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竹林抄卷第一 春連歌
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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1. 竹林抄卷第一
春連歌

[一] ふりにし年の高圓の宮 といふ句に
[二]尾上より春たつ山や霞むらん

宗砌法師

[三] 春の御前のしるき百敷
[四]ますかゝみ見るを氷のためしにて

平賢盛

[五] かへり來る都の人の家々に
[六]年をむかへて松たてる門

權大僧都心敬

[七] まとほになるはかはるそなたか
[八]春のくるひかしの山のかすむ日に

法印行助

[九] あかぬこゝろそ花にそひゆく
[一〇]山かくす霞のひまのたえ/\に

法眼專順

[一一] 草の原なる若菜をそつむ
[一二]片岡のあしたの霞さむき日に

智薀法師

[一三] にほひすくなくさける初花
[一四]霞けり雨は夜の間の朝日影

能阿法師

[一五] うらかおもてかころもともなし
[一六]しのゝめのあしたの山のうす霞

宗砌

[一七] あたゝかなれや春の里人
[一八]衣きぬ山こそなけれ朝かすみ

賢盛

[一九] ところ/\にみゆる人里
[二〇]立こむる霞のうちに日の出て

宗砌

[二一] わかふるさとゝ鳥のさへつる
[二二]たかうゑし木末の野邊に霞らん

心敬

[二三] こしかた遠し船の行末
[二四]和田の原山は霞の浪まにて

專順

[二五] こゝろひとつはのとけくもなし
[二六]朝ほらけ霞にうかふあま小舟

心敬

[二七] 風そうきあたら櫻の花の陰
[二八]船をいたせはかすむいそやま

宗砌

[二九] こもれるむろのふかき木の本
[三〇]船よはふともの浦わの夕霞

[三一] 花はなと根にもとまらすちりぬらん
[三二]なみにかすめるひらの山かせ

賢盛

[三三] 木の下とほく躑躅咲ころ
[三四]松たてるすゑやかすみのみほの海

[三五] 浪風も江の南こそ長閑なれ
[三六]難波にかすむ紀路の遠山

心敬

[三七] いまもたもとを誰かほすらん
[三八]日影さすさほの川原の朝かすみ

智薀

[三九] 山かけ遠くもえいつるころ
[四〇]里人の汀にあらふなつみ川

專順

[四一] 木のめも色にいつる梅かえ
[四二]鶯の聲のわかなを今朝つみて

宗砌

[四三] 風の音きくはつ春の空
[四四]子日せしたか世の小松ふりぬらん

心敬

[四五] かすみのうへの高圓の山
[四六]あをみ行野路のしの原雪消て

賢盛

[四七] 遠嶋松のかすむあけほの
[四八]きえやらぬあはちの山を雪にみて

[四九] 日影ほのめく雨の朝風
[五〇]山はけふ雲井にかすむ雪消て

宗砌

[五一] おくまて山のあさくなる頃
[五二]谷をとち峯をうつみし雪とけて

[五三] その數々のしるき歌人
[五四]玉しきのあられはしりはあけはてゝ

賢盛

[五五] 春のあらしの山風そふく
[五六]せきかくる大井のつらゝとけやらて

[五七] はなたのおひは又もむすはし
[五八]いし川のあさき氷ははやとけて

[五九] なみたや瀧津こゝろとはなる
[六〇]つらゝゐし谷の鶯こゑとけて

宗砌

[六一] 梅か香きよき雪の下水
[六二]月になく谷のうくひす今朝出て

能阿

[六三] ちる花の香を袖にうつさん
[六四]梅のさく谷の下水くみなれて

行助

[六五] へたつる花のあけほのゝ雲
[六六]梅そさく月の桂もにほふらん

能阿

[六七] 夜な/\ねはや花の咲かけ
[六八]梅か香のかすめる月を袖にみて

[六九] 花をは手をりしきみをそつむ
[七〇]梅かをるあかつき毎に起いてゝ

行助

[七一] はつ鶯のきゝあへぬ聲
[七二]おき出よとはかり梅の匂ふ夜に

賢盛

[七三] 宿からさひし鶯のこゑ
[七四]淺ちふに一本たてる梅さきて

