建禮門院右京大夫集 (Kenreimon`in Ukyo no Daibu no Shu) | ||
建禮門院右京大夫集
家の集などいひて、歌よむ人こそかきとどむることなれ。これは、ゆめゆめさにはあらず。ただ、あは れにも、悲しくも、なにとなく忘れがたくおぼゆることどもの、そのをりをり、ふと心におぼえしを思ひ出 でらるるままに、我が目ひとつにみんとて書きおくなり。
高倉の院の御位のころ、承安四年などいひし年にや、正月一日、中宮の御方へ、内の上、渡らせ給へり し、御ひきなほしの御姿、宮の御もののぐめしたりし御さまなどの、いつと申しながら、目もあやに見えさ せ給ひしを、物のとほりより見まゐらせて、心に思ひしこと、
同じ春なりしにや、建春門院、内裏に暫しさぶらはせおはしまししが、この御方へいらせおはしまして、 八條二位殿御まゐりありしも御所にさぶらはせ給ひしを、みくしげ殿の御うしろより、おづおづちと見まゐ らせしかば、女院、むらさきのにほひの御衣、山吹の御うはぎ、櫻の御こうちき、あを色の御唐衣、蝶をい ろいろにおりたりしをめしたりしかば、いふ方なくめでたく、若くもおはします。宮は、つぼめる色の紅梅 の御ぞ、かば櫻の御うはぎ、柳の御こうちき、あか色の御から衣、みな櫻を織りたるめしたりし、にほひあ ひて、今更めづらしくいふ方なく見えさせ給ひしに、大かたの御所の御しつらひ、人人の姿、ことにかがや くばかり見えしをり、心にかくおぼえし。
頭中將さねむね、つねに中宮の御方へまゐりて、琵琶ひき、歌うたひあそびて、時時、ことひけなどい はれしを、ことざましにこそとのみ申してすぎしに、あるをり、ふみのやうにて、ただかくかきておこせた り。
返し
おなじ人の、四月みあれのころ、藤壺にまゐりて物語せしをり、權のすけ維盛のとほりしを、呼びとど めて、このほどに、いづくにてまれ、心とけて遊ばんと思ふを、必ず申さんなどいひ契りて、少將は、とく たたれにしが、少したちのきて見やらるるほどに、たたれたりし、ふたあゐの色こき直衣、指貫、若かへで のきぬ、その頃のひとへ、つねのことなれど、色ことに見えて、けいごの姿、まことに繪物語にいひたてた るやうに美しくみえしを、中將の、あれがやうなるみざまにと、身を思はば、いかに命もをしくて、なかな かよしなからんなどいひて、
ただいまの御心のうちも、さぞあらんかしといはるれば、もののはしにかきて、さしいづ。
といひたれば、おぼしめしはなつしも、深きかたにて、心ぎよくやあると笑はれしも、さることと、を かしくぞありし。
故建春門院の御爲に、御手づから御經かかせおはしまして、内裏にて御八講おこなはれし五卷の日、女 院たち、后の宮宮、三條女御殿白河殿など、みな御ほう物たてまつらせ給ひし、そなたに縁ある殿上人、も ちてまゐりし氣色、おもしろくも、あはれにもありしに、中宮の御ほう物は、二枝を、宮のすけ、權亮など、 もたれたりしとおぼゆ。故女院、いらせ給ひておはしましし御方をとりはらひて、だうぢやうにしつらはれ たりしもあはれにて、
近衞殿、二位中將と申すころ、隆房、重衡、維盛、資盛などの殿上人なりしを、引き具せさせ給ひて、 白河殿の女房たちさそひて、所所の花御覽じけるとて、またの日、花の枝のなべてならぬを、花みける人人 のなかよりとて、中宮の御方へまゐらせられたりしかば、
返し
隆房の少將いつの年にか、月のあかかりし夜、うへの、御笛ふかせおはしまししが、殊に面白くきこえしを、めで まゐらすれば、かたくなはしきほどなると、この御かたにわたらせおはしましてのちに語りまゐらせさせ給 ひたりけるを、それは空ごとを申すぞとおほせごとあるとてありしかば、
とつぶやくを、大納言の君と申すは、三條内大臣の御むすめとぞ聞えし。その人の、かく申すと申させ 給へば、笑はせおはしまして、御扇のはしに書きつけさせ給ひたりし、
なにとなくよみし歌の中に、春たつ日
鶯有慶音
對月待花
往事戀
仙家卯花
片思をはづる戀
くもる夜の月
夕べにすぐる野の花
互に常に聞く戀
谷のほとりの鹿
ねざめの擣衣
名をかへて逢ふ戀
野亭夕べの夏草
連夜の水鷄
われに契り人に契る戀
稻荷の社の歌合に社頭のあしたの鶯
松間の夕べの花
日中の戀
夜ふかき春雨
遠き澤の春駒
くらき空の歸雁
曉のよぶ子どり
山田のなはしろ
ふるき池の杜若
名所のすみれ
所所のやまぶき
海のみちの春のくれ
瀧の邊の殘りの雪
さわらび
船のとまりの花
花落衣
老人を戀ふ
雨中草花
月依所明
關をへだてたる戀
山家初雪
さいばらによする戀
山家花を待つ
中宮の御方にさぶらふ人を、きんひらの中將のせちにいひしころ、物をのみ思ふよしを返す返すうれへ られしに、秋のはじめつかはしし。
返し
小松のおとどの菊合をし給ひしに、人にかはりて、
同じおとどの、大臣の大將にてよろこび申給ひしに、弟の右大將御伴し給へりし、いきほひゆゆしく見 えしかば、
いづれの年やらむ、五節のほど、内裏に近き火のことありて、すでにあぶなかりしかば、南殿に腰輿ま うけて、大將をはじめ、衞府の司のけしきども、心心におもしろくみえしに、大方の世のさわぎも外にはか かることあらじと覺えしも、忘れがたし。宮は、御手車にて、行啓あるべしとぞきこえし。小松のおとど、 大將にて、直衣に矢おひて、中宮の御方へ參り給へりしことがらなど、いみじくおぼえき。
やしまのおとどとかや、このごろ人はきこゆめる。その人の中納言ときこえしころ、五節の櫛こひきこ えたりしを、たぶとて、紅の薄樣に芦わけ小舟をむすびたる櫛さしたるが、なのめならぬに、かきて押しつ けられたりし。
返し、白薄樣にて、
