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とにかくに常ならぬ物は此世なりけりこゝにさいつころ武蔵国のかたへに物まなふさうさなん有けるそのつかさ何かしの和尚とかや聞えし人の御弟子に民部卿といひしは容色いときよけに心のねさしふかく我家のことならぬ史記なとやうのかたき巻々ををたにかた/\にかよはしよみきこえ給ふれはこと人よりもすくよかにおほえ給ひかたはらちかくめされて年ころつかへたてまつりぬつねはたゝ松風にねふりをさまし谷水に心をやりてふかきのりの水上をたつね窓の蛍のむつひ枝の雪をならして法の燈をもかゝけつへきさきらあれはとてかたみの人もいともてなすなるへしされはそのころ九重に何のみしほとかありて国々よりたとき僧達のまいりつとふ事なん侍りける此和尚もその数にめされてのほり給ふへきさたまりけれはかみなかしも旅よそひとてのゝしりあへりころは夏たつはしめなれは木々の梢もしけりあひ庭の千くさも色そへていとすゝしけなる宵のまの月もやかて草葉にかくれ武蔵野の名残おほへてむらさきのゆかりあれはあとの事なとなにくれといひこしらへぬるうちに短き夜半のうき枕むすふともなきうたゝねのゆめを残して明はなれむとするころあつまの空をたちて日数十日あまりに都になむつきぬ何事もおとろへたる世といへと猶九重のかみさひたるさまこそこよなふめてたけれかくてほとへぬれは御祈の事ははてぬれと猶かへるへきほともゆるきなけれはその事となく月日をおくりけるほとに年もかへりぬ空のけしきなこりなくうらゝかに雪まの草もあをみいててをのつから人のこゝろものひらかにまいて玉をしける御かた/\は庭よりはしめ見所おほくみかきましぬるありさままねひたてむもことのはたるましくなむいつしか都ちかきよもの山の端霞のよそになり行ころはまたみぬ花も俤にたちておなし心の友とちとうちつれ北山のかたへとこゝろさしける道のほとに老たるわかきたかきあやしき行来る袖も色めきあへる中にさはやかなる車かたへの木蔭によせてつきしたかふをのこなとさしよりつゝいとおかしき花のけしき御らむせよすみれましりの草もなつかしくなときこえけれはおり給へるよそほひ年のほとまた二八にもたり給はぬほとなるか色々に染わけたる衣いとなよやかにきなしてなかめ給へる様体かしらつきうしろてなとこの世の人ともおもはれすあてやかなるさまはかりなし民部ほのかに見てしよりそゝろに心まとひてかへさのあともしたはしきまてなむみとれたるをともなふ人々もめとかむるほとなれはさすかに人のいひおもはむもあさはかなれはと心にこめて立かへりしより俤にのみおほえて昼はひめもす夜はすからになけき明し今は心もみたれ髪のいふにもあまる恋草はつむともつきぬ七車の又めくりあふ事もやといたらぬくまもなくまとひありきてもとむれとひとりこかるゝすて舟のさほさしていつことをしゆるよすかもなけれはむなしく立かへりけるか四条の坊門とかや打過るに公卿のすむ家と見えておくふかく木立ものふりなにとなくなつかしくおほえけれは門のかたはらにさし入たるにかたちいとたくひなき児の梅の枝に蝶鳥とひちかひからめきたるをうちきて散すきたる花の梢をつく/\となかめて

