【六十一】
昔みかとの時めきつかはせ給ふ女色ゆるされたる有けりおほみやす所とていまそかりけるか御いとこなりけり殿上につかはせ給ひけるありはらなりける男女かたゆるされたりけれは女のある所にいきてむかひをりけれは女いとかたはなり身もほろひなんかくなせそといひけれは
思ふにはしのふることそまけにけるあふにしかへはさもあらはあれ
といひてさうしにおりたまへはいとゝさうしには人の見るをもしのはてのほりゐけれは此女思ひわひてさとへゆきけれはなにのよきことゝおもひてゆきかよふにみな人きゝてわらひけりつとめてとのもつかさの見るにくつはとりておくになけいれてのほりゐてかくかたはにしつゝありわたるよ身もいたすらになりぬへけれはつゐにほろひぬへしとてこの男いかにせんわかゝる心やめ給へとほとけ神にも申けれといやまさりつゝおほえつゝなをわりなくこひしきことのみおほえけれはかんなきをんやうしゝてこひせしといふみそきのくしてなんいきけるはらへけるまゝにいとゝかなしきことのみかすまさりてありしよりけに恋しくのみおほえけれは
恋せしとみたらし河にせしみそき神はうけすも成にけるかな
といひてなんきにける
このみかとは御かほかたちよくおはしまして暁には仏の御名を心にいれて御声はいとたうとくて申給ふを聞て此女はいたうなけきけりかゝる君につかうまつらてすくせつたなうかなしきこと此男にほたされてと思ひてなんなきけるかゝるほとにみかときこしめしつけて此男なかしつかはしけれはあの女をはいとこの宮す所まかてさせてとのゝくらにこめてしほり給ひけれはくらにこもりてなく/\
あまのかるもにすむ虫の我からとねをこそなかめ世をはうらみし
となきをれは此男は人の国より夜ことにきつゝ笛いとおもしろくふきて声はいとおかしくてうたをそうたひける此女くらにこもりなからそこにそあなりとはきゝけれと逢見るへきにもあらてかくなん
さりともと思ふらんこそかなしけれ有にもあらぬ身をはしらすて
とおもひをりおとこは女しあはねはかくしありきつゝうたふ
徒に行てはかへる物ゆへに見まくほしさにいさなはれつゝ
水のおの御時の事なるへしおほみやす所とはそめとのゝ后なり