專順

[七五] やせぬるかけを哀れとそ見る
[七六]道のへに半くちたる梅さきて

心敬

[七七] むかひの山も遠き五月雨
[七八]我門の春の柳に風ふきて

智薀

[七九] ふりたるいけの本のおもかけ
[八十]まゆほそきみきりの柳くち殘り

賢盛

[八一] よる舟ちかき春の山もと
[八二]青柳の朝けのけふり江に晴て

行助

[八三] かすみに雪のたまる遠山
[八四]こす浪の花のうき嶋あくる夜に

智薀

[八五] 浦さひしくも春かへる頃
[八六]藻しほやく煙にかすむ鴈啼て

心敬

[八七] 霞さひしく暮わたるころ
[八八]天津鴈友なき春に音を啼て

行助

[八九] 春はいつくにかへり行らん
[九〇]天津鴈宮古の花を餘所にみて

專順

[九一] 旅たつ山やかすみそむらん
[九二]歸る鴈都の月にけさ啼て

宗砌

[九三] けさこそ星は雲にいりぬれ
[九四]歸るかり北なる山にたな引て

專順

[九五] かすみをわくるゐての中道
[九六]かへる鴈山の下帶ひきすてゝ

[九七] はてはかれ野の露の夕暮
[九八]下萠の草葉にかゝる春の雨

宗砌

[九九] こけの葉さむく露そこほるゝ
[一〇〇]岩高き峯の早蕨萠かねて

專順

[一〇一] 年々の春はいつくに歸るらん
[一〇二]若葉の葛のかゝるむもれ木

[一〇三] いつかきえなん雪のふる道
[一〇四]あら小田に去年のよもきの萠佗て

心敬

[一〇五] とまるもをしき袖の梅か香
[一〇六]小田かへす山里人のあさころも

智薀

[一〇七] やしなひかへす人もこそあれ
[一〇八]山もとの春のあら田に水いれて

宗砌

[一〇九] 汀のたつも春やしるらん
[一一〇]すきかへす田みのゝ嶋の春の日に

賢盛

[一一一] あけ行峯に霞むしら雲
[一一二]瀧浪の夜の春雨ふりはれて

[一一三] 風靜なる花の夕はえ
[一一四]春雨の名殘ほのかに月いてゝ

專順

[一一五] 春のあらしの松にふく音
[一一六]夕暮の霞の月は夜るさえて

宗砌

[一一七] わたれる音のよわき春風
[一一八]更る夜の霞や月に殘るらん

專順

[一一九] 春はこゝろになほそのこれる
[一二〇]老ぬれはいつ見る月も朧にて

行助

[一二一] 須磨の浦霞の色に暮にけり
[一二二]あかしやいつらおほろなる月

[一二三] しつかにすめる春の浦なみ
[一二四]蘆の葉に小夜風霞む月深て

心敬

[一二五] いく浦まてそ舟の行末
[一二六]月霞む淀の川瀬の朝またき

宗砌

[一二七] やとりさへ移りかはれる春はうし
[一二八]霞むゆふへの廣澤の月

心敬

[一二九] むかしの庭に梅そにほへる
[一三〇]霞む夜の月のもとには人もなし

[一三一] なかは過行春のかなしさ
[一三二]朝な/\われてかすめる夜半の月

[一三三] くもるちきりをたのむ日の影
[一三四]春雨に花まつ程の色見えて

能阿

[一三五] とけぬ霞に風やふくらん
[一三六]山姫の衣にいそく花のひも

智薀

[一三七] なかむるかたを霧なへたてそ
[一三八]鶯のこゑする朝け花咲て

賢盛

[一三九] かくるこゝろや行かへるらん
[一四〇]めかれせぬ木末になれと花咲て

能阿

[一四一] 日木こる峯の道のあはれさ
[一四二]花さけはかれたる枝をみるもうし

[一四三] かゝる住居そわきてさひしき
[一四四]古里は人めかれ木に花咲て

智薀

[一四五] 松よりちるか露の下草
[一四六] ふる里の花は野原の木末にて

[一四七] あれたる庭そ人めかれぬる
[一四八]故郷はとはれし花もむかしにて

能阿

[一四九] 殘るをも人そ傳ふるもの語
[一五〇]いさ行て見んふる里の花

賢盛

[一五一] 森のは曇る春雨の跡
[一五二]人も見ぬ田中のむらに花開て

智薀

[一五三] 奧山すみも春そしらるゝ
[一五四]鳥のなく朝戸あくれは花咲て

賢盛

[一五五] こゝろみかてらたつねゆかはや
[一五六]開花を木のもとすみのはしめにて

行助