うつろひてあらぬ色香におとろへぬ花も盛はみしかゝりけり

と口すさみなからそはなるかうらむにそとよりかゝりてつらつえつき給へるさまはたさむきまてなむおほえけるつく/\とうちまもれは夢にもせめてとこひしたひし北山の花のえにし露まかふへくもあらすむねうちさはきて猶立よりけれは見る人ありとくるしけにてやかてまきれ入ぬこれやいかにとしはしは立やすらひ侍れとわれのみしれる夕暮のかねのひゝきもつれなくてはや日もくれぬれはいつまてかくてもとたとる/\うちかへりぬ今はひたすらやまひの床にふして和尚につかへ物する事もをこたり給ふれはいそきくすりの事なととかくさたし侍れといさゝかもしるしなし雨しめやかにふりくらしたる夜のいと物さひしきに年比つきしたかひしものなむありしかなやめる枕にさしよりきこえけるは過にし花のゆふまくれほのかにかけをみる月の入給へる空くはしくしれるもの侍り何かしの中納言とかやいへる人の御子なりとそそろにかたるを打聞ておもき枕をもたけいかにその人の事いひよるへきよすかやありと尋けれはされはとよその住給ふ東にさゝやかなる家の垣に苺むし軒にしのふましりにおひしけりて物わひしけなるをすきかてにそと見入侍れはあるし六十あまりにもや侍らむ埋火のもとに手のうら打かへしかたむきゐけるをよく/\みれははやうよりしれる人にてなむ侍りさしよりてこしかたの事ともうちかたらひしにかの君の事まてとはすかたりしいてていとねもころに物し侍るそや御なやみもをこたり給ふほとはしはしかれか家にたちこえ給ひてかりにもすませたまはゝ玉たれのひまにも御心をつたえ給ふほとの事はなとやなからむとそゝのかし侍れは民部うちうなつきほゝえみてゐたる所にこれも和尚にしたしくつかへものする式部といふものさふらひ来てなやみいかゝ侍るかくのみこもりては気もつかれいとゝこゝろもむすほふれなむにいつくにもあれさるへき屋ひとつもとめて心をもなくさめ給へかしとなれてもきこえけれはうれしとは聞ゐたれとあはたれたるわさはいかにとおいらかにもてなしされはよみつからもさはおもひなから和尚の御心のはかりかたさにとまみいとたゆけになれはいかてあしくはおほし給はむきこえ上侍らむとてそのまゝたちいてぬとはかりありて又まうて来たりあらましの事きこえ侍れはそこの心にまかすへきよしの給ひ侍るそはやく人して宿の事ものし給へといとむつましくかたらひをきて出ぬ民部うれしさにすこしははるゝ心地して具足とりしたゝめかのよもきふのやとへたちこえぬあるしいともてなして日数ふるまゝにたかひに心をかすなりにけり又かの翁か子に年いとわかきか情有ものにてつねに寄来てなくさめ侍るをある明かたはらにまねきてはやくの事ともうちかたらひけれはおのこもいとあはれと思ひてきこゆるやうやつかれ社その御父なりける人の御もとへ年ころまいりなれてよく/\しり侍れかの児の御事はふたりの中にたゝひとりにてこよなうかしつき給ふ也御名をは藤の辨と申侍り御かたち世にこえ御心さまも人にすくれ給へれは父母かきりなくいとおしみ給ひおほろけにてはとへも出させたまはすあけくれはたゝふかき窓のうちにて和歌の浦なみに心をよせ手ならひなとのみことゝし給ふそややつかれはかりそより/\はとふらひきこえてつれ/\をもなくさめ侍るひたすらにおほしたまふもいとおしく見たてまつれはいひよりてこそ見侍らめうけひきたまはむははかりかたけれと水くきのをかのかやはらなひくはかりに御心つくしのほとをもつけしらせ給へときこえけれは民部かきりなくうれしと思ひていとかうはしきみちのく紙のすこし年へてあつきかきはみたるに

