University of Virginia Library

 自分が前に推賞した橋梁と天主閣とは二つながら過去の産物である。しかし自分がこれらのものを愛好するゆえんはけっして単にそれが過去に属するからのみではない。いわゆる「 ( ) び」というような偶然的な属性を除き去っても、なおこれらのものがその芸術的価値において、没却すべからざる特質を有しているからである。このゆえに自分はひとり天主閣にとどまらず松江の市内に散在する多くの神社と 梵刹 ( ぼんさつ ) とを愛するとともに(ことに月照寺における松平家の 廟所 ( びょうしょ ) と天倫寺の禅院とは最も自分の興味をひいたものであった)新たな建築物の増加をもけっして 忌憚 ( きたん ) しようとは思っていない。不幸にして自分は 城山 ( じょうざん ) の公園に建てられた光栄ある興雲閣に対しては 索莫 ( さくばく ) たる 嫌悪 ( けんお ) の情以外になにものも感ずることはできないが、農工銀行をはじめ、二、三の新たなる建築物に対してはむしろその 効果 ( メリット ) において認むべきものが少くないと思っている。

 全国の都市の多くはことごとくその発達の規範を東京ないし大阪に求めている。しかし東京ないし大阪のごとくになるということは、必ずしもこれらの都市が踏んだと同一な発達の径路によるということではない。否むしろ 先達 ( せんだつ ) たる大都市が十年にして達しえた水準へ五年にして達しうるのが後進たる小都市の特権である。東京市民が現に腐心しつつあるものは、しばしば外国の旅客に 嗤笑 ( ししょう ) せらるる 小人 ( ピグミイ ) の銅像を建設することでもない。ペンキと電灯とをもって広告と称する下等なる装飾を試みることでもない。ただ道路の整理と建築の改善とそして街樹の養成とである。自分はこの点において、松江市は他のいずれの都市よりもすぐれた便宜を持っていはしないかと思う。堀割に沿うて造られた 街衢 ( がいく ) 井然 ( せいぜん ) たることは、松江へはいるとともにまず自分を驚かしたものの一つである。しかも処々に散見する 白楊 ( ポプラア ) の立樹は、いかに深くこの 幽鬱 ( ゆううつ ) な落葉樹が水郷の土と空気とに親しみを持っているかを語っている。そして最後に建築物に関しても、松江はその窓と壁と 露台 ( バルコン ) とをより美しくながめしむべき大いなる天恵――ヴェネティアをしてヴェネティアたらしむる水を有している。

 松江はほとんど、海を除いて「あらゆる水」を持っている。 椿 ( つばき ) が濃い ( くれない ) の実をつづる下に暗くよどんでいる ( ほり ) の水から、 灘門 ( なだもん ) の外に動くともなく動いてゆく柳の葉のように青い川の水になって、なめらかなガラス板のような光沢のある、どことなく LIFELIKE な湖水の水に変わるまで、水は松江を縦横に貫流して、その光と影との限りない調和を示しながら、随所に空と家とその間に飛びかう ( つばくら ) の影とを映して、絶えずものういつぶやきをここに住む人間の耳に伝えつつあるのである。この水を利用して、いわゆる水辺建築を企画するとしたら、おそらくアアサア・シマンズの歌ったように「水に浮ぶ 睡蓮 ( すいれん ) の花のような」美しい都市が造られることであろう。水と建築とはこの町に住む人々の常に顧慮すべき密接なる関係にたっているのである。けっして調和を一松崎水亭にのみゆだぬべきものではない。

 自分は、この 盂蘭盆会 ( うらぼんえ ) に水辺の家々にともされた 切角灯籠 ( きりこどうろう ) の火が ( しきみ ) のにおいにみちたたそがれの川へ静かな影を落すのを見た人々はたやすくこの自分のことばに首肯することができるだろうと思う。