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むかし中納言にて左衞門督かけたる人侍けりうへ二人をかけてそかよひ給ける一人は時めく諸大夫のむすめそのはらに女君二人いてき給へりいまひとりはふるきみやはらの御むすめにておはしけるかいかなるすくせにてこの中納言よな/\かよひ給ける程にやかて人めもつゝます成てすみわたり給けるかひかる程の女君いてき給けるおもひのまゝなれはおほしかしつき給ことかきりなし姫君日かすふるまゝにおひ出給へりとし月かさなりて八はかりになり給ひけるとしはゝ宮れいならすなやみ給けるか日をへておもくのみなりまさり給けれは中納言に聞え給けるやうはわれはかなくなりなはこのおさなきものゝためうしろめたうなん侍へきわれなからんあとなりともなみ/\ならんふるまひせさせ給ふないかにも/\みかとにたてまつらせ給へことむすめたちにおほしおとすなとなく/\聞え給へは中納言もうちなき給て我もおなしおやなれはおとりてやなとかたらひつゝあかしくらす程に世の哀にはかなくつねなき所なれはなさけなくむかしかたりになりはてにけり中納言おなし道にとかなしみ給ひなからのち/\のわさもさるへきやうにして四十九日もほとなうはてぬれはもとの北のかたへわたり給にけりひめ君おさなき御心ちにことのはにつけてこ宮の御事をおほしつゝかなしみ給ひてけるに中納言さへわたり給ひぬれはいとゝつれ/\かきりなくふたはのこはき露おもけなりけれは御めのととかくなくさめてそ過し侍ける中納言ともすれはみきこえにわたりてかへり給へはなをしの袖をひかへてゆくゑもしらぬ程なれは涙をなかしつゝしたひまほしきけしきを御覧するにつけてもはかなくなりにし人の俤ふと思ひ出るにもむねうちさはきをそふる袖もあやしくていとゝ心くるしくこそ侍らんなとかたらはせ給ひてこしらへをき我にもあらぬ心ちにてかへらせ給にけり帰り給ひても姫君のおほしなけきつる俤のみ心にかゝりてことむすめたち一所に住せまほしくおほしなから今もむかしもまことならぬおやこの中なれはとてめのとのもとにすませ聞え給へり日かすふるまゝにひかりさしそふ心ちしてみえ給ひけれはめのと哀此御けしきをこ宮に御覧せはいかはかりおほしかしつき給はんなといひて御くしをかきなてなくより外の事なかりけり十あまりにも成給ひけれはめのと中納言に申けるはおさなくおはしますほとこそとてもかくても侍れこの一とせ二とせになりていかにならせ給ふる年月心もとなくなんかなしくこ宮のおほせ候し御宮つかへいかにと聞えけれは中納言うれしくも心にかけぬる事よわれもわするゝ時なけれともおもふにかなはぬことのみにてこそは過行侍れさりなからむかへて見聞えんとて正月の十日とさためてかへり給ぬ漸その日にも成ぬれはむかへ奉り給たれは今二人の御むすめたちとうちかたらひておはしますをみていとうれしきことにそめやすくおほしける中の君三の君はとり/\にいとにほひやかになへてのにはあらぬ御けしきなれとひめきみは今一しほ匂ひくはゝりてひかるなとはこれを申にやとそ見え給けるこのひめきみの御めのと子に侍従と聞ゆる侍けり年はひめ君に今二はかりのまさりにてすかたありさまありつかはしくものなといひ出したるさまもいとあらまほしくそ見え侍けるこれそ姫きみにつきそひてたかひにかた時もたちはなれんも物うくおもひてそあかしくらし給ける中納言にしのたいしつらひてすませ侍らんとてそのいとなみにてそ侍けるまゝ母心のうちにはいかゝおもひけん人聞には聞ゆるやうまことにはゝ宮にをくれ給てのちむかへ奉らまほしう侍つれともけふ/\とのみおもひてすくしつるにわかき人々あまたおはするたかひにつれ/\なくさめていとうれしき事にこそいかにをさなき心ちにそのむかしこひしくおほし出らんあなあはれやと聞ゆれはめのとまことにとし比あやしきところにうつもれておはせしにはていかゝなとかきくもりかなしく侍しにこれを見奉れはよろつはれぬる心ちしてよみちやすくこそなといひつゝけてうちなき侍けりむかひはらなれは中の君にはひやうゑのすけなる人あはせてけり西のたいにすみ給へは中のきみ三のきみむつれあそひたかひにむつましく思ひて明しくらし給けりこ宮のおほせられし御宮つかへのこといかにと御めのとわするゝ時なくおとろかし侍けれは中納言われもおこたる時なけれともきたのかたに聞えあはせんにわか子ならねは心にいそかんこともかたけれはいひもいてすとて思ひわつらひ給けりかくて月日かさなりゆくほとに右大臣なる人の御子に四位の少将とて世にすくれたる人侍けるいかにもおもふさまなる人もかなとあさゆふは御心もそらにあくかれて物かなしきに右大臣のはした物にそらさへといふ物のおとこにてありける下つかへになりてちくせんと聞ゆるなん中納言の宮の世まてはとのもの大夫といふものをおとこにて侍けれはあさゆふにこのひめ君をは見聞けりちくせん右大臣の家のきたのかたにて人のよしわろき事かたるつゐてに中納言の宮はらの姫君こそをさなおひめてたくふたはのこはきをみる心ちせしかいかにおひ出給たらんこはゝ宮のうせ給てのちは四五年は見侍らすといふを少将たち聞給ていとうれしきことを聞つる物かなとおほしてわかさうしにちくせんをよひて見るらんやうにさもとある人あまたあれとも物うくのみしてすくす中納言の宮はらの姫君はみしかとたつね給ひけれはちくせんおとこにて侍しものこはゝ宮に侍しかはよくみ奉りて侍し世にうつくしくさふらふ中納言とのは宮つかへをとの給へともうちかなはておほしなけくとそうけたまはるといへはその人の事いひよりてふみなとつたへてんやとの給へはかなはんことはしらす御ふみをもて参りてこそは見侍らめと聞ゆれはよろこひて十月はかりにもみちかさねのうすやうに