過かてによその梢をみてしより忘れもやらぬ花の面かけ

月の夜も汐のひるまも波風のたちゐにつけてかはかぬは雄嶋の蜑の袖ならてもなとかくすさひたるをかのおのことりてその日の暮かゝる程に西の家にまかりけるに人々めつらしみあへりて世中の物かたりこのころある事のおかしきもあやしきもこれかれうちかたらひ侍るに君はいと心にくゝ秋の哀おほしめし給ふにやしろきしきしに荻すゝきみたれあひたる絵をになくかゝせおはしまし給ふさしよりていかに御筆のあとはあからせ給ふにや此ほとはさはることありてをとつれもきこえ侍らすなといひゐたるに人々御まへしそきたるほとれいの文とりいてゝかゝる事はいひ出むもさすかくるしき事なからせちなる思ひになやみ給ふもいとをしく又あなかちにたのまれ侍るもいなみかたさにとてはやくの事ともくはしくかたりきこえけれとたゝかほうちあかめてとかくの事ものたまはねはことはりとはしりなから人のかくまて恋かなしみ給ふ文をいかてかむなしくはすて給ふへき情なのわさやとかきくときけれはつくえのかけにすこしをしひらきしりめにそとみやり給へるをつゐてよしと思ひてたゝひとことの御かへしをとせめ聞えけれはたゝいつはりの人の世に行衛もしらぬあた人のともてはなち給へるをとかくいひなくさめけるうちにとより来る人あれはさらぬよししてその夜はむなしくたちかへり有し事とも民部にかたりきこえけれはいよ/\空になりて猶しもきこえさせよたゝ一もしのことの葉たにあらはかきりあらんみちのつとにもいかはかりうれしかるへきなとむかふことにせめ聞えけれは又たちこへてひと日のあからさま事をはいかゝおほしたまふにや人つてのみのくるしさはとてみつからさへうらみ給ふなみたの雨によその袂も所せくこそあまりに人のつれなきも後は中々あたとこそなれ御歌のかへしはかりはといろ/\にすゝめけれはわれも岩木ならねは人のあはれはしりなからうき名もさすかつゝましくこそとて

見てしよりわすれもやらぬ面影はよその梢の花にや有らん

とはかり手ならふやうに書すさひたるをやう/\こひとりつゝいそき立かへり御返しとてさし出せはとる手もをそしととくをしひらきてみれはふくよかにくつしかきたるか鳥の跡のやうにてわか/\しうよくもつつけやらぬほとおひさき見えていとうつくしされは猶たへかたさにまたをしかへして

散もそめす咲も残らぬ俤をいかてかよその花にまかへん

たゝおほかたの色香ならねはまかふへくもあらぬをいかなる風のつてにてもなとさま/\にかきくたきけるを、中たち又たちこえとかく聞えけれは此歌をくりかへしなかめ給ふかよしや人のもりきかは中々なれととにもかくにもとて

はつかしのもりのことのはもらすなよつゐに時雨の色にいつとも

何ことも/\あしからぬやうになときこえ給ふもいとをしく民部にとかくきこえけれはなやみいつしかをこたりなからねぬなはのくるしき物は忍の浦のみるめしけくて日ころを過し侍りけるかいかなる人めまきれにやある夜ひそかに児の住給ふかたへしのひ入たるにわさとならぬ匂ひしめやかに打かほりていける仏の御国ともいはまほしきに妻戸の少しあきたるよりみ入たれは花紅葉散みたれる屏風ひきまはし幽なる燈のもとに数々の草紙ひろけて心しつかにうちかたふき給へるにこほれかゝりたる鬢のはつれよりにほやかにほのかなるかほはせ露をふくめる花の明ほの風にしたかへる柳の夕のけしきかの北山にて見初しは猶ことの数ならすそおほえけるをしあけて入たるにのとやかにもてなしたるけはひ見はてぬ夢のこゝちしなからかたはらによりそひつゝつらきにもうれしきにもなみたまつさきたちてありしなからのこゝろつくしはをしはかり給ふも猶あさくやなとをしのこひきこえけれと人はいとそむきてはちらひ給へる顔の色あひものによそへは露をもけなる秋萩の枝もたはゝに咲みたれたるよそほひいとをしくもうつくしなといふもをろかなれはうつし心もなくなりて日ころのうさのかきりもあふ夜のうちにてかたらひゐたるに何のつらさにか別れをいそく八声の鳥もはや声々に打しきれはをのか音につらきわかれのとうちわひて引わかれぬる衣々の袖のなみたも所せくおほえけるに有明の月のかたみかほなるも猶かきくらす心ちしていとなつかしき袖のかほりも今宵はつねならぬ心ちして心ときめきせらるゝに屏風すこし引そはめたるにやをらをしやりてみれははやいたうなきしほれ給へるなりけりねんしあへすうちなかれつゝかたはらにそひふしてこれやいかなるすくせのなすわさならん御心のまことしあらは今のなさけなわすれ給そとよりかたらふおりしも月影のほのかに南の窓よりさし入をみて民部

