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八 寺子屋

 菅丞相の一家に對する、時平一味の迫害は、次第に徹底的になつた。

 筑紫の配所へ、鷲塚平馬を送つて、菅丞相を亡きものにせんとしたばかりでなく、御臺所の行方も、日を逐つて嚴重に搜索し、とうとう北嵯峨の隱れ住居もつきとめられた。

 梅王が筑紫へ旅立つた留守のうち、時平の家來星坂源五は、十數人の部下を引きつれて押し寄せた。

 生憎なことには、梅王の女房春も不在のときであつたので、八重一人が長刀をふるつて防いだが、衆寡敵せず、切りふせられた。すでに、御臺もあやふく討たれようとしたところを、深編笠をかぶつた山伏に助けられ、横抱きにされて、危急をのがれたが、その行く先きは分からなかつた。

 同じ危險は、八歳になつた若君菅秀才の上にもふりかかつた。菅秀才は、丞相から筆道傳授を受けた、武部源藏に守護されて、芹生の里にかくまはれてゐた。

 芹生の里といふのは、京の北を山の奧深く、八瀬や大原といふ、大原の先きの片山里なのであつた。

 「一字千金、二千金、三千世界の寶ぞと、教へる人に習ふ子の、中に交はる菅秀才、武部源藏夫婦の者、いたはり傳き我が子ぞと、人目に見せて片山家、芹生の里へ所替へ――」

 といふ、有名な文句で、「寺子屋」の段は初まつてゐる。

 京に近い鳴瀧村にゐては、けんのんだから、芹生の里まで引つこんだのである。さうして、菅秀才は自分の子といふことにしてあつた。

 寺子屋といつても、ほんのもう田舍のことで、ささやかなものであつた。菅秀才を入れて八人、十五になる涎くりが最年長で、餓鬼大將であつた。

 師匠の源藏は、用事があつて、村の庄屋の所まで行つたので、一時とたたぬうちに、涎くりは手習ひに飽きてしまつた。

 『これ、みんな見や、お師匠樣の留守に、手習ひするは大きな損、おりや坊主頭の清書した。どうぢや、うまからう、うまからう。』と、大きななりに、胸當をかけた涎くりは、立ちはだかつて、坊主頭のへへののもへじを大きく書いたのを、振りまはして見せた。

 上座の机で、熱心に手習ひをしてゐた若君は、たしなめるやうに言つた。

 『一日に一字學べば、一年に三百六十字の教へ、そんなもの書かずとも、ほんの清書をしたがよい。』

 『ああ、ませよ、ませよ。』年よりもませた、生意氣なことを言ふといふので、涎くりは菅秀才をも、ふざけ仲間に引き入れようと立つて行つたが、岩松や長松たちが承知しなかつた。

 『兄弟子にさからふか。』

 『それ、涎くりを、やつつけろ。』

 といふので、卦算を持つたり、墨のかけらを投げつけたり、不斷いぢめられてゐる連中が、涎くりに打つてかかつたので、引つくり返るやうな騷ぎになつた。

 『また、爭ひをしますか。これ、いけませぬ、いけませぬ。』

 奧で用事をしてゐた源藏の女房戸浪が、取りしづめに出て來た。『今日は取りわけ、寺入り(新入生)もある筈、お午からはお休みにしますほどに、おとなしくしなければいけませぬ。』

 『ああ、お午からはお休みか、嬉しいなあ、嬉しいなあ。』涎くりは、躍りあがつて悦んだが、戸浪は涎くりを取りおさへて言つた。

 『そなたは一番大きな形をして、惡さが過ぎる。今日は仕置をせねばなりませぬぞ。さ、この上にお立ちなさい。』

 『わああ――。』もう泣いてゐる。大きな圖體をした涎くりが、机の上へ立たせられて、水の一ぱいはひつた茶碗と線香とを、兩の手に持たせられた。

 『ほかの者は、精出して習うた習うた。』

 やつと靜かになつて、「いろはにほへと」だの、「一筆啓上」だの、「この間はお人下され」だのと、聲々にお手本を讀んだり、草紙へ書いたりしてゐた。

 『御免下さりませう。武ぺらの源藏さまといふは、こちらでござりまするか。』表へ、たづねて來た下男があつた。

 『はい――。』戸浪は立つて、格子戸をあけた。下男と入れ替つて、黒紋付の一人の品のいい女房が、慇懃にお辭儀をした。

 『これは、失禮なことを申し上げまして。武部源藏さまのお家は、こちらでござりまするか。』

 『はい、どなたかは存じませぬが、こちらへおはひり下さりませ。』

 女房は七つぐらゐの、見目いやしからぬ、袴をきちんとつけた子供を連れてゐた。言はずとも、今日寺入りすることになつてゐた母子なのであつた。

 『わたくしことは、この村はづれに暮してをるものでござりまする。これなる忰をお世話なされて下さりようかと、おたづね申しによこしましたれば、世話してやらうといふお言葉にあまへ、早速連れて參じましてござりまする。』

