University of Virginia Library

蓮の露

師常に手毬をもてあそび玉ふとききて

これぞ此の佛の道に遊びつつつくやつきせぬ御のりなるらん 貞心尼

御かへし

つきて見よひふみよいむなやここのとを十とをさめて又始まるを

はじめてあひ見奉りて

君にかくあひ見ることのうれしさもまださめやらぬ夢かとぞ思ふ

御かへし

夢の世に且つまどろみて夢を又語るも夢もそれがまに/\

いとねもごろなる道の物語に夜もふけぬれば

白たへの衣手寒し秋の夜の月中空に澄み渡るかも

されどなほあかぬ心地して

向ひゐて千代も八千代も見てしがな空行く月のこと問はずとも

御かへし

心さへ變らざりせばはふつたの絶えず向はん千代も八千代も

いざかへりなんとて

立ちかへり又も問ひ來んたまぼこの道のしば草たどり/\に

又も來よ山の庵をいとはずばすすき尾花の露をわけ/\

ほどへてみせうそこ給はりけるなかに

君や忘る道やかくるるこの頃は待てど暮らせど音づれもなき

御かへしたてまつるとて

ことしげきむぐらの庵にとぢられて身をば心にまかせざりけり

山のはの月はさやかに照らせどもまだ晴れやらぬ峰のうす雲

こは人の庵に在し時なり

御かへし

身をすてて世をすくふ人もますものを草の庵にひまもとむとは
ひさがたの月の光のきよければ照しぬきけりからも大和も
昔も今もうそも誠も晴れやらぬ峰のうす雲たち去りて後の光と思 はずや君

春の初めつ方消息奉るとて

おのづから冬の日かずの暮れ行けば待つともなきに春は來にけり
我れも人もうそも誠もへだてなく照らしぬきける月のさやけさ
さめぬれば闇も光もなかりけり夢路を照す有明の月

御かへし

天が下にみつる玉より黄金より春のはじめの君がおとづれ
手にさはるものこそなけれ法の道それがさながらそれにありせば

御かへし

春風にみ山の雪はとけぬれど岩まによどむ谷川の水

御かへし

み山べのみ雪とけなば谷川によどめる水はあらじとぞ思ふ

御かへし

いづこより春は來しぞとたづぬればこたへぬ花に鶯のなく
君なくば千たび百度數ふとも十づつとををももとしらじを

御かへし

いざさらば我れもやみなんここのまり十づつ十をももとしりなば

いざさらばかへらんといふに

りやうせんの釋迦のみ前に契りてしことな忘れそよはへだつとも
靈山のしやかの御前にちぎりてしことは忘れずよはへだつとも

聲韻の事を語り玉ひて

かりそめの事と思ひそこの言葉言のはのみとおもほゆな君

いとま申すとて

いざさらばさきくてませよ時鳥しば鳴く頃は又も來て見ん

御かへし

うき雲の身にしありせば時鳥しばなく頃はいづこに待たん
秋萩の花咲く頃は來て見ませ命またくば共にかざさん

されど其のほどをも待たず又とひ奉りて

秋萩の花咲く頃を待ちとほみ夏草わけて又も來にけり

御かへし

秋萩の咲くを遠みと夏草の露をわけ/\とひし君はも

或夏の頃まうでけるに何ちへか出で給ひけん見え玉は ず。ただ花がめに蓮のさしたるがいと匂ひて有りければ

來て見れば人こそ見えね庵もりてにほふ蓮の花のたふとさ

御かへし

みあへする物こそなけれ小瓶なる蓮の花を見つつしのばせ

御はらからなる由之翁のもとよりしとね奉るとて

極樂の蓮の花の花びらによそひて見ませ麻手小衾

御かへし

極樂のはちすの花の花びらを我れに供養す君が神通
いざさらば蓮の上にうちのらんよしやかはづと人は見るとも

五韻を

くさ%\のあや織り出す四十八文字聲と韻を經緯にして

たらちをの書き給ひし物を御覽じて

水くきの跡も涙にかすみけりありし昔の事を思へば

民の子のたがやさんといふ木にて、いと巧に刻みたる 物を見せ奉りければ

たがやさん色もはだへもたへなれどたがやさんよりたがやさんに は

ある時與板の里へわたらせ玉ふとて、友どちのもとよ りしらせたりければ急ぎまうでけるに、明日ははやこと方へわたり玉ふよし、人々な ごり惜しみて物語聞えかはしつ、打とけて遊びける中に、君は色くろく衣もくろけれ ば、今より烏とこそ申さめと言ひければ、げによく我にはふさひたる名にこそとうち 笑ひ給ひながら

いづこへも立ちてを行かん明日よりは烏てふ名を人のつくれば

とのたまひければ

山がらす里にい行かば子烏もいざなひて行け羽ねよわくとも

御かへし

誘ひて行かば行かめど人の見てあやしめ見らばいかにしてまし

御かへし

鳶はとび雀はすずめ鷺はさぎ烏はからす何かあやしき

日も暮れぬれば宿りにかへり又明日こそとはめとて

いざさらば我れはかへらん君はここにいやすくいねよ早明日に せん

あくる日はとくとひ來給ひければ

歌やよまん手毬やつかん野にや出でん君がまに/\なして遊ばん

御かへし

歌もよまん手毬もつかん野にも出でん心ひとつを定めかねつも

秋は必おのが庵をとふべしとちぎり給ひしが、心地例 ならねばしばしためらひてなど、せうそこ玉はり

秋萩の花のさかりも過ぎにけり契りしこともまだとけなくに

其の後は御心地さわやぎ玉はず、冬になりてはただ御 庵にのみこもらせ給ひて、人々たいめもむづかしとて、うちより戸ざしかためてもの し給へる由、人の語りければ消息奉るとて

そのままになほたへしのべ今さらにしばしの夢をいとふなよ君

と申し遣しければ、其の後給はりけること葉はなくて

梓弓春になりなば草の庵をとくとひてましあひたきものを

かくてしはすの末つ方、俄に重らせ玉ふよし人のもと より知らせたりければうち驚きて急ぎまうでて見奉るに、さのみ惱ましき御けしきに もあらず、床の上に座しゐたまへるが、おのがまゐりしをうれしとやおもほしけん

いつ/\と待ちにし人は來りけり今はあひ見て何か思はん
むさし野の草葉の露のながらへてながらへ果つる身にしあらねば

かかれば晝よる、御かたはらに在りて御ありさま見奉 りぬるに、ただ日にそへてよわりによわり行き玉ひぬれば、いかにせん、とてもかく ても遠からずかくれさせ玉ふらめと思ふにいとかなしくて

生きしにの界はなれて住む身にもさらぬわかれのあるぞ悲しき

御かへし

うらを見せおもてを見せて散るもみぢ

こは御みづからのにはあらねど、時にとりあへの給ふ いとたふとし

くるに似てかへるに似たりおきつ波

かく申したりければ

あきらかりけり君が言の葉

天保二卯年正月六日遷化よはひ七十四

貞心尼