初時雨けふふりそむる紅葉々の色の深きを思ひしれとそ

かきてひきむすひてやり給へはその日のくれかゝる程にちくせんは中納言のもとにまかりつれは人々めつらしみあへるなかに侍従あなゆゝしいかにおもひ出て参り侍るにかそのむかしの心ちしていとむつましく哀にこそなといへはちくせんはかなきことのみしけくさふらひて心ならす今まて参らさりしわか身なからつらく侍るをさてのみやはあるへきとて申ひらかんとて参り侍なりいつといひなからとしよりてはすきこしかたのこひしさのかたくなはしさに人々をも見奉らんとてなといひてひめ君もありし昔のことのはさへあはれにとそきゝゐ給へるさても出さまにちくせん侍従をよひいたして右の大いとのゝ御子に少将とのと申人の御文なりかやうのことはくち入しにくゝ侍りなからやんことなき人のいたくおほせらるゝことのいなみかたさにといへはいさやおほえすなからの給ひあはする事なれはとてひめ君にしか/\の文とて引ひろけて御かたはらにをきたれは御かほうちあかめてとかくの御ことも聞えたままねはことはりと思ひてかくなといへはちくせんそのつとめて少将とのに参りてありのまゝに聞ゆれはさても/\いかゝおひ出させ給たるととへはまことにこの世ならすかたはらひかる程になんことのねかきならしておはしましゝにちくせんまいりてそのむかしの事とも人々にかたらひ侍しかははゝ宮の御事ともおり/\なけき給ひし御すかたいへはをろかにこそをみなへしの露おもけにてまかきの外にたふれ出たる心ちしてその事となくあはれにいとをしくよそのたもとまても所せきほとになといへはいよ/\心そらになりてはしめはさのみこそは又々も聞えさせよこの事かなへたらは此世ならすおもひ侍なんとの給へはすき/\しきやうに侍れとも君のかくまておほしたらんことをはいかてをろかにはと聞ゆれはいとうれしくて又文かきて給けれはとりて侍従にとらすれはならはせ給はねはいみしくわひしけにおほしたることのいとおしさになといへはちくせんおのれもいやしきことならはなにしに申さんするにおほえすくなき御宮つかへよりはこのきんたちにおはしまさは中々めやすき事にてこそうけたまはるやうにてはその御宮つかへの御事もかたくこそこの少将とのは今の后の御せうとなれはたゝ今世に出給はんする人なり御かたちよりはしめてなにはのことにつけてもひとしき人やはおはする御ためうしろめたき事をはいかてかといへはいさや中納言とのもうち参りの事より外にの給はすなみ/\ならんさまにおほしよらむことはよもといへはひめ君うれしと聞ゐ給へりちくせん一くたりの御返にても給はらんとてせめけれはかやうの事もならはねはとておもひはなちたるさまをみて帰りつゝこま/\とかたり聞ゆれは少将さこそあらめたゝ猶々も聞えさせよいかなるへきにか此事かなはすは世にあるへき心ちもせねはとてうちなかめかちにてをはするをみるにもいとをしく日ことにゆきてほのめかせとも行水にかすかく心ちしていひわつらひありくほとにまゝはゝ此ことほの聞てちくせんをよひてこの程たいのきみに文つかはすなるはいかなる人やらんととへはしはしはとかくあらかひ侍りけれともあなかちにとはれけれはありのまゝにしか/\と聞ゆれはまゝはゝこれを聞ての給やうさやうのきんたちは人にいたはられんとこそおほすへけれはゝもなき人よりは三の君のねひまさり給たるにさるへきさまとおもふにみゝよりにこそたはかり給へかしさらはそこをこそこのよならすおもひ侍らめと心ふかくいひけれはさすかにいなみかたさにまことにたひ/\聞え侍れ共御返も給はねは少将殿ちくせんをのみせめさせ給ふもわりなく侍るさりとてものちまて申えんこともかたけにみゆるも心くるしさらはさもこそはといへはよろこひてしろきこうちき一かさねこれは三の君のとて出し給ひけれはよろこひてさらは少将殿にはもとの御心さしの人なりとしらせ奉らんと申けれはよくの給ひたりそのよしにてこそはとてよろこひ給けり其のちちくせん少将とのに参りて申えんことはありかたく侍れと今一度御文を給て聞えてみんといへはいとうれしくてかくそありける

よとゝもにけふり絶せぬふしのねのしたの思ひや我み成らん

とかきてちくせんとりて少将とのゝ御文とてまゝはゝにたてまつれはゑみまけてうつくしくもかき給へる物かなこの御返と聞ゆれは三の君たはかられることをはしり給すはちしらひたるすかたいとめやすくいとをしきさまなりすゝりかみとりいたしてそれ/\とせめられてかほうちあかめて

ふしのねのけふりときけはたのまれすうはの空にや立のほるらん

とかきて引むすひたるをちくせんとりて少将殿のもとにゆきて御返とて聞ゆれは少将たはかられるもしらすいそきあけて見給へは手なんとをさなひれてみえけれともよろこひ給ふ事かきりなし又々もかよはしけりたいの御方の人々このよしほの聞ていとおかしくおもひあひ給へりかくしつゝ日かすもへすしてかよひ給ける少将何心もなくてそすくし給けるをさなきさまもことはりとおもひつゝひるもとゝまりてみ給へはきゝし程にはあらねともなへての人には侍らさりけれはかよひ給けり中納言もたはかられるもしらす少将にあひてよろつ聞え合てそ侍りけるまゝはゝかしつき給ふ事かきりなししんてんのひんかしおもてにすませけれは少将すきさまににしのたいをみれはよしあるさまなれはいかなる人のすむにやとゆかしくおほしてあかしくらす程に少将秋のよのつれ/\となかきねさめにかなしく物あはれなるさよ中にねやちかきおきのはにそよめきわたる風の音も夜ことにかよふ心ちしていとはた寒きまくらのしたによもすからおとなふきり/\すのこゑもそのこととなく鳴に涙おさへかたきつまとなるおりふしもやさしきしやうのことのねそらに聞えけれはあなゆゝしこはいかにとおもひてまくらをそはたてゝ聞給けれはにしのたいに聞なし給ひけり日比よしありてみるにいよ/\いかなる人にかと心をしつめておもひ給中にわかかたらひそめし人こそことをは引と聞しかとおもひてこれを聞給ふにやととへははしめより哀に聞つるとの給へは心ありとおもひてこれはいかなる人のことの音ととひ給へはわかあねにて侍る人のひき給なりとの給ひけれは兵衞のすけとのゝかととひ給へはさにはあらす宮はらにておはするなり常に心をすましてことをひき給なりとなに心もなくかたるもいとをしなから心のうちにはあさましくたはかられにける物かなとおもひつゝたいのまにいかはかりおこかましくおもふらんちくせんかくちをしさよとおもひて明もはてねと出てちくせんをよひよせてうらみ給けるにいひやるかたなくかたはらいたくおもひてそ有ける今はいふにかひなし猶しらぬかほにて過さんあのあたりにたもあなかしこ/\聞えさすなとの給けれはちくせんかほうちあかめてなにしにかとてそたちにける少将は三のきみをも哀とおもひなから思ひそめてしことのすゑなからんのみにあらすさしも聞えさりし人たにもかほとこそ侍れましていかならんとゆかしくそおもひ侍けるいかてか見奉らんなと思ひわたる程に冬にもなりにけり侍従にいかてか物いはんとおもひておもふほとの事ともかき給ひてなをしのこしにさしはさみて雪のいみしうふりたる日たゝすみありきてしとみのもとに立よりて聞ははしちかくいさり出給ておかしき四方の梢かないつれを梅と分かたくこそといひてうちはらふ中に今すこししのひたるこゑにてことかきならしてかひのしらねをおもひこそやれといひてけりこれなん姫君よとむねうちさはきてしのひかねつゝしとみをうちたゝけはあやしたれならんとみれは少将たち給へり侍従あさましくおもひてかへりなんとするものすそをひかえてむすひたるふみをやり給てよろつ人のつゝましさにとてかへり給にけりあやしくいかなる文かとみれは

白雪のよにふるかひはなけれとも思ひきえなんことそかなしき

とてさま/\の事かき給へりひめ君にこれを聞ゆれはさすかにあはれにおもひなからよそなりしそのかみたにもおもひよらさりし今はいよ/\人聞みくるしゆめ/\とそ聞えけるかくしつゝあらたまのとしもかへりにけり正月十日あまりの頃中の君今やさか野の春の気色おかしかるらん忍ひつゝみんなといさなひけれはをの/\まことになといひて出たち給ひけりさふらひもうちゆりたりけるをそ御ともに参りけるあしろ車三りやう一りやうにはひめ君今一両には中の君三のきみ一両にはきぬのつまきよけにいたしてわかき女房下つかへなとのりたりけり少将ほの聞てさか野へさきに行て松はらにかくれゐてみれは此車ともちかくやりよせて立ならへたりさうしき牛かひなとをはとをくのけてさふらひ二三人はかりちかくよせて女房はした物なとくるまよりおりて松ひきあそひけり姫きみたち車のすたれあけたれはたしかならねとほのかに見ゆ少将よくかくれてみるをもしらす女房ともいとおかしき物のけしき御覧せよかしみくるしくも侍らすさま/\の草とももえ出たりなつかしくなと聞ゆれは中の君おり給へり紅梅のうへにこきあやのうちき着給へりさしあゆみ給えるさまいとあてやかにかみはうちきのすそにひとしかりけりつきに三の君おり給へり花山吹のうへにもえきのうちきなりありつかはしきさまは今すこしまさりてそみえ給へる姫君はとみにもおり給はぬをいかにとせめけれは侍従さしよりていかに人をはおろし参らせてと申けれはおり給へり桜かさねの御そに紅のひとへはかまふみしたきさしあゆみ給へる御すかたいとらうたくうつくしなといふもをろなかりかみはうちきのすそにゆたかにあまりたけの程まみ口つきいとあてやかにこと人々よりも今一しほ匂ひくはゝりて見え給へはこれを人にみせはやとおとろかれ給ふをの/\人ありともしらてあそひあへるをよく/\見給ひて少将あくかれて大なる松の下にゐ給へるをこの姫君しもみつけ給てかほうちあかめていそき車にのり給へるにつけても心あるさまなりをの/\さはきてかくれあへるさまもあらまほしき程也少将の給ふやうさか野のゆかしさにおそひつるほとにくるまの音のし侍つれはあやしやたれにかとて立忍ひたるほとにかくれたりしんあれはあらはれてのりしやうとかや参りあひたるうれしさよとて

