University of Virginia Library

それ春の花のしゆとうにのほるはしやうく菩提のきをすゝめ秋の月のすいていにくたるはけけ衆しやうのさうをあらはす天いふことなくしてはふつとみなこれをしめす人こゝろありては何つとめさらんやもし人ありてにんけんの八くをみてさいとをいとふ時はほんなふ即ほたい

となる天上の五すいを聞てしやうとをもとむる時はしやうしすなはちねはんとなるかるかゆへにしよふつ菩薩しゆつきやくのけたうをたるゝつみあるをはしやよりしやうにいれえんなきをはあくよりせんにおもむかしめ玉ふなにをもつていふとなれはきやうろんのしよせつしよてんにのするところしけけれは申にこと葉たらすちか比みゝにふれことのあまりに哀にもたつとかりしかはめん/\に枕をそはたてたまへ老のねさめに秋の夜の長物語ひとつ申侍らん後堀河の院の御宇に西山のせんさい上人とてたうかくけんひしたりし人もとはほくれいとうたうのしゆとにくはんかくゐんのさいしやうのりつしけいかいといふ人にてそおはしけるうちにはきよくせんのなかれをくんて四けふ三くはんの月をすまし外にはくはうせきかみちをふみてなうさはいすいの風をかゝけたりある時はにんにくの衣の袖にせつしゆのしひをつゝみあるときはさいふくのつるきのやきはのうえにふんぬのゆゑいをふるふ誠にしんそくのいるひふんふのたつしんなりけいねんのころ花のちる春のくれをみてね

ぬ夜の夢やさめたりけむこはそも何ことそやわれたま/\そくちんのきやうかいをはなれてしやくしの門室に入なからあけくれはたゝみやうもむりやうにのみしてしゆつりしやうしのつとめにをこたおりぬるあさましかりけることかなとおもふ心いてきにけれはやかて山よりやまのおくをもたつね柴のいほりのしはしはかりのかくれかをもむすははやとおもひけるかさすかにふるきゑんのつなく所は人ことにはなれかたきならひなれはいわうさんわうのけちゑんもすてかたく堂坊とうりよのわかれもさすかになこりをしかりけれはこゝろはかりにあらましていたつらに月日ををくりけるその心のうちにうこきことはのほかにあらはれけるにやてうくほみふうちんのそこしつきやくしてはあやまつて三十年生すいつれの日かにんけむゑいしよくのまなこゆうせんとしてはせんしゆかんうんにねふるらんこれほとにおもひたちぬることのかなはぬはいかさましやまけたうのわれをさまたくるにやさらはふつほさつのおうこをたのみて此願をしやうしゆせんとおもひて石山にまふてつゝ一七日かあいたは五たいを

地になけて一心にまことをいたしてたうしむけんこそくせうむしやうほたいとそ祈りける七日まむしける夜らいはんをまくらとしてすこしまとろみたる夢ににしきのとちやうのうちよりようかんひれいなるちこのいはんかたなくみえたるかたち出てちりまかへる花の木陰にやすらひたれはあを葉かちにぬひものしたるすいかんのゑむさんに花ふたゝひさきて雪のことくにふりかゝりたりけるを袖につゝみなからいつちへ行ともおほえぬにくれゆくいろにきえてみえすなりぬとみて夢はさめぬこれすなはちしよくはんしやうしゆのむさうなりと嬉しくおほえてまたしのゝめもあけぬまにたちかへりぬよそよりきたるへきものをまつやうに今やたうしんおこるとまちいたれはなを山深くすまはやとおもひしこゝろはわすれて夢にみえたるちこのおもかけ時のほとも身をはなれすりつしもまことのうつゝならねはせんかたなきおもひにたへかねてさてもやもしなくさむと一つの香をたきては仏前にむかへは漢の李夫人返魂香のけふりにむせひてみをこかしたまひし武帝の御おもひもみにしられくら山

