University of Virginia Library

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群書類従卷弟三百八下 検校保己一集 物語部二 大和物語 下
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2. 群書類従卷弟三百八下
検校保己一集
物語部二
大和物語 下

【百三十四】

先帝の御時にあるみさうしにきたなけなきはらはありけりみかと御らむしてみそかにめしてけりこれを人にもしらせたまはてとき/\めしけりさてのたまはせける

あかてのみふれはなるへしあはぬよもあふよも人をあはれとそおもふ

とのたまはせけるをはらはこゝちにもかきりなくあはれにおほえてけれはしのひあへてともたちにさなんのたまひしとかたりけれはこの主なる御息所きゝてをひいて給けるものかいみしう

【百三十五】

三条右大臣のむすめつゝみの中納言にあひはしめ給けるあひたはくらのすけにて内の殿上をなんし給ける女はあはんの心やなかりけむこゝろもゆかすなんいますかりけるおとこも宮つかひし給けれはえつねにもいまさゝりけるころ女

たきものゝくゆる心はありしかとひとりはたへてねられさりけり

返しは上手なれはよかりけめとえきかねはかゝす

【百三十六】

又おとこ日ころさはかしくてなんえまいらぬかくいそきまかりありく内にもえまいりこぬ事をなんいかにとかきりなく思給ふるとありけれは

さはくなるうちにも物はおもふなりわかつれ/\をなにゝたとへん

となんありける

【百三十七】

しかの山こえのみちにいはえといふ所に故兵部卿宮家をいとおかしうつくり給て時々おはしまりけりいとしのひておはしましてしかにまうつる女ともを見給ふ時もありけりおほかたもいとおもしろう家もいとおかしうなむ有けるとしこしかにまうてけるついてにこのいへにきてめくりつゝ見てあはれかりめてなとしてかきつけたりける

かりにのみくるきみまつとふりいてつゝなくしか山は秋そかなしき

となんかきつけていにける

【百三十八】

こやくしくしそといひける人あるひとをよはひてをこせたりける

かくれぬの底の下草みかくれてしられぬ恋はくるしかりけり

かへし女

みかくれにかくるはかりの下草はなかゝらしともおもほゆるかな

このこやくしといひける人はたけなんいとみしかゝりける

【百三十九】

先帝の御ときに承香殿の御息所の御さうしに中納言のきみといふ人さふらひけりそれを故兵部卿宮わか男にて一宮と聞えていろこのみ給ひけるころ承香殿はいとちかきほとになんありけるらうありおかしき人々有ときゝ給て物なとのたまひかはしけりさりけるころほひこの中納言の君にしのひてね給ひそめてけりとき/\おはしましてのちこの宮おさ/\とひ給はさりけりさるころ女のもとよりよみてたてまつりける

人をとくあくた川てふつの国のなにはたかはぬきみにそ有ける

かくてものもくはてなく/\やまひになりてこひ奉りけるかの承香殿のまへの松に雪のふりかゝりたりけるを折てかくなん聞え奉りける

こぬ人を松にかゝれる白雪の消こそかへれあはぬ思ひに

とてなんゆめこの雪おとすなとつかひにいひてなむたてまつりける

【百四十】

故兵部卿宮のほるの大納言のむすめにすみ給けるをれいのおはしまし所にはあらてひさしにおまし敷ておほとのこもりなとしてかへり給てほとひさしうおはしまさゝりけりかくてのたまへりけるかのひさしにしかれたりし物はさなからありやとりたてやし給てしとのたまへりけれは御返事

敷かへすありしなからに草枕ちりのみそゐる払ふ人なみ

とありけれは御返に

草枕ちりはらひにはからころも袂ゆたかにたつをまてかし

とありけれは又

唐衣たつを待まのほとこそは我敷たへの塵もつもらめ

とありけれはおはしまして又宇治へかりしになんいくとのたまひける御返に

御狩するくりこま山の鹿よりも独ぬる身そわひしかりける

【百四十一】

よしいへといひける宰相のはらからやまとのそうといひて有けりそれもとのめのもとにつくしより女をゐてきてすへたりけり本のめも心いとよくかたらひゐたりけりかくて此おとこはこゝかしこひとのくにかちにのみありけれはふたりのみなんゐたりける此つくしのめしのひておとこしたりけりそれを人のとかくいひけれはよみたりける

夜半に出て月たにみすは逢ことをしらすかほにもいはましものを

となんかゝるわさをすれともとのめいと心よき人なれはおとこにもいはてのみなんありわたりけれともほかのたより/\かく/\おとこすなりときゝてこのおとこ思ひたりけれと心にもいれてたえさるものにてをきたりけりさてこのおとこ女こと人に物いふときゝてその人とわれといつれをかおもふととひけれは

花すゝき君かかたにそなひくめるおもはぬ山の風はふけとも

となんいひけるよはふおとこもありけり世中こゝろうしなをおとこせしなといひける物なんこの男をやう/\おもひやつきけんこのおとこの返事なとしてやりてこのもとのめのもとにふみをなんひきむすひてをこせたりける見れはかくかけり

身をうしと思ふ心のこりねはや人をあはれと思そむらん

となんこりすまによみたりけるかくて心のへたてもなくあはれなれはいとあはれと思ふほとにおとこは心かはりにけれはありしこともあらねはかのつくしにおやはらからなと有けれはいきけるをおとこも心かはりにけれはとゝめてなむやりけるもとの女なむもろともにありならひにけれはかくていくことをいとかなしと思ひけり山さきにもろともにいきてなんふねにのせなとしけるおとこもきたりけりこのうはなりこなみひとひひとよよろつの事をいひかたらひてつとめて舟にのりぬいまはおとこもとのめはかへりなむとてくるまにのりぬこれもかれもいとかなしとおもふほとにふねにのり給ぬる人のふみをなんもてきたるかくのみなん有ける

ふたりこし道ともみえぬ浪の上を思ひかけてもかへすめるかな

といへりけれはおとこももとのめもいといたうあはれかりなきけりこきいてゝいぬれとえ返事をもせすくるまはふねのゆくを見てえいかす舟にのりたる人は車を見るとておもてをさし出てこきゆけはとをくなるまゝにかほはいとちいさく成まてみをこせけれはいとかなしかりけり