なにとなくて、見聞くことに心うちやりてすぐしつつ、なべての人のやうにはあらじと思ひしを、朝ゆ ふ、女どちのやうにまじりゐてみかはす人も數多ありし中に、とりわきとかくいひしを、あるまじのことや と人の事を見聞きても思ひしかども、契りとかやはのがれがたくてや、思ひの外に物思はしきことそひて、 さまざま思ひみだれしころ、さとにて、はるかに西の方をながめやる、梢は、夕日の色しづみて、あはれな るに、またかきくらししぐるるを見るにも
秋の暮、おましのあたりに鳴きしきりぎりすの、聲なくなりて、外にはきこゆるに
つねよりも思ふことあるころ、尾花が袖の露けきをながめいだして
秋の月あかき夜
橘を三つ、人の見よとてつかはしし返しに
かけはなれいへば、あながちにつらき限りにしもあらねど、なかなか目に近きは、またくやしくも恨め しくも、さまざま思ふこと多くて、年もかへりて、いつしかの春のけしきもうらやましく、鶯のおとづるる にも、
うせにしせうとのために、阿彌陀經かくにも、
内の御方の女房、宮の御方の女房、車あまたにて、近習の上達部、殿上人ぐして、花見あはれしに、な やむことありてまじらざりしを、花の枝に、紅の薄樣にかきてつけて、小侍從のとぞ。
風の氣ありしによりてなれば、返しに、かく聞えし。
花を見て
大炊の御門の齋院、いまだ本院におはしまししころ、かの宮の中將の君のもとより、御垣のうちの花と て、折りてたびて、
返し
この中將の君に、清經の中將の物いふと聞きしを、ほどなく、同じ宮のうちなる人に思ひうつりぬと聞 きしかば、文のついでに
返し
とかく物おもはせし人の、殿上人なりしころ、父おとどの御ともに住吉にまうでて、歸りて、洲濱のか たの結びたるに、貝どもを色色にいれて、うへに、忘草をおきて、それに、花田の薄樣にかきて、結びつけ られたりし。
返し、秋のことなりしかば、紅葉の薄樣に
太皇太后宮より、おもしろき御繪どもを、中宮の御方へ參らせさせ給へりしなかに、昔父のもとに人の 手習して、言葉かかせし繪のまじりたる、いとあはれにて、
四月ばかり、したしき人に具して、山里にありしころ、時鳥のつねに鳴きしに、
花橘の、雨はるる風に匂ひしかば、
五月五日、宮の權太夫時忠のもとより、藥玉まきたる箱のふたに、菖蒲の薄樣しきて、同じ薄樣にかき て、なべてならず長き根を參らせて、
返し、花橘の薄樣にかく。
歎くことありてこもりゐたりしころ、菖蒲の根おこせたる人に、
成親の大納言のむすめ、宮の權のすけのうへなりし人は、しるゆかりありしもとより、藥玉おこすとて
返し
硯のついでに手ならひに、
秋の末つ方、建春門院いらせおはしまして、久しくおなじ御所なり九月つくる日、ある還御なるべきに、 女官して、蘆手の下繪したるだんしに、たてぶみ、紅の薄樣にて、
返し、うへ白き菊の薄樣にかきて、誰としらねば、女房の中へ、知盛の中將まゐられしにことづく。ま ことに、世のけしきなごりをしげにうちしぐれて、物あはれなれど
三位中將維盛のうへのもとより、紅葉につけて、青紅葉の薄樣に、
返し、くれなゐの薄樣に、
忠度の朝臣、西山の紅葉見たるとて、なべてならぬ枝を折らせて、結びつけたる。
返し
みくしげ殿の、さとに久しくおはせしころ、弁の殿の、その御里へまゐりて歸りまゐられたりしに、な どかこのたよりにもおとづれはせぬとのたまひしかば、
春のころ、宮の、西八條に出でさせ給へりしほど、大かたにまゐる人はさることにて、御はらから、御 甥たちなど、みな番におりて、二三人は絶えずさぶらはれしに、花の盛に、月あかかりし夜、あたら夜をた だにやあかさむとて、權の佐朗詠し笛吹き、經正琵琶ひきみすの内にも琴かきあはせなど、面白くあそびし ほどに、内より、隆房の少將御使にて、文もちて參りたりしを、やがてよびて、さまざまのことどもつくし て、のちには、昔今の物語などして、明方までながめしに、花はちりちらず同じ匂ひにみわたされ、月も一 つに霞みあひつつ、やうやうしらむ山ぎは、いつといひながら、いふ方なくおもしろかりしを、御返りごと 給はりて、隆房のいでしに、ただにやはとて、扇のはしを折りて、書きてとらす。
少將、かたはらいたきまで詠じずんじて、硯こひて、この座なる人人、なにとも皆かけとて、我が扇に かく、
權の佐は、歌もえよまぬものはいかに、といはれしを、なほせめられて、
嬉しくも今夜の友の數に入りてしのばれ忍ぶつまとなるべき
と申ししを、われしも、わきて忍ばるべきことと心やりたるなど、この人人の笑はれしかば、いつかさ は申したると陳ぜしも、をかしかりき。
また、月の前の戀、月の前の祝といふことを人のよませしに
ゆかりある人の、風のけおこりたるをとぶらひたりし返しに、
服になりたる人とぶらふとて、
小松のおとどうせ給ひてのち、北方の御もとへ、十月ばかりにきこゆる。
返し
成親の大納言、とほき所へくだられにしのち、院の京極殿の御もとへ、
返し、京極殿
安元といひしはじめの年の冬、臨時祭に、宮のうへの御つぼねへのぼらせ給ふ御ともに、さはることあ りてえ參らで、さしも心にしむかへりだちの御神樂も、え見ざりし、口をしくて、御硯の筥に、薄樣のはし にかきつけておく。
里なりし女房の、藤壺の御前の紅葉ゆかしきよし申したりしを、ちり過ぎにしかば、結びたる紅葉をつ かはす枝にかきてつく。
宮の、六波羅殿にしばし出でさせ給ひて、いらせ給ひし行啓のいだし車に參りたりし人の、その夜の月 おもしろかりしを、登花殿の方などにて、人人具して見て、その曉にいでて、つとめて、よべの月に心はさ ながらとまりて、と申したりしかば、
兼光の中納言の、職事なりしころ、むくを六つつみておこせたるにいかがいふべきと、播磨の内侍のい はれしかば、
雪の深くつもりたりしあした、さとにて、荒れたる庭を見いだして今日こむ人をとながめつつ、薄柳の 衣、紅梅のうすぎぬなど着てゐたりしに、枯野の織物の狩衣、すはうのきぬ、紫の織 物の指貫きてただひきあけて入りきたりしおもかげ、我ありさまには似ず、いとなまめかしく見えしなど、 つねに忘れがたくおぼえて、年月おほくつもりぬれど、心には近きも、かへすがへすむづかし。