いかはかり月にはかけのしたはれんくもる夜はさへ忘れやらしを

とさくりもよゝととゝめかたきを辨君もいとしめりたるまゆをしのこひとはかりみやりて

いかにせん涙の雨にかきくれてしたはむ月の影もわかねは

おなしかきりのいのちならすはといのちにかへてもしはしとゝめまほしき今の別れなりされはむかしかたりにも千夜を一夜にといひしもさる事なりまいて秋ならぬ夜のみしかきは夢よりも猶ほとなくてこと葉を残す鳥の尾にいとゝ心もそらになれはたかひに手をとりかはしほとは雲ゐにと契りをきつゝなみたとゝもに立わかれぬやかてあふ坂山こえかゝるもまたいつの世にとなけかし

おもかけよいつわすられん有明の月をかたみの今朝の別れに

とむせかへれは君もたくひなきあはれに

かきりとて立わかれなは大空の月もや君かかたみならまし

とたかひにかへり見かちにて立わかれぬその後はなを浅からぬ契となりてより/\とひかはしぬるほとにやう/\春もくれぬ折ふしのうつり行は世中のならひなれと今さらかへうき夏衣の日もたちかさなりてはやあつまのかたへおもむくころにもなりしかは故郷のつとにとて錦をかさす花衣の色めきあへる中に民部ひとり人しれぬ物思ひにをき所なき袖の露紅の千入も浅きまてになり行けれともとゝまるへき道ならねはともにいてたついとなみの中にも今一たひしめやかに打かたらふこともかなとおもひわすれぬほとにはやあすなむ都の地をたちさるへきよし事さたまりけれは今宵はかりのあふ瀬になみたの淵もせきとめかたくつゐにかゝるうきにもならはてそゝろことして物もおほえぬさまなり中たちとかくこしらへて廿日あまりの月のやう/\さしのほるころ人をしつめてれいの妻戸よりしのひ入けれは五月まつ花たちはなのにほひならねと

いつとなき世のはかなさを思ふにもいとゝ越うきあふ坂の関

やう/\日数ふるほとに武蔵国につきぬ都には立別れ給ひしよりせめて枕のうつり香も人にそひぬる心してけれはそのひと日二日はをきもあかり給はて袂もくつるはかりなきかなしみ給へと身より外にはたれかあはれともいひあはすへきすこしなくさむかたとてはかの中たちせしをのこはかりそたえ/\とひ来てありし事ともひそかにうちかたらひ侍りしかそれさへいつしかうとくなりて事とふよすかもなけれはひとり心にこひかなしみてをきもせすねもせぬ床に夜をあかし昼は閨のうちなからもそなたの空をなかめやり吹くる風のをとつれもいとなつかしく山の端ちかく出る月のくま澄のほるにも月には影のと詠め給ひしその俤ひしと身にそひて恋しうのみおもひまされりけれはかたみも今はあたなれとうらめしき中にもさすかに又したはれて

