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竹林抄卷第三 秋連歌
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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3. 竹林抄卷第三
秋連歌

[六三三] 色なきこゝろすかたにそかる と云句に
[六三四]目に見えぬ秋風たちぬ峯の松

宗砌法師

[六三五] いまた旅なる夕暮はうし
[六三六]待人はこぬ故郷に秋たちて

法眼專順

[六三七] 行とくと休ふまゝに夜は明て
[六三八]夏か秋かのはつ風のこゑ

能阿法師

[六三九] たえ/\なりし秋の初風
[六四〇]一葉より後は木毎に散を見て

權大僧都心敬

[六四一] あと又はけし秋の山かせ
[六四二]色かはる木々は一葉をはしめにて

專順

[六四三] こゝろのすゑの白風そふく
[六四四]立田山木々の青葉の露分て

[六四五] いかなる中の契りなるらん
[六四六]七夕のあふよは稀に絶もせて

[六四七] 水をむすへは月も移れり
[六四八]天津星ならふ雲ゐをまつるよに

平賢盛

[六四九] 出にしあとの山はくれけり
[六五〇]初秋の月は空よりあらはれて

心敬

[六五一] またこぬくれの秋の初風
[六五二]下葉ちる柳や鴈をさそふらん

[六五三] 一聲をたのむ思ひの玉さかに
[六五四]のこるほたるや鴈をまつらん

法印行助

[六五五] 山は木すゑの秋になるころ
[六五六]日くらしの鳴聲やとす峯の松

[六五七] 秋くるからに袖はぬれけり
[六五八]蜩のなけは空蝉音をたえて

能阿

[六五九] かへるか鴈の浜邊たつ聲
[六六〇]荻の葉に風うちそよく秋はきて

賢盛

[六六一] 夕くれかたれ故郷の月
[六六二]荻の葉の心もさそな秋の風

心敬

[六六三] おなしをしへをあまたにそ聞
[六六四]秋とふく荻の上風山おろし

[六六五] 野邊のさくらの紅葉もそちる
[六六六]山松の本あらの小萩風ふきて

宗砌

[六六七] 時雨につるゝかりの一つら
[六六八]色かはる庭のむら萩ちり初て

賢盛

[六六九] 人待我もなみた落けり
[六七〇]鴈のなく夕の萩の露を見て

心敬

[六七一] ちりならぬ身もたゝ夢のうち
[六七二]蝶のゐる花のとこ夏秋かけて

專順

[六七三] まことかましきおもかけそたつ
[六七四]女郎花たゝ名はかりと見つる野に

[六七五] むかしの袖を露にとはゝや
[六七六]花すゝき野邊には人のよもうゑし

能阿

[六七七] 野さとの秋のくれそさひしき
[六七八]招くともすゝきか本は誰かこん

宗砌

[六七九] 小萩うつろひをしか鳴みち
[六八〇]薄ちる尾上の宮の跡ふりて

心敬

[六八一] あき風やとす松の一むら
[六八二]枯々の岩もとすゝき露もなし

[六八三] 鶉なく野と庭そなりぬる
[六八四]あれ行は尾花か本の里ならて

[六八五] 波に音するうちの山かせ
[六八六]いかゝすむ尾花かりなる秋の庵

賢盛

[六八七] うしろてみゆるきぬ/\そうき
[六八八]朝貌のさくしのゝめに戸をあけて

專順

[六八九] ひもとくほとのなかのきぬ/\
[六九〇]しのゝめの花の槿うつろひて

[六九一] いく秋かへし桃をえし人
[六九二]ふる宮のそのゝ朝顏開のこり

宗砌

[六九三] ひとひもいそけあらましのすゑ
[六九四]朝顏の花のあたなる身を持て

智薀法師

[六九五] 露よりも猶身そあはれなる
[六九六]朝顏の花は又さく世の中に

