[1、2、3、4、5]
春は曙、やう/\白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は夜、月の頃はさらなり、闇もなほ螢飛びちがひたる、雨などの降るさへをかし。秋は夕暮、夕日はなやかにさして、山の端いと近くなりたるに、烏のねどころへ行くとて、三つ四つ二つなンど飛びゆくさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆる、いとをかし。日入りはてて、風の音、蟲のねなンど、いとあはれなり。冬は雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜ンなどのいと白く、またさらでもいと寒き火なンど急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつき%\し。晝になりて、ぬるくゆるびもてゆけば、炭櫃火桶の火も、白き灰がちになりぬるはわろし。
ころは、正月、三月、四五月、七月、八九月、十月、十二月、すべてをりにつけ
つつ。一年ながらをかし。
正月一日は、まいて空の景色うら/\と珍しく、かすみこめたるに、世にありと
ある人は、姿容心ことにつくろひ、君をもわが身をも祝ひなンどしたるさま、殊にをかし。七日は、雪間の若菜青やかに摘み出でつつ、例はさしもさる物目近からぬ所に もてさわぎ、白馬見んとて、里人は車きよげにしたてて見にゆく。中の御門の閾ひき入るるほど、頭ども一處にまろびあひて、指櫛も落ち、用意せねば折れなンどして、笑ふもまたをかし。左衞門の陣などに、殿上人あまた立ちなンどして、舎人の弓ども取りて、馬ども驚かして笑ふを、僅に見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、主殿司、女官などの、行きちがひたるこそをかしけれ。いかばかりなる人、九重をかく立ち馴すらんなど思ひやらるる中にも、見るはいと狹きほどにて、舎人が顏のきぬもあらはれ、白きもののゆきつかぬ所は、誠に黒き庭に雪のむら消えたる心地して、いと見ぐるし。馬のあがり騒ぎたるも恐しく覺ゆれば、引き入られてよくも見やられず。
八日、人々よろこびして走りさわぎ、車の音も、つねよりはことに聞えてをかし。
十五日は、もちかゆの節供まゐる。かゆの木ひき隱して、家の御達、女房などの
うかがふを、うたれじと用意して、常に後を心づかひしたる景色もをかしきに、いか
にしてげるにかあらん、打ちあてたるは、いみじう興ありとうち笑ひたるも、いと
榮々し。ねたしと思ひたる、ことわりなり。去年より新しう通ふ壻の君などの、内裏
へ參るほどを、心もとなく、所につけて我はと思ひたる女房ののぞき、奧のかたにた
たずまふを、前にゐたる人は心得て笑ふを、「あなかま/\」と招きかくれど、君見
知らず顏にて、おほどかにて居給へり。「ここなる物とり侍らん」などいひ寄り、は
しりうちて逃ぐれば、あるかぎり笑ふ。男君もにくからず愛敬づきて笑みたる、こと
に驚かず、顏少し赤みてゐたるもをかし。また互に打ちて、男などをさへぞうつめる。いかなる心にかあらん、泣きはらだち、打ちつる人を呪ひ、まが/\しくいふもをか
し。内裏わたりなど、やんごとなきも、今日はみな亂れて、かしこまりなし。
除目のほどなど、内裏わたりはいとをかし。雪降りこほりなどしたるに、申文もてありく。四位五位、わかやかに心地よげなるは、いとたのもしげなり。老いて頭白きなどが、人にとかく案内いひ、女房の局によりて、おのが身のかしこきよしなど、心をやりて説き聞するを、若き人々は眞似をし笑へど、いかでか知らん。「よきに奏し給へ、啓し給へ」などいひても、得たるはよし、得ずなりぬるこそ、いとあはれなれ。
三月三日、うら/\とのどかに照りたる。桃の花の今咲きはじむる。柳など、い
とをかしきこそ更なれ。それもまだ、まゆにこもりたるこそをかしけれ。廣ごりたる
はにくし。花も散りたる後はうたてぞ見ゆる。おもしろく咲きたる櫻を長く折りて、
大なる花瓶にさしたるこそをかしけれ。櫻の直衣に、出袿して、客人にもあれ、御兄
の公達にもあれ、そこ近くゐて物などうちいひたる、いとをかし。そのわたりに、鳥
蟲のひたひつきいと美しうて飛びありく、いとをかし。
祭のころはいみじうをかし。木々のこの葉、まだ繁うはなうて、わかやかに青み
たるに、霞も霧もへだてぬ空の景色の、何となくそぞろにをかしきに、少し曇りたる夕つかた、夜など、忍びたる杜鵑の、遠うそら耳かと覺ゆるまで、たど/\しきを聞きつけたらん、何ごこちかはせん。祭近くなりて、青朽葉、二藍などのものどもおしまきつつ、細櫃の蓋に入れ、紙などにけしきばかり包みて、行きちがひもて歩くこそをかしけれ。末濃、村濃、卷染など、常よりもをかしう見ゆ。童女の頭ばかり洗ひつくろひて、形は皆痿えほころび、打ち亂れかかりたるもあるが、屐子、沓などの緒すげさせ、裏をさせなどもて騒ぎ、いつしかその日にならんと、急ぎ走り歩くもをかし。怪しう踊りて歩く者どもの、さうぞきたてつれば、いみじく、ちやうざといふ法師などのやうに、ねりさまよふこそをかしけれ。ほど/\につけて、親をばの女、姉などの供して、つくろひ歩くもをかし。