【百四十二】

故御息所の御あねおほいこにあたり給けるなんいとらう/\しくうたよみ給こともをとうとたち御やす所よりもまさりてなむいますかりけるわかきときにめをやはうせ給にけりまゝはゝの手にいますかりけれは心にものゝかなはぬときもありけりさてよみ給ひける

有はてぬ命まつまのほとはかりうきことしけくおもはすもかな

となんよみ給けるさくらの花を折てまた

かゝるかの秋もかはらすにほひせは春恋してふなかめせましや

とよみ給へりけるいとよしつきておかしくいますかりけれはよはふ人もいとおほかりけれと返事もせさりけり女といふものつゐにかくてはて給ふへきにもあらすとき/\はかへりことしたまへとおやもまゝ母もいひけれはせめられてかくなんいひやりける

思へともかひなかるへみ忍ふれはつれなきともや人の見るらむ

とはかりいひやりて物もいはさりけりかくいひける心はへはおやなと男あはせんといひけれと一生におとこせてやみなんといふことをよとゝもにいひけるさいひけるもしるくおとこもせて廿九にてなむうせ給ひにける

【百四十三】

むかし在中将のみむすこ在次君といふかめなる人なん有ける女は山蔭の中納言のみひめにて五条のことなんいひけるかのさいしきみのいもうとの伊勢のかみのめにていますかりけるかもとにいきてかみのめしうとにてありけるをこのめのせうとのさいし君はしのひてすむになん有けるを我のみとおもふにこのおとこのはらからなん又あひたるけしきなりけるさりけれは女のもとに

忘なんと思ふ心のかなしさはうきもうからぬ物にそ有ける

となんよみたりけるいまはみなふることになりにたることなり

【百四十四】

この在次君さい中将のあつまにいきたりけるけにやあらんこのこともゝ人のくにかよひをなん時々しける心あるものにてひとの国のあはれにこゝろほそき所々にてはうたよみてかきつけなとなんしけるをふさのむまやといふ所は海辺になむ有けるそれによみてかきつけたりける

わたつ海と人やみるらんあふことの涙をふさになきつめつれは

又みのわの里といふむまやにて

いつはとはわかねとたえて秋のよそ身のわひしさはしりまさりける

とよみてかきつけたりけるかくて人のくにゝありき/\てかひのくにゝいたりてすみけるほとにやまひしてしぬとてよみたりける

かりそめの行かひちとそ思ひしを今はかきりのかとてなりけり

となんよみてしにけりこのさいしきみのひと所にくしてしりたりける人三河の国よりのほるとてこのむまやともにやとりて此歌ともを見て手はみしりたりけれはみつけていとあはれとおもひけり

【百四十五】

亭子のみかと川尻におはしましにけりうかれめにしろといふものありけりめしにつかはしたりけれは参りてさふらふかんたちめ殿上人みこたちあまたさふらひ給ひけれはしもにとをくさふらふかうはるかにさふらふよし歌つかうまつれと仰られけれはすなはちよみて奉りける

濱千鳥とひ行かきり有けれは雲立山をあはとこそみれ

とよみたりけれはいとかしこくめて給ひてかつけものたまふ

命たに心にかなふ物ならはなにか別のかなしからまし

といふうたもこのしろかよみたる歌なりけり

【百四十六】

亭子のみかととりかひのゐんにおはしましにけりれいのこと御あそひあり此わたりうかれめともあまたまいりてさふらふ中に声もおもしろくよしあるものは侍りやとゝはせ給にうかれめはらの申やう大江のたまふちかむすめといふものなんめつらしうまいりて侍と申けれは見させ給ふにさまかたちもきよけなりけれはあはれかり給てうへにめしあけ給そも/\まことかなととはせ給ふにとりかひといふたいを人々によませ給ひにけり仰給ふやう玉渕はいとらうありて歌なとよくよみきこのとりかひといふたいをよくつかうまつりたらんにしたかひてまことの子とはおもほさんとおほせ給ひけりうけ給はりてすなはち

浅みとりかひある春にあひぬれは霞ならねとたちのほりけり

とよむときにみかとのゝしりあはれかり給て御しほたれ給ふ人々もよくゑひたるほとにてゑひなきいとになくすみかと御うちきひとかさねはかま給ふありとある上達部みこたち四位五位これにものぬきてとらせさらんものは座よりたちねとのたまひけれはかたはしより上下みなかつけたれはかつきあまりてふたまはかりつみてそをきたりけるかくてかへり給とて南院の七郎君といふ人有けりそれなむこのうかれめのすむあたりに家作りてすむと聞しめしてそれになんのたまひあつけらるかれか申さんことゐんにそうせよゐんよりたまはせむものもかの七郎君かりつかはさんすへてかれにわひしきめな見せそと仰られけれはつねになんとふらひかへりみるに

【百四十七】

むかし津の国にすむ女有けりそれをよはふ男二人なん有けるひとりはそのくにゝすむ男姓はむはらになんありけるいまひとりは和泉国の人になん有ける姓はちぬとなんいひけるかくてそのおとこともとしよはひかほかたち人のほとたゝおなしはかりなん有ける心さしのまさらんにこそはあはめとおもふに心さしのほとたゝおなしやうなりくるれはもろともにきあひぬものをこすれはたゝおなしやうにをこすいつれまされりといふへくもあらす女おもひわつらひぬ此人のこゝろさしのをろかならはいつれにもあふましけれとこれもかれも月日をへて家のかとにたちてよろつに心さしをみえけれはしわひぬこれよりもかれよりもおなしやうにをこするものともとりもいれねといろ/\にもちてたてりおやありてかく見くるしく年月をへて人のなけきをいたつらにおふもいとをしひとり/\にあひなはいまひとりかおもひはたえなんといふに女こゝにもさおもふに人の心さしのおなしやうなるになんおもひわつらひぬるさらはいかゝすへきといふにそのかみいくたの川のつらにひらはりをうちてゐにけりかゝれはそのよはひ人ともをよひにやりておやのいふやうたれもみこゝろさしのおなしやうなれはこのおさなきものなんおもひわつらひにて侍るけふいかにまれこのことをさためてんあるはとをき所よりいまする人有あるはこゝなからそのいたつきかきりなしこれもかれもいとをしきわさなりといふときにいとかしこくよろこひあへり申さんとおもふ給ふるやうはこの川にうきてさふらふ水鳥をいたまへそれをいあて給へらむ人に奉らんといふ時にいとよき事なりといひているほとにひとりはかしらのかたをいつ今ひとりはおのかたをいつそのかみいつれといふへくもあらぬに女おもひわつらひて