心敬

[六九七] さたかにみえぬ道芝の露
[六九八]くるゝ野に花さく小草摘捨て

[六九九] むかへは月に人そまたるゝ
[七〇〇]夕露に花咲草の戸をさゝて

賢盛

[七〇一] 月にとふ人の袖より露落て
[七〇二]あさち色つく宿の夕かせ

專順

[七〇三] 名もしらぬ小草花咲川邊かな
[七〇四]芝生かくれの秋の澤水

心敬

[七〇五] けに老まてはしらぬ露の身
[七〇六]花にさけ森のかけなる秋の草

能阿

[七〇七] いかなるかたになひきはつ覽
[七〇八]武藏野やかやかすゑ吹秋の風

心敬

[七〇九] もみち葉みたれ雨のふる頃
[七一〇]いにしへをしのふの軒の露もうし

宗砌

[七一一] 月もいろなるむしの聲々
[七一二]おきのほる露のまかきの暮初て

賢盛

[七一三] きり/\すこそかへの底なれ
[七一四]いつまてと夕露むすふ草の本

智薀

[七一五] なく蟲も我ひとりとやうらむ覽
[七一六]あまのかる藻の露の夕暮

宗砌

[七一七] あさちか原の人の面影
[七一八]露はたゝ夕のおとすなみたにて

心敬

[七一九] うき身の秋はけにそはかなき
[七二〇]消て又玉の緒になる露もかな

行助

[七二一] 旅の袖とふ有明の月
[七二二]世中はいつくも秋の露の宿

智薀

[七二三] 老のあはれを月もとへかし
[七二四]風つらき檜原の山の秋の庵

賢盛

[七二五] なみたは色に先そ見えぬる
[七二六]暮る野に蟲の音またぬ露置て

心敬

[七二七] 時雨のあとの露そ身にしむ
[七二八]蟲の鳴野邊の遠山色つきて

[七二九] そともの草や風の下露
[七三〇]亂れにし蟲の音よわる月深て

智薀

[七三一] 露うちそゝく庭の草むら
[七三二]おのつからむしかふ宿とあれはてゝ

行助

[七三三] そゝける水を手にそ持たる
[七三四]籠にいるゝ蟲の命の露のまに

賢盛

[七三五] 住はつへしや露のあたし世
[七三六]鳴蟲の命も人にあらそひて

能阿

[七三七] いまうからぬはいにしへの秋
[七三八]蟲の音になくさむ庭は野となりて

宗砌

[七三九] さか野のかたの秋のわかれち
[七四〇]蟲の音もよわれる月を西に見て

心敬

[七四一] 露よりあまるしの原の月
[七四二]鈴蟲のなみたふりはへ鳴こゑに

能阿

[七四三] 春さり秋をむかへぬるころ
[七四四]子日せし野邊の松むし又なきて

心敬

[七四五] たく火しめれは月そふけ行
[七四六]蛬秋の神樂をうたふ夜に

賢盛

[七四七] 猶いつまてかをしねもるらん
[七四八]棹鹿のつまとふ暮の月を見て

宗砌

[七四九] 人ゆゑふくる月やうらみん
[七五〇]小男鹿の妻まつ山にたひねして

心敬

[七五一] 月にたにねぬるかほなる眞萩原
[七五二]鹿こそなかねつまやあふらん

專順

[七五三] 松には風の聲そしくるゝ
[七五四]山本の野を夕暮と鹿なきて

宗砌

[七五五] 岡のかり田は人もかけせす
[七五六]山本の月に鹿なく夜は深て

能阿

[七五七] けふりそうすき園のくれ竹
[七五八]山里に鹿おとろかす火は見えて

心敬

[七五九] むかしのあとのあさちふの露
[七六〇]御狩野もいまはをしかのたちとにて

宗砌

[七六一] おしはる鈎簾にしたふおもかけ
[七六二]棹鹿の跡を大野の梓弓

心敬

[七六三] ちきりを秋そ通ひたえぬる
[七六四]あはせつる夢野の男鹿音に鳴て

賢盛

[七六五] 尾上の月のちかき明かた
[七六六]なきつゝや秋を男鹿のかへるらん

能阿

[七六七]山の端のほのかになるや霧の中
[七六八]けふ初鴈のひとつらのこゑ