[一五七] 花にさきたつ人もありけり
[一五八]櫻さく山への川に船よひて

心敬

[一五九] 法も今末になるこそかなしけれ
[一六〇]花さく山をくたる川ふね

[一六一] この宇治川のたち花の島
[一六二]船のほる水の水上花さきて

智薀

[一六三] いまよりうゑん木々の數々
[一六四]花さけはうとき人たに問ふものを

行助

[一六五] まことのことは聲もいたさす
[一六六]開花や林に人をとゝむらん

專順

[一六七] はな一木つゝ明る春の夜
[一六八]遠近の家々櫻咲つゝき

智薀

[一六九] まつくれ毎にかこつ言の葉
[一七〇]山櫻いく里人のたつぬらん

能阿

[一七一] 露わけ迷ふ山の下道
[一七二]たつぬるをしらてや花のしをる覽

智薀

[一七三] かへさは雪に道まよふなり
[一七四]しらさりし花をは雲にたつねきて

專順

[一七五] まれのちきりは更に七夕
[一七六]天川かた野の花に御幸して

心敬

[一七七] 舟こきかよふ難波住よし
[一七八]白雲の伊駒のたけの花を見て

宗砌

[一七九] たひねはいつく入相の鐘
[一八〇]初瀬山よもに花さく陰わけて

專順

[一八一] 日もなか岡に又やくらさん
[一八二]奈良山や花のふる里住すてゝ

心敬

[一八三] 庭そ草木の中にあれぬる
[一八四]山科や花のふる宮春もうし

宗砌

[一八五] とほさかる都の春もうらめしや
[一八六]花おいにけり志賀の山かけ

賢盛

[一八七] 春のはやしは風も音せす
[一八八]古寺に花の人まつかけさひて

專順

[一八九] 我かた/\に歸る旅人
[一九〇]山櫻かけににしきをたちわけて

[一九一] さたむる事も人にこそよれ
[一九二]山かつは花につけもせて

心敬

[一九三] かへるさはわか言の葉を聞捨て
[一九四]しるへをもせぬ花の山かつ

專順

[一九五] こゆれはくるゝあとの山道
[一九六]花に行やとりやからん峯の雲

能阿

[一九七] なれきつる名殘さこそと歸る鴈
[一九八]山々櫻見すてゝそゆく

智薀

[一九九] 春にこのまゝすめる世もかな
[二〇〇]山里のまた見もなれぬ花に來て

專順

[二〇一] おもはぬいろをこゝろにそみる
[二〇二]夕まくれ友のまれなる花に來て

[二〇三] おつるか鴈のあけかたのこゑ
[二〇四]花に來て又たひたゝむ空もうし

能阿

[二〇五] 泪こそおほえす袖にこほれけれ
[二〇六]花をも身をもわすれぬるかけ

心敬

[二〇七] 野原をゆけは袖の追風
[二〇八]花にほふ山本とほし朝かすみ

智薀

[二〇九] 霞こめたる木々のむら立
[二一〇]見ぬ花のにほひにむかふ山越て

[二一一] かすみ色そふ木々のむらたち
[二一二]むかひゐる心の花をやまに見て

[二一三] 明わたるよ川の雲のたな引て
[二一四]杉の葉しろき花の山もと

行助

[二一五] やかてといひし末もたかへし
[二一六]おそきときいつれをも見ん山櫻

能阿

[二一七] 心はゆきて我はゆかれす
[二一八]ちらぬまにみはや千里の春の花

宗砌

[二一九] いとふこゝろそ空にしらるゝ
[二二〇]峯の庵麓の花に風を見て

[二二一] 一たひあふをかきりとやせん
[二二二]年々にまれの櫻の花を見て

能阿

[二二三] 霞にのこる山道のすゑ
[二二四]花やしる去年も我こそ尋ねつれ

專順

[二二五] いつまてかゝる身をたのむらん
[二二六]春毎に見るとは花もしりかたし

能阿

[二二七] 月日をふれは春は來にけり
[二二八]見し花の去年の面影先たちて

智薀

[二二九] かはす言葉はよしやなくとも
[二三〇]去年見しを花にとはゝやわするなよ

能阿

[二三一] かはらぬはかりあふ事はなし
[二三二]わすれすよ花こそ名殘去年の友

宗砌

[二三三] 過る日かすは身にもおほえす
[二三四]花盛かけに我か世をつくさはや

智薀

[二三五] 待とせしまに世をやつくさん
[二三六]花さかぬ若木の春に身は老て