山里なるところにありしをり、えんなる有明におきいでて、前近きすいがいに咲きたりし朝顏に、ただ 時のまの盛こそあはれなれとて見しことも、ただ今の心地するを、人をも、花はげにさこそ思ひけめ。なべ てはかなきためしにだにあらざりけるをと、思ひつづけらるることのみさまざまなり、
せうとなりし法師の、ことに頼みたりしが、山深くおこなひて、都へも出でざりしころ、雪の降りしに、
冬の夜、月あかきに、賀茂に詣でて、
人の心の思ふやうにもなかりしかば、すべて、しられずしらぬ昔になしはててあらむなど思ひしころ、
同じことをとかく思ひて、月のあかき夜、はしつ方にながめいだしたるに、むら雲はるるにやと見ゆる にも、
いと久しくおとづれざりしころ、夜ふかくねざめて、とかく物を思ふに、おぼえず涙やこぼれにけむ、 つとめて見れば、花田の薄樣の枕ことのほかに、かへりたれば、
心ならず宮に參らずなりにし頃、れいの月をながめてあかすに、見てもあかざりし御面影の、あさまし く、かくても經にけりと、かきくらし戀ひしく思ひ參らせて、
そのころ、塵つもりたる琴を、ひかで多くの月日へにけりとみるにもあはれにて、宮にて、つねに近く さぶらふ人人の、笛にあはせなどあそびしこと、いみじうこひし。
宮の、御産など、めでたく聞き參らせしにも、ただ涙を友にてすぐるに、皇子うまれさせおはしまして、 春宮だちなどきこえしにも、思ひつづけられし。
隣に、庭火の笛の音するにも、年年、内侍所の御神樂に、維盛の少將、やすみちの中將などのおもしろ かりし音どもまづ思ひ出でらる
おほやけの御かしこまりにて、遠く行く人、そこそこによべはとまるなど聞きしかば、そのゆかりある 人のもとへ、
しりたる人の、さまかへたるが、こむといひておともせぬに、
すびつのはたに、ごきに水の入りたるがありけるに、月のさし入りてうつりたる、わりなくて、
なにごともへだてなくと申し契りたりし人のもとへ、思ひの外に身の思ひそひてのち、さすがにかくこ そともまたきこえにくきを、いかに聞き給ふらむとおぼえしかば、
そのかみ、思もかけぬところにて、世人よりも色このむときく人、よしあるさまの物語しつつ、夜もふ けぬるに、近く人のあるけはひのしるかりけるにや、ころは卯月の十日なりけるに、月の光もほのぼのにて、 けしきもみえじなどいひしに、人につたへて、
と申したりし返事、
また返し
すずろぐさなりしをつてにて、まことしく申しわたりしかど、世のつねの有さまは、すべてあらじとの み思ひしかば、心づよくてすぎしを、この思ひのほかなることを、早いとよくききにけり。さて後そのよし ほのめかして、
返し
また同じことをいひて、
返し
祭の日、おなじ人、
返し
かやうにて、何ごともさてあらで、かへすがへすくやしきこと思ひしころ、
車おこせつつ、人のもとへゆきなどせしに、ぬしつよく定まるべしなど聞きしころ、なれぬる枕に、硯 の見えしを引きよせて、かきつくる。
かへりてのち、見つけたりけるとて、やがてあれより、
同じころ、夜床にて郭公を聞きたりしに、獨ねざめに、まだかはらぬ聲にてすぎしを、そのつとめて、 ふみのありし返事のついでに、
返しに、我しも思ひいでつるをなど、さしもあらじとおぼゆることどもをいひて、
またしばし音せで、文のこまごまとありし返り言に、何とやらん、いたく心のみだれて、ただみえし橘 を、一枝つつみてやりたりしにえこそ心えねとて、
返し
たえま久しくて、思ひ出でたるに、ただやあらましとかへすがへす思ひしかど、心よわくて行きたりし に、車よりおるるを見て、世にはありけるかと申ししを聞く心地に、ふとおぼえし、
夢にいつもいつも見えしを、心の通ふにはあらじを、あやしうこそと申したる返事に、
返し
人のむすめをいふ人に、五月すぎてと契りけるを、心いられして、忍びていりにけりと聞く人のもとへ、 人にかはりて、
せんなきことをのみ思ふころ、いかでかかからずもがなと思へど、かひなきも心うくて、
いづ方にか、經の聲ほのかに聞えたるも、いたく世の中しみじみともの悲しくおぼえて、
父おとどの御ともに、熊野へ參りたると聞きしを、歸りてもしばし音なければ、
と思ふも、いと人わろし。ひととせ、難波のかたより歸りては、やがて音づれたりしものをなどおぼえ て、
常に向ひたる方は、常磐木どもこぐらく、杜のやうにて、空もあきらかにみえぬも、慰む方なし。
東は長樂寺の山の上みやられたるに、したしかりし人、とかくせし山の峰、そとばの見ゆるも哀なるに、 ながめいだせば、やがてかきくらして、山も見えず、雲のおほひたるも、いたく物がなし。
雲の上もかけはなれ、そののちもなほときどきおとづれし人をも、頼むとしはなけれども、さすがに武 藏あぶみとかやにてすぐるに、なかなかあぢきなきことのみまされば、あらぬ世の心地して、こころみんと、 ほかへまかるに、反故どもとりしたたむるに、いかならむ世までも絶ゆまじきよし、かへすがへすいひたる 言の葉のはしにかきつけし、
宮にさぶらふ人の、常にいひかはすが、さてもその人は、この頃はいかにといひたる返事のついでに、
治承などのころなりしにや、豐のあかりのころ、上西門院女房、物見に車二つばかりにて參られたりし、 とりどりに見えしなかに、小宰相殿といひし人の、びん額のかかりまで、ことに目とまりしを、年ごろ心に かけていひける人の、通盛の朝臣にとられて、歎くと聞きし、げに思ふもことわりとおぼえしかば、その人 のもとへ、
返し