の花ほころひてうんていによれは巫山の神女か雲となり雨となりし夢ののちのおもかけにたつきもしらすなけきたまひけんやうたいの御涙もよそならす山王のしんたくに我一人のしゆとをうしなふは三尺のつるきをさかさまにのむにことならすとかなしみたまひしかはわれらかりんをいかさまさんわうのおしみおほしめしてたうしんをさまたけさせたまふにやたとひさやうのしゆりよなりともいのちいきてこそほつとうのたいふうにむかふところをもさまたけんすれくれまつほとの露のみもあらしいまはとおもひわひけるか石山の観音をこそかこち申さめとおもひて又いし山へこそまふてけれ三井寺の前を過けるにふるともしらぬ春雨のかほにほろ/\とかかりけれはしはらく立よりはれまをまたむとおもひてこんたうのかたへ行程にしやうこゐんの御房の庭に老木の花のいろことなる梢かきにあまりてみえしはるかに人家をみれは花あれは則入といふ詩のこゝろにひき入られて門のかたはらに立よりたれはよはひ二八はかりなるちこのすいきよかんに

うすくれないゐのあこめかさねてこしのまはりほけやかにけまはしふかくたをやかなるか人ありともしらさるにやみすのうちより庭に立出てゆきおもけに咲たる下枝の花を手折て ふるあめにぬるともおらん山桜雲のかへしの風もこそふけとうちなかめてはなの雫にたちぬれたるていこれも花かとあやまたれてさそふ風もやあらんとしつこゝろなけれはおほふ計の袖もかなと雲にも霞にもかすへきこゝちなとしけるに心なき風の門のとひらをきり/\とふきならしたるにあくる人あるやとあやしみて見やりて花を手にもちなからかゝりのもとをめくりてはるかにあゆみけるにみるふさのことくにてゆら/\とかゝりたるかみのすち柳のいとにうちまとはれてひきとゝめたるをほれ/\と見かへりたるめつきかほのにほひはかりなきやうゆくゑなくわれをまよはしつるゆめのたゝちにすこしもたかはねはいまのうつゝにみし夜の夢はうちわすれて日くれけれともゆくへきかたをもおほえすその夜はこんたうのゑんにひれふしてよもすからなかめわひぬ

 これや夢ありしやうつゝあわきかねていつれに迷ふこゝろなるらん夜あくれは又きのふの所に行て御坊のかたはらにたゝすみたるにわらはのいときよけなるかぬきすのしたの水すてんとて門の外まて出たりこれやきのふのちこのわらはなるらんとおもひて立よりつゝちと物申候はんといへはなにことにて候やらんとてことのほかなるけしきもなしりつしうれしく思ひてきのふ此ゐんにすいきよしやのすいかんめされて御としの程十六七はかりにみえさせ玉ふおさあひ人の御ことやしりまいらせ給ふととへはわらはうちゑみて我こそその御かたにめしつかはるゝものにて候へ御なをは梅若君と申候御さとは花そのゝ大臣とのにて御渡り候御心わくかたなくいつはりのあるよとたにもおほしめされぬ程の御こゝろあてにて候へは一寺のらうそうしやくはい春にをくれたる一木の花をみてはよそにちるこゝろもなくなり秋の月のくまなきにはみな我家のひかりをあらそふふせいにて候をこの御所の御ありさまあまりにゆるすかたなく御座候ほとにくはんけむすかのむしろならては御出も候はすたゝいつとなくふかき窓に

むかひては詩をつくり歌をよみて日をくらし夜をあかさせたまひ候そやとそ語りける聞につけてもいとゝこゝろもうかれぬれはやかてこのわらはをたよりにてつほの石ふみつてにても心のおくをしらせはやとおもへともあまりにひたゝけたらんもさすかなれは石山へまいりつゝ又わか山へそかへりけるりつしは夢かうつゝかのおもかけにおきもせすねもせてなけきくらしおもひあかしけるかしやうこゐんの御はうのへんにむかししりたりし人のあるをたつねいたしてある時は詩歌の会にことよせ又ある時はしゆえんにけうしたるていにて一夜二夜をあかすことたひ/\に成にけりそのゝちさきのわらはをかたらひよせて茶をのみ酒をたゝへてあそひけるついてにこかねのうち枝のたちはなにたきものをいれてねりぬきからあやふせんれういろいろの小袖十重ねをくりたりわらはもはやこゝろさしのふかきいろをみてよろつこゝろをへたてぬさまなりけりさて梅わかきみにおもひまよへるこゝろのやみいつはるへしともおほえぬよしをかたりけれは先御ふみをあそはし