 『左樣でござりまするか、そして、寺入りのお子は、このお子樣でござりまするか。』

 『左樣にござりまする。』

 『氣高い、よいお子樣でござりまするなア。』

 『いえもう、腕白者にござりまする。承はれば、こちら樣にも御子息樣がござりますとのこと、どのお子樣でござりまする。』

 『はい、あれにをりまする。ここへおいでなされ、ここへ。』若君は、はいと立つて來て、戸浪の傍にちよこなんと坐つた。『即ち、これが、源藏の跡取りにござりまする。』

 女房は、若君と我が子とを、二度三度見くらべたが、

 『ても、よいお子樣でござりまする。』何かしら意味ありげに言つた。

 『さうして、そのお子樣のお名は、何とおつしやりまする。』

 『小太郎と申しまする。』

 女房は、師匠の源藏が、生憎留守だと聞いたので、では、用足しをして、またお願ひに上りませうと、寺入りの祝儀包みや、寺子仲間へ附け屆けのお菓子などを、戸浪に差し出した。

 下男に持たせて來た、机も文庫も、新らしかつた。

 『これ、小太郎、わしはちよつと隣り村まで行てくるほどに、おとなしうして待つてゐや、いたづらをしてはなりませぬぞ。――左樣なら、行つてまゐりませう。』

 女房は、門口を出ようとした。と、小太郎は、いきなり立つて來て、母親の袂をひかへた。

 『母樣――、わしも行きたいわいなう。』

 『これはしたり、たしなまぬか。』武家の女房らしく、子供の手を振り拂つて言つた。『大きな形して、跡追ふか。まあ、御覽じ下さりませ。まだ頑是がござりませぬわいなあ。』

 『そりや、お道理でござりまする。さ、わしがよい物を上げませう。――あなた、直ぐに戻つてやつて下さりませ。』

 『はいはい、つい、ちよつと一と走り――。』

 女房は、下男を促して、表へ出た。しかし、心のこりでもあるかのやうに、幾度か振り返り振り返り、涙さへおさへて歸つて行つた。

 小太郎の母といふのは、松王丸の女房千代なのであつた。しかし、源藏夫婦は千代に逢つたことがないので、それとは知らなかつたし、千代も松王の女房であることは明かさなかつたのである。

 やがて、源藏は立ち歸つた。

 が、いつになく、むづかしく蒼ざめた顏色であつた。容易ならぬ心配事のため思案に暮れたやうに、きつと一文字に口を結んだぎり、家の中へはひつても、むづかしい面持であつた。

 『お師匠樣、お歸りなされませ。』

 寺子一同が出迎へても、源藏は見向きもしなかつた。

 『ええ、氏より育といふに、繁華の地と違ひ、いづれを見ても山家育ち、世話甲斐もない役に立たず。』

 吐き出すやうに、不機嫌さうに言つたまま、兩腕をこまぬき、ぢつと首をうなだれた。戸浪は聞きとがめた。

 『いつにない、顏色も惡し、振舞ひの酒機嫌かは知らぬが、山家育ちは知れてある。子供に憎て口は聞えもわるい。殊に、今日は約束の子が、寺入りしてをります。怖いお師匠さんと思ふも氣の毒。さ、逢うてやつて下さんせいなあ。』

 源藏は、苦りきつたまま、振り向かうともしなかつた。小太郎は、行儀ただしく、兩手をついて、可愛い聲で、挨拶をした。

 『お師匠樣、今からお頼み申しまする。』

 聞きなれない、折目ただしい聲がしたので、源藏は思はず振り向いて見た。

 『むう――。』

 ぢいつと、顏をさし寄せるやうに、見まもつてゐたが、にはかににこにこと、面色をやはらげた。

 『さてさて、器量もすぐれ、氣高い生れつき、公家高家の御子息と言つても、おそらく恥かしくない。はてさて、そなたはよい子ぢやなう。』

 『それそれ、何とよい子、よい弟子でござんせうがな。』

 『よいとも、よいとも上々吉。して、その連れて來たお母は、何處にをられる。』

 『さあ、お前が留守なら、隣り村まで行て來ませうというて――。』

 『おお、それもよしよし、大極上。ま、ま子供と奧へやり、遊ぶがよい。』

 小太郎も、ほかの寺子と共に奧へ遊びにやつたが、戸浪の胸は落ちつけなかつた。

 『もし、源藏どの、最前の顏色は、常ならぬ血相、合點の行かぬと思ふたに、今また、あの子を見て、打つて替へての機嫌顏、なほ以て合點行かず、これには樣子があらう。樣子を聞かして下さりませ。』