宗砌

[二三七] しれる人たにいまはなかりき
[二三八]いつまての若木そすまの山櫻

專順

[二三九] ちきりの末にたのむあふみち
[二四〇]又や見ん老その森の春の花

行助

[二四一] いにしへの芳野の宮をきてとへは
[二四二]老木の花に山かせそふく

智薀

[二四三] 宿かす人の名殘わすれし
[二四四]開花を老木のもとの契りにて

能阿

[二四五] よそめなく心むもるゝ谷の戸に
[二四六]くち木は花をいつまてかみし

專順

[二四七] あくる雲にそ霞たちぬる
[二四八]思ひねはまた見ぬ花を枕にて

智薀

[二四九] たまくらわたる窓の山風
[二五〇]春の夜や夢ちも花に匂ふらん

宗砌

[二五一] 山の端毎に櫻さくころ
[二五二]春の夜は花よりいてぬ月もなし

[二五三] よむ歌に難波の事かのこらまし
[二五四]花うくひすの春のあけほの

行助

[二五五] すたれのうちのきぬの音なひ
[二五六]軒ちかき花の匂ひに月ふけて

智薀

[二五七] 春の夜のこるしのゝめの月
[二五八]心さへほのめく花の陰にねて

心敬

[二五九] わかれしのちの今朝の有明
[二六〇]花にねし夢のたゝちは雲路にて

智薀

[二六一] きのふの春をのこすうくひす
[二六二]花にねし野邊の一夜の朝仄

宗砌

[二六三] かり枕またぬ嵐の音つれて
[二六四]木の本したふ山さくらはな

能阿

[二六五] 人をまつにはつらき夜るひる
[二六六]花を風おもふものかはとはゝとへ

智薀

[二六七]いかゝはせんとおくる章
[二六八]をらてこそ見すへき花に人はこす

專順

[二六九] 水かれ草の青き葉もなし
[二七〇]瓶にさす花のさかりはみしかくて

能阿

[二七一] 花はたゝをりつる枝もちり盡し
[二七二]かめの櫻を風なたつねそ

賢盛

[二七三] 本のさとりをこゝろにはえす
[二七四]色にそむ花を一ふさ我かをりて

心敬

[二七五] 袖の香したふ春の山かせ
[二七六]みてかへる心を花やうらむらん

智薀

[二七七] いてゝ戸ほそに月を見るくれ
[二七八]人歸る山路しつけき花のもと

心敬

[二七九] こよひの風のなにと吹らん
[二八〇]暮ぬとて歸し花の山さとに

[二八一] 老木の梅のわひて咲色
[二八二]花も我春のさかりやしたふらん

行助

[二八三] また來ん春そ行へはるけき
[二八四]花やしる山もこえうき老の阪

專順

[二八五] あはれもうきも言の葉そなき
[二八六]又も見し花なと老をいとふらん

智薀

[二八七] すゑもさためぬ春の山ふみ
[二八八]花まてはいとはれぬ世に身を捨て

[二八九] あらんかきりとおもふ同し世
[二九〇]いつまてそ我行末の花のはる

[二九一] かたしきかぬる夜半の衣手
[二九二]花薫るこけのむしろに雨落て

宗砌

[二九三] 又ともすれはものそかなしき
[二九四]跡もなきこけちの花をひと見てり

智薀

[二九五] かすめる山はふかき夜もなし
[二九六]あけほのゝ花の外なるかね聞て

[二九七] 入日さやけき半天のかけ
[二九八]鐘はなほ花に夕をつけやらて

賢盛

[二九九] とはれぬほとのおく山もかな
[三〇〇]花を風いつくにさかはふかさらん

[三〇一] さくをまつにはおそき梅か香
[三〇二]花よなととくちる事をならふらん

能阿

[三〇三] くるれはつもる山の端の雪
[三〇四]けふ櫻またきに花のうつろひて

[三〇五] 風吹ちかふ木々のむら/\
[三〇六]山遠く我見にくれは花ちりて

宗砌

[三〇七] おく猶かすむ木かくれの道
[三〇八]ちりくるをしるへにゆけは花もなし

智薀

[三〇九] わすれすなから夢はいにしへ
[三一〇]いかにねし夜のまに花はちりぬ覽

宗砌

[三一一] むなしき床そあくる佗しき
[三一二]かつらきや山したふしの花ちりて

智薀

[三一三] あやにくにしたふを春や歸る覽
[三一四]開ちる花の二むらのやま

[能阿]

