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8. 菟玖波集卷第八
釋教
和泉式部
清水寺に通夜し侍りけるに瀧の音を聞きて
と申してまどろみ侍りけるに、御帳の中よりけだかき御聲して
これは觀音の付けさせ給ひけるとぞ。
と侍るに
此句は保元の比、近江に在廳成りけるもの、國中にならびなき美女をあひぐしたりけるを、國司聞きて彼女を戀ひけるになげき申しければ、國司思ふ樣ありて、みるめはなくてといふ連歌をして箱に入れて封を付けて、此連歌を見ずして付けたらんに、こわとりかなひたらば、汝がなげき申す旨をゆるすべしと云ひけるに、此男此道の行衞を知らねば、おもふはかりなくて、石山寺にこもりてさまざま祈り申しけるに、七日過ぎて泣く泣く下向しける時、大門より一町ばかり行きて下女一人行き逢ひて此句を詠じける程に、佛の教にこそと思ひて、國司のもとへ行きて申しければ、ことわり叶ひたりとて、其女をゆるしてけり。是は觀音の御連歌となん申し傳へたる。
讀人不知
鎌倉の極樂寺の僧の夢に、文珠の見え給ひて連歌をせむ、つけよとおおせられければ、いかにと申し侍りけるに、かく仰せられける
これにつけ侍りける
或僧のつとめてまどろみたりけるに、夢に尊げなる僧三人つれて侍りけるが、かく詠める
この句を二人してながめられければ、今一人の僧のいひける
このこと權中納言定頼卿の日記に見え侍るとなん。
大僧正實賢
元本や無明住地の下にすむ
前大僧正最導
心にはいつもすみぬる月なれど
二品法親王
三代かけて仕へし夜ゐの身もふりぬ
稱阿上人
紫の雲のむかへを松の戸に
救濟法師
關白家千句連歌に
野寺の鐘の遠き秋の夜
前大納言尊氏
鷲の山御法の花の散りしより
關白前左大臣
これやこの妙なる蓮の花の紐
二品法親王
一人行く道をや星の照らすらん
後鳥羽院御製
くらきに迷ふためしなるらん
權中納言公雄
衣の珠をいつかみるべき
藤原秀能
後鳥羽院に奉りける連歌の中に
沈むべき此の世の罪を知らねばや
導譽法師
人の爲佛の心くだきしに
救濟法師
名を殘す鶴の林の木は枯れて
二品法親王
木末より花いつくしく匂ひ來て
前大納言尊氏
とにかくに思ふは法のさはりにて
權少僧都永運
その曉を月もまつらん
源維義
月出でぬ心のやみやうかるらん
周阿法師
おく山の曉起きは月も見ず
平宗行
しきみつむ曉露の玉だすき
素阿法師
曉のつとめの鐘の聲聲に
權律師玄祐
心すむ曉おきに鐘ききて
法印聰海
心の月よしづかにてすめ
藤原信藤
人の身はまよひを常の心にて
性遵法師
寺は三井山はよ川の流れにて
救濟法師
導譽家の千句に
世にみちし御法のはじめ誰か知る
前大納言氏忠
一筋にこの一夏をつとめばや
權少僧都觀祐
半ばきく常なき法のことの葉に
法眼良澄
あとをとふその二月は昔にて
源藤經
鹿の苑出でしは法のはじめにて
良阿法師
狩人のつみのはかりを思ひ知れ
順覺法師
寺あらば金かまへて掘り出だせ
信照法師
しきみをつむは常の業にて
十佛法師
寺近き飛鳥の里に住みながら
俊頼朝臣
我がもとの身のつみや消ゆらん
安藝守重基
散木弃歌集卷十には
わがむつのねのつみやきゆらん
源家長朝臣
後鳥羽院に奉りける連歌の中に
御法には心のなどかひかざらん
二品法親王
名も高き山にひとつの箱ありて
久良親王
行へば佛の前のぬかづきに
關白前左大臣
又いでむ後の佛のよは遠し
救濟法師
彌陀のますうてなの前にすず取りて
鏡觀上人
一聲も十聲もおなじみだの名に
立阿法師
誰か知る二つの河の中の道
木鎭法師
彼の國も心にあれば遠からで
頓導上人
きこえてはやがて蓮ぞ栖なる
前大納言尊氏
家の千句連歌に
つみなきことに世を渡れかし
高階重成
後の世を罪をおそるる心にて
導譽法師
藥をば佛ももつと聞きつるに
頼玄法師
源師氏
寺あればまた入相の鐘ききて
常智法師
古寺のかはほり鳴きて暗きよに
源親光
閑かなる山と思へば休らひて
藤原親長朝臣
曉の月にもあかの水とるに
導譽法師
法に心ぞいりさだまれる
二品法親王
つきせぬ法は我が山にあり
救濟法師
我よりも人のちからの渡し舟
藤原秀能
鷲の山その有明をよそにみて
關白前左大臣
文和四年十二月前大僧正賢俊三寶院にてこれかれ百韻の連歌し侍りしに
三つの寶を傳へ來しのり
藤原俊顯朝臣
書き置ける法のことわり見あかして
京月法師
法の師の教へし道に入りそめて
用遍法師
あかくむにぬるるはよしや苔の袖
高山上人
いさぎよき心を月にかけしより
行阿法師
佛こそおくりむかふる誓なれ
文屋行持
そのちかひちぢの佛をただ頼め
淨圓法師
とき置きし御法ばかりはまことにて
源氏頼
うることなきはまことある道
藤原親尚
うきことをはなれし後は悟りにて
母阿法師
二つなき心は西にありながら
稱阿上人
彼の岸におくりむかふる船浮けて
照海上人
後の世は罪によりてやかはるらん
左兵衞督直義
貞和四年六月家の百韻連歌に
いかにしてながき眠は覺めもせぬ
前大納言尊氏
と侍るに
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