 源藏も、今日の仕末は、直ぐにも語り、夫婦とも大決心をかためなければならなかつたのである。それはかういふ譯であつた。

 ――今日、村の饗應があるといつて、源藏は庄屋の所へ呼ばれて行つたのであるが、それは僞りだつた。藤原時平の家來春藤玄蕃と、舍人から取り立てられた松王丸の二人、松王丸は病ひ揚句らしかつたが、檢分の役目をうけたまはり、數十人して自分を取り卷いての、強談判であつた。汝の許に、菅丞相の一子菅秀才を、我が子としてかくまひあること、訴人あつて明白に相分かつた。急ぎ、首討つて出すや否や、但し、踏ん込んで受け取らうか、返答は如何だと、のつぴきならぬ、手詰めに逢つたのであつた。

 『――是非に及ばず、首討つて渡さうと、受け合うた心は、數多ある寺子のうちで、いづれなりとも身替りと、思うて歸る道すがら、あれかこれかと指折つても、玉簾の中の誕生と、菰垂の中で育つたとは、似ても似つかず、――ああ、所詮御運の末なるか、いたはしや淺ましやと、屠所の歩みで歸りしが、天道の助けにや、あの寺入りの子を見れば、まんざら烏を鷺ともいはれぬ器量、一旦身替りであざむき、此の場をのがれたらば、直ぐに河内へお供する思案、今暫くが大事の場所ぢや。』

 戸浪も、かねて覺悟はしてゐたことながら、すつかり手のまはつてゐるのには、びつくりした。しかし、甲斐々々しくも共に背負つて立たうと決心したが、氣がかりなのは、松王のことであつた。

 『だが、源藏どの、その松王といふ奴は、三つ子のうちの惡者と聞く上に、若君の顏は見知つてゐませうぞえ。』

 『さあ、そこが一かばちか、生顏と死顏は、相好の變るもの、面ざし似たる小太郎が首、よもや贋とは思ふまじ。よしまた、それとあらはれたらば、松王めを眞二つ、殘る奴輩切つて捨て、かなはぬ時は若君もろとも、死出三途の御供と、胸を据ゑた。が、ここに一つの難儀は、今にも小太郎の母親が迎ひに來たらば、何としたものであらう。』

 『いや、それは大丈夫、女子同志の口先きで、だまして見ませう。』

 『いや、その手では行くまい。大事は小事よりあらはるるとさへ言ふ。事によつたら、母もろとも。』

 『ええツ――。』戸浪は、胸をついた。が、源藏は語をついで鋭く言ひきつた。

 『こりややい、若君には替へられぬ。御主の御爲をわきまへぬか。』

 『あい。氣が弱くては仕損じもしよう。こりやもう、私も鬼になつて――。』

 『さうだとも、弟子子といへば、我が子も同然ぢや。』

 『今日に限つて寺入りした、あの子が業か、母御の因果か。』

 『報いは、こちが火の車。』

 『追つつけ、廻つて來ませうわいなあ。』

 『ええ――。』源藏はきつとなつた。

 『お宮仕へは、ここぢやわやい――。』

 夫婦は、ぢつと顏を見合せた。

 言ふまでもなく、今日寺入りをした、あのいたいけな、何の罪もない新入生の小太郎を、若君の御身替りに立てて、首を打つばかりでなく、もしやの時には、その母までも殺さねばならぬと、覺悟をしつかりと極めたのであつた。

 それは、源藏とても、人情をわきまへぬではなかつた。けれども、私の人情や心持にわづらはされて、御主君への忠義をおろそかにすることはできなかつた。あらゆる私情、あらゆる恩愛を犠牲にしても、君父に盡すの道は、立て通さねばならぬのだぞと、戸浪にも言ひ聞かせ、自分の心にも堅く誓つたのであつた。

 決心がはつきりとついたので、二人は新らしく勇氣が湧き上つた。ぐづぐづしてゐる時ではないので、さつと立ちあがつて準備に取りかかつた。

 源藏は菅秀才を奧から連れて來て、戸棚の下段にかくまつた。菅丞相から昨年讓られた筆道傳授の卷物は、神棚の内にをさめてあつたが、うやうやしく取りおろして、肌身につけてしつかりと背負つた。襦袢の上には襷さへかけて、いざといふ場合には、血路を切り開いて、落ち延びる身支度までしたのであつた。