[三一五] 芝生にふかし露わくる山
[三一六]櫻ちるよし野のみやの春さひて

專順

[三一七] 音する水のふかき夕暮
[三一八]よし野なる春のはや川花もなし

賢盛

[三一九] おく山櫻たれかなかめん
[三二〇]ちらはちれ霞のうちは花もなし

行助

[三二一] まつをわするゝ雪の夕くれ
[三二二]ちるを見てこぬ人かこつ花もなし

心敬

[三二三] こゝろにちきる行末の春
[三二四]身のあらはとはかり花のちるを見て

[三二五] 身をかこつほと物思ふなり
[三二六]たつねすはとはかり花のちるを見て

[三二七] 草かる岡の宿のゆふくれ
[三二八]たちよらん駒つかれ行花のかけ

賢盛

[三二九] ふみわけかたき道の白雪
[三三〇]ちるを見て駒ひきかへす花もなし

心敬

[三三一] いそくこゝろをさのみしたはし
[三三二]餘所にこそ人まつ花はのこるらめ

智薀

[三三三] 人のこゝろのあたし世中
[三三四]花をたれうつろふ物とうらむ覽

宗砌

[三三五] いかにいひてか後はかこたん
[三三六]とはぬをもみれはわすれし花ちりて

專順

[三三七] うつるまもいつそわかるゝ花の暮
[三三八]花ちりにけり見し人もなし

能阿

[三三九] 我いへ/\にたれかへる覽
[三四〇]山櫻ちる木の本は人もなし

宗砌

[三四一] あはれをそふる夕暮の色
[三四二]さてもとて花の跡見る人はなし

智薀

[三四三] 風のあらきも秋のこゝろか
[三四四]鴈のとふ花の山の端花落て

行助

[三四五] 山にいりては山そさひしき
[三四六]鳥はなと花ちる谷にかへるらん

宗砌

[三四七] 風さたまらす雲まよふそら
[三四八]ちる花の名殘をいつち尋まし

專順

[三四九] 松ふく風の宿の夕くれ
[三五〇]花をとふ人なとちるをみすつらん

[三五一] 我はいそかぬかへるさそうき
[三五二]花ちらす風や人をも送るらん

宗砌

[三五三] 松のうは葉にのこるしら雪
[三五四]ちる花は思はぬ風をやとりにて

行助

[三五五] おもふともわかれし人は歸らめや
[三五六]夕暮ふかし櫻ちる山

心敬

[三五七] あくかれて待としらてやこさる覽
[三五八]花ちる宿の夕暮のはる

宗砌

[三五九] むかしの友の春になれつゝ
[三六〇]もろくちる老のなみたを花もしれ

智薀

[三六一] いまとはれんもしらぬあた人
[三六二]移り行世は春風に花ちりて

[三六三] うき心たかいにしへを殘すらん
[三六四]花ちる里は世々の松風

宗砌

[三六五] いつのこゝろか春にまされる
[三六六]世はいとゝ花ちるころやうかるらん

[三六七] 竹の葉のそよくは風やかよふ覽
[三六八]世間つらし花のちるころ

能阿

[三六九] 夢もなと人に別の見えつ覽
[三七〇]ちるをならひの花の世中

[三七一] 夢うつゝともわかぬ明ほの
[三七二]月にちる花は此世のものならて

心敬

[三七三] とにかくにかゝる契りはやすからて
[三七四]花ちる山の月のうき雲

宗砌

[三七五] 野寺の鐘のすゑの里人
[三七六]花おつるあかつき露に旅立て

心敬

[三七七] さひしさつらさ誰にかこたん
[三七八]花落るころしも雨を夜る聞て

[三七九] 住山ふかし誰にかたらむ
[三八〇]花ちらはなかれて匂へ春の水

賢盛

[三八一] たちわかれぬる春の宿々
[三八二]木のもとの契かれ行花落て

智薀

[三八三] せめてはちすのちきりともかな
[三八四]すみかたき春の野寺のはなおちて

心敬

[三八五] 野はらのあらし露くたく聲
[三八六]故郷の身をしる雨に花落て

智薀

[三八七] また風よわき野邊の夕露
[三八八]故郷のわか葉の萩に花落て

心敬

[三八九] わかれしころをいつにくらへん
[三九〇]木のもとの草たかくなり花ちりて

