺の春の霜夜に鐘なりて

賢盛

[二一二九]古きやしろに梅にほふころ
[二一三〇]雪薄きひはたのしのふかつもえて

心敬

[二一三一]紅の日影そ靡く夕かすみ
[二一三二]いかなる洞に雪のこるらん

賢盛

[二一三三]鶴のはやしも枯て目に見す
[二一三四]片山の霜夜のあしたうちかすみ

法眼專順

[二一三五]たか心かくまて染し春の花
[二一三六]かすむはやしの筆のうすすみ

智薀法師

[二一三七]山守のこゝろの花を風もしれ
[二一三八]朽木のもとにかすむ柴の戸

專順

[二一三九]花の頃おほえす日をや送るらん
[二一四〇]春草高し歸るふるさと

賢盛

[二一四一]みるにこゝろのうつろひやせん
[二一四二]尋はや浮世の外の山さくら

專順

[二一四五]山路をゆけはうくひすそなく
[二一四六]老の坂こえて相見る花もうし

[二一四七]身を捨てたに山はさためす
[二一四八]花さけはいつくも浮世いかゝせん

[二一四九]二度は人とならしと思ふ身に
[二一五〇]たゝ月に愛て花にくらさん

心敬

[二一五一]うき身もつひに世にはとまらし
[二一五二]あらましは花散山をまつものを

智薀

[二一五三]うき世の中よさもあらはあれ
[二一五四]ちらぬ花老せぬ人もなきものを

心敬

[二一五五]ありしを夢にたのむはかなさ
[二一五六]人の世をみれは花こそつれなけれ

[二一五七]ゆふへの雲をなみたにそ見る
[二一五八]花も世のうれへの色にうつろひて

[二一五九]いつをかきりの心ともなし
[二一六〇]花も葉もおもへはくちぬ世の中に

[二一六一]花さくたねを殘す朝かほ
[二一六二]遠き世の春の桃園あとふりて

賢盛

[二一六三]まとほのころも移り香もなし
[二一六四]春ははやむかしの今朝に夏のきて

[二一六五]いつをまことの色とたのまん
[二一六六]墨染にそめはやけふの衣かへ

專順

[二一六七]かくれ家のかきねの梢しけれたゝ
[二一六八]世を卯花はちるもをしまし

法印行助

[二一六九]待つる月のかゝる山の端
[二一七〇]郭公こゝろくらへに夜はあけて

心敬

[二一七一]ひまなきしつも君あふくなり
[二一七二]まつる日のものみに出る人おほみ

賢盛

[二一七三]車のみきにのりしかへるさ
[二一七四]人のみる馬場のひをり時過て

宗砌

[二一七五]くるゝ野原にひろき澤水
[二一七六]植渡す田面の末はみとりにて

賢盛

[二一七七]もすそゝぬるゝ歸る道しは
[二一七八]植渡す澤邊の田子の野を分て

專順

[二一七九]あけわたりたる河水の色
[二一八〇]鵜かひ舟かゝり程なくくたる夜に

[二一八一]月めくり庭鳥うたふ聲はして
[二一八二]關のこすゑの秋のやまかせ

智薀

[二一八三]七夕のあふのちの秋かせ
[二一八四]日にたてぬ垣ねの梶の葉は落て

[二一八五]とししる星は七つ九つ
[二一八六]梶をとり菊をつむ日の秋毎に

宗砌

[二一八七]手をあはするはうらかおもてか
[二一八八]ひたりみき分る小鳥のあらそひに

賢盛

[二一八九]立むら雀さわくいろ鳥
[二一九〇]小鷹すゑこゆみもつ人いさなひて

宗砌

[二一九一]草葉そよめく五月雨のころ
[二一九二]小男鹿のわたる野原に日は暮て

[二一九三]ね覺夜ふかく猶やしくれん
[二一九四]秋の露おいのまくらをはしめにて

專順

[二一九五]あかつきかたにむすふあか水
[二一九六]なれこしをこん世の月もわするなよ

心敬

[二一九七]今年もなかは過るふる寺
[二一九八]身にそしむ老にたのまぬ飛鳥風

[二一九九]いつの世に別そめてかわかるらん
[二二〇〇]冬にうつろふ野の宮のあき

專順

[二二〇一]淋しく過る松の下かけ
[二二〇二]蜑もきけ磯の寢覺のさよ時雨

心敬

[二二〇三]袖はけふりの香にそしみぬる
[二二〇四]冬こもる賤かふせやに梅開て