など申しし折は、ただあだこととこそ思ひしを、それゆゑ底の藻屑とまでなりにし、あはれのためしな さ。よそにて歎きし人にをられなましかば、さはあらざらまし。かへすがへすためしなかりける契の深さも、 はかなさも、いはむ方なし。大方の身のやうも、つく方なきにそへて、心のうちもいつとなく物のみ悲しく て眺めし頃、秋にもややなりぬ。風の音はさらぬだに身にしむに、譬へん方なく眺められて、星合の空、み るももののみ哀なり。
西山なるところに住みし頃、遙かなるほど、事しげき身の暇なさにことづけて、やや久しく音づれず、 かれたる花のありしに、ふと、
この花は、十日あまりのほどにみえしに、折りてもたりし枝を、簾にさして出でにしなりけり。
前なる垣ほに、葛はひかかり、小笹うちなびくに、
月の夜、れいの思ひ出でずもなくて、
冬になりて、枯野の荻に時雨はしたなくすぎて、ぬれ色のすさまじきに、春よりさきに下めぐみたる若 葉の、ろくしやう色なるが、ときどき見えたるに、露は、秋思ひ出でられて、おきわたしたり。
なにとなく、ねやのさむしろうち拂ひつつ、思ふことのみあれば、
宮にさぶらひし雅頼の中納言のむすめ帥殿といひしが、物いひをかしく、にくからぬ心さまして、なに ごとも、申しかはしなどせしが、秋のころ山里にて、ゆあむるとて、久しくこもりゐられたりしに、ことの ついでに申しつかはす。
返しも、たはぶれごとのやうなりしを、ほど經て忘れぬ。
冬ふかきころ、わづかに霜がれの菊の中に、あたらしく咲きたる花を折りて、ゆかりある人の司召に歎 くことありしが、いひおこせたりし。
と申したる返事に、
上臈だちて近くみし人の、とりわきなかよきやうなりしに、わが物申す人のこのかみなりしは、御ゆか りの上に、やがて宮人にて、ことに常にさぶらひし人の、しのびて心かはして、かたみに思はぬにしもあら じとみえしかど、世のならひにて、女かたは物おもはしげなりしを、まほならねど心えたりしかば、ちと、 けしきしらせまほしくて、男のもとへつかはす。
返りごと、あいなのさかしらや、さるはかやうのことも、つきなき身には、ことばもなきをとて、
宮のまうのぼらせ給ふ御供して歸りたる人人、物がたりせしほどに火も消えぬれど、すびつの埋火ばか りかきおこして、同じ心なるどち四人ばかり、さまざまの心のうちども、かたへは殘さずなどいひしかど、 思ひ思ひに下むせぶことは、まほにもいひやらぬしも、我が心にも知られつつ、あはれにぞおぼえし。
などおもひつづくるほどに、宮のすけの、内の御方の番にさぶらひけるとて入りきて、例のあだごとも、 まことしきことも、さまざまをかしきやうにいひて、我も人もなのめならず笑ひつつ、はては、恐ろしき物 がたりどもをしておどされしかば、まめやかにみな、汗になりつつ、今は聞かじ、のちにといひしかど、な ほなほいはれしかば、はては衣をひきかづきて、きかじとて、ねてのち心に思ひしこと、
この人もよしなしごとをいひて、草のゆかりをなにか思ひはなつ、ただ同じことと思へと、つねにいは れしかば、
とぞ思ひしを、大方には、にくからずいひかはして、いつまでもかやうにだにあらむといはれしかば、
いへば同じことをのみかへすがへす思ひて、あはれあはれわが心に物を忘ればやと、常は思ふがかひな ければ、
なにとなきことを、我も人もいひし折、思はぬ物のいひはづしをして、それをとか くいはれしも、後に思へばあはれに悲しく、
母なりし人の、さまかへてうせにしが、ことに心ざし深くと、人にもいひおきなどせられし、五月のは じめなくなりにしのちは、よろづ思ふばかりなくて、あかしくらししに、四十九日にもなりて、着られたり しきぬ、ころもけさなどとりいでて、こもり僧にとらせ、あせう上人にたてまつりなどせしに、きぬのしは までも、着られたりしをりにかはらで面影、いとどすすむ悲しさに、
思ひなしもいとど心ぼそくて、かなしきことのみまさりて、
高倉院かくれさせ給ひぬと聞きしころ、見馴れまゐらせし代のことかすかずおぼえて、およばぬ御こと ながらも、限りなく悲しく、なにごともげに末の世にあまりたる御ことやなど、人の申すにも、
中宮の御心のうち、おしはかりまゐらせて、いかばかりと悲し。
壽永元暦のころの世のさわぎは、夢とも、まぼろしとも、あはれとも、なにとも、すべてすべていふべ ききはにもなかりしかば、よろづいかなりしとだに思ひわかれず、なかなか思ひもいでじとのみぞいままで もおぼゆる。見し人人の都別ると聞きし秋ざまのこと、とかくいひても思ひても、心も詞もおよばれず。ま ことのきはは、われも人も、かねていつと知る人なかりしかば、ただいはむ方なき夢とのみぞ、近くも遠く も、見聞く人皆まよはれし。大方の世さわがしくて、心ぼそきやうにきこえたりしころなどは、藏人頭にて、 殊に心のひまなかりしうへ、あたりなりし人も、あいなきことなりなどいふこともありて、更にまた、あり しよりけにしのびなどして、おのづから、とかくためらひてぞ物いひなどせし折折も、ただ大方のことぐさ にも、かかる世のさわぎになりぬれば、はかなき數に唯今にてもならむことは、うたがひなきことなり。さ らばさすがに、つゆばかりの哀はかけてんや。たとひ何と思はずとも、かやうにきこえ馴れても、年月とい ふばかりにしもなりぬるなさけに、道の光をかならず思ひやれ、もし命たとひ今しばしなどありとも、すべ て今は心を昔の身とは思はじと、思ひしたためてなむある。そのゆゑは、物をあはれとも、何のなごり、そ の人のことなど思ひたちなば思ふかぎりもおよぶまじ、心よわさも、いかなるべしとも身ながらおぼえねば、 なにごともおもひ捨てて、人のもとへ、さてもなどいひて文やることなども、いづこの浦よりもせじと思ひ とりたるを、なほざりにてきこえぬなどなおぼしそ、よろづただいまより、身をかへたると思ひなりぬるを、 なほともすればもとの心になりぬべきなん、いとくちをしき、といひしことの、げにさることと聞きしも何 とかいはれむ。ただ涙の外は言の葉もなかりしを、つひに秋のはじめつ方、夢のうちの夢を聞きし心地、何 にかはたとへむ。さすが心あるかぎり、この哀をいひ思はぬ人はなけれど、かつ見る人人も、わが心の友は 誰かあらむとおぼえしかば、人にもいはれず、つくづくと思ひつづけて、胸にもあまれば、佛に向ひ奉りて、 泣きくらすより外のことなし。されど、げに命は限あるのみにあらず、さまかふることだにも、身を思ふや うに心に任せで、一人走り出など、はたえせぬままに、さてあらるるが、かへすがへす心うくて、