宗砌

[三九一] あらしに暮るゝ野邊のかり庵
[三九二]草青き花のふる跡人もなし

賢盛

[三九三] ふるき門さす春のくれかた
[三九四]よもきふに松風吹て花もなし

智薀

[三九五] うつれる春の夢はさめけり
[三九六]花にこしきのふの山の松の風

心敬

[三九七] 時しもあれかたみの雲に風吹て
[三九八]きのふの花そおもかけにちる

[三九九] うき身のうへを木の葉にそしる
[四〇〇]花はたゝきのふの夢とうつる世に

[四〇一] 一むらまよふ雲のさひしさ
[四〇二]鳥の音をきのふの花の名殘にて

[四〇三] 一夜あかすも旅そさひしき
[四〇四]聞佗ぬ花はきのふのやとの雨

行助

[四〇五] 雪ふみわくるあとそのこれる
[四〇六]あかさりし昨日の花の陰に來て

專順

[四〇七] 見さりし里の松風そふく
[四〇八]一枝ものこらぬ花の陰に來て

智薀

[四〇九] ふかき木すゑの露の下かせ
[四一〇]人も見ぬ青葉の花の雨にきて

[四一一] なれしに人も夢の世中
[四一二]山櫻けふの青葉をひとりみて

能阿

[四一三] 見わかす木々の枝茂るころ
[四一四]青葉よりいつくの花の匂ふらん

專順

[四一五] なくさまぬ形見はさても何かせん
[四一六]花なき枝にのこる夕風

[四一七] はてはたゝよきも惡しきもなき世にて
[四一八]花ちるあとは風ものこらす

心敬

[四一九] かへりあるしのけふの日永さ
[四二〇]花の後又我さとに住もうし

宗砌

[四二一] たれか別を鳥のなくらん
[四二二]人もなきみ山の花の春の暮

行助

[四二三] 人行やらぬ青柳の陰
[四二四]乘る駒を宿なき春の野にかひて

宗砌

[四二五] あれたる里に人はこたへす
[四二六]誰かかふ手にもたまらぬ春の駒

賢盛

[四二七] むまれぬさきを誰かしるらん
[四二八]またきより鷹のす山をめにかけて

專順

[四二九] たのむこゝろそゆきて生るゝ
[四三〇]はし鷹のす山の小鳥又かけて

能阿

[四三一] 山あらはるゝ雪の明ほの
[四三二]かくれふす夜半のありかに雉鳴て

宗砌

[四三三] 野邊もみとりの春をしるころ
[四三四]雲雀なくあしたに草の戸をあけて

心敬

[四三五] 移り行く雲もかたちの歌の道
[四三六]すゑ野の水に蛙なくこゑ

賢盛

[四三七] 花もたか春をこふとてしをるらん
[四三八]やよひのあめのゆふ暮の山

宗砌

[四三九] かけもさひしく櫻ちるころ
[四四〇]三月山はつかあまりの月見えて

行助

[四四一] 夏なきとしと思ふ木の本
[四四二]山ふかみ後の彌生の花を見て

心敬

[四四三] 春をかへすは日數なりけり
[四四四]暮ぬへき彌生の今年くはゝりて

行助

[四四五] たつねて花に枕をそかる
[四四六]菫摘かたやふしみの野邊の暮

賢盛

[四四七] しのふとすれと色に見えけり
[四四八]躑躅咲いはての山を又こえて

[四四九] 面影は替らて頼むかひもなし
[四五〇]をられぬ水にうつる山ふき

行助

[四五一] いはぬ色をはいはてこそしれ
[四五二]山吹のかきほあれ行春のくれ

賢盛

[四五三] いはぬうらみをのこす別路
[四五四]春の後又山ふきの花さきて

智薀

[四五五] 花あひ似たり夢の一時
[四五六]胡蝶とふ野邊の藤なみ菫草

賢盛

[四五七] こさしとたのむ袖のあたなみ
[四五八]たそかれに藤の色めく陰にきて

能阿

[四五九] 浪なれ衣袖しをれけり
[四六〇]折かさす藤のうらはの露落て

宗砌

[四六一] 南に遠くむかふ春の日
[四六二]藤さける北の家々末かけて

賢盛

[四六三] しほむかつらをなけく天人
[四六四]雨そゝく春のふちえの浦さひて

智薀

[四六五] 我か身も花もしらぬ世の中
[四六六]歸りこん程又いつそけふの春

專順