春霞立へたつれと野へに出てまつのみとりをけふみつる哉

とてうちすんし給へは中の君はひめきみにそれと聞ゆれはそなたにこそとの給へはたかひにいひかはし給て中の君

かた岡のまつともしらて春のゝに立出つらんことそくやしき

とあれはせうしやうとの

君とわれ野へのこ松をよそにみて引てやけふは立帰るへき

とて此たひはひめ君にと聞え給へともよしなきありきをして見えつることをかなしくおほえてうちそはみておはするをいかてなとせめさせたまへは御返事なくてもむけにしらぬやうにおほえて姫君

手もふれてけふはよそにてかへりなん人みのをかのまつのつらさよ

といひけち給けれは少将いよ/\忍ひかたさに車のきはにたちより給ひてなにかくれさせ給らんかひも侍らしと聞ゆれは中の君車よりは少将殿の一所こそおりさせ給つれよの人はいつかはしりたりかほにもの給物かなといへは少将うちわらひゆかしき御物あらそひかないかなるよめにもこそはしるく侍なれ御くちきよさよいかにひやうゑのすけとのに御物あらかひのあるらんうしろめたさこそなとたはふれ給ひけるもたゝひめきみにこそとけしきはみえ給ひにけれ少将とのたひ/\歌なとよみ給へけり

年をへて思ひそめてしかたをかの松のみとりは色深くみゆ

とあれは中の君

程もなき松のみとりのいかなれは思ひそめつゝ年をへぬらん

三の君もおなしくかくなん

千よまてと思ひそめける松なれはみとりの色も深き也けり

ひめ君もつゝましなから

子日して春の霞に立ましり小松か原に日をくらすかな

車よりおりたまへてあそひ給ふ御有様をみ参らせ給ふにつけても少将此世にいかになからへてあるへしともおほえ給はす心うくて人目もしらぬほとにそかなしみけるさて日もくれかたになりけるに鴬の鳴けれは初音めつらしくきゝて三の君

わか宿にまたおとつれぬ鴬のさゑするのへに長居しつへし

中の君

初声はめつらしけれと鴬のなく野へなれはいさ帰りなん

と聞ゆれは少将かくなん

初声はけふそ聞つる鴬の谷の戸出て幾世経ぬらん

とのたまひてあそひくらしつゝかた/\帰り給へは少将殿人の俤身にそひたる心ちしておもひはなれかたく心のうちもくるしきまゝには侍従にあひてあさましき人にはかられてかゝる物おもふことのわりなさよいかにおかしとおほしけんきえもうせまほしけれともさすかにすてやらぬ物は人の身になとゝてうちなみたくみ給ひて今はいかゝたゝ一こと聞えさすへきことの侍りこれ御覧せさせよなとたひ/\の給けれは侍従むかしたにも聞えわつらひし事なる今はいよ/\かたきおほせにこそといへはわか君一たひの返事を給たらはこの世のおもひてにこそとおもふなりと聞ゆれはそれもいかゝとおもへともいなみかたくて度々ほのめかしけれともかなはさりけりさるまゝに少将おもひかねて神仏にいのり給ける三の君のもとへもゆかまほしけれともおもひあまりては侍従にあひてこそ心をなくさむれにしのたいのけ色をたゝ見すなりなんことの心うくてつねはかよひけれはよひあかつきにたいをすき給とてはふるき歌のいと哀なるをおかしきこゑにてうたひつゝ袖のしほるはかりにてすきありき給けるかくしつゝあかしくらすほとにひめ君のめのとれいならす心ちおほえけれは姫君のゆかしうおはしますにたちよらせ給ふへきよし侍従かもとへいひやりけれは忍ひつゝおはしたりけれはめのとおき出なく/\聞ゆるやうさためなき世と申なからおもひぬるものはたのみすくなくなんつねよりもこのたひはきみも御ゆかしくてかゝる心のつきぬれは見奉らん事もこのたひはかりにやなとおほゆるに哀ははゝ宮のおはしまさゝりしをこそかなしとおもひつるにこのおいうはさへなくなりなん跡のゆゝしさよともかくもさたまり給はんを見奉りてのちこそとおもひしにこれをみおき奉りてしての山をまよはんことのかなしさよはかなくなりなんのちは侍従をこそはゆかりとて御覧せさせ侍らんすらめなといひて御くしをかきなてゝさめ/\となきけれは姫君も侍従も袖をかほにおしあてゝわれもともにくし給へとこゑもしのはすなき給けれはよそのたもとまても所せく聞えけりさて侍従をはおきて帰らせ給へきよし聞ゆれはかへり給にけりかくしつゝなやみまさりて五月のつこもりころにはかなく成にけりひめ君侍従かおもひさこそあるらめとめのとのなけきのうへに侍従か心くるしさおもひやり給侍従ははゝのかなしみの中にひめ君の御つれ/\をなけきつゝさてのち/\のわさもこま/\といとなみけりはての日ひめ君のつねにき給ひけるうちきひとかさね侍従かもとへつかはすとて

から衣しての山ちを尋ねつゝわかはくゝみし袖をとひなん

とつまにかきつけてやり給けれは侍従是をみてかほにおしあてゝ人めもつゝまさりけりとかくいとなみ侍ほとに七月七日あまりに姫君のもとへ参りけるにはつ秋の月いとあはれなるよはしちかく出て世中のはかなく哀なることを聞えあはせてなきゐたるを少将たち聞てあはれさかきりなかりけれはとふらひ侍らんとてしとみをたゝけは侍従は少将なりとて出あひて聞ゆるやうものおもふはかなしき事とはこの程こそおもひしられ侍れといへはさこそは侍けめあなあはれなといひかよはす程にさよもなかはにすきてかねの音聞えけれは侍従なに心もなく物かたりの中にあかつきのかねのをとこそ聞ゆなれといへはこれを入あひとおもはましかはとうちなかめ給けり姫君もあはれとそ聞とかめ給けるさて夜もあけにけりかくしつゝすきゆく程に少将いよ/\ふかくおもひなりてたゝ一もしの御返事のゆかしきなりやすきほとのことを人のねかひかなへ給へかしなといひて

秋のよの草葉より猶あさましく露けかりける我袂かな

なとあさからぬやうに聞えけれはあまりに人のつれなきもあはれもしらぬに侍るとて歌の返しすゝめけれはあはれとおもへとも人めのつゝましさにこそとて

朝夕に風おとつるゝ草はより露のこほるゝ程を見せはや

とかきてうちをき給ふを侍従とりて

ゆかりまて袖こそぬるれ武蔵のゝ露けき中にいりそめしより

とかきそへてやりけれは少将うちみてうれしさにもむねさはきて一ことはの御かへりことによの中のそむきかたく侍従の心ありかたさよとて

むさしのゝゆかりの草の露はかりわか紫の心ありせは

なといひかへしけるかくしつゝおほくの月日かさなるまゝにいよ/\おもひまさりて世中をもすさみ宮つかへをもわすれて心のまゝなる事ならはきえもうせまほしきほとなりけれは

あまの原のとかに照す月影を君もろともにみるよしも哉

となんされとも此度は御かへり事もなし何となくなかめ給て三の君の御かたへおはしてみ給へは何心なくおはするをいとほしくて御物語なとしてかように世中のはかなきことを仰つゝけられ我いかにも成たらん時おほしめし出しなんやと少将の給へは三の君時々聞へ給ふさへ心うくおほゆるにましてさもあらは我身いかにせんとの給ふもさすかに是も哀なり明ぬれは立かへらんとし給へはいかになと聞ゆれは少将

たえなんとおもふ物から玉かつらさすかにかけてくろしとしら南

とのたまへは三の君いとあはれにおもひて

絶はてん事そかなしき玉かつらくる山ひとのたより思へは

とのたまへは少将さすかにみ捨かたく仰けれとも明ぬれは帰り給ていつしか御文あり

白露とともにおきゐてはかなくも秋のよすからあかしつる哉

かく申給へ共又人目もつゝましさにや御返事もなし暮れはたいの御方におはしまして見給へはおろしこめて人もなし三の君のかたへおはしましたれとも物うくて立かへりなんとしたまへは心うくおほえて