[七六九] うちの渡りの山のはの月
[七七〇]曉の雲に初鴈聲はして

專順

[七七一] こし方を思ふも遠き山越えて
[七七二]天の戸わたる初かりのこゑ

智薀

[七七三] 我心たれにかたらん秋の空
[七七四]荻に夕風雲にかりかね

心敬

[七七五] 雲のうへなる月そくまなき
[七七六]初鴈のなみたやひとり時雨らん

行助

[七七七] 人にこゝろを荻の下かせ
[七七八]鴈そたつはまへに船やかへるらん

心敬

[七七九] 眞砂の露を拂ふ秋かせ
[七八〇]月寒き夜るのしほひに鴈落て

行助

[七八一] 跡こそみえね千鳥なくなり
[七八二]眞砂より雲にとふ鴈敷きえて

宗砌

[七八三] くれ行春は中宿もなし
[七八四]天津鴈はねをいつくに休むらん

賢盛

[七八五] 長月さむみあり明の霜
[七八六]あまつ鴈きぬたのうへに聲ふけて

心敬

[七八七] 日よしのかけそ北の峯なる
[七八八]幾山をかへる燕の過つらむ

賢盛

[七八九] 鴈はくれとも人はおとせす
[七九〇]船つなく夕河おろし身にしみて

心敬

[七九一] ちかき隣の秋の人こゑ
[七九二]火をとるや身にしむ風をふせく覽

能阿

[七九三] うき秋草のまくらいく夜そ
[七九四]もりのこすかけの山田の一庵

[七九五] 秋さむけなる木からしそ吹
[七九六]をしねもる遠山もとの草の庵

宗砌

[七九七] いてはやかゝる露の世中
[七九八]秋の田のひたやこもりにうち佗て

賢盛

[七九九] 三のさかひにいまそまよへる
[八〇〇]思はすの月を二日のそらに見て

心敬

[八〇一] たれかゝくらんともし火のもと
[八〇二]玉すたれおろさぬ宵に月待て

能阿

[八〇三] いくへかへたつ我かたの山
[八〇四]月をなほ松のはかこつ柴の戸に

心敬

[八〇五] 追てとふくや御舟山かせ
[八〇六]峯の月おそきはたれかひかふらん

能阿

[八〇七] 浦よりかすむ志賀の辛崎
[八〇八]山こえてみれはむかひの夕月夜

專順

[八〇九] かた野のかち路露しのきつゝ
[八一〇]夕月夜山の端なくはなほや見ん

能阿

[八一一] あれたる宿に秋風そふく
[八一二]月をたゝうき夕暮のあるしにて

心敬

[八一三] 雲井の鴈の遠き夕暮
[八一四]さしのほる月はほのかに峯越えて

專順

[八一五] うらわにちかく船やきぬ覽
[八一六]しらさりし山の端見ゆる月いてゝ

[八一七] むかひやいつく舟かよふみゆ
[八一八]末のより月さしいつる水晴て

[八一九] 淋しく庭の池そあせ行
[八二〇]埋水草のたえまに月すみて

[八二一] はねかく鴫の聲そさひしき
[八二二]いなはなる露の數々月見えて

智薀

[八二三] ふかき夜にみたるゝ螢とひ消て
[八二四]月をあらはす草むらのつゆ

賢盛

[八二五] はやくの此世えこそたのまね
[八二六]露つたふ竹の葉すゑに月見えて

行助

[八二七] うつり行なり秋のうき雲
[八二八]むら雨の月にちきりを猶かけて

能阿

[八二九] にしをはしめの住よしの神
[八三〇]秋すてに月になりぬる夜や寒き

[八三一] 人もこゝろそうはの空なる
[八三二]我里をあくかれいつる月の夜に

宗砌

[八三三] 我宿からのうき秋の暮
[八三四]さそはれは月のいつくにあくかれん

專順

[八三五] ふむともみえぬ道の露霜
[八三六]行人もしつまる月のしろき夜に

心敬

[八三七] 遠き宮古のこときかまほし
[八三八]みる心月のうちにや移るらん

專順

[八三九] しらぬ心をわれもたのむな
[八四〇]月も猶たかめつるにかむかふらん

賢盛