住わひぬわかみなけてんつの国のいくたの川はなのみなりけり

とよみて此ひらはりはかはにのそきてしたりけれはつふりとおちいりぬおやあはてさはきのゝしるほとにこのよはふ男ふたりやかておなし所におちいりぬひとりはあしをとらへいまひとりは手をとらへてしにけりそのかみおやいみしくさはきてとりあけてなきのゝしりてはふりす男とものおやもきにけりこの女の塚のかたはらに又つかとも作りてほりうつむときに津のくにのおとこのおやのいふやうおなしくにのおとこをこそおなしところにはせめことくにの人のいかてこの国のつちをはをかすへきといひてさまたくるときにいつみのかたのおや和泉国のつちをふねにはこひてこゝにもてきてなん終にうつみてけるされは女のはかをは中にて左右になんおとこのつかともいまもあなるかゝる事とものむかし有けるを絵にみなかきて故きさいの宮に人の奉りたりけれはこれかうへをみな人々この人にかはりてよみける伊勢の御息所男のこゝろにて

かけとのみ水のしたにて逢みれと玉なきからはかひなかりけり

女にかはり給て女一のみや

かきりなくふかくしつめる我玉はうきたる人にみえんものかは

又宮

いつこにか玉をもとめんわたつみのこゝかしこともおもほえなくに

兵衛の命婦

つかのまも諸共にこそ契けれあふとは人にみえぬ物から

いと所の別当

かちまけもなくてやはてん君により思くらふの山はこゆとも

いきたりしおりの女になりて

逢ことのかたみにうふるなよ竹の立わつらふと聞そかなしき

又ひと

身をなけてあはんと人にちきらねとうき身はみつにかけをならへつ

又いまひとりのおとこになりて

おなしえにすむは嬉しき中なれとなと我とのみちきらさりけん

かへし女

うかりける我みな底を大かたはかゝる契のなからましかは

又ひとりのおとこになりて

我とのみちきらすなからおなしえにすむは嬉しきみきはとそ思ふ

さて此男はくれ竹のよふかきをきりてかりきぬはかまえほしおひなとをいれてゆみやなくひたちなといれてそうつみける今ひとりはをろかなるおやにやありけんさもせすそ有けるかのつかのなをはをとめつかとそいひけるあるたひ人このつかのもとにやとりたりけるに人のいさかひするをとのしけれはあやしと思て見せけれとさることもなしといひけれはあやしとおもふ/\ねふりたるにちにまみれたるおとこまへにきてひさまつきて我かたきにせめられてわひにて侍り御はかししはしかし給へらんねたきものゝむくひし侍らんといふにおそろしとおもへとかしてけりさめて夢にやあらんとおもへとたちはまことにとらせてやりてけりとはかりきけはいみしうさきのこといさかふなりしはしありてはしめの男きていみしうよろこひて御とくにとしころねたきものうちころし侍りぬいまよりはなかき御まもりとなり侍るへきとてこのことのはしめよりかたるいとむくつけしとおもへとめつらしきことなれはとひきくほとに夜もあけにけれは人もなしあしたにみれはつかのもとにちなとなんなかれたりけるたちにもちつきてなん有けるいとうとましくおほゆる事なれと人のいひけるまゝなり

【百四十八】

つの国なにはのわたりに家して住人ありけりあひしりて年比有けり女もおとこもいと下すにはあらさりけれと年比わたらひなともいとわろくなりていへもこほれつかふ人なともとく有ところにいきつゝたゝふたりすみわたるほとにさすかにけすにもあらねは人にやとはれつかはれもせすいとわひしかりけるまゝに思ひわひてふたりいひけるやう猶いとかうわひしうてはえあらし男はかくはかなくてのみいますかめるを見すてゝはいつちも/\えいくまし女も男をすてゝはいつちかいかんとのみいひわたりけるをおとこをのれはとてもかくてもへなむ女のかくわかきほとにかくてあるなんいと/\をしき京にのほりてみやつかひをもせよよろしきやうにもならはわれをもとふらへをのれも人のこともならはかならすたつねとふらはんなとなく/\いひ契てたよりの人にいひつきて女は京にきにけりさしはへいつこともなくてきたれはこのつきてこし人のもとにゐていとあはれと思やりけりまへにおきすゝきいとおほかる所になむ有ける風なとふきけるにかのつのくにをおもひやりていかてあらんなとかなしくてよみける

独していかにせましとわひつれはそよとも前の荻そこたふる

となんひとりこちけるさてとかう女さすらへてある人のやんことなき所に宮たてたりさてみやつかひしありくほとにさうそくきよけにしむつかしき事なともなくてありけれはいときよけにかほかたちもなりにけりかゝれとかのつの国をかた時もわすれすいと哀と思ひやりけりたよりの人に文つけてやりたりけれはさいふ人も聞えすなといとはかなくいひつゝきけりわかむつましうしれる人もなかりけれは心ともえやらすいとおほつかなくいかゝあらんとのみ思ひやりけりかゝるほとに此宮つかへする所の北の方うせ給てこれかれある人をめしつかひたまひなとする中にこの人を思ひ給けりおもひつきてめになりにけりおもふこともなくめてたけにてゐたるにたゝ人しれすおもふ事ひとつなむ有けるいかにしてあはんあしうてやあらんよくてやあらむ我あり所もえしらさらん人をやりてたつねさせんとすれとうたてわかおとこきゝてうたてあるさまにもこそあれとねんしつゝありわたるになをいとあはれにおほゆれは男にいひけるやうつの国といふところのいとおかしかなるにいかてなにはにはらへしかてらまからんといひけれはいとよきこと我もゝろともにといひけれはそこにはなものしたまひそをのれひとりまからんといひていてたちていにけりなにはにはらへしてかへりなんとする時にこのわたりに見るへきことなむあるとていますこしとやれかくやれといひつゝこのくるまをやらせつゝ家のありしわたりを見るに屋もなし人もなしいつかたへいにけんとかなしうおもひけりかゝる心はへにてふりはへきたれとわかむつましきすさもなしかゝれはたつねさすへきかたもなしいとあはれなれはくるまをたてゝなかむるにともの人はひくれぬへしとて御くるまうなかしてんといふにしはしといふほとにあしになひたるおとこのかたゐのやうなるすかたなるこのくるまのまへよりいきけりこれかかほをみるにその人といふへくもあらすいみしきさまなれとわかおとこにゝたりこれを見てよく見まほしさにこのあしもちたるをのこよはせよあしかはんといはせけるさりけれはようなきものかひ給とは思ひけれとしうのゝたまふ事なれはよひてかはす車のもとちかくになひよせさせよ見んなといひてこの男のかほをよくみるにそれなりけりいとあはれにかゝるものあきなひてよにふる人いかならんといひてなきけれはともの人はなをおほかたのよを哀かるとなん思けるかくてこのあしの男にものなとくはせよ物いとおほくあしのあたひにとらせよといひけれはすゝろなるものになにかものおほく給はんなとある人々いひけれはしゐてもえいひにくゝていかて物をとらせんとおもふ間にしたすたれのはさまのあきたるよりこの男まもれはわかめにゝたりあやしさに心をさめて見るにかほもこゑもそれなりけりと思ふにおもひあはせてわかさまのいといらなく成たるをおもひはかるにいとはしたなくてあしもうちすてゝはしりにけにけりしはしといはせけれと人の家ににけ入てかまのしりへにかゝまりおりけりこの車よりなをこのおとこたつねてゐてこといひけれはともの人手をあかちてもとめさはきけり人そこなる家になん侍けるといへは此おとこにかくおほせ事ありてめすなりなにのうちひかせ給へきにもあらすものをこそは給はせんとすれおさなきものなりといふときに硯をこひてふみかくそれに

