University of Virginia Library

源氏ものの一つなり。左大臣の娘嫁して光源氏の北の方となり。葵の上と呼ばれ給 ふ。されど光源氏の家には移らずして。なほ左大臣の家に住み。源氏は時々行き通はれ 居たりしが。ここに又六條御息所といふがありて。是も源氏の御寵愛を蒙り居給ひし に。漸う御息所の方に秋風立ち初め。物思はしく身を憂きものと歎き居給ひし頃。賀茂 の祭見に行き給ひしが。葵上も同じ處に行き合ひて。ふとしたる事より車の立場の爭 となり。左大臣家の權勢には勝つ能はずして。御息所の車は後の方に押しやられ。耻辱 を受けて泣く泣く歸り給ひぬ。是より嫉妬の上に侮辱せられし恨を加へて。御息所の生 靈いつしか葵上のもとに至り。葵上を惱ます事おびただしく。葵上は遂に隠れ給 ひぬ。此一條の物語を作れるなり。