[八四一] 夜そあけわたる峯のしら雲
[八四二]いらさらん空にて見はや秋の月

能阿

[八四三] 浦にいつくの鐘聞ゆらむ
[八四四]吹送る遠山風に月おちて

智薀

[八四五] あらはになりぬ冬のかよひ路
[八四六]こえくれは山もさはらぬ月を見て

賢盛

[八四七] いるへき山も見えすかすめり
[八四八]海原や浪によわたる空の月

專順

[八四九] ふき殘り行松のうら風
[八五〇]湊船おし明かたの月落て

智薀

[八五一] 目覺しなるゝ秋の夜な/\
[八五二]舟もよふ曉月の浦傳ひ

心敬

[八五三] きけはさむけき澤水の音
[八五四]舟くたす伏見の月の更る夜に

[八五五] 彼池の水を心にすまさはや
[八五六]幾夜もあかし廣澤の月

賢盛

[八五七] こほりの下に水響くなり
[八五八]難波江やあかつき月に鐘なりて

行助

[八五九] はれぬることも夏のなかあめ
[八六〇]行て見ん秋こそ月は須磨の浦

[八六一] 心にはたえたる峯も住つへし
[八六二]おもひあかしの夜な/\の月

能阿

[八六三] ともし火きえぬ夜や更ぬらん
[八六四]月見えは出よあかしの泊り舟

專順

[八六五] また霧ふかしいつる朝市
[八六六]住吉の月より西に船うけて

賢盛

[八六七] 須磨の浦こゝの國も住かたし
[八六八]あはちの山にきゆる月かけ

[八六九] 磯のとまやにいかゝあかさん
[八七〇]いたつらに月松しまや夜るの雨

專順

[八七一] 丹波路や此山かけの住ところ
[八七二]月まちなれつむら雲の里

能阿

[八七三] はる/\岐岨の里のかりふし
[八七四]をは捨の月を都の望にて

行助

[八七五] 霜かと見れは殘るしらきく
[八七六]水無瀬川いまもはやくの秋の月

智薀

[八七七] 麓の竹を拂ふ山かせ
[八七八]とよら寺むかしの月の影深て

宗砌

[八七九] 谷のこゝろそ我に靜けき
[八八〇]曉をしるや高野の秋の月

行助

[八八一] 外山なる正木うつろふ秋の霜
[八八二]西にあけ行葛城の月

能阿

[八八三] かた岡かけてふれるしら雪
[八八四]月のこるあしたの原をおきて見よ

賢盛

[八八五] こゆへき末の遠き山の端
[八八六]武藏野に天の原なる月更て

宗砌

[八八七] 遠きかへさをおもふ旅人
[八八八]白川や關路の月を西に見て

心敬

[八八九] こふるもむなし遠き中道
[八九〇]いつか見ん都の月の小夜の山

宗砌

[八九一] かへるさおもふあかつきの空
[八九二]うき身をも都におくれ秋の月

[八九三] 秋すきかたの旅の歸るさ
[八九四]故郷に我まつ月や殘るらん

智薀

[八九五] 露も木葉もみたれてそふる
[八九六]月影のしのふにかゝる軒あれて

宗砌

[八九七] 風のみ分る露の下くさ
[八九八]すむ月の心のまゝに宿あれて

賢盛

[八九九] 太山の寺は誰も入こす
[九〇〇]燈に月をかゝくる窓あれて

[九〇一] 冬さく菊の花の夕しも
[九〇二]里からやまかきの月はふりぬ覽

智薀

[九〇三] 物おもふ身の露の下ふし
[九〇四]故郷はよもきか月をまくらにて

心敬

[九〇五] 太山の庵に衣うつこゑ
[九〇六]杉の葉にかゝれる月はかすかにて

[九〇七] 夕露しろき山の下道
[九〇八]柴の戸に峯こす月や移るらん

行助

[九〇九] いねかての夜さむを誰か佗ぬらん
[九一〇]まつに風ふく月の山里

心敬

[九一一] もりかぬる山田の庵たち出て
[九一二]松のうへなる岡のへの月

專順

[九一三] 秋になるかと誰にとはまし
[九一四]月をたゝ住人なれや草の庵

心敬

