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蛇くひ
泉鏡太郎

  西 ( にし ) 神通川 ( じんつうがは ) 堤防 ( ていばう ) ( もつ ) ( かぎり ) とし、 ( ひがし ) 町盡 ( まちはづれ ) 樹林 ( じゆりん ) ( さかひ ) ( ) し、 ( みなみ ) ( うみ ) ( いた ) りて ( ) き、 ( きた ) 立山 ( りふざん ) ( ふもと ) ( をは ) る。 此間 ( このあひだ ) ( ) 見通 ( みとほ ) しの 原野 ( げんや ) にして、 山水 ( さんすゐ ) 佳景 ( かけい ) いふべからず。 ( その ) ( かは ) ( はゞ ) ( もつと ) ( ひろ ) く、 ( まち ) ( もつと ) ( ちか ) く、 ( ) ( やゝ ) ( せま ) ( ところ ) ( がう ) 屋敷田畝 ( やしきたんぼ ) ( とな ) へて、 雲雀 ( ひばり ) 巣獵 ( すあさり ) 野草 ( のぐさ ) ( つみ ) ( めう ) なり。

  此處 ( こゝ ) 往時 ( むかし ) 北越 ( ほくゑつ ) 名代 ( なだい ) 健兒 ( けんじ ) 佐々 ( さつさ ) 成政 ( なりまさ ) 別業 ( べつげふ ) 舊跡 ( あと ) にして、 ( いま ) ( のこ ) れる 築山 ( つきやま ) 小富士 ( こふじ ) ( ) びぬ。

  ( かたへ ) に一 ( ぽん ) ( えのき ) ( ) ゆ、 年經 ( としふ ) 大樹 ( たいじゆ ) 鬱蒼 ( うつさう ) 繁茂 ( しげ ) りて、 ( ひる ) ( ふくろふ ) ( ) ( たす ) けて ( からす ) ( ねぐら ) ( ) さず、 夜陰 ( やいん ) ( ひと ) ( しづ ) まりて 一陣 ( いちぢん ) ( かぜ ) ( えだ ) ( はら ) へば、 愁然 ( しうぜん ) たる ( こゑ ) ありておうおう[#「おうおう」に傍点]と ( うめ ) くが ( ごと ) し。

 されば ( こゝ ) ( ) むべく ( おそ ) るべきを(おう)に ( たと ) へて、 ( かり ) に( ( おう ) )といへる 一種 ( いつしゆ ) 異樣 ( いやう ) 乞食 ( こつじき ) ありて、 ( がう ) 屋敷田畝 ( やしきたんぼ ) 徘徊 ( はいくわい ) す。 驚破 ( すは ) ( おう ) ( きた ) れりと ( さけ ) ( とき ) は、 幼童 ( えうどう ) 婦女子 ( ふぢよし ) 遁隱 ( にげかく ) れ、 孩兒 ( がいじ ) ( おそ ) れて 夜泣 ( よなき ) ( とゞ ) む。

( おう ) 」は 普通 ( ふつう ) 乞食 ( こつじき ) ( ひと ) しく、 ( ) ( かげ ) もなき 貧民 ( ひんみん ) なり。 頭髮 ( とうはつ ) 婦人 ( をんな ) のごとく ( なが ) ( ) びたるを ( むす ) ばず、 ( かた ) より ( ) れて ( かゝと ) ( いた ) る。 跣足 ( せんそく ) にて 行歩 ( かうほ ) ( はなは ) ( けん ) なり。 容顏 ( ようがん ) 隱險 ( いんけん ) ( ) ( ) び、 ( みゝ ) ( さと ) く、 ( ) ( するど ) し。 各自 ( おの/\ ) ( でう ) ( つゑ ) ( たづさ ) へ、 續々 ( ぞく/\ ) 市街 ( しがい ) 入込 ( いりこ ) みて、 軒毎 ( のきごと ) ( しよく ) ( もと ) め、 ( あた ) へざれば ( あへ ) ( ) らず。