いはむ方なき心地にて秋ふかく成り行くけしきに、まして堪へてあるべき心地もせず、月のあかき夜、 空のけしき、雲のたたずまひ、風のおと、ことに悲しきをながめつつ、行方もなき旅の空、いかなる心地な らむとのみ、かきくらさる。
夜のあけ日のくれ、なにごとを見聞くにも、片時おもひたゆむことは、いかにしてかあらむ、さればい かにしてか、せめては今ひとたび、かく思ふことをもいはむなど思ふも、かなふまじき悲しさ、ここかしこ とうきたるさまなど、傳へ聞くもすべていはむ方なし
おそろしきもののふども、いくらもくだる。なにかと聞くにも、いかなることをいつ聞かむと、悲しく、 心うく、泣く泣く寢たる夢につねに見しままの直衣姿にて、風のおびただしく吹くところに、いと物思はし げにうちながめてあると見て、さわぐ心に、やがてさめたる心地、いふべき方なし。ただ今も、げにさても やあるらむと思ひやられて、
あまりさわがしき心地のなごりにや、身もぬるみて、心地もわびしければ、さらばなくなりなばやとお ぼゆ。
と思へど、さもなきつれなさも心うし。
かへる年の春、ゆかりある人の物まゐりすとてさそひしかば、何ごとも物うけれど、尊きかたのことな れば、思ひおこしてまゐりぬ。歸さに、梅の花なのめならずおもしろきところあるとて、人の立ち入りしか ば、具せられて行きたるに、まことに世のつねならぬ花のけしきなり。そのところのあるじなるひじりの、 人に物いふを聞けば、年年この花をしめゆひて請ひ給ひし人なくて、今年はいたづらに咲きちり侍る、あは れにといふを、たれぞと問ふめれば、その人としもたしかなる名をいふに、かきみだり悲しき心のうちに、
その頃、あさましく恐ろしくきこえしことどもに、近く見し人人むなしくなりたる、數おほくて、あら ぬ姿にてわたさるる、なにかと心うく、いはん方なきことどもきこえて、たれたれなど、人のいひしもため しなくて、
重衡の三位中將の、うき身になりて、都にしばしと聞きし頃、ことにことに、昔近かりし人人の中にも、 朝夕馴れて、をかしきことをいひ、又はかなきことにも、人のためには、びんぎに心しらひありなどして、 ありがたかりしを、いかなりけるむくいぞと、心うし。見たる人の、御顏はかはらで、目もあてられぬなど といふが、心うく悲しさいはん方なし。
かへすがへす心のうちおしはかられて、
又、維盛の三位中將、熊野にて身をなげてとて、人のいひあはれがりし、いづれも、今の世を見聞くに も、げにすぐれたりしなど思ひ出でらるるあたりなれど、きはことにありがたかりしかたちようい、まこと に昔今見る中に、例もなかりしぞかし。されば折折には、めでぬ人やはありし。法住寺殿の御賀に、青海波 まひての折などは、光源氏のためしも思ひ出でらるるなどこそ、人人いひしか。花のにほひもげにけおされ ぬべくなど、聞えしぞかし。その折折のおもかげはさることにて、見馴れしあはれ、いづれもといひながら なほことにおぼゆ。同じことと思へと、折折はいはれしを、さこそさやはといらへしかば、されどあるとい はれしことなど、かずかず悲しともいふばかりなし。
ことに同じゆかりは、思ひとる方のつよかりける、うきことはさなれども、この三位中將と、清經の中 將と、心とかくなりぬるなど、さまざま人のいひあつかふにも、のこりて、いかに心よわくやいとどおぼゆ らむなど、さまざま思へど、かねていひしことにてや、また何とか思ふらむ。たよりにつけて、言の葉一つ もきかず、ただ都いでての冬、はつかなるたよりにつけて、申ししやうに、今は身をかへたると思ふを、誰 もさ思ひて、後の世をとへ、とばかりありしかば、たしかなるたよりも知らず、わざとは又かなはで、これ よりも、いふ方なく思ひやらるる心のうちをも、えいひやらぬに、このゆかりのくさは、かくのみ皆聞きし ころ、あだならぬたよりにて、つたふべきことありしかば、かへすがへす、かくまでもきこえじと思へど、 などいひて、
このはらからたちのことなどいひて、
など申したりし返事、さすがに嬉しきよしいひて、今はただ身のうへも、今日明日のことなれば、かへ すがへす思ひとぢめぬる心地にてなむ、まめやかにこのたびばかりぞ申しもすべきとて、
さきだちぬる人人のことなどいひて、
とありしをみし心地、ましていふ方なし。
またの年の春ぞ、まことにこの世の外に聞きはてにし。そのほどのことは、ましてなにとかいはむ。皆 かねて思ひしことなれど、ただほれぼれとのみおぼゆ。あまりにせきやらぬ涙も、かつはみる人人にもつつ ましければ、何とか人は思ふらめど、心地のわびしきとて引きがづきて、ねくらしてのみぞ、心のままに泣 きすぐす。いかで物を忘れんと思へど、あやにくに面影は身にそひ、言の葉ごとに聞く心地して、身をせめ て、悲しきこといひつくすべき方なし。ただかぎりある命にて、はかなくなどきくことをだにこそ、悲しき ことにいひ思へ。これは何をかためしにせむと、かへすがへすおぼえて、
ほど經て人のもとより、さてもこのあはれ、いかばかりか、といひたれば、なべてのことのやうにとお ぼえて、
