源氏物の一つにて。六條の御息所の事を作れる謠なり。御息所は。
何がし東宮の御
息所なりしが。東宮早世し給ひて後。京の六條京極といふ處に住み給ひ
しをもて。六條
の御息所と呼ばれ給ひ。忘れ形見の姫宮一人持ち給へり。いつよりの事
にか光源氏の
君。忍び忍びに通ひ給ひて。御息所と深き御中にならせ給ひしに。それ
もやうやう疎々
しくなり行きたる頃。本より源氏の君には葵上と申す御本妻ありて。左
大臣の娘にて勢
も強かりしが。ある年加茂祭見に出でたりし時。同じく御息所も出で給
ひし其御車を。
葵上の車も同じ所に立てんとするより。事起りて。その下人共。轅も打
ち折りなどしつ
つ。さんざんに恥見せ參らせたる事あり。兼ねての嫉妬心の上に。此恨
みまで加はり
て。御息所の生靈は懐妊したる葵上を惱まし遂に取り殺しぬ。源氏は餘
りの事に覺へ
て。御息所を疎んじ。いよいよ御中枯れがれになりて。頼み少なく見え
しかば。其頃姫
宮の齋宮に立ちて伊勢の國に下らんとし給ふに。御身もつきそひ行かん
とて。姫宮の御
身を清めゐ給ふ野の宮に。御母御息所も籠りゐ給ひしを。源氏の君の訪
れ給ひしは。九
月七日の事なりき。此一段の物語は榊巻にあり。