專順

[二二〇五]かたるも聞もおもひてそなき
[二二〇六]いたつらに春秋くらすかた田舍

智薀

[二二〇七]年々のおとろけとてやそはる覽
[二二〇八]をしみかなしみうつる春秋

能阿

[二二〇九]むかしをも今になしたる我心
[二二一〇]かくても經ぬるしつかをたまき

智薀

[二二一一]なへてかすみや山ひめのきぬ
[二二一二]たか爲にさらせる布そ瀧津浪

專順

[二二一三]身のうへに見るもすさまし水の泡
[二二一四]岩なみたかき瀧のしたみち

行助

[二二一五]なかをいかてかさくるなる神
[二二一六]雨すくるこなたかなたの峯の雲

宗砌

[二二一七]消すやなみのうへのあわしま
[二二一八]まゆのことたなひく山は雲間にて

賢盛

[二二一九]澤にそ山のかけもなかるゝ
[二二二〇]をのへよりさまよふ雲の末はれて

專順

[二二二一]降積る雪の山もと暮る日に
[二二二二]かね一聲の遠の杉村

心敬

[二二二三]松一むらに浦そ暮行
[二二二四]遠き江の煙にくもる鐘の聲

[二二二五]うき雲は日の入山に猶見えて
[二二二六]なみのうへなる興津しま松

能阿

[二二二七]なれもやもめの鳥なくなり
[二二二八]風さわく夕山もとのひとつ松

宗砌

[二二二九]とゝまりて名におふ宮は神さひぬ
[二二三〇]ならの下葉にのこるゆふかせ

心敬

[二二三一]聞なれぬ鳥の音さひし谷の奥
[二二三二]名もしらかしにましるときは木

智薀

[二二三三]獸も君かこのときいてつへし
[二二三四]名も木たかしや桐にすむ鳥

賢盛

[二二三五]よそめはそらにある世とそ聞
[二二三六]陰高き森のはゝ木々風落て

專順

[二二三七]身に何事をありとたのまん
[二二三八]ふりのこる我はゝ木々のかけもをし

[二二三九]すむ山人と身はなりにけり
[二二四〇]植置し庭の小松の陰ふりて

心敬

[二二四一]しのふといふもなほさりの程
[二二四二]小松さへおふる軒はの草かくれ

宗砌

[二二四三]またしらぬ深山の奥をしめ置て
[二二四四]眞木たつ庭の夕暮の色

心敬

[二二四五]こゝろの花よみるに替るな
[二二四六]古郷は軒の朽木を友として

能阿

[二二四七]遠き山かとおもふうき雲
[二二四八]軒にみし梢もくるゝ雨の日に

心敬

[二二四九]人そうき何ゆゑ月もまたるらん
[二二五〇]となりなる木のおほふ我宿

宗砌

[二二五一]床さむけなる雪のむら鳥
[二二五二]風渡る竹よりをちのくるゝ日に

能阿

[二二五三]此岸をはなるゝ後の世は遠し
[二二五四]さとにほりわけううるくれ竹

智薀

[二二五五]うきしつみある我よ人の世
[二二五六]此村のさかひの竹を風こえて

宗砌

[二二五七]雨にやならんふく風の聲
[二二五八]末なひく田中の竹に鳩啼て

心敬

[二二五九]冬枯の野邊に淋しき色見えて
[二二六〇]夕日のしたの水の一すち

[二二六一]深山の川のさむくなる音
[二二六二]夕されはわたる人なき瀬をはやみ

[二二六三]あたしこゝろは色このむひと
[二二六四]埋木のうへに消ぬる水の泡

能阿

[二二六五]松をやうつむかけの高しほ
[二二六六]うきみるのはつかになひく浪の上

專順

[二二六七]棹さす舟のくるゝ淋しさ
[二二六八]ふかき江の蘆の葉そよき降雨に

心敬

[二二六九]稻葉の風の音そしつまる
[二二七〇]降雨のあしの丸やは戸を閉て

[二二七一]何事を夕の月におもふらん
[二二七二]雲と山とのあなたなるさと

專順

[二二七三]何國をさしてかけとたのまん
[二二七四]ひまことに雨はふるやの板ひさし

宗砌

[二二七五]花たち花の古郷はうし
[二二七六]匂ひなき鈎簾に夕の雨もりて

心敬

[二二七七]袖さへぬるゝ道芝の露
[二二七八]いにしへの宮のうち野の原を見て

宗砌

[二二七九]月にやたれも道拂ふらん