さても今日までながらふる世のならひ心うく、明けぬくれぬとしつつ、さすがにうつし心もまじり、物 をとかく思ひつづくるままに、かなしさもなをまさる心地す。はかなくあはれなりける契のほども我身ひと つのことにはあらず、同じゆかりの夢みる人は、知るも知らぬもさすが多くこそなれど、さしあたりては、 ためしなくのみおぼゆ。昔も今も、ただのどかなるかぎりある別こそあれ、かくうきことはいつかはありけ るとのみ思ふもさることにて、ただとかく、さすが思ひなれにしことのみ忘れがたさ、いかでいかで今は忘 れむとのみ思へど、かなはぬも悲しうて、
ただ胸にせき、涙にあまる思ひのみなるも、何のかひぞと悲しうてのちの世をば必ず思ひやれといひし ものを、さこそ其のきはも心あわただしかりけめ。またおのづから殘りて、跡とふ人もさすがあるらめど、 よろづあたりの人も世にかくろへて、何ごとも道ひろからじなど、身ひとつのことに思ひなされて、悲しけ れば、思ひおこして、ほうぐえりいだして、料紙にすかせて、經かき、又さながらうたせて、文字の見ゆる がまばたゆれば、裏にもものおしかくして、手づから地藏六體すみがきにかきまゐらせなど、さまざま心ざ しばかりとぶらふも、また人目つつましければ、うとき人には知らせず、心ひとつにいとなむ悲しさも、な ほ堪へがたし。
など、泣く泣く思ひ念じて、あせう上人の御もとへ申しつけて、供養せさせ奉る。さすが積りにけるほ うぐなれば、多くて、尊勝陀羅尼、何くれさらぬことも多くかかせなどするに、なかなか見じと思へど、さ すがに見ゆる筆の跡も、言の葉も、かからでだに、昔の跡は涙のかかる習ひなるを、目もくれ心も消えつつ、 いはん方なし。その折、とありし、かかりしをり、わがいひしことのあひしらひ、なにかと見ゆるが、かき 返すやうにおぼゆれば、一つも殘さず、皆さやうにしたたむるにも、見るもかひなしとかや、源氏の物語に あること、思ひ出でらるるも、何の心ありてとつれなくおぼゆ。
夏深き頃、常にゐたる方の遣戸は、谷の方にて、見おろしたれば、竹の葉は強き日によられたるやうに て、まことに土さへさけて見ゆる世のけしきにも、わが袖ひめやと、又かきくらさるるに、ひぐらしは、繁 き梢にかしがましきまでなきくらすも、友なる心地して、
なぐさむこともなきままには、佛にのみむかひ奉るも、さすがに幼なくより頼みきこえしかど、うき身 功もひしることのみありて、又かくためしなき物を思ふも、いかなるゆゑぞと、神も佛も恨めしくさへなり て、
北山の邊によしあるところのありしを、はかなくなりにし人の領ずるところにて、花のさかり、秋の野 べなど見には、常に通ひしかば誰も見し折もありしを、あるひじりの物になりてと聞きしを、ゆかりあるこ とありしかば、せめてのことに、忍びてわたりて見れば、面影はさきだちて、又かきくらさるるさまぞ、い ふ方なき。みがきつくろはれし庭も、淺茅が原、よもぎが杣になりて、むぐらも苔もしげりつつ、ありしけ しきにもあらぬに、うゑし小萩はしげりあひて、北南の庭にみだれふしたり。藤袴うちかをり、ひとむら薄 も、まことに蟲の音しげき野べとみえしに、車よせておりしつま戸のもとにて、ただひとりながむるに、さ まざま思ひいづることなど、いふもなかなかなり。れいのものもおぼえぬやうにかきみだる心のうちながら、
東の庭に、柳櫻の同じたけなるをまぜて、あまた植ゑならべたりしを、一年の春、もろともに見しこと も、ただ今の心地するに、梢ばかりは、さながらあるも、心うくかなしくて、
また物へまかりし道に、昔のあとの煙になりにしが、いしずゑばかり殘りたるに、草ふかくて、秋の花 ところどころにさき出でて、露うちこぼれつつ、蟲の聲聲みだれあひてきこゆるもかなしく、行きすぐべき 心地もせねば、しばし車をとどめて見るも、いつをかぎりにかとおぼえて、
ただ同じことをのみ、はるる世もなく思ひつつ、たえぬ命はさすがにありふるに、うきことのみ聞きか さぬるさま、いふ方なし。
女院、大原におはしますとばかりは聞きまゐらすれど、さるべき人に知られでは參るべきやうもなかり しを、深き心をしるべにて、わりなくたづねまゐる。やうやう近づくままに、山道のけしきより、まづ涙は さきだちて、いふかたなき御いほりのさま、御すまひ、ことがら、すべて目も見あげられず、昔の御ありさ ま見まゐらせざらむだに、大方のことがら、いかがこともなのめならむ。まして、夢うつつともいふ方なし。 秋深き山おろし、近き梢にひびきあひて、筧の水の音づれ、鹿の聲、虫の音、いづくものことなれど、ため しなき悲しさなり。都ぞ春の錦をたちかさねて、さぶらひし人人六十よ人ありしかど、みわするるさまに衰 へはてたる墨染の姿してわづかに三四人ばかりぞさぶらはるる。その人人にも、さてもやとばかりぞ、我も 人もいひ出でたりし。むせぶ涙におぼほれて、すべて、こともつづけられず。
花のにほひ、月のひかりにたとへても、ひとかたにはあかざりし御おもかげ、あらぬかとのみたどらる るに、かかる御ことを見ながらなにの思ひ出なき都へ、さればなにとて歸るらむと、うとましく心うし。
何ごとにつけても、世にただ、なくもならばやとのみおぼえて、
なぐさむことは、いかにしてかあらむなれば、あらぬところ尋ねがてら、遠く思ひたつことあるにも、 まづ思ひいづることありて、
こころざしのところは、ひえ坂本のわたりなり。雪はかきくらしふりたるに、都は遙かにへだたりぬる 心地して、なにの思ひいでにかと心ぼそし。夜ふくるほどに、雁の一つら、此のゐたる上をすぐるおとのす るも、まづあはれとのみ聞きて、すずろにしほしほとぞなかるる。
關ひとつこそこえぬるは、いくほどならじを、梢にひびく嵐のおとも、都よりはことの外にはげしきに、
つくづくとおこなひて、ただ一すぢにみし人の後の世とのみ祈らるるにも、なほかひなきことのみ、思 はじとてもまたいかがは。