てたまはり候へやかて申て見候はんとそ申けるおもふこゝろをつくす程のことの葉はいかにくろみすくるともありかたけれはうた計にて しらせはやほのみし花の俤に立そふ雲のまよふ心をとかきてをくりけるわらは文をふところより取出してこれ御らん候へいつそや雨のたへまの花の陰にたちぬれて御わたり候ひけるをある人ほのかに見まいらせて人しれすおもひそめたる袖の色もはやくれなゐにふかくなりてなくはかりにつゝみかねて候やうにみえ候そやとかたれは梅若きみかほうちあかめて文のひほをとかむとしたまひけるところにしゆつせなるなにかしの僧都とやらんいふ人のみすをかゝけてうちへ入に見せしとて袖のうちにをしかくせはわらはひんきあしとひまをまちて日くるゝまてしこうしたるにしよゐんの窓より御返事かきてたひたりわらは手もかろくうれしくていそきもちて行たるにりつしめもあやによろこひてまことに身もあられぬさまのていなりひらきてみれはことははなくて たのますよ人のこゝろの花の色あたなる雲のかゝるま

よひはりつしこのへんしを見てこゝろいとゝうかれしかはさらにたちかへるへき心もせすあひ見ぬさきのわかれたにもせんかたなくおほえしかはしはしあたりのやとになをもとゝまりよそなからそなたの梢をもみつゝくらさはやとはおもへともあまりにそれもひゝたけたれは又こそ参り候はめうれしくもかよふこゝろのしるへとならせたまひぬるものかなとわらはにいとまこひつゝりつしやまへかへりけるか一あしあゆみてはみかへり二あしあゆみてはたちとゝまりしける程に春の日なかしといへとも程ちかき坂本のさとはうまて行つかて日くれにけれはとつのへんにありけるはにふのこやにそとゝまりける夜もすからおもひあかしてあしたになれは山へのほらんとて庭まて出たれともちひきのなはをこしにつけたるかことくわれならぬこゝろにひきとゝめられけれは又引かへして大津のかたへそあこかれ行雨しめやかにふりけれはみのかさうちきて旅人のすかたに身をやつしつゝ行ところにからかささしかけたる馬のりのみちにてゆきあひたりたれなるらんとみやりたりけれは梅わか君のなかたちせし

わらはにてそありけるりつしをみてあなふしきや申へきことありてしらぬ山まてもたつねまいらんとしつるにうれしく参りあひたるものかなとて馬より飛おりてりつしか手をとりてかたはらなるつしたうへそたちよりけるさて何ことにかととへはわらはふところより色にこかれたるもみちかさねのうすやうにてさへくゆるはかりなる文をとりいたしていかなる山にみちまよふともきゝしはかりをしるへにてたつねてまいれとおほせさふらひつるけしからすの御心まよひそやまして一夜ののちの御袖のうへさこそはつゆのたはふれとうちわらへはりつしもせめてわかれをなけく

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候へしと仰せられ候につるそ門さゝて必御待候へしといそかしけにいひすてゝ帰りけりりつしこれを聞てこゝろうかれみたれていつくにあるわかみともおほえす更行かねのつく/\と月のにしにめくるまて待かねたる所にからかきの戸を人のあくるをとするに書院の杉障子よりはるかに見いたしたるにれいのわらはさきにたちてきよなふのちやうちんに蛍をいれてともしたりその光かすかなるにこのちこきんしやのすいかんなよやかにうちしほれたるていにてみる人もやとかゝりのもとにやすらひたれはみたれてかゝるあをやきのいとゝいふはかりなきさまにみえたるにりつしいつしかこゝろたよ/\しくてある身ともおほえす童ちやうちんをさそうの軒にかけて書院の戸をほと/\とたゝきて是に御わたり候やらんとあんないすれは律師いふへきかたをもしらてちとかたはらにみをそはむるけしきにてあるよしをそしらせけるわらは又庭にたちかへりはや御いり候へと申せはちこは先たつてつまとをならすその袖のうつりかも身にふるはかりよりそひてうちかたふきたれはせんけんたる秋のせみ