たまさかにみちくるしほの程もなく立帰りなんことをしそ思ふ

としたにほのめかし給ふもすてかたくて少将の給ふやうなにとなく世中の心うくのみ侍れはふかき山にとおもひたつにその時おほし出なんやとの給へは三のきみいかになにゆへにさることは侍るへきたまさかにまちつけ侍るたにも心うくこそましていかに哀にかとてうちなき給へはあはれにてまことやあらまし事そとてとかくあかしていてさまにたいにやすらひて

君かあたり今そすき行出てみよこひする人のなれる姿を

とおかしきこゑしてうたひけれは侍従きゝとかめてまとをおしあけていかにといへは少将世中のうさまさりゆけはふかき山にもなとおもひとりてなといひ給へは侍従いてや一ねんすいきとこそ承れましてむさし野の草のゆかりなれはおなしはちすにこそといへはうれしき善智識とかやにこそとたはふるゝも忘かたくてかくこそわらひ給ふとも哀とおほしあはする事もありなん物をといひつゝあかしくらす程に九月にもなりぬれは中納言北の方にの給やうゆくすゑはしらす二人のきみはありつきぬこのたいの方をことしのこせちにまいらせはやとおもふにうちあはぬことの心うさよとてなけき給へはわか子ともにおもひまし給へるをねたしとおもひなからいふやう中々おほえすくなき宮つかへよりもときめかんかむたちめなとにあはせ給へかしなといへはなみ/\の人にはみせんこともあたらしさになとの給へはまゝはゝともかくもはからひにてこそといひなからいかにしてかあやしき名をたてゝおもひうとませんとあんしけり中納言霜月の事なれはいてたちをのみいとなまれけれはまゝはゝともにいとなむけしきにてしたには人わらはれになすよしもかなとおもひ人しつかなるときに中納言に聞ゆるやう聞なから申さゝらんはうしろめたき事なれは申なり此たいの御方をはわかむすめたちにもすくれておはせよかしとこそおもひ侍るにこの八月よりの事を露しらさりけるよとて空なきをしけれは中納言あきれてこはなにことそとゝひ給へは六かくたうの別当法師とかやいふあさましき法師の姫君のもとへかよひけるかこのあかつきもねすくしたりけるにやたいのかうしをはなちて人のみるともなく出にけることの心うさよとてこれいつはりならは仏神なとけに/\といひけれは中納言よもさる事はあらし女房なとの中にそさる事はあるらんとの給ひけれは中のかうしをはなちて出けるうはの空なる事をはいかてかよく/\きゝてこそなといひ給へとも猶けにとおもひ給はさりけりまゝはゝ三の君のめのとにきはめて心むくつけかりける女房に聞えあはするやうこのたいのきみをわかむすめたちにおもひまし給へるかねたさにとかくいへともかなはぬいかゝすへきといへはむくつけ女われもやすからすは侍れとも思ひなからうちすくしさふらひつるにうれしくとてさゝめきあはせてそのゝち三日ありてあやしき法師をかたらひ中納言に聞ゆるやうはいつはりとそおほしたりしにたゝいまかの法師出るなりと聞ゆれはみ給ひける時に出にけるあなゆゝしのことやおさなくては母にをくれて又めのとさへにはなれて哀れくわほうわろき物とはおもへともあさましとて入給ひぬさて宮つかへの事はおほしとまりぬ中納言たいにおはしけれは姫君なに心なくゐ給ふにむかひていみしきことのみ出くることのあさましさよとの給へはひめ君も何事にやと思ひ給へり中納言たちさまに侍従をよひての給あさましきことを聞は内まいりはとまりぬとはかりの給ひてかへり給へは心えぬ事なれはいひやるかたなくてやみにけりさるにてもいかなるにかとてしきふといふ女のたいの方に心よせなるにあひて中納言とのゝしか/\とおほせられしはなにことにやきゝ給かといへはしきふしか/\たはかるよしをいひけり侍従さわきてひめきみに聞えあはせてはゝなからん物は世になからふましき事にこそとてふたりなからひきかつきてうつふしなからこの事たれにも聞えさすなとていはんほとにあなたこなたの名のたゝんこともみくるしとその給ふまゝはゝはしえたる心ちしてむくつけ女もふたりしたゑみにゑみあへり中納言内まいりこそとゝまり侍らめさもあらん人にみせはやとおほすほとに内大臣の御子に宰相にて侍ける人左兵衞のかみにて廿五六はかりなるかよろつ人にすくれたるに此よしほのめかしけれは中納言いとよき事よとて霜月とさためてけりおそろしき心ともしり給はすまゝはゝにいひあはせ給へはよき事にこそいひて下にはいとむねいたき事におもへり中納言たいにたちよりて侍従にむかひて内参りのとゝまりしはくちをしなからさてのみやはとてたゝん月に左兵衞のかみにとおもふなりそのよし心えておはすへしとてはゝ宮の三条ほり川なる所をしつらひてそこにすませ奉らんといとなまれけりひめ君をやなからおほすらんことのはつかしさよたゝ尼になりて聞えさらん所にと思ふとの給へは中納言とののかくまておほしたらんそむき給はんはいとほいなきことにて侍へし北方にこそほいなくおはしますともありへんまゝにきゝひらき給てんなとそ侍従いひなくさめけるまゝはゝなをこの事をそねみてむくつけ女にさゝめきあはせて此ひめ君をさしもなからんするけすにぬすませはやといへはむくつけ女うちゑみてうはかあにのかすゑのすけとて七十はかりなるおきなのめうちたゝれたるかこのほとゝし頃のめにはなれて人をかたらはんとするに聞入るものもなきにおもひわつらい侍るに此よしを申さはやときこゆれはいひあはするかひありていとうれしくこそとく/\といそきてとの給へはかしこにゆきてしか/\と聞ゆれはかすゑのすけしはくみにくさけなるかほしてほゝゑみてあなうれしよき事かな中納言とのや心えすおほしめさんすらんといへはそれは北の方のよく/\はからひてなといへはそれはよき事あなめてたしとく/\いそかはやといふよく/\かためてかへりにけりまゝはゝにしか/\と聞ゆれはゑみたはふてたゝ神無月廿日頃なと聞ゆれは十日よりさきとさゝめくを心よせのしきふ聞てうちさはきて侍従にしか/\とたはかり給ふなりおそれは侍れともゆゝしくつみふかき事に侍はあはれたになと聞ゆれは今まてなからへておはします心うさよとてさきの度あまに成なましかはそこにとゝめをきてかゝる事をもきかするとあれは侍従かくまての事とこそおもひ侍らね此たひはことはりにて有けるとねをのみなき給ひけりさてかくてのみおはしますへきにあらす中納言とのに申せ給へかしと聞ゆれは北の方になきことをいひつけ奉るにや是をはれたりとも又も/\まさりさまの事を有へし又いかなることもかなをたはかり給はんすらんたゝ聞えさらん野山の中にてあまに成てこの世をおもひはなれんと聞ゆれこのたひはことはりにて侍さらは侍従もあまになりてはゝの後世をもとふらひ侍らんいかに其時あはれに侍らんとてふたりなから袖もしほるはかりにてかくはいひなからわかき人々なれはいつくにていかにすへしともおほえさりけれはひめきみめのとたにあらはともかくもはからひてまし今はそこをこそなにとも頼たれ此月も過なんとすいかにもはからふへしとの給へは侍従もいかにともおほえすなといひつゝとかくあんするほとにこはは宮のめのとなる女の宮にをくれまいらせてのちにあまに成て住吉になん侍けるをおもひ出ておほえさせおはしますにやしか/\と聞ゆれはさるもの有とおほえ侍なりいかてかつけやるへきとあれは侍従かはゝのもとにありける女のよくしりたるをよひてやりけるふみにさても久しきなとはをろかなるにこそ姫君のおひ出させ給し時はゝ宮もはかなくならせ給ひなからもいとおとなしくならせ給ひて其後又侍従かはゝなりし人もかくれにしかはたれも/\しる人もなくてそのかたの恋しさにあなゆかしさこそよをそむき給はめうらめしくもかきたえ給ふ物かなわすれ草のしるへとかやさても/\人つてならて申あはすへき事なん侍るよろつをすてて夜をひるに参り給へあなかしこ/\なへてなるらん事にはなとかきてやりけるすみよしに行てしか/\ときこゆあま君いそきあけてなく/\見て御返事にまことに世をそむきて住吉のわたりに侍なからもあさゆふそのむかしの人の御事のみ心にかゝりてあかしくらす中に二葉にみえさせ給ひしをふりすて奉りしかはいかに/\おひ出させ給ふらんとゆかしくおこなひのさまたけとならせおはしませは忘草もなのみしてかた時もわすれ奉る事はなけれともはかなき世中のくせにてよないま/\とおもひてすくしつる程にわかき御心ちともにおほし出てかやうにおほせられたる事の御うれしさよさても/\おほせのまゝに急に御身つからあなかしこ/\とかきてまいらせたりけれはひめ君侍従すこしはるゝ心ちして人しれす出たゝん事を侍従にいひあはせ給ふうちに中納言とのゝゆゝしき事を聞給ひなから思ひすてすあはれにおほしたるをはなれ奉りなはいかにおほしなけかんと思ひつゝけてふたりなからうつふしかちにて侍に中納言のみ給へはさりけなくつくろひおはしけれともすかたもことのほかにおとろへたるに涙のもり出けれは三条へわたり給はんこともちかく成たるにいかにうつふしかちにておとろへ給ふとてまゝはゝに聞へあはせ給へはなに事をおほすにかいかなる人をこひ給ふにやとつふやくを心え給はてさま/\のもてあそひなと奉り侍従かもとへつかはしけれはかはかりおほしたるおやをふり捨ていなはおほしなけかん事のつみふかさにとてまたなき給へり中の君三のきみわたりていかにつねにうつふしかちにはなと聞ゆれは此ほとはいかなるへきにか世中もあちきなくてきえもうせまほしき程になんもしさもあらんにはおほしいてなんやと袖も所せくの給へはあなまか/\しきなにしにかさる事はあるへき侍従のきみいかにこひしくおもはせんといへは侍従いかならん世まてもたれか忍ひさふらはん思ひ侍るに御たはふれなからも哀にわすれかたくとて思へることのなみたをとゝめて侍従