 間もなく、菅秀才の首受取りの一行は、門口へせまつた。

 村の庄屋に案内させて、見るからに憎さげな春藤玄蕃が、先きに立ち、松王丸は病中とあつて、駕籠のままで從つた。また、警護役の捕手は、源藏の家をぐるりと取り卷いた。

 寺子の親たちである、六七人の百姓も、ぞろぞろと附いて來た。

 『へいへい、申し上げまする。』庄屋は言つた。『これにをる者の子供が、手習にまゐつてをりまする。』

 『もし、取り違へて首討たれては、取り返しがつきませぬ。』

 『よくよくお改めの上、』

 『どうぞお戻し下されませうならば、』

 『へいへい、有り難うござりまする。』

 『やあ、かしましい蠅蟲めら。』玄蕃は、うるさいと言はぬばかりの見幕で、どなりたてた。『うぬらが餓鬼のことまで、身共が知つたことか。勝手次第に連れうせう。』

 すると、駕籠のうちから、松王が、

 『お待ち下され、玄蕃どの――。』と聲をかけて、刀を杖に立ちあらはれた。

 雪持ちの松の模樣のついた、厚い綿入れを着て、病ひ鉢卷で、月代の延びた頭を結へ、咳き入る顏も衰へて、蒼ざめてゐた。

 『憚りながら、彼れらとても油斷はならぬ。病中ながら拙者めが、檢分の役目勤むるも、外に菅秀才の顏見知りしものなき故、今日の役目仕果すれば、病身の願ひ御暇下さるべしと、有り難き御意の趣き、おろそかには致されず。菅丞相に所縁の者を、此の村に置くからは、百姓どももぐるになつて、めいめいが忰に仕立て、助けて歸る手もあること。――こりややい百姓めら、ざわざわとぬかさずとも、一人づつ呼び出せ、面あらためて戻しくれう。』

 家の内では、松王のこの言葉を聞いて、源藏はきつとなつた。そんな事を言ふからには、御身替りといふ手段が、首尾よく成功するかどうか、不安の胸を轟かしたが、今更どうにもならなかつた。

 『長松よ、長松よ――。』

 『岩松よ、岩松よ――。』

 『ぼんよ、ぼんよ。』

 などと、門口で呼ぶ百姓の聲に應じて、寺子は一人づつ奧から走り出た。それを、玄蕃が捉へては、松王に檢分させた。

 どれもどれも、若君とは似ても似つかぬ、鼻たればかりであつた。

 百姓の寺子は、みんな引き取らせたので、玄蕃と松王とは、家の中に入り込んだ。

 玄蕃は、ずつと上座に、檢分役の松王は中央に、源藏は下座に、戸浪は源藏に引き添つた。玄蕃は家の中を見まはして、嚴然と命じた。

 『やあ、源藏、この玄蕃が眼の前で、討つて渡さうと請け合うた菅秀才が首、さあ、受け取らう。』

 『はツ。かりそめならぬ、右大臣の若君、掻き首捻ぢ首にも致されませぬ。暫しの間、御容赦を。』

 『あいや、その手は喰はぬ。』松王は、源藏を底意地惡く、たしかめるやうに言つた。『暫しの容赦と暇どらせ、逃げ支度などいたしても、裏道へは數百人を附けおきたれば、蟻の這ひ出る所もない。また、生き顏と死に顏の變るなどと身替りの首、それも喰はぬ。古手なことして後悔すな。』

 嘲笑ふやうに言ひ放つた。源藏の胸には痛かつた。

 『やあ、入らざる馬鹿念――。』源藏も興奮してゐた。松王を穴の明くほど睨みつけるやうに見やつて、『病みほうけた、汝が眼玉がでんぐり返り、逆さま眼で見たなら知らず、紛れもない菅秀才の首、おつつけ見せう。』

 『その舌の根の、かわかぬうち――。』

 『早く討て。』

 『疾く切れ。』

 玄蕃と松王とは、左右からつめよせた。

 『はツ――。』源藏は、家來の差し出した首桶を携へて、しづしづと奧へはひつた。戸浪は、どうなることかと、身の切迫をひしと感じて、落ちつけなかつた。

 玄蕃も松王も、あたりに心をくばつて、警戒してゐた。松王はふと片隅に積み上げてある、寺子の机を、心の中でかぞへて、戸浪に訊問するやうに言つた。

 『今がた行つた餓鬼どもは八人、机の數が一脚多い。その忰はどこにをる。』

 『はい、これは今日、初めて寺入りした――。』

 『なに。』

 『いえ、あの寺まゐりした子がありまして。』

 『なに、なに、なに、馬鹿なことを。』

 『おお、これが即ち、菅秀才のお机、文庫。』どうやら、言ひぬけてほつとした。が、もしも、この場へ、小太郎の母親が歸つて來たらば、どうなることであらうかと、とつおいつしたのも、無理ではなかつた。

 『何にもせよ、暇取らすが、油斷のもと――。』松王は、玄蕃に注意して、立ち上つた。

 『げに、もつとも。』玄蕃も、やをら立ち上つた。あまりに手間どれば、奧へ踏ん込まうとさへする氣勢であつた。

 二た足、三足、そろそろと、松王が歩を移して、奧の方を見込んだ時、

 『えいツ――。』

 氣合と共に、ばつたりと音して、首討つ音がした。と、松王は、あツと何物かに打たれたやうに、よろよろとよろけた。杖についてゐた刀さへ辷らせ、あやふく倒れようとしたが、机を積み重ねてゐた戸浪に突きあたり、やつと踏みとどまることができた。

 『無禮者め。』松王は戸浪を叱り、右手で刀をとんと突いて、やつと立ちなほることができた。が、烈しく咳き入り、そのあと、頭痛がするかして、額に手をあてて、苦しさうに肩で息をしてゐた。