きみなくてあしかりけりと思にもいとゝなにはの浦そすみうき

とかきてふむしてこれを御車に奉れといひけれはあやしと思ひてもてきて奉るあけて見るにかなしき事ものにゝすよゝとそなきけるさてかへしはいかゝしたりけんしらすくるまにきたりける衣ぬきてつゝみてふみなとかきくしてやりけるさてなむかへりけるのちにはいかゝなりにけんしらす

あしからしとてこそ人のわかれけめなにか難波の浦は住うき

【百四十九】

昔やまとのくにかつらきのこほりにすむ男女有けりこの女かほかたちいときよらなりとし比おもひかはしてすむにこの女いとわろくなりにけれはおもひわつらひてかきりなく思ひなからめをまうけてけり此今のめはとみたる女になむありけることには思はねといけはいみしういたはり身のさうそくもいときよらにせさせけりかくにきはゝしきところにならひてきたれはこの女いとわろけにてゐてかくほかにありけとさらにねたけにも見えすなとあれはいとあはれと思けり心ちにもかきりなくねたく心うくおもふを忍ふるになん有けるとゝまりなんとおもふよもなをいねといひけれはわかかくありきするをねたまてことわさするにやあらんさるわさせすはうらむる事も有なんなと心のうちにおもひけりさていてゝいくとみえてせんさいの中にかくれて男やくると見れははしにいてゐて月のいといみしうおもしろきにかしらかいけつりなとしてをり夜ふくるまてねすいといたううちなけきてなかめけれは人まつなめりと見るにつかふ人のまへなりけるにいひける

風ふけは沖つしら浪たつた山よはにや君かひとりこゆらん

とよみけれはわかうへを思ふなりけりとおもふにいとかなしう成ぬこのいまのめの家はたつた山こえていく道になんありけるかくてなをみをりけれはこの女うちなきてふしてかなまりに水をいれてむねになんすへたりけるあやしいかにするにかあらんとてなをみるされはこの水あつゆになりてたきりぬれはゆふてつ又みつをいるみるにいとかなしくてはしりいてゝいかなる心ちしたまへはかくはし給ふそといひてかきいたきてなんねにけるかくてほかへもさらにいかてつとゐにけりかくて月日おほくへて思ひやるやうつれなきかほなれと女のおもふこといといみしきことなりけるをかくいかぬをいかに思ふらむとおもひいてゝありし女のかりいきたりけり久しくいかさりけれはつゝましくてたてりけりさてかひまめはわれにはよくてみえしかといとあやしきさまなるきぬをきておほくしをつらくしにさしかけてをり手つからいひもりをりけりいといみしと思ひてきにけるまゝにいかす成にけり此男はおほきみなりけり

【百五十】

昔ならのみかとにつかうまつるうねへありけりかほかたちいみしうきよらにて人々よはひ殿上人なともよはひけれとあはさりけりそのあはぬ心はみかとをかきりなくめてたきものになん思ひ奉りける御門めしてけりさて後又もめさゝりけれはかきりなく心うしとおもひけりよるひる心にかゝりておほえ給つゝこひしくわひしくおほえ給けり御門はめしゝかと事ともおほさすさすかにつねには見え奉るなを世にふましき心ちしけれはよるみそかにいてゝさるさはの池に身をなけてけりかくなけつとも御門はえしろしめさゝりけるを事のついてありて人のそうしけれはきこしめしてけりいといたうあはれかり給て池のほとりにおほみゆきし給て人々に歌よませたまふかきのもとの人丸

わきも子かねくたれ髪を猿沢の池の玉藻とみるそかなしき

とよめるときに御門

さるさはの池もつらしなわきも子かたまもかつかはみつそひなまし

とよみ給ひけりさてこのいけのほとりにはかせさせたまひてなんかへらせおはしましけるとなん

【百五十一】

おなしみかとたつた川のもみちいとおもしろきを御らむしける日人まろ

竜田川紅葉はなかる神なひのみむろの山にしくれ降らし

御門

たつた川もみちみたれてなかるめりわたらはにしき中や絶なん

とそあそはしたりけり

【百五十二】

おなしみかとかりいとかしこくこのみ給けりみちのくにいはてのこほりより奉れる御鷹よになくかしこかりけれはになうおほして御手たかにし給けり名をはいはてとなむつけ給へりけるそれをかのみちに心ありてあつかりつかうまつり給ける大納言にあつけ給へりけるよるひるこれをあつかりてとりかひ給ほとにいかゝし給けんそらし給てけり心きもをまとはしてもとむるにさらにえ見いてす山々に人をやりつゝもとめさすれとさらになしみつからもふかき山に入てまとひありき給へとかひもなし此事をそうせてしはしもあるへけれと二三日にあけす御らんせぬ日なしいかゝせんとて内にまいりて御鷹のうせたるよしをそうし給時みかと物ものたまはせすきこしめしつけぬにやあらんとてまたそうし給ふにおもてをのみまもらせ給ふて物ものたまはすたい/\しとおほしたるなりけりと我にもあらぬ心ちしてかしこまりていますかりてこの御たかのもとむるに侍らぬ事いかさまにかし侍らんなとか仰こともし給はぬとそうし給ふときにみかと