[二二八〇]忍ひぬる御幸のかへさ夜をかけて

心敬

[二二八一]床ちかゝりきとのゐする聲
[二二八二]小車をふけぬる門に引いれて

能阿

[二二八三]ゆく螢鈎簾のま遠く照すなり
[二二八四]たか乘るならし夜半の小車

賢盛

[二二八五]ゆふへの道にまよふ小車
[二二八六]夜るひかる玉をいつくにたつねまし

行助

[二二八七]その神山に手向をやせん
[二二八八]家の風したふかつらををりわひて

能阿

[二二八九]けになつかしきいにしへの人
[二二九〇]學ふへきこゝろのおくを文に見て

專順

[二二九一]わかるゝことはならはさらなん
[二二九二]はかなしな文を形見の師のをしへ

行助

[二二九三]たのむもはかな文の言の葉
[二二九四]忘れ草しけき庭のをしへにて

心敬

[二二九五]うらみし文に又そむかへる
[二二九六]若き世にまなはぬ道はかひもなし

[二二九七]絲をかけたる袖のさゝかに
[二二九八]をしへあるもしの數々あらはれて

賢盛

[二二九九]みるやたよりの文の言の葉
[二三〇〇]たれありてむかしの道を教へまし

行助

[二三〇一]おもひなくさむほとのはかなさ
[二三〇二]いりぬへき道をもしらて讀歌に

專順

[二三〇三]薪をおへる人かとそ見る
[二三〇四]山賤をわかことの葉のすかたにて

心敬

[二三〇五]つゝむ名も世にかくれなく成にけり
[二三〇六]むかしなからの大和ことの葉

宗砌

[二三〇七]御階のもとに物申す人
[二三〇八]君のめす歌をはるかに聞えあけ

賢盛

[二三〇九]面影はひたりみきりに立そひて
[二三一〇]あはするうたのいにしへの人

心敬

[二三一一]あふきもてきぬ遠き人の代
[二三一二]敷島の道しつかなるそかの里

能阿

[二三一三]捨えぬ身こそ袖はぬれけれ
[二三一四]たとるまに年は老にき歌の道

宗砌

[二三一五]おもへはふみやなさけなるらん
[二三一六]武士の弓とる道はたけき代に

[二三一七]胸なる月にひかりそへはや
[二三一八]勢を身はひきとらぬあつさ弓

[二三一九]三葉四葉の家そさかゆる
[二三二〇]武士のえひらの箭なみいろ/\に

[二三二一]思ふねかひのはやきみたらし
[二三二二]はなつ箭のいたる所はこゝろにて

[二三二三]やすきかちにそけふはかゝらん
[二三二四]武士のたゝかふ場に身をわすれ

賢盛

[二三二五]身を捨るこゝろはやすく無ものを
[二三二六]家をおもへはいさむものゝふ

心敬

[二三二七]君につかへてなからへにけり
[二三二八]武士のいくたひ身をは捨つらん

宗砌

[二三二九]うちのゝはらそうちはへて行
[二三三〇]かちむちに馬場の人は名をあけて

[二三三一]むらの子ともの遠き歸るさ
[二三三二]かふ牛やはなちし跡をしたふらん

能阿

[二三三三]ゆふへにはやくとまる庭鳥
[二三三四]牛引て歸る里こそはるかなれ

賢盛

[二三三五]くろきはかりは似たる牛の子
[二三三六]あけまきのひたひの髮のかたみたれ

宗砌

[二三三七]吹よはるいきの松風身にしみて
[二三三八]草かり笛の暮るやまみち

心敬

[二三三九]はるかにも聞はつくしの國なれや
[二三四〇]ことの音かよふ須磨の山かけ

賢盛

[二三四一]さそへや山のおくのまつ風
[二三四二]かつらこそことそみるこゝちする

[二三四三]きゝつることそみるこゝちする
[二三四四]かきならす此あつまやに夢さめて

宗砌

[二三四五]むせふそなみた袖におさへし
[二三四六]ひく琵琶のおとほろ/\と手に鳴て

[二三四七]愛よと菊の花はさきけり
[二三四八]四の緒のこゝろひくなる天津人

賢盛

[二三四九]松風やねふりをさますいしのうへ
[二三五〇]碁うち琴ひく人のさま/\

宗砌

[二三五一]はなたち花のうちかをるかけ
[二三五二]仙人や碁にいきしにをわするらん