 源藏は、きつとした面を少しく伏目に、羽織をぬいだまま、首桶をかかへてあらはれた。

 さうして、玄蕃と松王とに對して、首桶を差しおき、自分は少しく下つて坐り、刀を左側に引き寄せて、兩手をついた。

 『是非に及ばず、菅秀才の御首、討ち奉る。いはば大切なる御首、性根をすゑて松王丸、しつかりと檢分いたせ。』

 『ハヽヽヽヽ。』松王は低く笑つた。『何の、これしきに性根どころか、今、淨玻璃の鏡にかけ、鐵札か金札か、地獄極樂の境。――家來衆、源藏夫婦を取り卷きめされ。』松王は、前後左右の捕手に目くばせした。

 『はツ。』捕手は、ばらばらと立つて、十手を振り上げ、命令一下、飛びかからんばかりに取り卷いた。

 『さ、實檢せよ――。』

 源藏は命がけであつた。もしも、一言、贋首と言はうものなら、松王はじめ玄蕃まで、一刀のもとに、切つてすてん意氣込みで、左り手に引きつけた刀の鞘も、碎けよとばかりにぎりしめ、鍔元もひそかにくつろげ、一と膝、二た膝、とんとんと進ませ、右手を膝に、松王の顏色に鋭く見入つた。

 緊張のうちに、さつと凄慘の氣が流れた。

 戸浪も、一所懸命であつた。「天道樣、佛神樣、あはれみたまへ――。」心の内で兩手を合せ、源藏に引つ添うて、固唾をのんだ。

 實に、絶體絶命の瞬間であつた。

 松王は、ぢろりと源藏の態度を見やつたが、靜かに立つて、刀の下緒をのばし、ずるずると刀を下へおくと同時に、首桶の前に坐つて、姿勢をただした。

 首桶は、引き寄せられた。蓋は、取られた。中なる首は、元より菅秀才ではなく小太郎の首なのである。

 松王は、かつと兩眼を見開いて、ぢつと首に注ぎ、ためつ、すがめつ、うかがひ見た。

 源藏は、松王の顏を一心に見守りながら、中腰になつた。いざと言はば、拔打ちにせん體勢である。

 玄蕃も、前屈みになつて、首をのぞきこんだ。

 その時である。松王はうなづいて言つた。

 『若君、菅秀才の首に違ひない。――相違ござらぬ。』と言ひつつ、首桶にぽんと蓋をした。

 『源藏、よく討つたな――。』右手を、首桶の蓋の上にかけたまま、さう言つた松王の聲は、何故かふるへて、涙を含むやうにさへ響いた。

 ほつとしたのは、源藏夫婦であつた。よもやと覺悟してゐたのに、松王が躊躇せずに明言してくれたので、呆氣にとられ、口をあけたまま、氣ぬけがして後ろへ退り、きよろきよろと、夢ではないかと、あたりを見まはした。

 源藏を取りまいた捕手たちも、十手をおろして坐つた。

 『おお、出かした源藏、よく討つた。褒美には、かくまつた科を許し遣はす。いざ松王丸、片時も早く、時平公の御目にかけん。』

 『いかさま。ひまどつてはお咎めもいかが。拙者はこれよりお暇たまはり、病氣保養をいたしたし。』

 『役目は濟んだ、勝手次第に。』

 『然らば、御免――。』松王は、病苦を忍ぶやうに力なく立ちあがり、左り手を額にあてたまま外へ出て、悄然と駕籠に乘り移つた。

 駕籠は直ぐさま、裏手の方へ去つた。

 玄蕃も立ち上つた。捕手の一人は首桶を抱へて先きに立つた。

 『やい、源藏、日頃は忠義々々と口では言へど、やがて其の身に火がつけば、主の首まで討つぢやまで。はてさて、命は惜しいものだなア、ハヽヽヽヽ。』

 門の外へ出た玄蕃は、源藏を見返つて、嘲笑ひながら、しづしづと引き上げて行つた。

 源藏は、玄蕃の一行が、遠くへ立ち去つたのを見きはめてから、戸口に掛金をかけた。戸浪は、戸棚から菅秀才をお出し申した。

 源藏夫婦は、若君の無事なお姿を見るなり、そばへ駈け寄つて悦び、上手の一と間に移した。

 さうして、やうやくほつとして、安堵の胸を撫でおろした源藏は、柱にもたれたまま、ずるずるとへたばつてしまつた。さうして、これも、うつとりとなつてゐる戸浪と共に、「おお――」と手を取り合つて、ただ悦ぶばかり、それこそ、五色の息を一時に、ほうツと吹き出ださんばかりであつた。

 『ははア有り難や、忝けなや――。』源藏は、兩手を合せて感謝した。『凡人ならぬわが君の御徳があらはれて、松王めが眼がかすみ、若君と見定めて歸つたは、天性不思議のなすところ、御壽命は萬々年。――悦べ女房。』