のはつもとゑひゑんてんたるかいのまゆすみのにほひ花にもねたまれ月にもそねまれぬへきもゝのかほはせちゝのこゑゑにかくとも筆もをよひかたくかたるに言葉なかるへしなみたとゝもに枕をかはしまの水のなかれもたへす猶ちきるへきむつこともまたつきなくも閨さむくしてらんふうのゆめさめれんりの花わかれてとゝめかたけれはしのゝをさゝの一ふしにあけぬとつくる鳥の音もうらめしくをのかきぬ/\ひやゝかに成てたちわかれなとするにあけかたの月のまとのにしよりくまなくもさし入たれはねみたれかみのはら/\とかゝりたるはすれより眉のにほひほけやかにほのかなるかほのおもかけ色ふかくみゆるさまわかれてのちおもかけに又あふまてを待ほとのいのちあるへしともおほえす律師はちこをおくりてあか月出たりつるまゝにていまたうちへも入もせす門のからいしきのうへに立かねてゐたるところにわらはきたりて御文とてさしいたしたりあけてみれはさしもおほからす 我袖にやとしやはてむ衣ゝの涙にわけし有明の月りつし書院にかへりて返歌 ともにみし月を名残の袖の露はらはて幾夜嘆きあかさんりつしは夢うつゝかとたにもおもひもわかさりつる俤を身にふれそへつる袖のうつりかをわかものからかたみにて山へかへりたれともこゝろしほれ玉しゐうかれてよろつの人の物云こともへんしもせすおほえぬ涙人めにあまりておさうへき袖もくちはてぬへけれはちといたはること有と披露して人にたいめんもせすふししつみてそ日をおくりけるわらは此よしをつたへきゝて梅若きみにかくとかたり申けれはわか君もまことになくこゝろくるしきことにおもひくつほれて御けしきつねよりもうちしほれ玉ひぬいまもやをとつれあるとしはしはこゝろにこめてまちたまひけるかあまりに日かすふりけれはわらはをよひよせてさてもありし夜のゆめのたゝちもうつゝすくなきにおとろかすたよりもなくてほとへぬれはたかかたのつらさにならてはそのまゝにやかて遠さかるへき風のこゝちとやらんきこえしかは露のいのちもいかゝなりぬらんもしけかなく成なはなからん跡を

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の松の木陰にてやすみゐたるところに年のいとたけたる山伏の四はうこしにのりたりけるかこしをまへにかきすゑさせてこれはいつくよりいつちへ御わたり候やらんといひけれはわらはありのまゝにこたへける山伏こしよりおりて我こそ御たつね候房のとなりへまかりのほるものにて候へあまりに御いたはしく見まいらせ候へはわれはかちにてあゆみ候はんと此こしにめし候へとてちことわらはをかきのせてりきしや十二人鳥のとふかことくに行けるかはう/\たるこすいのうへまん/\たる雲かすみの中をわけて片時のあいたに大嶺のしやかの嶽と云ところへそかきもてゆきにけりこゝにはんしやくをたゝへたる石のろうの中にをしこめてをきたれは月日のひかりもみえす夜ひるのさかひもなしたうそくなんによのかすありとおほえてたゝなくこゑのみそきこゑにけるその夜よりわかきみうせさせたまひたることたゝことならすともんしゆおほきに御嘆ありていたらぬくまもなく御たつねありけれともその行衛いつちへともしりたる人さらになかりけるところに東坂

本より大津へとをるたひ人のありけるか行あひてさやうのおさあひ人わらは一人めしくしてきのふの夜のいぬのこくはかりにからさきのかたへこそ御わたり候しかとそかたりけるさては此あいたれん/\しのひていひかよはすりつしの有ときこえしかいかさまとりてけるとてゐんけのうちは申にをよはす一寺のしゆとうつたつことなのめならす山もんへよせんすることはかなふへからすちゝのおとゝもしりたまはぬことはよもあらしまつ花そのゝさふのていへをしよせてうらみ申せとて御もんとの大しゆ五百よ人ははくちうにさふのてい三てうきやうこくへをしよせて一つものこさすやきはらふをんしやうしのしゆとこれにてなをいきとをりをさんせす一山一同せんきしけるはしもんのちしよくこれにすくへからすしよせん此ついてをもつて当寺にしやうくはくをかまへ三まやかいたんをたてはさんもむの大しゆさためてをしよせんすらんこれすなはち地の利につきてかたきをほろほすはかりこと又はしやしうをしりそけてかいほうをひろむる道たるへし天こゝに