[二三五三]石のうへにも世をそいとへる
[二三五四]みたれ碁に我生死のあるを見て

心敬

[二三五五]あらそへるこゝろの馬の乘ものに
[二三五六]かちたるかたのいさむみたれ碁

專順

[二三五七]あとなしことのあらましのすゑ
[二三五八]手習にはしめの文字を書けちて

宗砌

[二三五九]らてんのちくのもしのふる文
[二三六〇]ふたあくる硯のはこ筆見えて

[二三六一]過しむかしを汲やしるらん
[二三六二]いるゝ繪のこゝろはむすふ玉手はこ

[二三六三]筆の跡みるうたの言の葉
[二三六四]繪にかける色はまこともなきものを

賢盛

[二三六五]霞や山をふかく見すらん
[二三六六]つくり繪に色とる筆の數そへて

專順

[二三六七]玉のをにせんおもかけもかな
[二三六八]ふた度とかへらぬ人を繪にとめて

智薀

[二三六九]きも玉しひもそはぬ憂人
[二三七〇]繪に移すむかしのすかたぬしやたれ

專順

[二三七一]かはれる髮に霜やおくらん
[二三七二]ゐる鶴はかゝみのうらにあらはれて

賢盛

[二三七三]とはれしみちそかたはかりなる
[二三七四]くたる世は占のはかせも稀にして

宗砌

[二三七五]弓箭にあまたしることそある
[二三七六]むねあけに時日をとるははかせにて

[二三七七]露の數見る軒そあれたる
[二三七八]かれもせぬかはらの松の秋を經て

能阿

[二三七九]煙のたつやすみなかるらん
[二三八〇]つくりなす瓦に鬼のかたありて

宗砌

[二三八一]軒はともおもはぬはかりあれはてゝ
[二三八二]かはらに見るも鬼はおそろし

專順

[二三八三]そこともしらぬ海の中路
[二三八四]たれかみし名にこそ龍の都なれ

[二三八五]洞はたゝこけの緑にうつもれて
[二三八六]いしをゆかなる仙人のあと

智薀

[二三八七]亂れ碁をうつその間にもこふありて
[二三八八]いしをもつくすあまの羽衣

心敬

[二三八九]見れはつはめの一つれのこゑ
[二三九〇]石をうつしつくもふかく降雨に

賢盛

[二三九一]ふかきちきりは末もかはらし
[二三九二]河つらに同し水くむ里みえて

宗砌

[二三九三]せはきたもとをくたすあまの子
[二三九四]おほうみ遠き鹽干にあさりして

智薀

[二三九五]羽もやすめすさわく水とり
[二三九六]鱗の玉藻にあそふ程見えて

賢盛

[二三九七]舟さすあとの水はすみけり
[二三九八]我影もしらすや釣のおきなさひ

行助

[二三九九]こゝろありてはいつあかしかた
[二四〇〇]夜な/\の釣の火ともす波のうへ

心敬

[二四〇一]山をはなれて日のめくるかた
[二四〇二]松見れはなみにかたふく興津島

專順

[二四〇三]なみにもしろしあけほのゝ色
[二四〇四]舟遠き松にむら/\鷺は寐て

心敬

[二四〇五]色こそかはれ秋の澤水
[二四〇六]紅のうき草かくれ鷺のゐて

[二四〇七]あせたる池に雨おつる見ゆ
[二四〇八]汀なる鷺の蓑毛に風たちて

宗砌

[二四〇九]山かけめくる賀茂の川水
[二四一〇]かさゝきのこの橋もとの木におりて

智薀

[二四一一]思ひはなれんことやまつらん
[二四一二]籠の内に音をなくつるの年老て

能阿

[二四一三]はなれてたてる松そさひしき
[二四一四]むかしたか手かひの鶴のおいぬらん

行助

[二四一五]さしくみにつらき中ともいひかたし
[二四一六]手かひの鳥の籠に遊ふ聲

宗砌

[二四一七]ねぬときなれやあかつきの秋
[二四一八]わきてきけ今夜はかのえ猿の聲

[二四一九]岩ほふむ道のかたはら水落て
[二四二〇]夜ふかき月に猿さけふこゑ

賢盛

[二四二一]煙そのほる奥のすみかま
[二四二二]けた物のかける雲井は遠代に

[二四二三]奥ふかき道を教のたよりにて
[二四二四]犬のこゑするよるのやまさと

心敬

[二四二五]たそかれときの春そ淋しき