そともを立ち出でて見れば、橘の木に、雪の深く積りたるを見るにも、いつの年ぞや、大内にて、雪の いと高く積りたりしあした、とのゐ姿のなえばめる直衣にて、この木に降りかかりたりし雪を、さながら折 りて持ちたりしを、など、それをしも折られけるにかと申ししかば、我が立ちならす方の木なれば、契なつ かしくてと、いひし折、ただ今とおぼえて、悲しきことぞいふ方なき。
と、まづ思ひやらる。この見る木は、葉のみしげりて色もさびし。
風にしたがひて、鳴子のおとのするも、すずろにものがなし。
はるかに都の方をながむれば、はるばるとへだたりたる雲井にも、
十二月一日ごろなりしやらむ、夜に入りて、雨とも雪ともなくうちちりて、むら雲さわがしく、ひとへ に曇りはてぬものから、むらむら星うちきらしたり。ひきかづき臥したるきぬを、ふけぬるほど、うし二つ ばかりにやとおもふほどに、ひきのけて、空を見あげたれば、ことに晴れて、あさぎ色なるに、ひかりこと ごとしき星の大きなるが、むらもなく出でたる、なのめならずおもしろく、はなだの紙に、箔をうちちらし たるによう似たり。こよひはじめて見そめたる心地す。さきざきも星月夜み馴れたることなれど、これはを りからにや、ことなる心地するにつけても、ただ物のみおぼゆ。
日吉へ參るに、雪はかきくらし、輿の前板にこちたく積りて、通夜したる曙に、やどへ出づる道すがら、 すだれをあげたれば、袖にもふところにも、横雪にて、入りて、袖の上は、拂へどもやがてむらむら氷るが、 面白きにも、なにごとも、見せばやと思ふ人のなき、あはれなり。
いたく心ぼそき旅のすまひに、友まつ雪きえやらで、かつがつあまぎる空をながめつつ、
夜もすがらながむるに、かきくもり、又はれのき、一方ならぬ雲のけしきにも、
そともの鳴子のおとなひも、さびしさそふ心地して、大方の四方のこずゑ、野べのけしきも、年のくれ なれば、皆かれ野にて、吹きはらひたる、なにとなくなごりなき世のけしきも、思ひよそへらるることおほ し。
わづかなる谷川の氷は、むすびながら、さすが心ぼそき音は、たえだえきこゆるに、思ふことのみあり て、
まだ夜をこめて都へ出づる道は、志賀の浦なるに、入江にこほりしつつ、よせくる浪のかへらぬ心地し て、雪つもりて見わたしたれば白妙なり。
うみのおもては、ふか緑にくろぐろとおそろしげに荒れたるに、ほどなき見わたしのむかひに、うるは しき舟路にて、空はあなたのはたにひとつにて、雲路にこぎ消ゆる小舟のよそめに、波風あらくなつかしか らぬけしきにて、木草もなき濱べに、堪へがたく風はつよきに、いかにぞ、波にいりにし人の、かかるわた りにもあると、思ひの外に聞きたらば、いかに住みうきわたりなりとも、とどまりこそせめとさへあんぜら れて、
む月のなかば過ぐるころ、なにとなく春のけしきうらうらと霞みわたりたるに、高倉院の中納言典侍と きこえし人、今のうちにさぶらはるるが、逢はんとありしかば、昔のこと知れる人もなつかしくてその日を 待つほどに、さしあふことありて、とどまりぬ。こよひにてあらましと思ふ夜、あれたる家の軒端より月さ し入りて、梅かをりつつえんなるに、ながめあかして、つとめて申しやる。
返し
ことなることなき物がたりを人のするに、思ひいでらるることありて、すずろに涙のこぼれそめて、と どめがたくながるれば、
二月十五日、涅槃會とて人の參りしに、さそはれてまゐりぬ。おこなひうちして、思ひつづくれば、釋 迦佛の入滅せさせ給ひけむ折のこと、僧などの語るを聞くにも、何もただ物の哀のことにおぼえて涙とどめ がたくおぼゆるも、さほどのことはいつも聞きしかど、此頃きくはいたくしみじみとおぼえて物がなしく、 涙のとまらぬも、ながらふまじきわが世のほどにやと、それは歎かしからずおぼゆ。
殷富門院、皇后宮と申ししころ、その御方にさぶらふ上臈の、しるよしありて、きこえかはししが、行 きあひて、ひぐらし物語りして歸り給ひぬるなごり、雨うちふりて、物あはれなり。この人も、ことにわが 思ふ同じすぢなることをおもふ人なりしかば、なつかしくもあり、さまざまそれも戀しく思ひ出でられて、 申しやる。
返し
四月廿三日、あけはなるるほど、雨すこしふりたるに、東の方の空に、郭公の初音なきわたる、めづら しくあはれに聞くにも、
五月二日は、昔の母の忌日なり。心地なやましかりしかど、手などあらひて、念佛申し、經よむ法師よ びて、經よませて、聽問するにも、又こん年のいとなみは、えせぬこともやと思ふにも、さすがあはれにて、 袖もまたぬれぬ。
やよひの廿日あまりの頃、はかなかりし人の、水のあわとなりける日なれば、れいの心ひとつに、とか く思ひいとなむにも、わがなからむ後、誰かこれほども思ひやらむ、かく思ひしことと、思ひいづべき人も なきが、堪へがたく悲しくて、しくしくと泣くより外のことぞなき。我身のなくならむよりも、これがおぼ ゆるに、
よもの梢も、庭のけしきも、皆ここちよげにて、あをみどりなるに何となき小鳥どものさへづる聲聲も、 思ふことなげなるにも、まづ涙にかきくらされて、
年年、七夕に歌よみてまゐらせしを、思ひいづるばかり、せうせうこれもかきつく。
このたびばかりにやとのみ思ひても、又かく數つもれば、
若かりしほどより、身をようなきものに思ひとりにしかば、ただ心より外の命のあらるるだにもいとは しきに、まして人に知らるべきこととは、かけても思はざりしを、さるべき人人、さりがたくいひはからふ ことありて、おもひの外に、年經てのち、また九重のうちを見し身の契、かへすがへす定めなく、わが心の うちも、つれなくすぞろはし。藤壺の方ざまなど見るにも、昔すみなれしことのみ思ひ出でられて悲しきに、 御しつらひも、世のしきも、かはりたることなきに、ただわが心のうちばかり、くだけまさるかなしさ、月 の隈なきを眺めて、おぼえぬこともなく、かきくらさる。昔かろらかなるうへ人などにて見し人人、おもお もしき上達部にてあるにも、とぞあらまし、かくぞあらましなど、思ひつづけられて、ありしよりもけに、 心のうちは、やらむ方もなく悲しきこと、なににかは似む。高倉院の御氣色に、いとよう似まゐらせさせお はしましたる上の御さまにも、かずならぬ心ひとつにたへがたくきし方こひしく、月を見て、