  ( はじ ) めは 人皆 ( ひとみな ) 懊惱 ( うるさゝ ) ( ) へずして、 渠等 ( かれら ) ( のゝし ) ( ) らせしに、 ( あらそ ) はずして 一旦 ( いつたん ) ( ) れども、 翌日 ( よくじつ ) ( おどろ ) ( ) 報怨 ( しかへし ) ( かうむ ) りてより ( のち ) は、 ( ) す/\ 米錢 ( べいせん ) ( うば ) はれけり。

  渠等 ( かれら ) ( おのれ ) ( こば ) みたる ( もの ) 店前 ( みせさき ) ( あつま ) り、 ( あるひ ) 戸口 ( とぐち ) 立並 ( たちなら ) び、 御繁昌 ( ごはんじやう ) 旦那 ( だんな ) ( けち ) にして ( しよく ) ( あた ) へず、 ( ) ゑて ( くら ) ふものの ( なに ) なるかを ( ) よ、と ( さけ ) びて、 ( たもと ) ( ) ぐれば 畝々 ( うね/\ ) 這出 ( はひい ) づる ( くちなは ) ( つか ) みて、 引斷 ( ひきちぎ ) りては 舌鼓 ( したうち ) して 咀嚼 ( そしやく ) し、 ( たゝみ ) とも ( ) はず、 敷居 ( しきゐ ) ともいはず、 吐出 ( はきいだ ) しては ( ねぶ ) ( さま ) は、ちらと ( ) るだに 嘔吐 ( おうど ) ( もよほ ) し、 心弱 ( こゝろよわ ) 婦女子 ( ふぢよし ) 後三日 ( のちみつか ) ( しよく ) ( はい ) して、 ( やまひ ) ( ) ざるは ( すく ) なし。

  ( およ ) 幾百戸 ( いくひやくこ ) 富家 ( ふか ) 豪商 ( がうしやう ) 、一 ( ) づゝ、 ( この ) 復讐 ( しかへし ) ( ) はざるはなかりし。 渠等 ( かれら ) 無頼 ( ぶらい ) なる 幾度 ( いくたび ) ( この ) 擧動 ( きよどう ) 繰返 ( くりかへ ) すに ( はゞか ) ( もの ) ならねど、 ( ひと ) ( その ) ( ) ふが 隨意 ( まゝ ) 若干 ( じやくかん ) 物品 ( もの ) ( とう ) じて、 ( その ) 惡戲 ( あくぎ ) ( えん ) ぜざらむことを ( しや ) するを ( ) て、 蛇食 ( へびくひ ) ( げい ) 暫時 ( ざんじ ) 休憩 ( きうけい ) ( つぶや ) きぬ。

  渠等 ( かれら ) 米錢 ( べいせん ) ( めぐ ) まるゝ ( とき ) は、「お 月樣 ( つきさま ) ( いく ) つ」と 一齊 ( いつせい ) ( さけ ) ( ) れ、 ( あと ) をも ( ) ずして ( はし ) ( ) るなり。ただ 貧家 ( ひんか ) ( ) ふことなし。 ( ) りながら 外面 ( おもて ) 窮乏 ( きうばふ ) ( よそほ ) ひ、 嚢中 ( なうちう ) ( かへつ ) ( あたゝか ) なる 連中 ( れんぢう ) には、 ( あたま ) から ( この ) 一藝 ( いちげい ) ( えん ) じて、 其家 ( そこ ) 女房 ( にようばう ) 娘等 ( むすめら ) ( いろ ) ( へん ) ずるにあらざれば、 ( けつ ) して ( ) むることなし。 ( はふ ) はいまだ 一個人 ( いつこじん ) 食物 ( しよくもつ ) 干渉 ( かんせふ ) せざる 以上 ( いじやう ) は、 警吏 ( けいり ) ( ほどこ ) すべき 手段 ( しゆだん ) なきを 如何 ( いかん ) せむ。

  ( いなご ) ( ひる ) ( かへる ) 蜥蜴 ( とかげ ) ( ごど ) きは、 ( もつと ) ( よろこ ) びて ( しよく ) する ( もの ) とす。 ( ) ( ) す( ( おう ) )よ、 ( ねが ) はくはせめて 糞汁 ( ふんじふ ) ( すゝ ) ることを ( ) めよ。もし ( これ ) 味噌汁 ( みそしる ) 酒落 ( しやれ ) ( もち ) ゐらるゝに ( いた ) らば、十 萬石 ( まんごく ) ( いね ) ( おそ ) らく 立處 ( たちどころ ) ( ) れむ。