いはておもふそいふにまされる

とのたまひけりかくのみのたまはせてことことものたまはさりけり御心にいといひかひなくおしくおほさるゝになん有けるこれをなん世中の人もとをはとかくつけゝるもとはかくのみなむ有ける

【百五十三】

ならのみかと位におはしましける時さかのみかとは坊におはしましてよみて奉れ給ける

皆人の其香にめつる藤はかま君のみためと手折つるけふ

みかと御かへし

折人の心にかよふ藤はかまむへ色ことににほひたりけり

【百五十四】

やまとの国なりける人のむすめいときよらにて有けるを京よりきたりける男のかひま見てみけるにいとおかしけなりけれはぬすみてかきいたきて馬にうちのせてにけていにけりいとあさましうおそろしう思ひけり日くれて立田山にやとりぬ草のなかにあふりをときしきてをんなをいたきてふせり女おそろしとおもふことかきりなしわひしとおもひて男のものいへといらへもせてなきけれはおとこ

たかみそきゆふつけ鳥かから衣立田の山にをりはへて啼

女かへし

たつた川岩ねをさして行水のゆくへもしらぬ我ことやなく

とよみてしにけりいとあさましうてなんおとこいたきもちてなきける

【百五十五】

むかし大納言のむすめいとうつくしうてもち給たりけるを御門に奉らんとてかしつき給けるを殿にちかうつかうまつりけるうとねりにて有ける人いかてか見けむこのむすめを見てけりかほかたちのいとうつくしけなるをみてよろつのことおほえす心にかゝりてよるひるいとわひしくやまひになりておほえけれはせちにきこえさすへき事なむあるといひわたりけれはあやしなにことそといひて出たりけるをさる心まうけしてゆくりもなくかきいたきて馬にのせてみちのくにへよるともいはすひるともいはすにけていにけりあさかのこほりあさかの山といふ所にいほりをつくりてこの女をすへて里に出つゝ物なともとめてきつゝくはせて年月をへて有へけり此男いぬれはたゝひとりものもくはて山中にゐたれはかきりなくわひしかりけりかゝるほとにはらみにけりこの男ものもとめに出にけるまゝに三四日こさりけれは待わひて立出て山の井にいきてかけをみれはわか有しかたちにもあらすあやしきやうになりにけりかゝみもなけれはかほのなりたらんやうもしらて有けるににはかにみれはいとおそろしけなりけるをいとはつかしとおもひけりさてよみたりける

あさか山かけさへみゆる山のゐの浅くは人を思ふものかは

とよみて木にかきつけていほにきてしにけりおとこ物なともとめてもてきてしにてふせりけれはいとあさましと思ひけり山の井なりける歌をみてかへりきてこれをおもひしにゝかたはらにふせりてしにけり世のふることになむ有ける

【百五十六】

信濃国さらしなといふ所に男すみけりわかきときにおやはしにけれはをはなんおやのことくにわかくよりあひそひてあるにこのめの心いと心うきことおほくてこのしうとめのおいかゝまりてゐたるをつねにゝくみつゝ男にもこのをはのみ心のさかなくあしきことをいひきかせけれはむかしのことくにもあらすをろかなることおほくこのをはのためになりゆきけりこのをはいといたうおいてふたへにてゐたりこれを猶このよめところせかりていまゝてしなぬことゝおもひてよからぬことをいひつゝもていましてふかき山にすてたふひよとのみせめけれはせめられわひてさしてんとおもふなり月のいとあかき夜をうなともいさたまへ寺にたうときわさすなるみせ奉らんといひけれはかきりなくよろこひておはれにけりたかき山のふもとにすみけれはその山にはる/\といりてたかき山の峯のおりくへくもあらぬにをきてにけてきぬやゝといへといらへもせてにけて家にきておもひをるにいひはらたてけるおりにはらたちてかくしつれと年比おやのことやしなひつゝあひそひにけれはいとかなしくおほえけりこの山のかひより月もいとかきりなくあかくていてたるをなかめて夜ひとよいもねられすかなしくおほえけれはかくよみたりける

我心なくさめかねつさらしなやをはすて山にてる月をみて

とよみてなん又いきてむかへもてきにけるそれより後なんをはすて山といひけるなくさめかたしとはこれかよしになんありける

【百五十七】

下野国に男女すみわたりけりとし比すみけるほとにおとこめまうけて心かはりはてゝ此家に有けるものともを今のめのかりかきはらひもてはこひいく心うしとおもへと猶まかせて見けりちりはかりのものものこさすみなもていぬたゝのこりたる物は馬ふねのみなんありけるそれをこのおとこのすさまかちといひけるわらはをつかひけるして此舟をさへとりにをこせたりこのわらはに女のいひけるきむちもいまはこゝに見えしかしなといひけれはなとてかさふらはさらんぬしおはせすともさふらひなんなといひたてり女ぬしにせうそこきこえは申てんやふみはよに見給はしたゝことはにて申せよといひけれはいとよく申てんといひけれはかくいひける

ふねもいぬまかちもみえしけふよりはうきよの中をいかてわたらん

と申せといひけれは男にいひけれはものかきふるひいにしおとこなんしかなからはこひかへしてもとのことくあからめもせてそひゐにける

【百五十八】

大和国に男女有けり年月かきりなく思ひてすみわたりけるをいかゝしけん女をえてけり猶もあらすこの家にいてきてかへをへたてゝすみてわかゝたにはさらによりこすいとうしとおもへとさらにいひもねたます秋のよのなかきにめをさましてきけはしかなんなきけるものもいはてきゝけりかへをへたてたるおとこきゝ給やにしこそといひけれは何事といらへけれはこのしかのなくはきゝ給ふやといひけれはさきゝ侍りといらへけりおとこさてそれをはいかゝ聞給ふといひけれはをんなふといひけり

我もしか啼てそ人に恋られし今こそよそに声をのみきけ

とよみたりけれはかきりなくめてゝこのいまの女をはをくりてもとのことなんすみわたりける

【百五十九】

そめとのゝ内侍といふいますかりけりそれをよし有のおとゝと申けるなんとき/\すみ給ける物をかくし給けれは御そともをなんあつけさせ給けるにあやともをおほくつかはしたりけれは雲鳥のもんのあやをやそむへきと聞えたりしをともかくものたまはせねはえなんつかうまつらぬさためうけ給はらんと申奉りけれはおとゝ御返事に