 『いやもうもう、大抵のことぢやござんせぬ。あの松王の眼の玉へ、菅丞相さまがはひつてござつたか。似たといふとも瓦と黄金、寶の花の御運開きと、あんまり嬉しうて、涙がこぼれる。』

 『ははあ、有り難や、尊や――。』

 源藏は幾度も幾度も、神棚に向つて感激の兩手を合せた。

 とん、とん、とん――。

 門の戸をたたく音がする。夫婦は、ぎよつとした。

 『おたのみ申しまする。わたくしは、寺入りの子の母でござんす。今やうやう歸りました。』

 一つのがれて、また一つ。

 『こりやまあ、どうせう。』と、戸浪は源藏に取り縋つた。

 『うろたへ者めが。最前言うたは、ここのこと、若君には替へられぬわい。』

 源藏は、おれの胸にあると、右手でぽんとたたいてみせて安心させ、心配するなと囁いて、奧へ去らせた。

 『もし、おたのみ申しまする、お頼み申しまする。』

 門なる千代は、とんとんと叩きながら、聲高に呼ばはつた。

 『はい、只今、はい――。』

 再び緊張にかへつた源藏は、返事をしながら衣紋をなほし、帶を固くしめなほし、小刀は腰に、大刀を左り手に提げ、身構へを十分にして、掛金をはづした。

 『これはまあまあ、お師匠樣でござりまするか。』

 千代は初對面なので、丁寧に會釋をした。

 『拙者が、武部源藏でござる。』

 『惡童をおたのみ申しましてござりまする。どこにをりますやら、お邪魔でござりませう。』

 『いや、奧に遊んでをります。連れて歸らつしやりませ。』

 『なに、あの、遊んでをりまするか。』千代は、ちよつといぶかしさうに小首を傾けたが、『左樣でござりまするか。もはや日もたけましたれば、連れて戻りましても、よろしうござりませうか。』

 『ああ苦しうござらぬ、おかまひなくお連れ下され。』

 『どれにをりまする』

 『奧にをりますれば、御遠慮なくお通り下され。』

 源藏は、奧の方を指さした。

 『御免下さりませ。』千代は立ち上つて、『小太郎や、小太郎や――』と呼びながら、奧の方へ二足三足、行きかけた隙を見て、源藏は右肌をぬぐなり、刀の鞘を拂つて切りかけた。

 千代も氣配を悟つて、切りこんで來たのを、すつと肩で外すなり、源藏の肱を突いた。女と侮つたわけではないが、思はずたじろいだ。が、もう、どうあつても見のがすわけには行かないので、追ひかけて、太刀風鋭く切りこんだ。

 千代は、机の上にあつた手本や、草紙などを、手あたり次第に投げつけて防いだが、小太郎の文庫を兩手に取るなり、はツしとばかり、下から、源藏の切りおろす刀を受けとめた。

 文庫の蓋はとれた。と、中から、經帷巾と六字の名號すなはち南無阿彌陀佛と認めた幡とが、ぱらぱらとこぼれ落ちた。

 これを眼にして、源藏は不思議の眉をひそめた。

 『若君菅秀才の御身替り、お役に立てて下されたか――。』千代はしつかりと、確かめるやうに、問ひかけて文庫をはづした。

 源藏は『ええツ――。』とおどろいたものの、尚ほも刀を振りかぶつた。

 『但しは、まだか――。さあ、さあ、さあ、樣子が聞きたい。』一心こめて、膝でぐいぐいと詰め寄せられて、源藏も氣をのまれた。

 『してして、それは得心か――。』

 『あい、得心なりやこそ經帷巾、六字の幡。』

 『むう。して、そこもとは、何人の御内證。』

 その時、千代に代つて返事をするやりに、門口から、松の小枝がぽんと投げ入れられた。見ると、それには一枚の短册が附けられてある。源藏はつかつかと行つて、手に取り上げた。

 『梅は飛び櫻は枯るる世の中に――。』

 『――何とて、松のつれなかるらん。』下の句を口ずさみながら、格子戸をあけたのは、頭巾で覆面をした、一人の侍であつた。が、中に入ると同時に、

 『女房悦べ、忰はお役に立つたわやい。』

 言ひつつ、黒の頭巾をかなぐり捨てたのは、松王丸であつた。

 けれども、源藏には、まだ前後のことがよく呑み込めなかつた。松王と知れたので、

 『おのれ、松王――。』思はずも、源藏は刀を取りなほし、一と太刀二た太刀、切つてかかつたのであるが、

 『源藏どの、先刻は、だんだん――。』言葉つきさへ打つて替り、兩刀を腰から取つて投げ出し、更に敵意のないことを、明らかにしたのであつた。

 『未練者めが――。』泣き伏した千代を、たしなめて、松王は座についた。

 源藏夫婦には、まつたく二度びつくりであつた。夢か現か、さては小太郎の母親は、松王とは夫婦であつたのかと、ただ呆れるばかりであつたが、源藏はやうやくにして落ちつきを取り戻した。