五節のころ、霜夜の有明に、宮の御方のゑんすゐにて、白うすやうの聲などのきこゆるにも、年年聞き なれしこと、まづおぼえざらむや。
とにかくに、物のみ思ひつづけられて見出だしたるに、まだらなる犬の、竹の台のもとなどしありくが、 昔、うちの御方にありしが、御使などにまゐりたるをりをり、呼びて袖うちきせなどせしかば、見知りて、 馴れむつれ、尾をはたらかしなどせしに、いとようおぼえたる、みるもすずろにあはれなり。
その世のこと、見し人、知りたるも、おのづからありもやすらめど語らふよしもなし。ただ心のうちば かりに思ひつづけらるるが、晴るる方なく悲しくて、
五月五日、さうぶのみこしたてたる御階のあたり、軒のけしきも、見し世にかはらぬにも、
人のうれへ申すことのあるを、さるべき人の申し沙汰するを聞けば後白河院の御時、おほせ下されける などとて、さめやらぬ夢と思ふ人の、藏人頭にて書きたりけるとて、その名をきくにも、いかがあはれのこ ともなのめならむ。
隆房の中納言の、歎くことありて、こもりゐたるもとへ、こればかりは、昔のこともおのづからいひな どする人なれば、とぶらひ申すとて、五月五日に、
返し
大宮入道内大臣うせられたりしころ、公經の中納言もかきこもりて五節などにもまゐられざりしに、白 き薄樣のいろいろの櫛をかきたるにかきて、人のつかはししにかはりて、
返し、薄にびの薄樣に、
親宗の中納言うせて後、昔もちかくみし人にてあはれなれば、親長のもとへ、九月つくるころ、申しや る。空のけしきもうちしぐれてさまざまのあはれも、ことにしのびがたければ、色なる人の袖の上もおしは かられて、
返し
親長九月十三夜、ことわりのままに晴れたりしに、親長の、もののさたなどひまなくして、うち案じたるけ しきもなくて、きとひきそばめはかなき物のはしに書きて、若き人人大盤所にありし中を、かきわけかきわ け、うしろの方によりて、ふところよりとりいでて、たびたりし、
返し。これも物のはしに、
みちむねの宰相中將の、つねにまゐりて、女官など尋ぬるも、はるかに、えしもふとまゐらず、つねに 女房にげさんせまほしき、いかがすべきといはれしかば、此みすの前にて、うちしはぶかせ給へ、いつも聞 きつけんずるよし申せば、まことしからずといはるれば、ただここもとに立ちさらで、よるひるさぶらふぞ といひてのち、つゆもまだひぬほどにまゐりて、立たれにけりと聞けば、めしつぎして、いづくへも追ひつ けとて、走らかす。
久我へいかれにけるを、やがて尋ねて、ふみはさしおきて歸りにけるに、さぶらひして追はせけれど、 あなかしこ、返事とるなとをしへたれば、鳥羽殿の南の門まで追ひけれど、うばらからたちにかかりて、や ぶににげて、ちからぐるまのありけるにまぎれぬるといへば、よしとて、ありしのち、さるふみ見ずとあら がひ、又まゐりたりしかども、人なきみすのうちは、しるかりしかば、立ちにきといへば、またはたらかで 見しかども、あまり物さわがしくこそ立ち給ひしか、などいひしろひつつ、五節のほどにもなりぬ。その後 も、このことをのみいであらそふ人人あるに、豐のあかりの節會の夜、さえかへりたる有明にまゐられたり しけしき優なりしを、ほどなくはかなくなられにし、あはれさ、あへなくて、その夜の有明、雲のけしきま で、かたみなるよし、人人つねに申し出づるに、
など思ひても又
建仁三年の年、霜月の廿日あまりいくかの日やらん、五條三位俊成入道の、九十に滿つと聞かせおはし まして、院より賀たまはするにおくり物の、法服の裝束の袈裟に、歌おかるべしとて、師光入道女宮内卿の 殿に歌はめされて、紫の糸にて、院の仰言にて、おきてまゐらせたりし。
とありしが、給はりたらん人の歌にてや、今すこしよかりぬべく、心のうちにおぼえしかども、其のま まにおくべきとなれば、おきてしを、けさぞのぞ文字、つかへむのむ文字を、やと、よとになるべかりける とて、にはかに其の夜になりて、二條殿へ、きと參るべきよし、おほせごととて、範光の中納言の車とてあ れば、まゐりて、文字ふたつおきなほして、やがて賀もゆかしく、夜もすがらさぶらひて見しに、昔のこと おぼえて、いみじく道の面目なのめならずおぼえしかば、つとめて入道のもとへ其のよし申しつかはすとて、
返しに、かたじけなき召に候へば、はうはうまゐりて、人目いかばかり見ぐるしくと思ひしに、かやう によろこびいはれたる、なほむかしのことも、物のゆゑも、知ると知らぬとは、まことに同じからずこそと て、
かへすがへす憂きより外の思出なき身ながら、年はつもりて、いたづらに明し暮らすほどに、思ひ出で らるることどもを、すこしづつ書きつけたるなり。おのづから人の、さることやなどいふには、いたく思ふ ままのこと、かはゆくもおぼえて、せうせうをぞ、書きて見せし。これはただ、わが目ひとつに見むとて、 書きつけたるを、後に見て、
老の後、民部卿定家の、歌をあつむることありとて、書きおきたる物やと、尋ねられたるだにも、人か ずに思ひ出ていはれたる、なさけありがたくおぼゆるに、いつの名をとか思ふと問はれたる、思ひやりのい みじうおぼえて、猶ただ、へだてはてにし昔のことの忘れがたければ、その世のままになど申すとて、
返し
民部卿定家とありしなむ、嬉しくおぼえし。
建禮門院右京大夫集 (Kenreimon`in Ukyo no Daibu no Shu) | ||