雲とりの綾の色をもおもほえす人をあひみて年のへぬれは

となむのたまへりける

【百六十】

おなし内侍に在中将すみける時中将のもとによみてやりける

秋はきを色とる風の吹ぬれは人の心もうたかはれけり

とありけれは返し

秋のゝをいろとる風は吹ぬとも心はかれし草葉ならねは

となんいへりけるかくてすますなりて後中将のもとよりきぬをなんしにをこせたりけるそれにあらはひなとする人なくていとわひしくなんあるなをかならすしてたまへとなん有けれは内侍御心もてあることにこそはあなれ

大ぬさとなりぬる人のかなしきはよるせともなくしかそなくなる

となんいひやりたりける中将

なかるとも何とかみえん手にとりてひきけん人そぬさとしるらん

となむいひける

【百六十一】

在中将二条のきさいの宮またみかとにもつかうまつり給はてたゝ人におはしましけるよによはひ奉りける時ひしきといふ物をこせてかくなん

思ひあらはむくらのやとにねもしなんひしきものには袖をしつゝも

となんのたまへりける返しを人なんわすれにけるさてきさいのみや春宮の女御と聞えて大原墅にまうて給けり御ともにかんたちめ殿上人いとおほくつかうまつり給へり在中将もつかうまつれり御車のあたりなまくらきおりにたてりけりみやしろにて大かたの人々ろく給はりてのちなりけり御車のしりより奉れる御ひとへの御そをかつけさせ給へりけり在中将たまはるまゝに

大原やをしほの山もけふこそは神代のことも思いつらめ

としのひやかにいひけりむかしをおほしいてゝおかしとおほしけり

【百六十二】

又在中将内にさふらふにみやす所の御かたよりわすれ草をなん是は何とかいふとて給へりけれは中将

忘草おふるのへとはみるらめとこはしのふなりのちもたのまむ

となんありけるおなし草をしのふくさわすれ草といへはそれによりてなんよみたりける

【百六十三】

在中将にきさいのみやよりきくめしけれはたてまつりけるついてに

うへしうへは秋なき時やさかさらん花こそちらめねさへかれめや

とかいつけてたてまつりける

【百六十四】

在中将のもとに人のかさりちまきをこせたりけるかへしにかくいひやりける

あやめかり君は沼にそまとひける我は墅にいてゝかるそわひしき

とてきしをなんやりける

【百六十五】

水尾のみかとの御時左大弁のむすめへんのみやす所とていますかりけるをみかと御くしおろし給て後にひとりいますかりけるを在中将しのひてかよひけり中将やまひいとおもくしてわつらひけるをもとのめともゝありこれはいとしのひてあることなれはえいきもとふらひ給はすしのひ/\になんとふらひける事日々にありけりさるにとはぬ日なん有けるやまひもいとおもりてその日に成にけり中将のもとより

つれ/\といとゝ心のわひしきにけふはとはすてくらしてんとや

とてをこせたりよはく成にたりとていといたくなきさはきて返事なともせんとするほとにしにけりときゝていといみしかりけりしなんとすることいま/\となりてよみたりける

つゐに行道とはかねて聞しかと昨日今日とはおもはさりしを

とよみてなんたえはてにける

【百六十六】

在中将物見にいてゝ女のよしあるくるまのもとにたちぬしたすたれのはさまより此女のかほいとよく見てけり物なといひかはしけりこれもかれもかへりてあしたによみてやりける

みすもあらすみもせぬ人の恋しくはあやなくけふやなかめくらさむ

とあれは女かへし

見もみすもたれとしりてか恋らるゝおほつかなみのけふのなかめや

とそいへりけるこれらはものかたりにてよにあることゝもなり

【百六十七】

おとこ女のきぬをかりきていまのめのかりいきてさらに見えすこのきぬをみなきやりて返しをこすとてそれにきしかりかもをくはへてをこす人の国にいたつらに見えける物ともなりけりさりける時に女かくいひやりける

いなやきし人にならせるかり衣我身にふれはうきかもそつく

【百六十八】

ふかくさのみかとゝ申ける御時良少将といふ人いみしきときにて有けりいといろこのみになむありけるしのひて時々あひける女おなし内に有けりこよひかならすあはんとちきりたるよありけり女いたうけさうして待にをともせすめをさまして夜やふけぬらんと思ふほとにとき申をとのしけれはきくにうしみつと申けるをきゝておとこのもとにふといひやりける

人こゝろうしみついまはたのましよ

といひやりたりけるにおとろきて

夢に見ゆやとねそすきにける

とそつけてやりけるしはしとおもひてうちやすみけるほとにねすきにたるになん有けるかくて世にもらうあるものにおほえつかうまつるみかとかきりなくおほされてあるほとにこのみかとうせ給ぬ御はうふりのよ御ともにみな人つかうまつりける中にそのよゝり此良少将うせにけりともたちもめもいかならんとてしはしはこゝかしこもとむれともをとみゝにもきこえすほうしにやなりにけん身をやなけてけんほうしになりたらはさてなんあるともきこえなんなを身をなけたるなるへしとおもふによの中にもいみしうあはれかりめこともはさらにもいはすよるひるさうしいもゐをして世間のかみほとけにくわんをたてまとへとをとにもきこえすめは三人なむ有けるをよろしく思ひけるにはなを世にへしとなん思ふとふたりにはいひけりかきりもなくおもひて子なとあるめにはちりはかりもさるけしきも見せさりけり此ことをかけてもいはゝ女もいみしと思ふへし我もえかくなるましき心ちのしけれはよりたにこてにはかになんうせにけるともかくもなれかくなんおもふともいはさりけることのいみしきことをおもひつゝなきいられてはつせの御てらにこのめまうてにけり此少将は法師になりてみのひとつをうちきてせけんせかいを行ひありきてはつせの御寺に行ふほとになん有けるある局ちかうゐて行へは此女導師にいふやう此人かくなくなりにたるをいきて世に有ものならは今一たひ逢みせ給へ身をなけしにたる物ならは其みちなし給へさてなんしにたるともこの人のあらんやうを夢にてもうつゝにてもきゝみせたまへといひてわかさうそくかみしもおひたちまてみなすきやうにしけりみつからも申もやらすなきけりはしめは何人のまうてたるならんと聞もゐたるにわかうへをかく申つゝわかさうそくなとをかくすきやうにするをみるに心もきもゝなくかなしき事物にゝすはしりやいてなましと千たひ思ひけれと思ひかへしおもひかへしゐて夜ひとよなきあかしてあしたにみれはみのもなにも涙のかゝりたる所はちの涙にてなん有けるいみしうなけはちのなみたといふ物は有ものになんありけるとそいひけるそのおりなんはしりもいてぬへき心ちせしとそ後にいひけるかゝれとなをえきかす御はてになりて御ふくぬきによろつの殿上人かはらに出たるにわらはのことやうなるなんかしはにかきたる文をもてきたるとりてみれは