命あらはめくりやあふと津の国の哀いくたの杜にすまはや

とくちすさみて人めあやしき程にそありける中の君物のあはれをしり給へはその事となく涙をのこひ給ひけりひめ君露の身のはかなきはかやうなるほとにいかゝなと聞ゆれは中の君

契りてそおなし草葉にやとるらんともにそきえんよはのしら露

といひ給へはひめ君も侍従もいとゝ涙もよほされてわかれん事をかなしとおもひけり中の君三のきみなにとなく世のはなかさをあはれとおもひつねは心をすましておはする人なれはと大方の事を思ひてをの/\かへり給ひけり心よせのしきふひまもあれはたちよりたはかり給ことちかくこそいかにせさせ給ふへきにかいと哀にこそと聞ゆれはかやうにおほしたる事のしのはしさにいかならん世まてもとこそおもひ侍れとあはれはまことにかくてさふらへとも御かたをこそ頼奉りつるにいかにならせ給なんするにかとてうちなきけりさるほとに住吉のあま君のほりてかくとつけられはくるゝほとにしのひたるくるま奉りけれはいひ返してそのほとにみくるしき物ともとりしたためてけり心の中いかはかり哀れなりけんその時しも中納言わたりけれはさりけなくておはしけれとも此たひはかりこそ見奉り侍らんすらんと思ひけれは忍ひかたき色もあらはれてかほにふりかけたるかみのひまよりなみたもり出るをみ給ひていかにはゝ宮の事をおほすにやめのとも事をゆかしとおほし出るにやまたひやうゑのことを心つきなくおほすにやともかくもなに事にてもおほさんやうにきこへ給ふへきこそおやのおもふはかり子は思はぬことの心うさよいかはかりにか哀れとおもひ侍るかしらのかみをすちことにとあちともいなふへき身かはとのへ給へははゝ宮のことも又めのとの事もおもひ侍らす殿をも見奉らて程ふることかやとかなしくなとこと葉の聞えぬほとになく/\聞え給へは中納言うちなき給ひて三条におはしますともまろかいきたらんほとははなれ聞ゆへきにあらすなにかはそのことをおほすとてたち給ふを今一度とかほふりあけてみ給ふにめもくれ心もきゆるほとにそ有ける侍従とともにそなきゐ給へるさよふくる程に車のいてきたれはくしのはこと御ことはかりそもち給へる御車のしりには侍従のりたり比は長月廿日あまりのことなれは有明の月かけも哀なるに出てゆき給ひけん心のうちいかはかりかなしかりけんあらしはけしきそらにかすたえぬねを鳴わたる鴈もおりしりかほに聞ゆ雲まを出る月のつねよりもわれをとふらふ心ちそしけるさてあま君のもとへ行てかきくときこま/\とかたりけれはまことにおほしたつも御ことはりにこそ今も昔もまことならぬおや子のありさまのゆゝしさよまゝはゝなからもいつくをにくしとか見給ふらんあさましかゝるうきよなれは思ひすて侍る物をとてすみそめの袖をしほるはかりにそ有ける夜のうちによとにつきてけり少将その夜たいにゆきて兵衞のすけといふ女して侍従をたつねさすれはをともせすひめ君の御あとにふしたるかと木丁をみるに姫きみもおはせさりけりうちさはきて人々にたつねさせけれとも見えさせ給はさりけれはあやしとおもひけりさても中の君三のきみのもとにおはするにやといへは心かろくたち出給ふへき人にもあらすいかなるへきとて尋あへり夜も明ぬれはつねににおはせしところをみれはかたはらなる夜ふすまもなくてとりしたゝめたるけしきなれはまことにかなしくてをの/\しのひねになきけり中なこんにしか/\と聞ゆれはあきれさはきてこゑをさゝけてなきかなしみ給ふ事たとへんかたなし中の君三のきみあやしくこのほと心うきものにおもひ給へりしかはかくまてとおもはさりしものをとおの/\かなしみ給ひけりまゝはゝあきれたるやうして侍従かさとにかたつね奉れとて中納言とのゝかたはらになくよしにてにかみゐたり少将はかゝりけれはなさけある御返しをはし給ひてけるとおもひつゝけてたいのすのこにさめ/\となきゐ給へり三の君こゝかしこ見ありき給ほとにもやのみすにむすひたるうすやう有けりなにとなくとりてみれは姫君の手にて

なき名のみたつたの山のうす紅葉散なん後を誰か忍はん

とはかりかき給ひたりけりこれをみ給ひていよ/\あはれさまさりて中なこんにみせ聞ゆれはいかなることのありけれはにやわれにはいひ給ふへきにこそおやのおもふはかり子はおもはぬことの心うきとてこれをかほにをしあてゝうつふし給ひけりまゝはゝおとこなとのもとにおはしたるこそよもかくれはて給はしいたくななけき給ふそわれもおとらすこそなといひけれは中納言おほくの事ともよりもこの君はかりたれかはあるわか身にもかへまほしけれとも心にかなはぬよなれはとうちくとき給へはまゝ母侍従にくるはかされてよものふるまひともし給ふもしらてとつふやきゐたれはあなむつかしこはなに事そなけき給ひけるさるほとなれはあま君なとつれて河しりをすくれはおかしうもゆきちかふふねにのりたるものとものあやしきこゑ/\してつまもさためぬきしのひめ松とうたひてこき行もならはぬ心ちしてあはれなり京のかたは霧ふたかりてそこはかともみえすひえのやまはかりほのかにみえたるけしき物おもはさらんそらたにあはれなるへしいはんやありかたきおやにひきわかれなさけ有しはらからをふりすてゝいつちと行らんと思ひつゝけん心のうちいかはかりなりけん是をみてあま君

