新勅撰和歌集 (Shin chokusen wakashu) | ||
18. 新勅撰和歌集卷第十八
雜歌三
法性寺入道前攝政太政大臣
世を遁れて後四月一日法眼袈裟を見侍りて
從一位倫子
返し
天暦中宮
少將高光横河にのぼりて出家し侍りける時ふすまてうじて給はせける御歌
東三條入道攝政太政大臣
高光横河に侍りけるにとぶらひ罷りてよみ侍りける
大納言師氏女高光妻
同じ時恒徳公兵衛佐に侍りけるかはりの少將になり侍りて喜びに大納言の許にまうできて侍りけるを見てよみ侍りける
一條左大臣室
右近中將成信三井寺に罷りて出家し侍りけるに裝束つかはすとて袈裟に
侍りける右近大將道綱母
母の病重くなり侍りていむことうけ侍りけるにきせて侍りける袈裟を身まかりて後見つけてよみ侍りける
中務
伊勢集を書きて人のもとに遣すとてよめる
大納言清蔭
俊子と物語して世のはかなき事など申してよみ侍りける
權大納言長家
後一條院の后の宮かくれさせ給ひにける年の暮かの宮に參りてよみ侍りける
出羽辨
返し
藤原高光
九條右大臣かくれ侍りにける年新甞會のころ内の女房に遣しける
内大臣
後高倉院かくれさせ給うて後參議雅清出家し侍りて多武の峯に住み侍りけるあからさまに京に罷り出でたる由聞きて遣しける
左近中將雅清
返し
權中納言國信
壽永の頃ほひあけくれ思ひ歎きてよみ侍りける歌の中に
堀河院讃岐典侍
同じ頃香隆寺に參りて紅葉を見てよみ侍りける
九條右大臣
貞信公かくれ侍りて後かの家に罷りてよみ侍りける
天暦八年おほきさいの宮かくれさせ給うて五七日御誦經せさせ櫛のはこのかけごの下にいれて侍りける
中納言兼輔
式部卿敦慶のみこかくれ侍りにける春よみ侍りける
大納言忠家
後冷泉院の御ぶくに侍りける頃花橘を女房のもとに遣しける
貫之
題志らず
人丸
謙徳公
内わたりのさうじにのべといふ童に傳へて文など遣しけるにのべ身まかりにける秋よみ侍りける
相摸
題志らず
後京極攝政前太政大臣
入道前太政大臣
前大僧正慈圓
俊惠法師
源有房朝臣
正三位家隆
前大納言忠良
なき人の鏡を佛に鑄させ侍りけるに
入道前太政大臣
從三位能子かくれ侍りにける秋月を見てよみ侍りける
八條院高倉
なき人々を思出でゝよみ侍りける
大納言實家
公守朝臣の母身まかりにける時左大臣のもとに遣しける
後徳大寺左大臣
返し
大納言通具
參議通宗朝臣身まかりて後常にかきかはし侍りける文を母のこひ侍りければ遣すとてよみ侍りける
後法性寺入道前關白太政大臣
皇嘉門院かくれさせ給ひにける後の春高倉院の御喪はて過ぎ侍りにける後俊成卿の許に遣しける
内大臣
母の思ひにて北山に侍りける時よみ侍りける
周忌はてゝよみ侍りける
賀茂重保
病に沈み侍りける頃新少將身まかりぬと聞きて素覺法師がもとに遣しける
藤原親康
後京極攝政かくれ侍りにける時よみ侍りける
覺盛法師
賀茂重保身まかりて後つねに歌よみ侍りける者どもあとに罷りあひて遇友戀友といへる心をよみ侍りけるによめる
藤原親盛
世を遁れて後水邊述懷といふ心をよみ侍りける
前大納言光頼
題志らず
法印覺寛
老の後母の身まかりにけるによみ侍りける
平信繁
後高倉院かくれさせ給うて年々過ぎ侍りぬる事を思ひてよみ侍りける
能蓮法師
老の後述懷の歌よみ侍りけるに
左近中將基良
入道大納言の思ひに侍りける時よみ侍りける
法印圓經
僧正範玄身まかりてあとに侍りける者ども頼む方なきよし申して罷りちり侍りける時
法印昭清
小侍從身罷りにける時よみ侍ける
中院右大臣家夕霧
大神基賢が身まかりにける時誦經せさせ侍りけるによみ侍りける
藤原信實朝臣
八條院かくれさせ給うて御正日八月十五夜にあたりて侍りけるに雨ふり侍りければよめる
平泰時
父身まかりての後月あかく侍りける夜蓮生法師がもとに遣しける
蓮生法師
返し
八條院高倉
文集、親愛自零本無落存者仍別離といふ心をよみ侍りける
行念法師
題志らず
前大僧正慈圓
報恩講といふこと行ひ侍りけるに人の名を書きつらねてよみ侍りける
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