皆人は花の衣に成ぬなり苔の袂よかはきたにせよ

とありみれはこの良少将の手にみなしついつらといひてもてこし人をせかいにもとむれとなし法師になん成たるへしとはこれにてなんみな人しりにけるされといつこにかあらむといふことさらにえしらすかくて世中にありけるといふことをきこしめして五條のきさいのみやよりうとねりを御つかひにて山々たつねさせ給けるこゝにありときゝていけはうせぬかしこにありときゝてたつぬれは又うせぬえあはすからうしてかくれたる所にゆくりもなくいにけりえかくれあへてあひにけり宮より御使になん参りきつるとておほせことにはかうみかともおはしまさすむつましくおほしめしゝ人をかたみと思へきにかく世にうせかくれ給ひにたれはいとなんかなしきなとか山はやしにをこなひ給ともこゝにたにせうそこものたまはぬおほんさとゝ有し所にもをともし給はさなれはいと哀になんなきわふなるいかなる御心にてかうはものし給らむときこえよとてなん仰られつるこゝかしこ尋ね奉りてなんまいりきつるといふ少将大徳うちなきて仰ことかしこまりてうけ給はりぬみかとかくれ給てかしこき御かけにならひておはしまさぬ世にしはしもありふへきこゝちもし侍らさりしかはかゝる山のすゑにこもり侍りてしなんをこにてとおもふ給ふるをまたなんかくあやしき事はいきめくらひ侍るいともかしこくとはせ給へるわらはへの侍ることはさらに忘れ侍る時も侍らすとて

限なき雲井のよそにわかるとも人を心にをくらさむやは

となん申つるとけいし給へといひける此大とくのかほかたちすかたをみるにかなしきこと物にゝすその人にもあらすかけのことくに成てたゝみのをのみなんきたりける少将にて有し時のさまのいときよけなりしを思ひ出て涙もとまらさりけりかなしとてもかた時人のゐるへくもあらぬ山のおく也けれはなく/\さらはといひてかへりきて此大とくたつねいてゝありつるよしをかんのくたりけいせさせけりきさいの宮もいといたうなき給ふさふらふ人々もいらなくなんなき哀かりける宮の御返も人々のせうそこもいひつけて又やれりけれはありし所にも又なくなりにけりをのゝこまちといふ人正月にきよみつにまうてにけりをこなひなとしてきくにあやしうたうときほうしのこゑにてときやうしたらによむこのをのゝこまちあやしかりてつれなきやうにて人をやりてみせけれはみのひとつをきたるほうしのこしにひうちけなとゆひつけたるなんすみにゐたるといひけりかくて猶きくにこゑいとたうとくめてたうきこゆれはたゝなる人にはよもあらしもし少将大とくにやあらんと思ひにけりいかゝいふとてこのみてらになん侍るいとさむきに御そひとつかしたまへとて

いはのうへのたひねをすれはいとさむし苔の衣をわれにかさなん

といひやりたりける返事に

よをそむく苔の衣はたゝひとへかさねはうとしいさふたりねん

といひたるにさらに少将なりけりとおもひてたゝにもかたらひし中なりけれはあひて物もいはんと思ていきけれはかいけつやうにうせにけりひとてらをもとめさすれとさらににけてうせにけりかくてうせにける大とくなむ僧正まて成て花山といふ御寺に住給ひけるそくにいますかりける時の子ともありけり太郎は左近将監にて殿上して有けるかくよにいますかりときく時たにとて母もやりけれはいきたりけれはほうしの子は法師なるそよきとてこれもほうしにしてけりかくてなん

折つれはたふさにけかるたてなからみよのほとけにはなたてまつる

といふもそうしやうの御うたになんありける此子をゝしなしたうひける大とくは心にもあらてなりたりけれはおやにもにす京にもかよひてなんしありきけるこの大とくのしそく成ける人のむすめのうちに奉らんとてかしつきけるをみそかにかたらひてけりおや聞つけて男をも女をもすけなくいみしういひてこの大とくをよせすなりにけれは山にはうしてゐてことのかよひもえせさりけりいと久しうありて此さはかれし女のせうとゝもなとなん人のわさしに山にのほりたりけるこの大とくのすむところにきてものかたりなとしてうちやすみたりけるにきぬのくひにかきつけゝる

白雲のやとる峯にそをくれぬる思ひの外にある世成けり

とかきたりけるを此せうとの兵衛のせうはえしらて京へいぬいもうと見つけてあはれとや思ひけんこれは僧都に成て京極のそうつといひてなんいますかりける

【百六十九】

むかしうとねりなりける人おほうわのみてくら使にやまとの国にくたりけり井手といふわたりにきよけなる人の家より女共わらはへ出きて此いく人を見るきたなけなき女いとおかしけなる子をいたきてかとのもとにたてり此ちこのかほのいとおかしけなりけれはめをとゝめてそのここちゐてこといひけれはこの女よりきたりちかく見るにいとおかしけなりけれはゆめことおとこし給ふな我にあひ給へおほきになり給はんほとにまいりこんといひてこれをかたみにし給へとておひをときてとらせけりさてこの子のしたりけるおひをときとりてもたりけるふみにひきゆひてもたせていぬこの子とし六七はかりに有けりこの男いろこのみなりける人なれはいふになん有けるこれを此子は忘れすおもひもたりけり男ははやう忘れにけりかくて七八年はかり有て又おなしつかひにさゝれてやまとへいくとて井手のわたりにやとりてゐてみれはまへに井なむ有けるそれに水くむ女ともあるかいふやう