  ( もつと ) 饗膳 ( きやうぜん ) なりとて 珍重 ( ちんちよう ) するは、 長蟲 ( ながむし ) 茹初 ( ゆでたて ) なり。 ( くちなは ) [#底本では(くちはな)のルビ]の 料理 ( れうり ) 鹽梅 ( あんばい ) ( ひそ ) かに ( ) たる ( ひと ) ( かた ) りけるは、( ( おう ) )が 常住 ( じやうぢう ) 居所 ( ゐどころ ) なる、 屋根 ( やね ) なき ( しとね ) なき ( がう ) 屋敷田畝 ( やしきたんぼ ) 眞中 ( まんなか ) に、 ( あかゞね ) にて ( ) たる ( かなへ ) (に ( るゐ ) す)を ( ) ゑ、 ( ) 河水 ( かはみづ ) ( ) ( ) るゝこと 八分目 ( はちぶんめ ) ( ) 用意 ( ようい ) ( をは ) れば ( たゞ ) ちに ( はし ) りて、 一本榎 ( いつぽんえのき ) ( うろ ) より 數十條 ( すうじふでう ) ( くちなは ) ( とら ) ( きた ) り、 投込 ( なげこ ) むと 同時 ( どうじ ) ( ) 緻密 ( こまか ) なる ( ざる ) ( おほ ) ひ、 ( うへ ) には ( ひし ) 大石 ( たいせき ) ( ) き、 枯草 ( こさう ) ( ふす ) べて、 ( した ) より 爆※ ( ぱツ/\ )

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( ) ( ) けば、 長蟲 ( ながむし ) 苦悶 ( くもん ) ( ) へず 蜒轉※ ( のたうちまは )
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り、 ( のが ) ( ) でんと ( ) ( いだ ) 纖舌 ( せんぜつ ) ( ほのほ ) より ( あか ) く、 ( ざる ) ( ) より 突出 ( つきいだ ) ( かしら ) ( にぎ ) ( ) ちてぐツと ( ) けば、 脊骨 ( せぼね ) ( かしら ) ( ) きたるまゝ、 ( そと ) 拔出 ( ぬけい ) づるを ( ) てて、 ( しかばね ) ( かたへ ) ( うづたか ) く、 ( ) ( なか ) ( ) えたる ( にく ) をむしや――むしや ( ) らへる ( さま ) は、 ( ) ( ) 戰悚 ( よだ ) つばかりなりと。

( おう ) )とは 殘忍 ( ざんにん ) なる 乞丐 ( きつかい ) 聚合 ( しうがふ ) せる 一團體 ( いちだんたい ) ( ) なることは、 此一 ( このいち ) ( ) しても ( ) ( ) きのみ。 ( ) ける ( いぬ ) ( ほふ ) りて 鮮血 ( せんけつ ) ( すゝ ) ること、 ( うつく ) しく ( ) ける ( はな ) 蹂躙 ( じうりん ) すること、 玲瓏 ( れいろう ) たる ( つき ) ( むか ) うて 馬糞 ( ばふん ) ( なげう ) つことの ( ごと ) きは、 ( ) はずして ( ) るベきのみ。

  ( しか ) れども ( ) 白晝 ( はくちう ) 横行 ( わうぎやう ) 惡魔 ( あくま ) は、 四時 ( しじ ) ( つね ) ( ) ( もの ) にはあらず。 ( あるひ ) ( しう ) ( へだ ) てて ( かへ ) り、 ( あるひ ) ( つき ) をおきて ( きた ) る。 ( その ) ( ) ( とき ) ( きた ) ( とき ) 進退 ( しんたい ) ( つね ) ( すこぶ ) ( ) なり。