すみ吉のあまとなりては過しかとかはかりそてをぬらしやはせし

なといひつゝ住よしにゆきたれはすみの江とて所すみあらしたるにうみさし入たるにつくりかけたれはすのこのしたにうをなとあそふも見えてみなみは一むらのさとほのかに見えてとまやともにみるめかりほしあしの屋に心ほくけむりたちのほるけしきうすゝみにかけるあしてににたりひかしにはまかきにつたふあさかほなとかゝりてきしには色々の花もみちうへならへたりにしにはうみはる/\と見えわたりて浪たてる松の木のまよりほかけたるふねとも淡路嶋をゆきかふさまもなみにたゝよふかゝりふねはかなくみえて日の入はうみの中に入かとあやしまれけるわさとならては人なとくへくもなししつかに哀れなるすみかにてそ侍りけるちいさやかにつくりてあみたの三そんうつしならへて月日のいつかはかりはあま君にしにむかひてなん西方こくらく教主あみた如来後生たすけ給へと申したるをみるにつけてもあらぬよにむまれたる心ちしてひめ君も侍従もとくあまになりておなしさまにとの給へはあま君御くしはとてもかくても侍りなん御心にそよるへき今はこの老うはか申さんまゝにおはしまさすはうちすて奉りてかくれ侍へしといへはこれもそむきかたくて明くれはほとけの御まへにて経をよみ花を奉りなとそし給ける中納言はおもひあまりて今一たひこの世にてあひみせ給へとそいのり給ひける中の君三のきみなともひめ君のことにふれてあはれに侍従かよろつをかしかりし物を哀いかなる所にすみて都の事をおほし出らむとわするゝ時なく忍ひつゝなき給ふまゝはゝなにことそいつとなくいま/\しとなき給ふはわかいかにも成たらんにはよもかくはおほさし物をとはらたちけれはおやなからもなまけなくうたてにそおほしけるさて住吉にはやう/\冬こもれるまゝにいとさひしさまさりてあらき風ふけはわか身のうへになみたちかゝる心ちしてけるおきよりこきくる舟にはあやしきこゑにてにくさひかけるなとうたふもさすかにおかしかりけりすみの江には霜かれの芦こほりにむすほゝれたる中に水鳥のつかひうはけの霜うちはらふにつけても思ひのこす事なかりけり中納言とのより初てかたえの人々いかにおほしなけくらんおやに物を思はせ奉るはつみふかき事にこそいきてありとはかりしらせ奉らんとてあま君のもとにこわらはの京よりくしたりしにしか/\の所にもちて参りていつくよりといはて此ふみ奉りてさてにけかへれねとよく/\をしへてけりさて文をとらすれはいつくよりとてはした物出てとりぬ名をとへは申さす出てみれはつかひなしいかなる事にかとて文をみれはひめ君の御てにてあなゆゝしよの忍ひかたさよゆくゑもしらぬ程になりにしことをおほしなけく人もおはすらんあさましなからたひ立つる心たゝおほしめしやらせ給へなくさむかたとてはそなたの風のむつましくてあかしくらすになんたれも/\おはしますにや哀れむかしをいまになす世なりせはなとさても/\とのいかにおほしなけかせ給ふらんことにつみふかくこそはかなき命なからへたりとはかり聞え奉るになんとかきすさひておくに

あさかほの花のうへなるつゆよりもはかなき物はかけろふのあるかなきかのこゝちして世をあきかせのうちなひきむれゐるたつをわかれつゝたゝひとりのみありそうみのかひなきうらにしほたるゝあまのはころもわかことくほしやわつらふ日をへつゝ歎きますこのねぬなはのくる人もなきあしひきの山したみつのあさましくなかれ出にしふるさとにかへらんとたにおもほえすいかに契りしいにしへのわか身なりそもむもれ木と身はなりはつるつるの子の雲ゐはるかにたちわかれ行えもしらすしらなみのよるの衣をかへしつゝぬるよの夢のゆめならてこひしき人をみちのくのあふくま河をわたるへきわかみならねはさゝかにのくもてに物をおもふかな鳥のこゑたにおともせぬとをちの山のたにふかみ人にしられぬとしをへてくちははつともなりはてぬへき
はまちとり跡はかりたにしらせねは猶尋ねみん塩のひるまを

となん有けるこれをみてたゝ哀さをしはかるへし中納言にみせ聞ゆれはこゑもをしますなきかなしみ給ふことかきりなしこのつかひをうしなひつらん事の口をしさよとてこれをかほにをしあてゝうちふしてなか/\ひたすらにおもひつるよりはかなしくていかなる所にならはぬこゝろにたひたちてあかしくらすらんとかなしさまさりてやかてさまかへんとし給ひけるをしたかへる人々今一たひもとの御すかたにてひめ君にあひ奉らん事こそたかためにもほいなるへき御ことゝそとゝめ申ける少将此ことのおほつかなさにうへのもとにおはしたれは三の君しか/\と袖もしほるはかりにかたり給へは物のあはれをしりてかくの給よとおほしけりかくて正月のつかさめしに右大臣は関白に成給ふ少将は中将になりて三位し給へり中将はそれとも思はてひとへに神仏の御前に参りてもひめ君のありところしらせ給へとそいのり給けれともさせるしるしもなかりけりもすきて九月はかりにはつせにこもりて七日といふ夜もすからおこなひてあかつきかたにすこしまとろみたる夢にやんことなき女そはむきてゐたりひきむけてみれはわかおもふ人なりうれしさせんかたなくていつくにをはしますにかかくいみしきめをはみせ給ふそいかはかりかおもひなけくとしり給へるといへはうちなきてかくまてとはおもはさりしをいと哀れにそといひていまはかへりなんといへは袖をひかへて

わたつ海のそこともしらす侘ぬれは住吉とこそあまはいひけれ

といひてたつをひかへてかへさすとみてうちおとろきて夢としりせはとかなしかりけりさて仏の御しるしそとて夜のうちに出て住よしといふ所たつねみんとて御ともなるものには精進のつゐてに天皇寺住よしなとに参らんとおもふなりをの/\かへりて此よしを申せとおほせられけれはいかに御ともの人なくては侍へきすてまいらせて参りたらんによき事さふらひなんやしたひあひけれともしけんをかうふりたれはそのまゝになんことさらにおもふやうありいはんまゝにてあるへしいかにもくすましきそとてみすいしん一人はかりをくしてしやうえのなへらかなるにうす色の衣に白きひとへきてわらくつはゝきしてたつた山行かくれ給ひにけれは聞えわつらひて御とものものはかへりにけり住よしにはそのあかつきひめ君の御あとにふしたる侍従に聞ゆるやうまとろみたりつる夢に少将の給ふやう心ほそかりつるやまの中にたゝひとり草枕しておきふし給ふ所にゆきつれはわれをみつけて袖をひかへて

尋ねかね深き山ちに迷ふかな君かすみかをそことしらせよ

となん有つるとあはれにかたり給へは侍従けにいかはかりなけき給ふらんまことの御夢にこそ侍れ哀れとおほさすやと聞ゆれは岩木ならねはいかてかなといひつゝ哀けにおほしたりけり中将はならはぬさまなれはわらくつにあたりてあしよりちあへり行やらぬけしきなれはみちゆき人あやしき物ともめをつけてそ見あひけるさてもなく/\とりのときはかりにはる/\となみたてる松の一むらにあし屋所々にあり海みえたる所にゆき給ひぬれともいつくともしらす思ひわつらひて松の下にやすみ給ひけるに十あまりなるわらは松の落はひろひけるをよひ給てをのれはいつくにすむそ此わたりをはいつくといふそととへは住よしとなん申やかてこれに侍なりといへはいと/\うれしきき事ときゝて此わたりにさるへき人やすむとおほせられけれはかんぬしのたいふとのこそといへはさても京なとの人のすむ所やあるとおほせらるれはすみの江とのと申所こそ京のあまうへとておはするといひけれはこまかにたつねとひて行給ひたれは江につくりかけたる家の物さひしき夕月よ木のまよりほのかにさし入ておさ/\しき人も見えすいと物あはれなる日もくれけれは松のもとにて人ならはとふへきものをなとうちなかめてたたすみわつらひ給けるさらぬたにもたひの空はかなしきに夕なみちとり哀れになきわたりきしの松かせものさひしき空にたくひてことのねほのかに聞へけり此こゑりつにしらへてはんしきてうにすみ渡りこれを聞給ひけん心いへはをろかなりあなゆゝし人のしわさにはよもなとおもひなからその音にさそはれてなにとなくたちよりて聞給へはつりとのゝにしおもてにわかきひとりふたりかほと聞えてけりことかきならす人あり冬はおさ/\しくも侍りき此ころは松風なみの音もなつかしく都にてかゝる所もみさりし物をあはれ/\心有し人々にみせまほしきよとうちかたらひて秋の夕はつねよりも旅の空こそあはれなれなとうちなかむるを侍従に聞なしてあなあさましとむね打さはきて聞なしにやとて心をとゝめきゝ給へは