ときをあたへたりしはらくもとゝこほるへからす一み同心のしゆと三千よ人によいこえを所ゝほりきりふもとにさかもきをひきしゝかきしけくゆひまはして三まやかいたんをそたてられける山門にはこれをきゝてなしかはほうきせさるへきかいたんのことにをんしやうしへはつかふすることいせんすてに六ヶ度也くけにそふしふけにふれうつたうるまてもあるへからす時をうつさすをしよせてやきはらへとてまつしまつしや三千七百三ヶ所へふれをくる先きんこくのせいはせあつまりてそのせいつかう廿万七千余人とそしるしける十月十四日中のさるの日にあたれりこれにすきたるよき日あるへからすとてゐん/\たう/\のせいを七手にわけてまたうのこくにをしよするあるひはまん/\たる志賀からさきのはまちにこまにむちうつしゆともありあるひはへう/\たるゑんはこすいのあさなきに舟に棹さすたいしゆもありおもひ/\によせけるその中にけいかいりつしはこのらんしやうしかしなからわか身よりことをおこすわさはひなれは人よりさきに一合戦してかはねをせんちやうにとゝめんとおもひすくりたるとうしゆく

わかたう五百よ人またしのゝめもあけぬまにによいかたによりそよせたりけるさるほとにあくれは十四日のたつのこくに大手からめて城中そうして廿万七千余人同時に時をあけてをめきさけふたいさんもくつれこすいもかたふきてたちまちにこんりんさいまておつるかとうたかはるしするをもかへりみすせめいりにけるよせてにはしゆせん前司くはつさうゐんすきしやうさいせうこんりんゐんさせむせうきやうめうくはん院すきもと山もとさいれん房さいたうにはしやうきせうしつせんみやうはうなんかいさいみやうきたみついきやうちうしやうりむ房よかはにはせんほうせんちうやゐん三たうほうきしてきをあはすこれをふせく大しゆゑんまん院のおにつるかたう院のてんくう千人きりのあらさぬきかなまたの悪太夫八方やふりのむさし房三町つふてのきやう一房さけきりこのみのそふちやう房たかいにいのちを惜ます入かへ/\あひたゝかふよせてはおほ勢なれはうたるゝをもかへりみすふせきてはあんないしやなりけれはこゝかしこのつまり/\によせあはせ

をひたち/\あいたゝかふ三ときはかりの合戦によせて三千余人手ををひて半し半生成けれは城のうちいよ/\かつにのつて手さきをまはしうちいつるかくては此しやうしんみらいさいをふるともおとしつへしともみえさるあいたけいかい大きにいかりて申けるはさんもむより此寺へ寄てせめしことすてに六度かとなり毎度のたゝかいこれにをとらすといへともこれほとにせめかねたることいまたなしいくほともなきほり一つ死人にてうめたらんになとかこの城せめやふらさらんとくはうけんしやけんほりのそこせはなる中へかはととひおり二町あまりにみえたるきりきしのうへへたてのさんを踏てはねあかりぬりまはしたるへいはしらに手うちかけゆらりとはねこえてかたき三百余人か中へみたれ入てひはなをちらしてそきつたりけるさけきりけさかけ車切そむきてもてる一かたなしさりてすゝむ追かけきりしやうきたをしのはらひきりいそうつ波のまくりきりらんもむひしかたくもてかくなは四角八方をきりてまはりけるにによいこえをふせきける

つはもの三百よ人あしをもためす追たてられおもひおもひにおちて行けいかいかとうしゆくわかたう五百よ人はしりちりてゐん/\たに/\に火をかくる風たちまちにふいて四方におほひけれはこん堂かうたうしゆろうきやうさうしやうけう三まいのあみた堂ふけんとうきやうくはんにはほうとうけいたいしやうの御ほんほうちせう大師の御ゑいたう三もんせきの御ほうにいたるまてそふして三千六百よ一時にけふりと成はてゝしんら大明神のしやたんより外はのこる所一つもなかりけりさるほとにわかきみ三井寺のかやうに成ぬるをもしりたまはす石のろうのなかにをしこめられてあけくれなけきしつみておはしける所にてんくともあつまりてよも山の物語してわらひけるかわれらかおもしろきと思ふことはせうまふつし風こいさかひろんのすまふしらかはほこのそらいんしさんもむなんとのみこしふり五山の僧のもんたうたてこれらにこそはけふあるけんふつもいてきて一ふせいありとおもひつるにきのふ三井寺のかつせんはきたいの見ことかなと申せはそはなるてんくかしこく社

此梅わかきみをとりたりけるそやさらすはこれほとのいくさはいてきししやうこゐんのもんしゆたちかなたこなたへにけさせ玉ふおかしさにわれこそけうかるうたをよみてさふらふといへはそはなるてんく何とよみたるそととへは