[二四二六]一村のかすむさかひに犬ほえて

賢盛

[二四二七]立わかれゆく人の數々
[二四二八]日くるれは市路のかりや物さひて

行助

[二四二九]人のかけなき里の淋しさ
[二四三〇]一村の野中の市の日も過て

心敬

[二四三一]うきもつらきも里によりけり
[二四三二]朝市に世をわひ人の數見えて

[二四三三]神の御箭に人そたちさる
[二四三四]三輪山やあしたの市の杉の門

[二四三五]すつるこそうけかたき身の望なれ
[二四三六]のむあちさけの醉のかなしさ

宗砌

[二四三七]くちひるのゑみや詞の出ぬらん
[二四三八]さけのむしろはあかぬかたらひ

賢盛

[二四三九]たひにしあれはなくさみもあり
[二四四〇]朝けもるしつか椎の葉燒を見て

宗砌

[二四四一]里をはるかにいそく暮かた
[二四四二]きのふより猶おく山の木をこりて

專順

[二四四三]長閑なる春の山水江に落て
[二四四四]柴つむ舟のひとりゆくみゆ

心敬

[二四四五]ふるすの雉のほろゝとそ啼く
[二四四六]うつ音は草かくれなる畑あれて

宗砌

[二四四七]いとなみのさてもはかなき身の行末
[二四四八]うつふる畑のあはれ世の中

智薀

[二四四九]きぬたをとほみひとり打音
[二四五〇]古畑の麓のむらはかすかにて

心敬

[二四五一]春は子日をいはふ年々
[二四五二]しつかかふこのころとれる玉はゝき

能阿

[二四五三]こゝろのうちをいつかはらはん
[二四五四]朝毎に床のちりとる玉はゝき

宗砌

[二四五五]人にしられぬ身こそやすけれ
[二四五六]ことわさに名をのこしても何かせん

心敬

[二四五七]いつれもあとをとめぬ世の中
[二四五八]たれきけとはかなや名をも惜らん

[二四五九]むまやのをさそ髮白くなる
[二四六〇]春秋は程なき夢のひと夜にて

專順

[二四六一]我身に似たる老のあはれさ
[二四六二]色見えぬこゝろもはてはよわりきて

心敬

[二四六三]いつれか殘るなにかつねなる
[二四六四]物毎にあるはこゝろのしななれや

智薀

[二四六五]風も日にみぬ山のあま彦
[二四六六]物毎にたゝありなしをかたちにて

心敬

[二四六七]水のうこくに風わたる見ゆ
[二四六八]人の身に五のかたちあらはれて

能阿

[二四六九]ふしなからなる人の下帶
[二四七〇]たゝならぬ月の日數にくるしみて

賢盛

[二四七一]さもあらはあれとてなとか急く覽
[二四七二]ひかりのかけそ人をおもはぬ

心敬

[二四七三]見れは雪ふり月そのこれる
[二四七四]あけにけりきのふの夢は跡もなし

宗砌

[二四七五]よわくなり行山風のすゑ
[二四七六]鐘遠き里には夢やのこるらん

心敬

[二四七七]あらましの身におくるあはれさ
[二四七八]聞はてぬ夕の鐘に寐覺して

[二四七九]かねにそ遠きかたはしらるゝ
[二四八〇]野山にもこゝろのかよふ寐覺して

行助

[二四八一]うさは日ことにまさる世の中
[二四八二]いつゆきて岩ふみなれんよしの山

能阿

[二四八三]とふ人まれの雪のふるさと
[二四八四]おくれしといりしは誰そよしの山

[二四八五]とはれしとすめはうき世の外なれや
[二四八六]宮古なからのわひひとの宿

行助

[二四八七]世にすむ身にはたゝこゝろあれ
[二四八八]靜なる舍りは山のおくに似て

專順

[二四八九]むかしも憂身なしのはまし
[二四九〇]古里はおく山よりもさひしくて

宗砌

[二四九一]霜にむしなく聲の淋しさ
[二四九二]人とはぬあさちか庭に日はくれて

[二四九三]鹿もなくなり蟲もなくなり
[二四九四]堪てすめ友なしとても草の庵

宗砌

[二四九五]となりにすむそ老の友なる
[二四九六]かけ水に寐覺かたらふ草の庵

心敬

[二四九七](すむとはしるや世に遠き中)
[二四九八](丸竹のかけ水うくる里つゝき)