たつぬへき人もなきさの住の江に誰まつ風の絶すふくらん

とうちなかむるをきけは姫君なりあなゆゆし仏の御しるしはあらたに申そとうれしくてすのこにたちよりてうちたゝけはいかなる人にやとて侍従屋かきよりのそけはすのこによりかゝりたるすかた夜めにもしるく見えけれはあなあさまし少将とのゝおはしますいかゝ申へきといへはひめ君哀にもおほしたるにこそさりなから人聞みくるしかりなんわれはなしと聞えよとあれは侍従出あひていかにあやしき所まておはしたるそあなゆゝし其後ひめ君をうしなひ奉りてなくさめかたさにかくまてまとひありき侍になん見奉るにいよ/\いにしへのこひしなといひすさひて哀なるまゝになみたのかきくれて物もおほえぬに中将もいとゝもよほすこゝちそし給侍従の君の事をは忍ひこし物をうらめしくもの給ふ物かなと御こゑまて聞えつるものをとてしやうえの御袖を顔にをしあて給ひてうれしさもつらさもなかはにこそとの給へは侍従ことはりにおほえてさるにてあま君にいひあはすれは有かたき事にこそたれも/\物の哀をしり給へかしまつこれへいらせ給ふへきよし聞え奉れといへは侍従なれ/\しくなめけに侍れともそのゆかりなるこゑにたひはさのみこそさふらへたちいらせ給へとて袖をひかへて入けりかみひやうふにやまとゑかきたる一よろひたててもやのみすにくちきかたのきやうかたひらかけていとあるへかしくしつらひたりいとうつくしきあしにつちつきて所々ちうちあへてかほさきあかみてくるしけなる御すかたをみてあま君いそき出て聞ゆるやうひめきみもこれにおはしますになん侍従あはれとは見奉りなからわかき物にてうちはなちに申けるにこそあまはうれしきにもつらきにもならひてすきたる身にて侍れは忝くあはれにみ奉るあなゆゝしいかてかをろかにはとてひめ君に此よしを聞ゆれはわれもをろかならすなから都の聞えつゝましさにこそとの給へはそれもことはりなからよろつことのやうにこそよれ人よしあし知ぬものゝ心なき岩木なれともこれほとの事にはゆるき侍ものをいまはこのあまをおもくおほしめさは申さんまゝにおはしませさなくはうみ河にも入なんといひこしらへて侍従にたゝひめ君のおはします所へくし参らせよといへは侍従中将にこのよし聞ゆれはともかくもとてうれしけにそおほしける夜ふくるほとに侍従さきにたちてしるへしつさてもうちふすこともおはしまさすしてはしめよりの事ともかきくときつゝなく/\の給けり夜もあけ日も出るほとにひめ君をみ奉り給ひけれはさか野にてみしよりもさかりとみえてねくたれかみのおほめきてなつかしさいふもをろかなりかくしつゝ二日三日にもなりしかはそのわたりにもつかうまつりし人あまた有けれはをのつから聞つけてそをの/\参りあへりさひしき所ともなく松のもとにて酒のみのゝしりあひけれはそのあたりの物ともおとろくほとなりけりかゝる程に京には中将とのゝたゝひとり住よしえ参り給ひぬと聞て関白との帰りたるものをはすいしん所へくたされにけりさてゆかりある人々さゑもんのすけくら人の少将兵衞のすけとのよりはしめて四位五位なとそのかすすみのえに尋ね行給ていみしくおほつかなからせ給ふにいかになといへはしけんによりてこれに侍つるほとにおはすに此あたりにあるものにみつけてなとの給へは神仏へ参りてはおこなひをこそすれゆゝしき御つとめかなとてたはふれてうちわらひ給てうれしくこれまて尋給へりなにはわたりもかゝるつゐてなくはいかてか御覧すへきとの給つゝ夜ふくるほとに住のえに月さやかに沈みわたりてまつ風浪のおとにたくひつゝあはち嶋まてかよひて聞ゆるさま此よならすおもしろかりけれは人々すみのえにてあそひたはふれ給へり三位の中将こと蔵人の少将ふえ兵衞のすけしやうのふえさへもんのすけ歌うたひ給けり姫君侍従あま君なとこれを聞てはるゝ心ちそし給ひけるさて夜明けれはあまともめしてかつきせさせて見給へりさてその日京へのほらせ給ふとていとこと/\しかりけりひめきみをはゐ中人のむすめとてあひくし奉り給ふひめ君をはあま君心やすくみたてまつりなから此程の名こり申はかりなしあま君にはいつみなる所あつけられけれとゆくすゑの事はおもはすたゝあのひめ君の御事のみそおもひ侍つるほとに今はよみちやすくとてをくりてうれしき物からはなれ行もさすかに哀れなりとにもかくにもおつる涙かな仏になりなんのちそやとゝまるへきとてくときけるひめ君もなにとなく二とせまて住し所はなれゆくこそあはれなれあま君もいかにならひてこひしくかたはらさひしくおもはんなと侍従に聞えあはせて見返給ひけれはやう/\遠くなり行ほとに一むらのたえまより松の梢はるかにみえけれは