[九一五] 身のふり行に袖はぬれけり
[九一六]いく寢覺とはれし影そ秋の月

能阿

[九一七] たつやかもめのあかつきの聲
[九一八]一眠ほとへにけりと月落て

宗砌

[九一九] 野分の風の吹やしく覽
[九二〇]山本のむら雲しろき月落て

智薀

[九二一] 鴈はまたわかれもやらす鳴聲に
[九二二]山のは見れは月かたふきぬ

宗砌

[九二三] 嵐に鐘やこゑめくるらん
[九二四]深きよの月の西なる山もうし

能阿

[九二五] 雲ゐのいつく鴈のなくこゑ
[九二六]深き夜の月は西なる影澄て

專順

[九二七] 心のありし行へをそとふ
[九二八]かたれ月昔の人の代々の秋

宗砌

[九二九] 庭をかれ野の松むしそ鳴
[九三〇]月さへやみし世の友を忍ふらん

[九三一] 捨る身は木深き陰に庵卜て
[九三二]うき世の月よ見えしなかめし

專順

[九三三] 千々にくたくる心とをしれ
[九三四]月やあらぬ我身ひとつの秋の空

智薀

[九三五] あくるそつらき行末の空
[九三六]消ねたゝこゝろの月の秋の雲

[九三七] 秋のいたらぬ方もありけり
[九三八]月のよも迷ふ心はやみ路にて

行助

[九三九] うき身の業のつらさ也けり
[九四〇]月をみてこほるゝ涙いかゝせん

智薀

[九四一] これそ此秋の朽はの岩ね松
[九四二]苔にさひたるみ山ちの月

[九四三] 契ても人はとはめや谷の庵
[九四四]見れは月すむ峯の古寺

專順

[九四五] 佛ともあらはれぬるを仰けたゝ
[九四六]月の御顏のきよき大空

行助

[九四七] ねやの戸さむく通ふ松風
[九四八]琴のねに月の色そふよは更て

[九四九] なかれての後やうき名と成ぬ覽
[九五〇]秋の最中のあけかたの月

心敬

[九五一] 心々に物おもふころ
[九五二]宿毎に光あらそふ月を見て

能阿

[九五三] 庭の廣きや住あらすらん
[九五四]向ひゐる心を宿の秋の月

賢盛

[九五五] 冷しき夜そ夢をへたつる
[九五六]曉の月まつ床に起ふして

能阿

[九五七] こゝろほそきは老か身の秋
[九五八]夜な/\の空にかけ行月を見て

[九五九] 花さく草もなひく村々
[九六〇]あさ霧や末野の月をかくすらん

宗砌

[九六一] 小舟によるの雪そのこれる
[九六二]朝ほらけ月は遠山出て見よ

心敬

[九六三] 冬はさやけき岸の下水
[九六四]秋よりや川邊の月はこほるらん

行助

[九六五] 男山秋の半のまつりして
[九六六]見れは魚すむ月の水底

賢盛

[九六七] 里なき山を幾重越らん
[九六八]すみはつる所もしらぬ月入て

[九六九] 秋の最中そ都なりける
[九七〇]朝霧の四方にめくれる山を見て

智薀

[九七一] 朝けの里にさむき秋風
[九七二]一村の竹の葉けふり霧立ちて

[九七三] よしおそくともなかき夜すから
[九七四]夕霧につな引舟の川のほり

宗砌

[九七五] 竹の葉のほるよな/\の月
[九七六]明わたる川霧白くこす波に

賢盛

[九七七] 汐風さむし行末の秋
[九七八]霧まよふよこのゝ塘日はくれて

心敬

[九七九] せんかたもなき秋の悲しさ
[九八〇]霧くらき夕山みちの雨舍り

宗砌

[九八一] あつま路遠し幾日きぬらん
[九八二]心ひくけふの今夜の駒むかへ

[九八三] みちひく事は法にこそあれ
[九八四]遠くきぬけふあふ坂のおくの駒

專順

[九八五] はやさし出よ山の端の月
[九八六]今夜くむ初汐衣をりはへて

能阿

[九八七] 良はた寒くなら山の秋
[九八八]かけ干てうつや衣のさほの内

專順

[九八九] こゝろもあれな秋の山かつ