 『挨拶は後でのこととし、これまで敵と思ひし松王、打つて替つた所存は、いかに――。』

 『ほほう、御不審もつとも――。』松王は、膝を進めて、源藏夫婦に一部始終を物語つた。

 『――梅王櫻丸と共に我々同胞三人、めいめい別れて御奉公。情けなきはこの松王、時平公に從ひ、親兄弟とも肉縁切り、御恩を受けし丞相樣に敵たふも、これ松王が因果、何とぞ主從の縁切らんと、作病構へお暇願ひ、菅秀才の首見たら、暇やらんと今日の役目。――よもや貴殿は討ちはせまい。――なれども、御身替りに立つべき一子なくば如何せん、ここぞ御恩の報ずる時と、これなる女房千代と言ひ合せ、二人が仲の忰をば、先きへまはして御身替り。實はさきほど、机の數をあらためたも、我が子は來たかと確かめたいばかり。――丞相樣には、我が性根を見込まれて、何とて松のつれなかるらんとの御歌につれて、松はつれない、つれないと、世上の口にかかる悔しさ、推量あれや源藏どの、忰がなくば、いつまでも、人でなしと言はれんに、持つべきものは子でござる。』

 松王は、初めて本心をあかしたのであつた。

 松王とて、菅丞相の恩義をわきまへぬではなかつた。が、それと同時に、主人として仕へてゐる藤原時平への恩義も、亦忘却することはできなかつた。吉田の社頭で梅王と櫻丸とを追ひ返したのも、七十の賀の祝ひの時に、親父から勘當を受けなければならなかつたのも、みんなそのためで、どんなに辛い苦しい思ひをしたか知れなかつた。しかし、さうまでしたればこそ、最後に菅丞相へ最大の御恩報じが出來て、若君をお助けすることもできたのであつた。松王はたつた一人の男の子を犠牲にし、御身替りに立てて、やつと、兄弟にも父親にも顏を合せることができたのであつた。持つべきものは子でござるとは、松王の痛切な心の叫びであつた。

 千代も一心同體に、健氣な覺悟をしたのであつたが、さすがに涙にくれた。

 『持つべきものは子なりとは、あの子のためにはよい手向け。思へば、最前別れた時、いつになく跡追つたを、叱つた時のその悲しさ、冥途の旅へ寺入りと、蟲がしらせたか、隣村まで行くというて、道までは出たれども、子を殺しによこして、どうまあ家へ去なるるものぞ。死顏なりと今一度、見たさに戻つてまゐりました。未練と笑つて下さりまするな。――ああ、育ちも生れも賤しくば、殺す心もあるまいに、死ぬる子は見目よしと、美しう生れたが、可愛やその身の不仕合せ、何の因果か疱瘡まで、すませたことでござりませう。』

 よよとばかりに、泣き入るのも、無理ではなかつた。戸浪も同情して、共に泣いた。

 『最前も連合が、身替りと思ひついた時、側へ行つて、お師匠樣、今からお頼み申しますと、言つた時のこと思ひ出せば、他人のわたしさへ骨身が碎けまする。親御の身では、お道理でござりまするわいなあ。』

 『ああいや、御内證、お歎き下さるな。――こりや女房ども、何で泣く。』松王は千代をたしなめた。『覺悟した御身替り、宅で存分泣いたではないか。泣くな、泣くな、泣くなと申すに。』

 松王は、源藏のはうへ向きなほつた。

 『いやなに、源藏どの、申しつけてはよこしたなれど、定めて最後の際に、未練な死をいたしたでござりませうな。』

 『なんの。若君菅秀才の御身替りと言ひきかすれば、それはもう、潔よく、首さしのべて――。』

 『すりや、あの、逃げかくれもいたさずに――。』

 『につこりと、笑うて――。』

 『あの、笑ひましたか。』

 松王の氣にかかつてゐたのは、小太郎が最期の際のことであつたが、十分に、主君に仕へる道をわきまへて、につこりと笑つて死についたと聞いては、いぢらしく、悲しみの中にも、せめてもの悦びであつた。

 『これ、千代、笑つたと申すぞ。ハヽヽヽヽ。ああ、出來しをりました。利口なやつ、健氣なやつ、七つ八つで親に代つて御恩を送り、お役に立つとは孝行者ぢや。ああ、手柄者ぢや。――と思ふにつけ、思ひ出すは櫻丸がこと。御恩も送らず先き立つて、嘸や草葉の蔭からも、忰が手柄を聞くならば、羨しかろ、けなりかろ、ああ、櫻丸が不便でござる、不便でならぬ、櫻丸が、櫻が――。』