 うかるけるはち三ゐ寺のありさまやかつく作りてはねをのみそなくとよみて候つるとかたれは座中のてんくともみなえつほに入てそわらひけるわか君はこれをきゝ玉ふてあなあさましやさてはみゐてらわれゆへにほろひにけるにやとおもひ玉へともくはしくとふへき人もなしたゝわらはとゝもにうちわひてなくよりほかのこともなしわか君かくはかり

 しやくまくのこけの雫に袖ぬれて涙の雨のかはくまそなきかゝりけるところにあはちのくにのしんもつとて八十はかりなるらうおうのひんはついとしろくやせたりけるをたかてこてにいましめてこれも石のろうのうちへ入たり一両日ありてこのおきなちことわらはのなきかなしむを見てもしその御袖やぬれて候ととへはちこも童もともにすみなれし所をかりそめなからたちいてゝ此いしのろうに

をしこめられて候へはちゝはゝ師しやうのなけきおもひやらるゝたひことになみたおちすといふことなけれはさこそは袖もぬれ候らめとそこたへけるらうおうおほきによろこひてさ候はゝわれにとりつかせたまへたやすくふるさとへつけまいらせんとて翁このちこのそてをしほるて見るにしら玉か何そと人のとふはかりになみたのつゆしたゝりたりおきなこのつゆをひたりの手に入てくすりをくわんすることくにするに露の玉ほとなくまりの大きさに成ぬこれをまた二つにわけてさうのたなこゝろに入てしはらくゆるかしゐたるにふたつのつゆしたいに大きに成ていしのろうのうちみなたう/\たる大水になりにけりこのときにらうおう俄に大蛇になりてらいてんのつゝみ地をうこかしいなひかりの光り天にひらめくさしもきせいの天く共おちわなゝきて四方ににけうせけれはりうわう石のらうをけやふりてちことわらはとのみならすあらゆる所のたうそくなん女雲にのせてたいりのきうせ

 きしんせむえんのほとりにておろしたりけりたうそく男女みなこれよりわかれてをのか

さま/\にかへりぬわか君とわらはとは我ふるさとをたつねてはなそのへゆきたまひたれはかはらをならへてつくりたりしくうてんろうかくみなやけのゝはらとなりてことゝふへき人もなしあたりなるそうはうにてことのやうをたつねとへは左大臣とのはきんたちわか君をひえの山へうははれさせたまひ候を御里にしろしめされぬことはあらしとて三井寺よりをしよせてやきはらひて候なりとそかたりけるおとゝの御行衛とはん程たちよるへきやともなけれはさらは三井寺にゆきてもんしゆの御ことをもたつね申さんとてたとる/\わらはに手をひかれてみゐてらに行て見給へは仏閣僧房一つものこらすやきはらはれて閑庭の艸の露になきかうさんの松風の吟するこれそわかすみしむかしのあとよとてみれは石すへのいしもやけくたけてこけのみとりもくれなゐにへんし軒端の梅も枝かれて袖なつかしき風もなしものことにかはりはてぬる世のあはれたゝわれゆへ成しわさはひなれはしんりよにもたかひ人くちにもさこそかゝるらめとあさましくおほえて見るにめもあてられ

ぬなこりをおしみてその夜はしんら大明神の御はいてんに湖水の月をなかめてなきあかしつゝしやうこゐんはもし石山にや御座あるらんとたつね行たれともこれにも御座なしと申せはわらはさ候はゝこよひはさんけいの人のていにてほんたうに御座候へそれかし山へまかりのほり候てりつしの御はうをたつね申候はむと申けれはわかきみ今はたゝうき世にあらしともふかくおもひさためたまふ御こゝろありてよしや中ゝとりとゝむる人もなくはこゝろのまゝにいかなるふちにも身をしつめんと嬉しくおほしめし玉ひてなく/\ふみをかき玉ふわらは御ふみとりて山へたつねのほりけるをたかひに見をりたまひけるそれよりも山をさしていそきけるりつしわらはをうちみるよりもさらにものもいひえすさめさめとそなきけるわらはもなみたををしのこひて此あいた有つることゝもかたらんとすれはまつ御文を見候はんとてをしひらきたるにあやしきうたあり