詠やる夕の空そむつましきおなし雲ゐの月とおもへは

とひとりこちてなとかうしも心よはきさまにと人めをおもひかへせといやまさりにのみくるしけれはつや/\人にも見ゑ給はすたゝこもりゐかちなるを父母はいとかなしき事におもひて神仏にいのりかちなとさま/\をこなひ給ふれとそのしるしなくたたあなかちに物思ひ給へるけしきにており/\むねせきあけていみしうたへかたけにまとひ給ふ人々いかにと心やましくおもへる中にこの児のめのとなるもの御枕によりそひつゝ鬢のかみなててあなうつゝなやいかにさは心うきめみせ給ふそまた二葉のむかしよりをよすけ給ふまて生ふしたてまいらせて猶栄ゆくすゑのめてたきをみたてまつり侍らはやと思ふにそあすしらぬ命もをしまれ侍るされは何事にもあれ御心にあらんほとの事我にはへたて給ふへきかはかく日を経てなやみ給ふかつは御心よはさにこそといろ/\になくさめけれはすこし枕をもたけいとくるしけなる声してきこえ給ふはそこの事は我もいさゝかおろかにはおもひ侍らす心にあらんほとの事何かはまはゆかるへきなれといひ出てもそのかひあらはこそとてもあへなき事ゆへに人のためうき名とり河のよしやなみたにしつみはつともとふかくねんして日ころは過し侍りしか今は玉のをもたのみすくなく侍れはこゝろのうちいはてはてなむもよみちうたてしさにかたり侍るあなかしこなからむあとにもゆめもらす事なかれとてあひそめしむかしよりの事ともうちかたりつゝかきりなくむせひ給ふいといときなき御心にかくまて思し給ふ事のふしきにもあはれにもおほえてともになみたを落しつゝさることゝこそかねておもひ侍れかしこくそ御心をもとひたてまつりつれ此世のなかになきならひかはさまてつゝみ給ふへき事にもあらさめれと御心よはさにこそかくやみくつをれ給ふなれといそき父母につけきこえけれはこよなうけいめいの給ふやうさてもいかなる物はちにかさまては心にこめけるやらんおろかの事よその事ならはこゝにむかへむになとかはかたからんとて人してはたかふ事こそあれそこにはいそきあつまへくたりてくしたてまつれとおほせけれはめのともいとうれしきことに思ひ又御枕にたちより父母の仰事なんかうむりてその恋したひ給ふ御ゆくゑたつねに只今あつまへくたり侍るそいそきくしたてまつり侍らんしはしとおほし給ひて御心をもなくさめ給ひてなといさめをきて夜を日にくたりつゝかの住所たつねもとめてあないをこひ民部にたいめしてかう/\の事侍るをはいかにあはれとはおほえたまはすやといふより先なみたにむせひけれはきく心ち物もおほえすしはらくありてきこゆるやうされはよさる事侍しをよろつ世中のつゝましさにしるくいひ出ることのかなはてうちすくしそこにさへしらせ侍らさりしを今かうたつね来り給ふ事のおもてふせさよ我も都を出しより片時わすれまいらする事は侍らねと誰も心にまかせぬわたらひにていたつらにけふまては過しつれせちなる思ひのよしきくもいとたへかたく侍りいかにして逢見侍らんとてやかて立出むかしなやめる比いとまめやかになくさめける同朋のもとに行てたはかるやう年ころ心つくしにおもひをきつるゆかりのもの此ほと都ちかき所まて上り侍るかはからさるにやまひにおかされて世中もたのみすくなになりゆくまゝにそと聞えあはすへき事のあれはいのちのあらんほと今一たひととみにつけこし侍りあはれそこのはからひにて三十日あまりのいとま給はりてたゝ一め見もしみえはやとなけくをいかてかたるへきとてやかて和尚へきこえ上けれはことはりなれはとて御いとまたまはりぬふたりのものいとうれしき事におもひて時しも秋風のなみたもよほす音つれに虫も数々なきそへて草のたもとも露ふかく月をしわくるむさしのをまたしのゝめに思ひたちぬやう/\ゆけはふしの高ねにふる雪もつもる思ひによそへられつゝ

きえかたきふしのみ雪にたくへても猶長かれと思ふいのちそ

なとむねよりあまることゝもくちすさみつゝもて行ほとに清見か関のいそ枕なみたかたしく袖のうへはとけてもさすかねられぬを海士のいそやに旅ねしてなみのよるひるといへるもわか身のうへにおもひしられておほかたならぬかなしさまた何にかはにるへき

