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四幕目 稲瀬川勢揃いの場

    役名

  • 日本駄右衛門。
  • 弁天小僧菊之助。
  • 忠信利平。
  • 赤星十三。
  • 南郷力丸。
  • 捕手等。
本舞台正面画心に高き草土手、所々に桜の立木、高張提灯、うしろ黒幕、すべて鎌倉稲瀬川の体、波の音、佃にて幕あく。と、雨車波の音にて、花道より○△□◎等の大勢蓑笠にて鉦太鼓をたゝき、迷児を呼びながら出て来り、
大勢

迷児の/\三太郎やあい。(ト舞台へ来り)



又ばら/\やって来たが、大降りにならねばよい。



初瀬寺から稲瀬川、この界隈にいぬからは、



朝比奈の切通しを越え、六浦の方へ行ったか知らぬ。



それじゃあこれから一のしに、瀬戸橋までやッつけよう。



先へ行ったら知らぬこと、後なら彼処でがんばれば、



知れるは必定、一方路、



路のぬからぬそのうちに、



こっちもぬからず、ちっとも早く、



いずれもござれ。


皆々

迷児やあい/\。


[ト書]

ト鉦をたゝきながら上手へはいる。本釣鐘を打ち込み、端唄稽古囃子になり、花道より弁天小僧、忠信利平、赤星十三、南郷力丸、日本駄右衛門ら五人男、いずれも染衣裳一本差し、下駄がけにて、しら浪と廻し書にしたる番傘をさして出て来り、花道にて、


弁天

雪の下から山越しに、まずこゝまでは逃げのびたが、


忠信

行く先つまる春の夜の、鐘も七つか六浦川、


十三

夜明けぬうちに飛石の洲崎をはなれ、船に乗り、


南郷

故郷を後に三浦から岬の沖を乗りまわさば、


駄右

陸とちがって波の上、人目にかゝる気遣いなし、


弁天

しかし六浦の川端まで、乗っきる畷が遠州灘、


忠信

油断のならぬ山風に、追風か追手の早風に遭えば、


十三

艪櫂にならぬ一腰の、その梶柄の折れるまで、


南郷

腕前見せて切り散らし、かなわぬ時は命綱、


駄右

錠を切って五人とも、帆綱の繩に、


五人

かゝろうかい。


[ト書]

ト唄になり平舞台へおりる。このとき下手より捕手四人迷児捜しの体にて鉦太鼓たゝき「迷児やあい/\」と呼びながら来り、五人に行違い思入れあって入れ替わり、太鼓を持ちし捕手土手の上へ上がり、太鼓を早めて打つ、これにて皆々笠を脱ぎ四天のなりになり、上下よりばら/\と取り巻き、



盗賊の張本日本駄右衛門、それに従う四人の者、やることならぬ、


皆々

うごくな。


[ト書]

トこれにて皆々思入れあって、


駄右

さては、五人がこの所へ来るをまちぶせ、


五人

なしたるか。



迷児を捜す態に見せ、幾組となく手わけをなし、網を張って待っていたのだ。


駄右

むゝ、かく露顕の上は、卑怯未練に逃げはせぬ、一人々々に名を名乗り、繩にかゝって、


五人

刑罰受けん。


[ト書]

トこれにて舞台へ五人居並び、上下を捕手取り巻く、



けなげな一言、して真先に、


皆々

進みしは。


駄右

問われて名乗るもおこがましいが、産まれは遠州浜松在、十四の年から親に放れ、身の生業も白浪の沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず、人に情を掛川から金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札に廻る配附の盥越し、危ねえその身の境界も最早四十に人間の定めはわずか五十年、六十余州に隠れのねえ賊徒の首領日本駄右衛門。


弁天

さてその次は江の島の岩本院の児あがり、ふだん着慣れし振袖から髷も島田に由井ケ浜、打ち込む浪にしっぽりと女に化けた美人局、油断のならぬ小娘も小袋坂に身の破れ、悪い浮名も竜の口土の牢へも二度三度、だんだん越える鳥居数、八幡様の氏子にて鎌倉無宿と肩書も島に育ってその名さえ、弁天小僧菊之助。


忠信

続いて次に控えしは月の武蔵の江戸そだち、幼児の折から手癖が悪く、抜参りからぐれ出して旅をかせぎに西国を廻って首尾も吉野山、まぶな仕事も大峰に足をとめたる奈良の京、碁打と言って寺々や豪家へ入り込み盗んだる金が御嶽の罪科は、蹴抜の塔の二重三重、重なる悪事に高飛なし、後を隠せし判官の御名前騙りの忠信利平。


十三

またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、故主のために切取りも、鈍き刃の腰越や砥上ケ原に身の錆を磨ぎなおしても抜き兼ねる、盗み心の深翠り、柳の都谷七郷、花水橋の切取りから、今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ケ谷神輿ケ嶽、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤星十三郎。


南郷

扨どんじりに控えしは、潮風荒き小ゆるぎの磯馴の松の曲りなり、人となったる浜そだち、仁義の道も白川の夜船へ乗り込む船盗人、波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎ケ石、悪事千里というからはどうで終いは木の空と覚悟は予て鴫立沢、しかし哀れは身に知らぬ念仏嫌えな南郷力丸。


駄右

五つ連れ立つ雁金の、五人男にかたどりて、


弁天

案に相違の顔触は、誰白浪の五人連れ、


忠信

その名もとゞろく雷鳴の、音に響きし我々は、


十三

千人あまりのその中で、極印うった頭分、


南郷

太えか布袋か盗人の、腹は大きい肝玉、


駄右

ならば手柄に、


五人

からめて見ろ。


捕手

なにをこしゃくな。


[ト書]

トどん/\になり、捕手皆々打ってかゝるを、上下へ別れ傘にてあしらい、立ち廻って一時に投げ退け、傘を開いてキッと見得。これにて後ろの黒幕を切っておとし、向う稲瀬川、聖天山船宿を見たる灯入りの遠見。にぎやかなる鳴物になり、五人傘にて捕物のやうな花々しき立ち廻りあって鳴物替わり、皆々一刀を抜き土手を使いて烈しき立ち廻りよろしくあって、結局上下へ追い込み、ほっと思入れ。本釣鐘、上手に赤星十三、忠信利平、下手に南郷力丸、弁天小僧、土手の真中に駄右衛門居並びて、


駄右

今日は一緒に身の終わりと、覚悟はせしが一日でも脱れられなば逃げ延びん。


南郷

いかさま命が物種なれば、


忠信

五人連れにて一先ずこの地を、


駄右

いや、大勢づれでは人目に立つ。忠信、赤星両人は、これよりすぐに中仙道、南郷、弁天両人は道を違えて東海道、片時も早く落ち延びよ。


四人

してまた、頭は、


駄右

この身はやっぱり鎌倉のうちに隠れて、後より出立、


南郷

そんならこれより右左、


十三

わかれ/\に旅路へ出かけ、


弁天

道中筋を一働き、


忠信

五月を待って京都にて、


駄右

ふたゝび出逢う、


五人

五人男。(トこのとき以前の捕手二人出で)


捕手

捕った。


[ト書]

ト駄右衛門にかゝるを、立ち廻って引きつける。


四人

またもや、捕手、


駄右

いや、こゝ構わずと、


四人

そんなら頭、


駄右

片時も早く、


四人

合点だ。


[ト書]

ト波の音、佃になり、南郷、弁天は花道へ、十三、忠信は東の仮花道へ、駄右衛門は捕手の一人を踏まえ、一人を捻じ上げ後を見送る。四人は花道をはいる。これをいっぱいにきざみ、よろしく


ひょうし幕