 わか身さてしつみはてなは深きせの底まて照せ山端の月りつしいろをうしなひてこれ御らん候へ御歌の心もと

なく候へはなにことも道すから御物語候へまついそきまいり候はんとてさかもとより先にたてゝとる物もとりあへすたゝ二人むちをあけてはせ行ける大津を過てゆくところにたひ人あまた行あひてあないたはしやこのちこいかなるうらみ有てか身をなけたまふらんちゝはゝしゝやういかになけきたまはんすらむといひてとをるあやしやとおもひてくはしくとひけれはたひ人たちとゝまりてたゝいま勢田の橋をわたり候つるところに御とし十六七にみえさせ給ひ候つるちこのこうはひの小袖にすいかんの下はかりめされて候ひしかにしにむかひて念仏十へんはかりとなへて御身をなけさせたまひ候ほとにあまりのいたはしさにわれらやかて水に入候てそのへんのふちのそこまてさかしもとめ申候つれともみえさせ玉ひ候はぬほとにちからなくまかりすき候なりとかたりてなみたをはら/\とそこほしける旅人のかたるをきゝてとしのほといしやうのやううたかふ所もなけれはりつしもわらはもこゝろあきれあしてもなへてふしぬへきこゝちすれとも馬

をはやめてはしのつめに行てみるにいつも御身をはなさてかけたまひしきんらんのほそをのまほりにすいしやうのしゆすとりそへて橋柱にかけられたりこれをみてりつしもわらわもおなしなかれに身をしつめんとてたへこかれにけるをとうしゆくわかとうあまたよりてとゝめけれはよしやそのむなしきしかひなりとも一め見てのちにこそともかくもならめとおもひて二人はともにつなきすてたる小舟にのりてふかきふちのそこをのそきもとむれともさらになしわかたうしもほうしともはみなはたかになりて岩のはさまきしのかけまてのこるところなくさかしけれともなしかくてはるかに時うつりてくこのせといふところまてもとめくたりけれはせかれてとまるもみち葉のくれなゐふかきいろかとみえていはのかけになかれかゝりたるけしきのあるをふねさしよせて見けれはあるもむなしきかほにてたけなるかみなかるゝもにみたれかゝりて岩こすなみにゆられいたりなく/\とりあけてかほをひさにかきのせたれはぬれて色こきくれなゐの

しほ/\としたるに雪のことくなるむねのあたりもひえはてぬみたれてのこるまゆすみのいろこほれてかゝりしみとりのかみわりなきかほはかはらねとも一たひゑめはもゝのこひありしまなしりもふさかりていろへんしぬれは見るにめもあてられすかたるにことはなかるへしりつしはかほをひさにかきのせて天にあふきてなきかなしむわらはあしをふところにいれてわれをはなとすてをかせたまひけるそと地にふし悲しひけれともらつくは枝をしゝて二たひ花さくならひなく残月にしに傾て又なかそらにかへることなけれはさけふこゑさへかれつきてちのなみた袖行水とそなかれける二人の思ひはいふにをよはすとうしゆくなとのものまてもあたりのこけにふしまろひてこゑもおしますなきかなしむかくてさてしもあるへきことならねはその夜やかてちかき山のとりへ野にてむなしきけふりとなしたてまつりてのちとうしゆくわかとうはけふりつきてかへれともりつしと童とはかへらすしてむなしき煙にむかひて三日まてなきゐたりけるかおなしこけにも埋もれはや

とはおもへともいまはのきはによみてをくり玉ひし御うたにそこまて照せ山のはの月とありしはなからんあとをとふらへとの為にてこそあれと思ひけれはこゝより山へも帰らすそのゆいこつをくひにかけてさんりんとさうしけるかのちにはにし山いはくらに庵室をむすひてそつとめおこなひけるわらはかみをおろし高野山にそとちこもりける其のちをんしやうしの三まやかいたんのちやうきやうのしゆと三十よ人今はたちかへりて住寺すへきやうもなかりけれは世中もあちきなくおほえてみなりさんせんと思ひけるかいま一度しもんの焼跡にたちかへりないせうしん/\のほうせをもたてまつりほつしんしゆ行のいとまをも申さはやとおもひてみな/\しんら大明神の御前につやしてこれをかきりのほうみをそさゝけける夜ふくる程に成て夢うつゝのさかひもしらぬに東のかたのこくうより馬をはしらかしくるまをとゝろかすこゑしておひたゝしきさいにんかうかくの来り給ふいきほひありあやしくたれなるらんとめもかれすこれをみれはほうむの大そうし