[九九〇]墨染のゆふへもしらすうつ衣

[九九一] 獨のみ起ゐる床に月を見て
[九九二]餘所のきぬたに寒きころもて

智薀

[九九三] 山里のさやけき月に人はねて
[九九四]風や木の葉の衣うつらむ

行助

[九九五] 芝生かくれの秋の澤水
[九九六]夕ま暮霧ふる月に鴫なきて

專順

[九九七] かり枕ゐな野の原に夢覺て
[九九八]月かたふきぬ鴫のたつ聲

能阿

[九九九] 哀そふかき野邊の夕暮
[一〇〇〇]澤水をたもとにかくる鴫鳴て

心敬

[一〇〇一] 獨淋しき床の夕暮
[一〇〇二]霧立て鶉なく野は人もなし

[一〇〇三] 我おもひをやむしも鳴らん
[一〇〇四]鶉ふす尾花かもとの草かくれ

宗砌

[一〇〇五] 淺茅かうへの露のさみたれ
[一〇〇六]秋はたゝ心の色をふく風に

智薀

[一〇〇七] 松古ぬたか世にうゑて淺すらん
[一〇〇八]うき秋風の夕暮の聲

宗砌

[一〇〇九] 昔たにうかりし人の移ひて
[一〇一〇]ふるき都の秋の夕暮

心敬

[一〇一一] 身を捨る心世になとなかるらん
[一〇一二]よはひの末の秋の夕暮

專順

[一〇一三] 寐覺には聞つる物を郭公
[一〇一四]よな/\かなし山里の秋

宗砌

[一〇一五] 愛こし月の積る年々
[一〇一六]長夜はね覺/\におもほえて

能阿

[一〇一七] 神代の月もかくやさやけき
[一〇一八]天の戸の明方遠き秋のそら

專順

[一〇一九] 有明くらき宇治の山本
[一〇二〇]曉の雲よりさむき秋の雨

智薀

[一〇二一] うちかさねぬるよるの衣手
[一〇二二]聞もうし泪も秋の窓の雨

行助

[一〇二三] あかす見る今宵の月も哀しれ
[一〇二四]秋こそなかは老の行すゑ

專順

[一〇二五] しはしの月の五更のかけ
[一〇二六]うしつらし老のね覺の秋の空

智薀

[一〇二七] こゝろにかゝる月のうき雲
[一〇二八]秋の夜はなかきやみさへなけかれて

專順

[一〇二九] かゝるつらさはひとりにそある
[一〇三〇]山ふかき秋の夕の草の庵

智薀

[一〇三一] かりに馴にし面かけそ憂
[一〇三二]世中を秋の野山の奧の庵

[一〇三三] さゆる霜夜のなか月の空
[一〇三四]有明の遠の野寺に鐘なりて

宗砌

[一〇三五] 蛬なきすゝきちるなり
[一〇三六]いねかての有明の庭の露寒み

心敬

[一〇三七] はやくも三の秋は過けり
[一〇三八]長月や十日あまりの月はをし

[一〇三九] おもひもけふり不二はかりかは
[一〇四〇]月さむし室の八島の秋の暮

宗砌

[一〇四一] 木をきるおとの信樂の里
[一〇四二]あしろうつ田上川の末の秋

智薀

[一〇四三] 過るそをしきかりの一聲
[一〇四四]舟人も棹を忘るゝ秋の海

心敬

[一〇四五] 夕日うつろふ山の淋しさ
[一〇四六]梯をゆけは袖ふく秋のかせ

[一〇四七] 涙やおとすしかのなく聲
[一〇四八]狩人のあらきこゝろもうき秋に

專順

[一〇四九] いとはれてこそ袖は沾けれ
[一〇五〇]幾めくりうき世の秋にあひぬ覽

宗砌

[一〇五一] 紅葉する木陰の月に宿かりて
[一〇五二]いつくにゆかんわひ人の秋

能阿

[一〇五三] ともし火ほそく殘る秋の夜
[一〇五四]露青き草葉はかへに枯やらて

心敬

[一〇五五] 殘る夕日そ山に色こき
[一〇五六]草かるゝ秋の末野の水はれて

專順

[一〇五七] 夕されは月の色さへ身に入て
[一〇五八]里はむかしの深草の露

能阿

[一〇五九] 音そのとけき故郷の雨
[一〇六〇]秋はたゝしのふにかゝる軒朽て

心敬

[一〇六一] 軒の雫や松かねの露