 一 ( にん ) ( えのき ) ( もと ) ( ) ちて、「お 月樣 ( つきさま ) ( いく ) つ」と ( さけ ) ( とき ) は、 幾多 ( いくた ) の( ( おう ) ( ) 同音 ( どうおん ) に「お 十三 ( じふさん ) ( なゝ ) つ」と ( ) して、 飛禽 ( ひきん ) ( つばさ ) か、 走獸 ( そうじう ) ( あし ) か、 一躍 ( いちやく ) 疾走 ( しつそう ) して ( たちま ) ( ) えず。 ( かの ) ( うづたか ) ( ) める ( くちなは ) ( しかばね ) も、 彼等 ( かれら ) ( まさ ) ( ) らむとするに ( さい ) しては、 ( あな ) 穿 ( うが ) ちて ( こと/″\ ) ( うづ ) むるなり。さても 清風 ( せいふう ) ( ) きて 不淨 ( ふじやう ) ( はら ) へば、 山野 ( さんや ) 一點 ( いつてん ) 妖氛 ( えうふん ) をも ( とゞ ) めず。 或時 ( あるとき ) ( ) ( ) づる 立山 ( りふざん ) ( かた ) より、 或時 ( あるとき ) 神通川 ( じんつうがは ) 日沒 ( につぼつ ) ( うみ ) より ( さかのぼ ) り、 ( えのき ) 木蔭 ( こかげ ) 會合 ( くわいがふ ) して、お 月樣 ( つきさま ) ( ) び、お 十三 ( じふさん ) ( ) し、パラリと ( ) つて 三々五々 ( さん/\ごゞ ) ( かの ) ( つゑ ) ( ひゞ ) ( ところ ) 妖氛 ( えうふん ) ( ひと ) ( おそ ) ひ、 變幻 ( へんげん ) 出沒 ( しゆつぼつ ) ( きはま ) りなし。

 されば ( がう ) 屋敷田畝 ( やしきたんぼ ) 市民 ( しみん ) のために 天工 ( てんこう ) 公園 ( こうゑん ) なれども、 隱然 ( いんぜん ) ( おう ) )が 支配 ( しはい ) する ( ところ ) となりて、 ( なほ ) ( もち ) 黴菌 ( かび ) あるごとく、 薔薇 ( しやうび ) ( とげ ) あるごとく、 渠等 ( かれら ) ( きよ ) ( ほしいまゝ ) にする ( あひだ ) は、一 ( にん ) ( この ) ( をし ) むべき 共樂 ( きようらく ) ( その ) ( おもむ ) ( もの ) なし。 ( その ) ( ) つて 暫時 ( ざんじ ) ( きた ) らざる ( あひだ ) ( うかゞ ) うて、 老若 ( らうにやく ) ( あらそ ) うて 散策 ( さんさく ) 野遊 ( やいう ) ( こゝろ ) む。

 さりながら ( おう ) ( かげ ) をも ( とゞ ) めざる ( とき ) だに、 ( いと ) ふべき 蛇喰 ( へびくひ ) ( おも ) ( いだ ) さしめて、 折角 ( せつかく ) 愉快 ( ゆくわい ) 打消 ( うちけ ) され、 掃愁 ( さうしう ) ( さけ ) ( ) むるは、 各自 ( かくじ ) ( ともな ) ( ) ( をさな ) ( もの ) 唱歌 ( しやうか ) なり。

  ( くさ ) ( ) みつつ ( うた ) ふを ( ) けば、

      拾乎 ( ひらを ) 拾乎 ( ひらを ) ( まめ ) 拾乎 ( ひらを )

        ( おに ) ( ) ( ) ( まめ ) 拾乎 ( ひらを )

  古老 ( こらう ) ( まゆ ) ( ひそ ) め、 壯者 ( さうしや ) ( うで ) ( やく ) し、 嗚呼 ( あゝ ) 兒等 ( こら ) 不祥 ( ふしやう ) なり。 ( ) めよ、 ( ) めよ、 ( なん ) ( きみ ) ( ) 細石 ( さゞれいし ) ( ことぶ ) かざる!