【百七十】

これひらのさいしやう中将にものし給ける時故兵部卿宮の別當したまひけれはつねにまいりなれてこたちもかたらひ給けりその君内よりまかて給けるまゝに風になむあひ給てわつらひ給けるとふらひにくすりの酒さかななとてうして兵衛の命婦なんやり給ひけるそのかへりことにいとうれしうとひ給へることあさましうかゝる病もつくものになんありけるとて

青柳のいとならねとも春風のふけはかたよる我身成けり

とあれはひやうゑの命婦かへし

いさゝめに吹風にやはなひくへき野分過しゝ君にやはあらぬ

【百七十一】

いまの左のおとゝ少将にものし給ふける時故式部卿宮につねにまいり給けりかの宮にやまとゝいふ人さふらひけるをものなとのたまひけれはいとわりなくいろこのむ人にて女いとおかしうめてたしと思ひけりされとつねにあふ事かたかりけりやまと

人しれぬ心のうちにもゆる火は煙もたゝてくゆりこそすれ

といひやりけれはかへし

ふしのねの絶ぬおもひも有ものをくゆるはつらき心成けり

とありけりかくて久しう参り給はさりけるころ女いといたうまちわひにけりいかなる心ちしけれはかさるわさはしけむ人にもしらせてくるまにのりて内に参りにけり左衛門のちんにくるまをたててわたる人をよひよせていかて少将の君にものきこえんといひけれはあやしきことかなたれと聞ゆる人のかゝる事はし給ふそなといひすさひていりぬ又わたれはおなしこといへはいさ殿上なとにやおはしますらむいかてかきこえんなといひていりぬる人もありうへのきぬきたるものゝいりけるをしゐてよひけれはあやしとおもひてきたりける少将のきみやおはしますとゝひけりおはしますといひけれはいとせちにきこえさすへきこと有て殿より人なんまいりたるときこえ給へと有けれはいとやすきことなりそも/\かくきこえつきたらん人をは忘れ給ふましやいとあはれに夜ふけて人すくなにてものし給かなといひて入ていと久しかりけれはむこに待たてりけるからうしてこれもいひつかてやいてぬらんいかさまにせんとおもふほとになんいてきたりけるさていふやう御まへに御あそひなとしたまへるをからうしてなんきこえつれはたかものしたまふならんいとあやしきことたしかにとひ奉りてことなむの給ひつるといへはしんしちにはしもつかたよりなりみつから聞えんとをきこえたまへといひけれはさなん申すときこえけれはさにやあらんとおもふにいとあやしうもおかしうもおほえ給けりしはしといはせてたち出てひろはたの中納言の侍従にものし給ひける時かゝる事なんあるをいかゝすへきとたはかり給けりさてさゑもんのちんにとのゐ所なりけるひやうふたゝみなともていきてそこになんおろいたまひけるいかてかくはのたまひけれはなにかはいとあさましうものゝおほゆれは

【百七十二】

亭子のみかといし山につねにまうて給けり国のつかさたみつかれくにほろひぬへしとなんわふるときこしめしてこと国々のみさうなとに仰てとの給へりけれはもてはこひて御まうけをつかうまつりてまうて給けり近江のかみいかにきこしめしたるにかあらんとなけきおそれて又むけにさてすくしてんやとてかへらせ給うちいての浜によのつねならすめてたきかりやともをつくりて菊のはなのいとおもしろきをうへて御まうけつかうまつれりけり国のかみはおちおそれて外にかくれをりてたゝくろぬしをなんすへをきたりけるおはしましすくるほとに殿上人くろぬしはなとてさてはさふらふそととひけり院も御車をさへさせ給てなにしにこゝにはあるそととはせたまひけれは人々とひけるに申ける

さゝら浪まもなく岸をあらふめり渚清くは君とまれとか

とよめりけれはこれにめて給てなんとまりて人々にもの給てかへらせ給ひける

【百七十三】

よしみねのむねさたの少将ものへゆく道に五条わたりにて雨いたうふりけれはあれたるかとに立かくれて見いるれは五間はかりなるひはたやのしもに土やくらなとあれとことにひとなと見えすあゆみ入てみれははしのまに梅いとおかしう咲たり鴬もなく人ありともみえぬみすの内よりうすいろのきぬこききぬのうへにきてたけたちいとよきほとなる人のかみたけはかりならんとみゆなるか

葎おひて荒たる宿を鴬の人くとなくや誰とかまたむ

とひとりこつ少将

きたれ共いひしなれねは鴬のきみに告よとをしへてそなく

とこゑおかしうていへは女おとろきて人もなしと思ひつるに物しきさまをみえぬる事とおもひてものもいはすなりぬ男えんにのほりてゐぬなとか物ものたまはぬ雨のわりなく侍つれはやむまてはかくてなんといへはおほちよりはもりまさりてなんこゝは中々といらへけり時は正月十日のほとなりけりすのうちよりしとねさしいてたり引よせてゐぬすたれもへりはかはほりにくはれて所々なし内のしつらひ見いるれはむかしおほえてたゝみなとよかりけれとくちおしく成にけり日もやう/\暮ぬれはやをらすへり入てこの人をおくにもいれす女くやしとおもへとせいすへきやうもなくていひかひなし雨は夜ひとよふりあかして又のつとめてそすこしそらはれたる男は女のいらむとするをたゝかくてとていれす日もたかうなれは此女のおや少将にあるしすへきかたのなかりけれはことねりわらははかりとゝめたりけるにかたいしほさかなにしてさけをのませて少将にはひろき庭に生たるなをつみてむし物といふものにしてちやうわんにもりてはしには梅のはなのさかりなるをおりてその花ひらにいとおかしけなる女のてにてかくかけり

君か為衣のすそをぬらしつゝ春のゝに出てつめるわかなそ

男これをみるにいとあはれにおほえて引よせてくふ女わりなうはつかしと思てふしたり少将おきてことねりわらはをはしらせてすなはち車にてまめなる物さま/\にもてきたりむかへに人のあれはいま又も参こんとていてぬそれより後たえすみつからもきとふらひけり万のものくへとも猶五条にてありしものめつらしうめてたかりきと思出ける年月をへてつかうまつりし君に少将をくれ奉りてかはらん世を見しとおもひて法師に成にけりもとの人のもとにけさあらひにやるとて

霜ゆきのふるやかしたにひとりねのうつふしそめのあさのけさなり

となんありける

右大和物語上下二卷以屋代弘賢蔵本書寫以村井敬義蔵本及慶安元年印本校合畢

群書類従卷弟三百八下