やうにやみえたるかうそう四方こしにのりてしうそふの大しやうせんこにいにうしあるひはいくはんたゝしきそくたいのかくかつちうをたいせるすいひやうをめしくし或はようしよくせんけんたるふ人たいけむの玉をかさりたるにのりてほうりをはききんれむのかふりさゆうにあいしたかへり跡にさかりたるしちやうにこれはいかなる人にて御わたり候そとゝへはいまたしらせ玉ひ候はすやこれこそ東さかもとに御座候日よしさんわうにて御わたり候へとそこたへけるこのしやうかくみなこしくるまより御おりありてまくのうちへ入給へはしんら大明神たまのかふりをたゝしくしいきをかひつくろひきんてんの中よりいて玉ふさてけんしやくのれいありふきよくのゑんありしんら大明神玉のかふりをかたふけてまことに御こゝろたのしみ給へる御けしきにてよすてにあけむとすれはさんわうくはんきよなるにみやうしんしもんのそとまてをくりたてまつりて帰らせ玉ひぬしんら大明神たまのはしを御あゆみありて立帰らせ給ひける時つうやの大し

う一人明神の御前にひさまつきてなみたをなかして申けるは三まやかいたんのことはゐわうのちよくさいにまかせわか寺のこんりうのことをそんしてこうきやう仕りしことにて候へは一つもしゆとのひかこととはそんし候はすしかるをさんもむみたりにたひ/\のちよくさいをそむきしゆ/\のましやうをなして当寺をやきはらひつれはしんめい仏たもさこそ御こゝろをなやまされ候らんとこそそんして候に当寺てきたいのさん門おうこのかみ日よし山王にたいして誠に御こゝろよけにゑみをふくみたのしみをなさせ玉ひ候はいかなるしんりよにて候やらんはかりかたくこそそんし候へと申けれは神明つうやの大しゆを御前にめされてしゆとのうらみ申ところくはしく其いはれあるににたりといへともこれはみな一くのくはんけむ也それ明神仏たのり生はう便をたるゝ日かれをめして福をあたへ玉ふもしんしつの本いにはあらすこれをひしてはちをおこなふもしひのおもかりし故也たゝしゆつきやくの二さうをもつて終にむしやう菩提にいらしめんか

ためなれはわかよろこふところ人いまたしるへからす仏閣そうはうのやけたるはさうゑいするにさいせつのりやくあるへしきやうろんしやうけうの仏しつしたるはこれをしよしやのけちえんたり一いのほうふつあにしやうめつのさうなからさらんやたゝこれみたりによつてけいかいかほつしんしてそくはくのけたうをいたさんすることの嬉さにはんしをわすれぬるをやさん王もこれをかんし給ふためにらいりんあり我もかんたんにたへすしてくはんきのこゝろをなしつる也石山の観音のとうなんへん化のとくと誠にありかたき大しひなるをやとおほせられて明神ちやうのうちへいらせ給ふとおほゆれはつうやの大衆三十よ人一とに夢さめておなしさまにそ語りける扨はわか君のみなけ給ひしもくわんをんのしよへむなりしもんのやけたるもさいとのはうへんなりとしん/\きもにめいしけれは三十余人のしゆとみなほつしんしてともに仏道をしゆきやうせんとてかのけいかいせんさい上人となをかへてすみ給ふいはくらのあんしつへ行てたつねみれは三けんの草やのなかはを雲にわけてまつの落はを薪として

藤の菓を命にて残のとしを送り給ふ浮世の夢さめ/\としてかくなん

 むかしみし月のひかりをしるへにてこよひや君かにしにゆくらんとしよゐんのかへにかきつけにけるをみかとかきりなくゑいかむありて新古今の釈けうの部にそ入させ給ひけるとくかならすとやある事なれはいとふとすれともおなしさま也さうもんの人東西より来りあつまりて都のちかき所に寺をたてゝ人をもりやくせむとて東山にうんこしといふ御たうをこん立してほんそんに三尊らいかうのきをおこなう廿五の菩薩かやうにとゝのへてわうしやう人をむかひ給ふありさまみる人しん/\をおこさすといふことなしおんこんくひすをつきてこゝにらいけいす男女たなこゝろをあはせこれをきやうらいす仏のたねはえんよりおこることなれはまことにたうとくとかたれはきく人みな涙をおとさすといふことなし人間の行末たつときもいやしきも後生を心かけ給はんことかんようとこそ申伝へけれ

右秋夜長物語以太田覃本校合