 松王は、急に、咽頭がつまつたやうになつて、せき上げる涙で、眼の前が見えなくなつた。

 我が子を身替りに立てた廉では、武士たるものは人前では泣けなかつた。けれども、同胞の櫻丸が、苦しみ通して、御恩も送れなかつた心根のあはれさと、我が子の手柄とを思ひ合せた時、肉親の兄弟への悲しみに、我が子を討つた悲しみとが結び合ひ重なつて、さすがの松王も、こらへかねて咽び入つたのであつた。

 『源藏どの、御免下され――。』松王は、兩手で顏を掩つて、わツとばかり、大聲を上げて、心の行くまで泣き入つた。千代も源藏夫婦も、共に涙に暮れるばかりであつた。

 ややあつて、一と間のうちから、菅秀才が立ち出でた。皆々は涙をおさへ、居住居をなほして平伏した。

 『我れに替ると知るならば、この悲しみはさすまいもの、不便なことをいたしたな。』

 千代も、厚き思召しに感激した。

 かしこくも、前後の事を御承知あつて、これも御涙に暮れさせたまうた。松王も千代も、厚き思召しに感激した。

 『若君へ、松王めが御土産――。』

 松王は、立つて門口を明け、合圖の呼子の笛を、高く吹き鳴らした。

 『はあ――。』返事とともに、一挺の駕籠が門口へ舁きすゑられた。駕籠の中からあらはれたのは、菅丞相の御臺所であつた。

 『菅秀才か――。』

 『母さまか――。』

 一同は、御無事を祝し合つた。

 御臺所にも、源藏夫婦、松王夫婦のまごころを、此上なく悦ばれた。

 それにつけても、源藏には、どうして松王が御臺所を、御案内申したのか分からなかつた。

 『されば、されば――。』松王は手短かに物語つた。時平の菅丞相御一家探索の手が延びて、北嵯峨なる御臺所を失ひたてまつる計畫を洩れ知つたので、松王は山伏姿に身をやつし、既にあやふき所へ踏み込んで、御臺所を助けて迎へたのであつた。さうして、今日まで、松王のところにおかくまひ申し上げて、一年ぶりで、御母子の對面をおさせ申したわけなのであつた。

 松王と源藏との忠義心は、まつたく一致してゐたので、言ひ合せたのではなかつたが、二人して御身替りをたてて、若君菅秀才は無事なるを得、殊に御臺所までも事なきを得たのであつた。

 しかし、此のまま、ここにぐづぐづしてゐることは危險であつた。松王の考へてゐることも、源藏と全く同じであつた。

 『この上は、急ぎ河内へ御供めされ、姫君にも御對面――。』河内の土師の里、道明寺には、覺壽尼がまだ健在であつた。また苅屋姫もそこにかくまはれてゐた。源藏夫婦は、御臺所と若君の御供をして、一刻も早く、比較的安全な河内へ出立することになつた。

 『――こりやこりや女房、小太郎が死骸は、あの乘物へ移し入れ、野邊の送りを營まん。』

 『あい。』千代と戸浪とは、小太郎の死骸に、經帷巾を着せ、六字の名號の幡をかけて、駕籠にをさめた。

 松王と千代とは、上着を脱いで、白無垢、麻上下といふ、喪主の服裝になつた。どこからどこまでも、覺悟の上であり、また用意周到であつた。

 白無垢姿を見て、人々は又涙を新たにした。

 『野邊の送りに、親の身で、子を送る法はなし、我々夫婦が送り申さん。』

 源藏は、古い式法をわきまへてゐたので、さう言つた。

 『いや、今は我が子にあらず、菅秀才樣の御亡骸に御供申すのでござる。いづれもには、門火々々――。』

 葬式の時に、門火を焚くといふことも、古い式法であつた。

 麻殻が門口で、とろとろと燃された。その

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のゆれるのも、一としほの哀れを添へた。

 (このあとに、次のやうな、いろは送りと呼ばれて、人口に膾炙される文章がある。いろは四十八文字を讀みこんで、此の終末の悲しみを、音樂化してある。)

 ……門火を頼み頼まるる御臺若君もろともに、しやくり上げたる御涙、めいどの旅の寺入りの、師匠は彌陀佛釋迦牟尼佛、六道能化の弟子になり、賽の川原で砂手本、いろは書く子をあへなくも、ちりぬる命是非もなや、あすの夜誰れか添乳せん、らむうゐめ見る親心、劔と死出のやまけこえ、あさき夢見し心地して、跡は門火とゑひもせず、京は故郷と立ち別れ、鳥邊野さして連れ歸る………。

 亡骸ををさめた駕籠に對して、小机がなほされ、かたばかりの香爐がおかれた。

 御臺所も若君も、進み出て、言はば命の親である小太郎の靈前に、涙も新たにお燒香をし、心から冥福を祈つたのであつた。

 源藏も戸浪も、お燒香をした。

 珠數を手にした松王と千代は、皆々に別れを告げて、日ざしもいたく傾くのに心急かれて、駕籠のあとに從つて、野邊への送りに、重い重い足を運んだ。

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[1] The kanji in our copy-text was New Nelson 3460 or Nelson 2787.