     などと 小言 ( こごと ) をおつしやるけれど、 ( ひろ ) はにやならぬ、いんまの ( )

  ( ) くの ( ごと ) 言消 ( いひけ ) して ( さら ) ( また )

      拾乎 ( ひらを ) 拾乎 ( ひらを ) ( まめ ) 拾乎 ( ひらを )

        ( おに ) ( ) ( ) ( まめ ) 拾乎 ( ひらを )

 と ( とな ) ( いだ ) ( ふし ) ( ) くがごとく、 ( うら ) むがごとく、いつも( ( おう ) )の ( きた ) りて 市街 ( しがい ) 横行 ( わうかう ) するに ( したが ) うて、 ( くだん ) 童謠 ( どうえう ) 東西 ( とうざい ) ( ) き、 南北 ( なんぼく ) ( ) し、 言語 ( ごんご ) ( ) えたる 不快 ( ふくわい ) 嫌惡 ( けんを ) ( じやう ) 喚起 ( よびおこ ) して、 市人 ( いちびと ) ( みゝ ) ( おほ ) はざるなし。

  童謠 ( どうえう ) は( ( おう ) )が ( はじ ) めて ( きた ) りし ( やゝ ) 以前 ( いぜん ) より、 何處 ( いづこ ) より ( つた ) へたりとも ( ) らず 流行 ( りうかう ) せるものにして、 爾來 ( じらい ) 父母※兄 ( ふぼしけい ) ( だま ) しつ、 ( すか ) しつ ( せい ) すれども、 ( ぐわん ) として ( すこ ) しも ( ) かざりき。

  都人士 ( とじんし ) もし 此事 ( このこと ) ( うたが ) はば、 ( ) ( たゞ ) ちに ( きた ) れ。 上野 ( うへの ) 汽車 ( きしや ) 最後 ( さいご ) 停車場 ( ステエシヨン ) ( たつ ) すれば、 碓氷峠 ( うすひたうげ ) 馬車 ( ばしや ) ( ) られ、 ( ふたゝ ) 汽車 ( きしや ) にて 直江津 ( なほえつ ) ( たつ ) し、 海路 ( かいろ ) 一文字 ( いちもんじ ) 伏木 ( ふしき ) ( いた ) れば、 腕車 ( わんしや ) ( せん ) 富山 ( とやま ) ( おもむ ) き、 四十物町 ( あへものちやう ) ( とほ ) ( ) けて、 町盡 ( まちはづれ ) ( もり ) ( くゞ ) らば、 洋々 ( やう/\ ) たる 大河 ( たいが ) ( とも ) 漠々 ( ばく/\ ) たる 原野 ( げんや ) ( ) む。 其處 ( そこ ) 長髮 ( ちやうはつ ) 敝衣 ( へいい ) 怪物 ( くわいぶつ ) ( ) とめなば、 寸時 ( すんじ ) ( はや ) ( くびす ) ( かへ ) されよ。もし ( さいはひ ) 市民 ( しみん ) ( ) はば、 ( すゝ ) んで 低聲 ( ていせい ) に( ( おう ) )は?と ( ) け、 ( かれ ) ( へん ) ずる 顏色 ( がんしよく ) ( くち ) より ( さき ) ( こたへ ) をなさむ。

  無意 ( むい ) 無心 ( むしん ) なる 幼童 ( えうどう ) 天使 ( てんし ) なりとかや。げにもさきに 童謠 ( どうえう ) ありてより( ( おう ) )の ( きた ) るに 一月 ( ひとつき ) ( ) かざりし。 ( しか ) るに ( いま ) 此歌 ( このうた ) 稀々 ( まれ/\ ) になりて、 ( さら ) にまた 奇異 ( きい ) なる ( うた ) は、

      屋敷田畝 ( やしきたんぼ ) ( ひか ) ( もの ) ( なん ) ぢや、

        ( むし ) か、 ( ほたる ) か、 ( ほたる ) ( むし ) か、

       ( むし ) でないのぢや、 ( ) ( たま ) ぢや。

  頃日 ( けいじつ ) ( いた ) ( ところ ) ( つじ ) にこの ( こゑ ) ( ) かざるなし。

  ( ) ( たま ) ( ) ( たま ) !  赫奕 ( かくやく ) たる ( ) 明星 ( みやうじやう ) 持主 ( もちぬし ) なる、( ( おう ) )の 巨魁 ( きよくわい ) 出現 ( しゆつげん ) ( ) ( じゆく ) して、 天公 ( てんこう ) ( ) 使者 ( ししや ) ( くち ) ( ) りて、 ( あらかじ ) ( いん ) をなすものならむか。