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伊勢物語に。「むかし田舎わたらひしける人の子ども。井のもとに出でて遊びける を。おとなになりにければ。男も女も耻ぢかはしてありけれど。男は此女をこそ得めと 思ひ。女も此男をこそと思ひつつ。親の(他の男女に)あはすることも聞かでなんあり ける。され此隣の男のもとよりかくなん。筒井づつ井筒にかけしまろがたけ。生ひにけ らしな相見ざるまに。女返し。くらべ來し振分髪も肩すぎぬ。君ならずして誰かあぐべ き。かくいひいひて。遂に本意の如く逢ひにけり。さて年頃ふるほどに。女の親なくな りて便なくなるままに。諸共にいふかひなくてあらんやはとて。河内の國高安の郡に。 (男の)いき通ふ(女の)所いできにけり。さりけれど。此もとの女あしと思へるけし きもなくて。出だしやりければ。男(女の方に)異心ありてかかるにやあらんと思ひ疑 ひて。前栽の内に隱れ居て。河内へいぬるがほにて見れば。この女いとよう假装じてう ちながめて。風吹けば沖つ白波立田山。夜半にや君がひとり越ゆらん。とよみけるを聞 きて。限なくかなしと思ひ。河内へも通はずなりにけり。」とある一段の物語を種とし て作れり。歌の詞によりて井筒と名づく。