(賢盛)

[二四九九]あくるあしたの野への露けさ
[二五〇〇]草の戸はたちいつるさへ袖ぬれて

行助

[二五〇一]しつかなる谷にも松は風吹て
[二五〇二]世のうきよりの山のさひしさ

宗砌

[二五〇三]こゝろをあさくいかて見えけん
[二五〇四]すまはやの山松の戸をとひすてゝ

專順

[二五〇五]あかつきかなし誰かねなまし
[二五〇六]山ふかみなれぬあらしをまくらにて

智薀

[二五〇七]苅田のあとの庵のさひしさ
[二五〇八]山かけに人もむすはぬ水おちて

行助

[二五〇九]けにかへらぬやいにしへの夢
[二五一〇]さる事を見れはなかるゝ水に似て

[二五一一]消やらぬかしらの雪のますかゝみ
[二五一二]水にむかへはわれそうたかた

智薀

[二五一三]うきにたふると山をきかせよ
[二五一四]谷の水峯のつま木をいのちにて

心敬

[二五一五]ふかくこゝろをすます月かけ
[二五一六]庵しむるおくやま水をよるくみて

宗砌

[二五一七]おもひみたるないく程の身そ
[二五一八]さひしとて住はなれめや山のおく

專順

[二五一九]のる駒すくる前のたなはし
[二五二〇]旅人もたちによらぬ苔の戸に

心敬

[二五二一]たゝにはきかし松風のおと
[二五二二]うらやまししつかにすめる峯の庵

專順

[二五二三]いますむ山や捨し身のはて
[二五二四]思ふ事たえたる嶺にいほしめして

宗砌

[二五二五]こゝろのかよふゆふへにそなる
[二五二六]たち出て都わすれぬ峯の庵

心敬

[二五二七]わかすむ程や山をかくさん
[二五二八]峯の雲たなひく谷に庵しめて

宗砌

[二五二九]ふる里人とわれもなりにき
[二五三〇]友もうしことなかたりそ山のおく

[二五三一]われたにいとふ我身なりけり
[二五三二]しられしの山をなみたの尋來て

心敬

[二五三三]中々に忘ぬこゝろわすれはや
[二五三四]寢覺はかりにおもふやまさと

[二五三五]とむるを人のなといそくらん
[二五三六]獨さへすめはすまるゝやまさとに

[二五三七]このまゝにそへ又まつもうし
[二五三八]まれにとふ我山里のみやこひと

宗砌

[二五三九]人もこす我身もゆかす深る夜に
[二五四〇]かねなるみねのかけのやまさと

[二五四一]たま/\きてもいそくかへるさ
[二五四二]山里をこゝろなくてはとひかたし

專順

[二五四三]あらんかきりやわれ人の道
[二五四四]山里にかよふくち木のひとつ橋

心敬

[二五四五]又袖ぬらす露そかなしき
[二五四六]山里に水くむ道の小笹はら

[二五四七]なくさめかねつ夕暮の空
[二五四八]山里はことわりよりもさひしくて

宗砌

[二五四九]おもへと世をはすてやかぬらん
[二五五〇]山里はとはんといひし人もこす

專順

[二五五一]むかしの友のなにととふらん
[二五五二]名をかへてうき身を忍ふ山里に

心敬

[二五五三]いまこんとしを花もわするな
[二五五四]山里の春のひかりに身はふりて

能阿

[二五五五]音する風そ人たのめなる
[二五五六]里遠き深山かくれの柴の門に

行助

[二五五七]嶺こう風に木葉ちるおと
[二五五八]柴の戸をとはゝなにとかこたへまし

專順

[二五五九]西のむかへは人をえらはす
[二五六〇]山もとの柴のいほりに雲おりて

宗砌

[二五六一]暮そむる雲の絶まに月見えて
[二五六二]峯の嵐にむかふ柴の戸

專順

[二五六三]くちたる橋そたえ/\になる
[二五六四]柴の戸を世わたる人は尋ねこて