住吉の松の梢のいかならんとをさかるまて袖の露けき

とおもひつゝけられけるかくしつゝ河しりをすくれはあそひものともあまた舟につきて心からうきたる舟にのりそめてひとひもなみにぬれぬ日そなきなとうたひてよとまてそつきにけるさても京へのほりつきてとのに参給へはあやしきありきむつかりなから北の方をしつらひてすませ給ひけるまゝはゝこれを聞て中将とのはあやしきゐ中人のむすめをこそすみ給ひけれあたら人のなとむくつけ女にいひあはせてそねみゐたりける中納言月日のかさなるまゝにおもひのみまさりて今一たひもとのすかたにてあひみんとおもふ心のつれなさよかくてのみあかしくらすになとおほす程にとしのほとよりもことの外におひをとろへて見え給ひけりまゝはゝこれをみてひめ君はたちぬる月とかやあやしの法師にくしてこそおはしけれたしかに人のつけ侍しなりと聞ゆれはいみしき人のことも此姫君はかりはおほえすいかにしてもたいらかにてたにもあらはうれしきことにこそたれ人のいひけるにか尋ねあひていきたるをり今ひとたひみてしての山ちをもやすくこえんうれしくの給ひたりとの給ひけれはいとなんうけにてまことやたそおもひ忘れてなといへはむくつけ女あの物さふらふそかしなとそいひける中納言こゝろつきなしと思ひてなんあみた仏/\とそ申けるさて姫君はかくて侍とたに中納言とのに申さはや心あはせたりとて神仏にものろひ給はんにはたかためもいとおそろしき事なり住よしにおはせはさてことそやみなましかこれはつゐに聞え給はんすれは心やすくおほしめせとの給へは姫君おほしなけくらんことのかなしくてよにすむかひなくてとの給へはまことにことはりなからもたゝ申さんまゝにておはしませとて二条京極なる所にわたり給ひけりあかしくらし給ふほとにひめ君過にしとしの十月より御け色ありて又のとしの七月にいとうつくしきわか君いてき給へり中将おほしかしつき給事かきりなしかうしつゝ過行程に中将はねかはさるに中納言になり給ひてやかて右大将に成給ひけり中納言は大納言になりてあちかけ給へりともにうちへ参りあひて物語のつゐてに老おとろへてこそみえさせ給へとあれは大納言まつうちなきてまことにこれにてしらせ給へ心にかなはぬ物のいのちにて侍かなかくてもいきてさふらふとて人めもつゝみ給はさりけり大将このつゐてにやいはましとおもひなから猶おもひ返してそゝろに涙そもれ出けるさて帰りたまふまゝにかくなとかたり給へは姫君も侍従もおやはかり子はおもはぬ物そとつねはおほせられしことのはかなかやうにおほくのとし月をすくしなからかくとも聞え奉らておほしなけかせ給ひつるいかはかり神仏もにくしとおほすらんあはれ女の身はかりうらめしき物はとてよにつらけにの給へは大将まことにことはりなりをさなき物も出きたれはわれもいかはかりかはみせ奉らまほしけれとも此をさなき人まてもおそろしさにこそさりなからしらせ侍るへきこともちかく成たりしはしまたせ給へなとこしらへ給けりかくしつゝ過行ほとにひかるほとの女君いてき給ひけりおもひのまゝなれはおほしかしつき給ふ事かきりなしかやうになきみわらひみあかしくらすほとにわか君七ひめきみ五まてになり給ひけり八月はかまきといふことせんつゐてに大納言とのにはしらせ奉らんとおほせられけるほとに大将殿も大納言とのも内にまいりあひて又まつ物かたりのつゐてに八月十六日におさなき物ともにはかまき仕らんとおもひ侍るにことさら申さんとの給へは大納言かしこまつて承はりぬさりなからもさやうのことにまか/\しき身にてなときこゆれはいかにもおもひはからいて申なりかならすとの給へはともかくもおほせにこそとてその日にも成てゆかりあるかんたちめ殿上人なと参りあへり大納言もすこしひくるゝ程に参り給へりよろつにあるへかしくてくら人つかさのものなと参りあひていとこと/\しきさまなりときにも成ぬれは大将大納言のなをしの袖ひかへてうちへ引入給ぬもやのみすのまへにしとねしきてすへ聞えたりひめ君侍従ちかくよりて木丁のほころひよりのそけはいかはかりかなしかりけんわかくさかりにおはせしすかたのあらぬさまにおとろへてかみは雪をいたゝきひたいひにしかいのなみをたゝみまなこは涙にあらはれてひかりすくなく見え給へりあなあさまし/\とふしまろひ給ひけりさてわか君ひめ君いたしてはかまのこしゆはんとてうちみつゝ袖をかほにをしあてゝうつふし給へりやゝ久しく有てをきあかりての給ふやういはひの所にはまか/\しとはされはこそ申かし物を姫きみの御ありさまのわかうしなひておもひなけくむすめのおさなかりしにたかはせ給ふ所なくそのむかしさへおもひ出てとて忍ひかねつるになんゆるさせ給へとてむせひ給へりこれをきゝてひめ君侍従こゑもたてぬへき心ちそし給ける涙の色はうちきのたもとにくれなゐそめの心ちするまてそなりにける大将これを見給ひて涙もせきあへすみとみ聞と聞人心あるも心なきも涙なかさぬはなかりけりさて事ともはてぬれは人々に引出物さるへきやうにし給ひける其内に大納言とのにはこうちきのなめらかなるを奉りたれはあやしなからかたにかけてかへり給ひぬ大納言かへるまゝにまゝはゝにむかひて大将のわれをむつましき物におほしてもてなし給ふうつくしかりつるわか君ひめ君かなあれをわかまこともとおもはゝいかにうれしからんゐ中人のむすめなれともさいはいある人かなさてもそのひめ君のわかうしなひておもひなけくひめ君のおさなかりしにさも似給へるよあはれつねに見奉らはやとの給へはまゝはゝ参のきみのもとへをはせし人なれはそのゆかりとてむつひ給ふこそ哀れその子たちを参の君の中にまうけ給たらはこゝかしこのためにめやすかりなむ物をあたら人のなといへはむくつけ女関白殿はけすはらの子なれはとてもてなし給はぬとそいひける大納言とのはこうちきのふりたりつるをあやしとおもひてとりよせてみ給へはたいの君にきせはしめし時のうちきに似たりおいのひかめやらんとてうち返し/\よく/\見給へはたゝそれにて有けるそのときにむねさはきていかにしてかもち給へは我にしもえさせ給へるもあやしとてたゝさうしき二三人はかりくして大将のもとへをはしてしんてんのすのこにゐ給へり大将いそき出給ひてあしくにこれへとあれは大納言申されけるは申いつるにつけてよにおこかましくなめけに侍れともよろつになつかしくをはしませは参りつるなりゆるさせ給へとてきのふ給はりたりしこうちきの我うしなひて候し物おさなくてきせそめしうちきにて侍るを老のひかめにや侍らんわか心にかゝるまゝに人めもしらすはしり参りつるなりと申されけれは此よしひめ君聞給ひていま/\と待ゐ給ひけれは大将の給ぬさきにひめ君侍従いそき/\出てなみたにくれてものをたにいひ給はねは大納言これを見て心もきえかへる程なりいかに/\とあきれゐ給へりやゝ久しくありて心しつまりて大納言ひめ君をはそむきて侍従にむかひてくとき給ふやうひめ君こそあやしのをやとてとてもかくてもとおほして音つれ給はさらめそこをはいかはかりかはおもひ聞えし今まて命つれなくてめくりあひ侍れはこそけふはけさんに入おもひ消なましかは後の世まても思ひにてよみちのさはりともなりなましかわかなれるさま岩木ならすは見給へかしあなゆゝしの人の心やたゝ命のみこそうれしけれあかしくらしかたくてつもりし月日いくら程まてなりぬとかおもひ給ふ哀れ/\人のおもひはなる物とてうちなき給へり大将ひめ君侍従をの/\はしめよりおはりまての事ともかきくときつゝかたり給ひてをろかならぬよしの給ひける時によの有さまむかしも今もかゝるためしありかたくそおほえけるさて日くれぬれは大納言かへり給ひてまゝはゝにの給やういてやたいの君にたつねあひて侍りつるまことにあやしの法師にくしてひんかし山におはしけるとてたゝうきはなからふへくもなしとてまゝはゝあなうれしやないかやうにてをはしつるそこまかにの給へおほつかなきにといへはいかなる人のうとましきことをたはかりにけるにかおもひあまりて住吉まてまよひゆきたりけるを大将殿物まいりのつゐてにもとめあひてとし比くしてをはしましけれとも世中のむくつけさにはゝかりてかくともの給はさりけるそやあやしの法師にくしてありしにやよく/\聞給へとありけれはさて/\とてくちうちあきてめしはたゝきてかほあかくなしていひやるかたもなくてそゝろきゐたり中の君たいらかにておはしましける事のうれしさよとてよろこひあはれ/\とく見奉らはやとておやなからもうとましくそおほされける大納言よろつくときたてゝ身にそふへき物のくはゝりくして心うきよにはましろひも物うしとてひめ君のはゝ宮の三条堀河なる所へそわたり給ひける大将此よしをきゝ給ひていかにさふらふましき事なりたゝもとのやうにてをはしますへきよしの給へは大納言殿申されけるはあさましくまとひありきけん物をとりをき給ひてみせ給へはこのよならすくひめすともいなみともおもふへきにあらすこれはいかにの給ふ共かなふましきよし申給ひめ君もまめやかにとゝめ申給へとも聞入給はてわたり給ひけれは三条へさま/\の物とも奉り給ひて人々も参りあへりさてもひとりおはすへきにあらすいたはしきとて大将のをはにたいの御かたと申人にそすませ給ひけるそのむかしたいに住ける人々さなから大将のもとに参りてよろつ過にしかたの事ともかたり出てなきみわらひみあかしくらしける其中にも心よせのしきふはまたなき物にそおほしける関白殿よりはしめてよろつの人々ゐ中の人のむすめとしり給へる程にはやあせちの大なこんとのゝ宮はらの御むすめとてさもありかたきなからひとて人々もいひあひけるとかや此ことを聞て兵衞のすけ中の君ともかれ/\にけりさるまゝに中の君もおやなからうとましとそ思ひけるされは人の遠さかるもことはりなりとてふたりなからねをのみそなき給ひけるひめ君此よしを聞給ひてむつましかりし人なれはとてむかへ奉りて過にしかたのよのふしきなる事ともかたらひあかしくらし給ひける大将もよき事とて大事のことにそ思ひ給けるとし月ゆく程に大将とのにはちゝ関白ゆつり給ひぬいよ/\すゑの世たのもしくそ侍りけるわか君はけんふくせさせ給て三位中将とそ申けるひめ宮は十八にて女御に参り給ひける侍従はおとな女にてよろつに大事の人にそ思はれて内侍になりぬ見聞人うらやみあへり大将ひめ君すゑまてはんしやうしてめてたくそおはしけるさてまゝはゝ見きく人々にうとまれあさゆふはねをのみなき給ひて世中おとろへてつゐにはかなくなり給ふむくつけ女はあさましきありさまにてまとひありきけるとかやむかしも今も人にはらくろなる人はかゝる事なりこれをみきかむ人々はかまひて人々よかりぬへきなりとそ