中々に心つくしに先たちて我さへ波のあはてきえなむ

わりなさのあまりなるへし日もやう/\かさなるまゝにつち山といふむまやにつきぬあくる空は都へとこゝろさしよろこひあへる中にもいとゝ心やましきに京よりとて文もてきたりあはやいかにとむねうちさはきてとくひらき見れはなやめる人日にそひよはり行てきのふの暮かゝるほとになむたえ入侍りぬとあるをみるにめくれ心まとひてこれやいかにと夢のわたりのうき橋をたとる心ちなむしける民部なみたのひまなきにも今一たひのたのみにこそはる/\たとりこしにひと日二日をまたてきえにし露のはかなさよかゝらんとてのあらましにやおなしかきりのとはなけき給ひにけむされは我ゆへむなしくなりし人をいまはのきはにさへひとめ見給はぬそこの心のうちをしはかるもうたておほゆむつきの中より見そなはしたまふ人なれはいかはかりあへなしとおもひ給はむ我もこれまてたちこえしうへはいそき都へのほりてたよりなくなけき給はん父母の御心をもなくさめ又なき人の後のわさをもいとなみ侍らはやときこえけれはありかたき御心にこそかくまてものし給ふうへはなにしうらみか侍らんたゝなき人の命のもろさこそとにもかくにもせんかたなけれとてまたなきしつみけるけしきいとわりなしともわりなし民部もたへ/\はなうちかみてをくれさきたつはかなさは大かたの世のさかなれとかゝるためしこそきゝもならはねとうちなけきつゝあくるひの暮かゝるほとに都になむつきぬ父はまいて母はおほろけの人には見え給はぬをきちやうのとまてはしり出民部か袖にすかり給へはめのとなとはかたはらにたれふしつらし心うしとなけく声ことはりにしのひかたしやゝ有て父の卿めのとなるをのこにむかひてのたまふやうひとひこゝを出しよりすこしは心もなくさむけにてなやみもいさゝかかろらかに見えしかまた日にそひておもり行はや薬なと物すへきたのみもなくなりて絶入けるをよひいけなとしけれともなさけなくむかしかたりになしゝなり今はのきはの心のやみ母かなけきのやるかたなさたゝをしはかれはなけきてかへらぬみちなれは鳥部やまのかたはらにたゝひとりのみおくりすてゝむなしきけふりとのほせしはとて又むせかへり給ふを見て人々声をさゝけてさとなきにけり民部の君ひとまなる所に入みれはむなしくぬきすてし衣朝夕手なれしてうとなともさなからのこりていとゝ涙のつまとなりぬまたかたはらをみれはなれたる扇にこひむなみたの色にゆかしきなといへるふることとも数々にかきて

日影まつ露の命はおしからてあはてきえなんことの悲しき

とかける筆のあともいたうよはり給へるおりそとおほえてもしもさたかならすみゆ民部むねふたかり有しすかたのつとそひていつの世にわするへくもあらす今はたゝおしからぬいのちなき人のためにすてむ事をひたすらにおもひこめけりされはうきにたえぬなみた川なかれてはやき日数もけふは七日になりぬとて父の卿めのとなと有し所にたとり給ふれは民部もおなしくまうてけるに鳥部山のけふりそれとはかねといとむつましくあたし野ゝ露あはれと見るにつけても君かあたりの草の葉におもひ消なむいのちのほとも中々今はうれしくて

さきたちし鳥部の山の夕けふり哀れいつまてきえのこれとか

父の卿とりあへす

さきたちて消し浅茅か末の露本の雫の身をいかにせん

さて民部はなく/\さんまいのかたに行てむなしきしるしをみるにも先なみたにくれてしはしものもおほえすやゝ有て花なとたむけつゝ心しつかにねんすし終りいきたる人に物きこゆるやうにさてもしはしをまたて世をはやうし給ひしことのうたてさよいかはかりか我をつらしとおほすらめたれも心のまゝならねは此世のえにしうすくともこむ世はかならすおなしはちすのうてなにとおもふあまりつみふかきまよひなれと世々を経て思ひなれにし事の今さらあらためかたけれはなとうちなけきてふところにありしまもりかたなをひそかにぬきそはめいまはかうと見えしをそはなる人はやくみつけてこはいかにといたきとむれは中納言をはしめ人々とりつきまつ刀をはからうしてうはひとりぬ中納言なく/\民部にの給ふやうなきか事は今はかひなしそこにもなくなり給ひなはなきかなけきにとりかさねまたもうきめ見せ給ふか御こゝろさし侍らはあとのわさいとなみ給はむこそ消にしものゝつみもかろからめとさま/\にいひとゝめ給へはほいもとけすそれより武蔵野へもかへらす北山のかたはらに柴の庵を引むすひて墨の衣も色ふかくねぬ夜の夢もさめけるにや

あらぬ道にまよふもうれしまよはすはいかてさやけき月をみましや

となかめてしはしはこゝにおこなひしかゆふへのかねのうちきそひてまたいつちへかたとり行けんおほつかなき事にこそ

右鳥部山物語以太田覃本校合