[一〇六二]蔦の葉にむら雨かゝる庵ふりて

智薀

[一〇六三] まつをしりてや月もさし來る
[一〇六四]閉はてし蔦の葉落る松の戸に

[一〇六五] そよとの音をたのむ金風
[一〇六六]しは栗のおつる木陰の草の庵

宗砌

[一〇六七] 塵ならす輕き此身のうかれ來て
[一〇六八]風のうへなる峯のおち椎

專順

[一〇六九] あらはすにこそ罪も殘らね
[一〇七〇]椎ひろふ秋の木の下かき分て

賢盛

[一〇七一] くれぬる色にかはるうら風
[一〇七二]霜白き椎のは山の秋ふけて

心敬

[一〇七三] 木の葉にましる水の水上
[一〇七四]奧しらぬ深山颪に秋ふけて

專順

[一〇七五] 落るなみたそ月にさはれる
[一〇七六]霜枯のむくらの宿に秋更て

[一〇七七] 木末の秋の山そみえ行
[一〇七八]鵙のなく麓の原の明る夜に

賢盛

[一〇七九] 里のしるへも見えぬ夕霧
[一〇八〇]鵙のゐる岡邊の木末秋ふけて

宗砌

[一〇八一] 尾花か末に風わたるころ
[一〇八二]鵙のなくかれ野の櫨の葉は落て

心敬

[一〇八三] 朝夕まつは旅の音つれ
[一〇八四]子を思ふはゝその一木朽やらて

[一〇八五] こひしささそふ秋風そ吹
[一〇八六]ちるらめや我故郷のはゝそ原

智薀

[一〇八七] 鴈のなみたやともに落らん
[一〇八八]色替る秋のは山のゆふ日影

宗砌

[一〇八九] 鏡の山は霧も曇らす
[一〇九〇]影うかふ池のつき島菊咲て

賢盛

[一〇九一] 行まゝに山路すくなく成にけり
[一〇九二]今はの秋の菊の一もと

行助

[一〇九三] 聲先落る雲の初鴈
[一〇九四]秋山に風まつ下葉移ひて

專順

[一〇九五] 梢淋しく殘る山下
[一〇九六]紅葉はのあけのそほ舟漕水に

宗砌

[一〇九七] 月なき闇の空はいつまて
[一〇九八]木の下の紅葉に風の聲ありて

能阿

[一〇九九] 有明の月のあかつきの山
[一一〇〇]吹おろす風のもみちは秋もなし

宗砌

[一一〇一] くれなゐ匂ふ袖の白菊
[一一〇二]仙人は秋の木の葉を衣にて

[一一〇三] 人もちる昨日の花の山里に
[一一〇四]木のは音する秋そかなしき

心敬

[一一〇五] あさちか原はいつの世中
[一一〇六]野の宮や荒にし後の秋の露

能阿

[一一〇七] 別れし後は別路もなし
[一一〇八]古の秋の野の宮跡さひて

宗砌

[一一〇九] 朝の月に別れ行空
[一一一〇]聲淋し大末の秋の山からす

行助

[一一一一]まさきちりくる峯の秋風
[一一一二]男鹿なく外山のおくや時雨覽

專順

[一一一三]なにとか秋を過し果まし
[一一一四]めくり來ぬ露もふるやの村時雨

行助

[一一一五]佗つゝすめる椎柴の下
[一一一六]九月の後瀬の山は時雨らん

智薀

[一一一七]曉たれを松むしの鳴
[一一一八]間人も嵐の山の秋の暮

行助

[一一一九]草の枕はつきもたまらす
[一一二〇]うらかなし思ひあかしの秋の暮

能阿

[一一二一]水田のをしね冬そ刈なん
[一一二二]たへてやはうき身のあらん秋の暮

[一一二三]名はもれやすし身をいかゝせん
[一一二四]思ひ入山もうき世のあらん秋の暮

[一一二五]こゝろふかきも袖はぬれけり
[一一二六]世を厭ふおく山住の秋の暮

[一一二七]ひとり淋しき木からしの風
[一一二八]世に遠くこもるみ山の秋暮て

行助

[一一二九]なるとこ吹こす風の烈しさ
[一一三〇]まきのやも住うきはかり秋暮て

智薀

[一一三一]嵐の音やなほかはるらん
[一一三二]遠近の木末むら/\秋暮て

[一一三三]千枝の紅葉色よ移るな
[一一三四]初時雨しのたの森に秋暮て

專順