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よるのつる 〔一名阿佛口傳〕

よるのつる 〔一名阿佛口傳〕

さりがたき人の。哥よむやうをしへよと度々仰せられ候へども。我よくしりたる事をこそ人にもをしへ候なれ。いかでかはといなみ申を。あながちにうらみ仰せられ候もわりなくて。すゞろなる事をかきつけ候ぬるぞ。ゆめ\/人にみせられ候らふまじ。おほかた昔より此やまと歌の道をえたる人々。末の世のためさま\〃/かきたる物ども。家々にもてあそび。人毎にならふ事おほく候へば。今更おろかなることの葉にて。いづくをはじめに申べしともおぼえ候はず。出る日を。あかねさす。久方の月。あし引の山。玉ぼこの道。むば玉の夢などやうのこと葉は。いづれの哥の枕にも。只おなじ事を申て候めり。只ふるきものどもよく御覽ぜられ候へかし。是はたゞとし比のうたよみと聞ゆる人のあたりにて。僅に耳にとまり候しことの。老ぼれたる心地に。いさゝか思ひ出られ候しを申候へども。さながらひがおぼえにてぞ候らん。初學抄と申て。清輔朝臣のかき置れて候物にも。哥よまんには。題の意をよく心うべしと候とおぼえ候。又題のもじを上の句に皆よみはてゝ。下の句にいひ事のなさに。すゞろなる事どもをつゞけたる。いとみぐるしとて候き。ある人。山家卯花といふ題にて。山里のかきねにさけるうのはなはとよみ。末はなにとよむべしともおぼえ候はざりけるやらん。わきかへぬれるこゝちこそすれとよみて候ける。いとおかしとて候き。それもやうによりて。又上の句に題のもじをいひはてゝもくるしからぬ事も候にや。ことに戀のむすび題ども。題のことはりをあらはさず。おもはせたる事どもを上手達はよまれ候とおぼえ候。遇不逢戀といふ事を。京極中納言定家の哥とおぼえ候。

色かはるみのゝ中山秋越て又遠さかるあふさかの關

かやうにも。たゞよまれて候なれ。われらならば。逢てあはざる戀ぞ苦しきなどよまゝしとおぼえ候。又皇太后宮大夫俊成卿の哥。臨期變約戀といふ事を。

思ひきやしちのはしかきかきつめて百夜も同し丸ねせんとは

などよまれ候めり。けさう人のしちといふものゝ上に。もゝよねたらば。あはんと契りたる人。九十九夜はさはりなく。はしにてかずをかきたるに。もゝ夜にあたる夜。さはり出來てあかぬことなどは。しらぬ人なき事にて候へば。しるすに及ず。又寂蓮と申ける哥よみ。兩人を思ふ戀といふ題を得て。

つの國の生田の河に鳥もゐは身の恨とや思ひなりなん

やまと物がたり。むこふたりのこと。おなじくしるすに及ず。かやうに題のふるきためしにおもひよそへてよまれたる事ども。もしほ草かきつくすべくもあらず。順が詩に。雨の中に月をこふといふ題にて。やうきひかへりてはだうていの思ひなどつくりたるふぜひも。おもひ出られてやさしうおもしろくこそ候へ。上手ならでは。いかでか思ひよらんとぞおぼえ候。又哥をあんずるに。はじめの五文字より。しだいによみくだされ候事は申に及ばず。かうがふべからず。さては哥よむ心地とて。つねにうけ給り候しは。先下の七々の句をよくあんじてのちに。はじめの五文字をすえにかなふやうに。よく\/おもひさだむべしとて候き。上の句よりしだひによむほどに。末よはになる事の候へば。そのようじんとおぼえ候。又本歌をとるやうこそ上手と下手とのけぢめ。ことに見え候。そのとりやうも。定家卿かきをかれたるものにこまかに候やらん。さながら又本歌のことば。句の置どころもたがはねど。あらぬ事にひきなして。わざともよくきこゆることも候ぞかし。俊成卿のむすめとて。哥よみの哥。續後撰に入て候やらん。

咲は散る花の憂身とおもふにも猶うとまれぬ山櫻哉

げむじの哥に。

袖ぬるゝ露のゆかりと思ふにも猶疎まれぬ大和なてしこ

句毎にかはりめなくみえ候へども。上手のしごとは。なんなくわざともおもしろく聞え候を。まなぶとても猶及びがたくこそとおぼえ候。かやうの事どもかきつらね候はゞ。濱の眞砂かずかぎるべくも候ねど。たゞ今。きと覺え候事ばかりを。御使をとゞめながらかきつけ候也。又萬葉集。三代集などに。ふるき人々よみたればとて。むかしのこと葉どもを。口なれぬ哥どもにこのみよむこともさるべからずとぞうけ給り候し。おもほゆるかな。物にざりける。けらしも。むべといふもじ。べみといふことともへ水のなどやうの事こそかたみにいひなれきゝなれ。やさしきこと葉なりけめど。時うつりへだたりぬれば。人のことばもかはるものなれば。みゝ遠くなりたらん事をば。人丸。赤人。みつね。貫之よみたればとて。このみよむまじきやうにこそうけ給はり候し。又猶千載新古今の比より。近き世の作者どもの哥。めいくをさながらめをあはせて。うばひとりてよむ事。いとみぐるし。よみ出たる人のためも。高名やうにあらず。よく\/此ことをつゝしみ申べし。今の世のねうばうの哥に。つゆの玉づさとよまれて候しなり。俊成卿のはじめて。いく秋かきつつゆの玉づさとよみ出られたるを。しばしさてをかばやとて候き。是は猶今はふるき哥とも申ぬべし。さしむかひたる哥どもをとらるゝこそかへす\〃/あさましく候へ。哥は。只心をたしかにあんじしづめて。こと葉をやさしくとりなしてよめとこそ候へしを。口にまかせて人まねうちして。うきたる言の葉ばかりにて思とけば。こゝろは正躰なく。てに葉もあはず。もと末もかけあはぬ事のみ。此比は多く見え候にや。又うつり行世々にしたがひて。哥すがたもみなかはり候こそ。いにしへの哥に今の哥をならぶれば。火と水とのごとし。など申て候へども。中比近世の人々の哥も。むかしの哥にをのづからおとらぬなどもや候らん。又いにしへの哥のやさしく。いかなる世にもふりがたく。おもしろくやさしきこゝろこと葉こそ。今の世にも上手とおぼゆる人々は。よみあはれ候へ。それはむかし今かはるべきにもあらず。ほとけの道をつたへうけ給るにも。つみもくどくもさだまりたる主もなし。このめばをのづから發心す。只時を得。善智識に逢事こそかたき事なんなれ。まことに誰をかしる人と頼むべきと。まよはるれど。御法のしるべに。聖教世に猶とゞまりて候。哥のしるべは萬葉。古今も猶あととまりけり。發心修行もすゝむ人あらば。五の濁の世の末なりとも。などか無上菩提をも得ざらむ。道心ある人と數寄たる人との。こゝろ\〃/にぞよるべき。法命をつぎ。哥の道をたすくる事。かずならぬ人にもよらじとこそおぼゆれ。先哥をよまむ人は。ことにふれて情をさきとして物の哀をしり。つねに心をすまして。はなのちり木の葉のおつるをも。つゆしぐれ。色かはる折節をも。めにもこゝろにもとゞめて。哥の風情を立居につけて。心にかくべきにてぞ候らん。又四季の哥にそらごとしたるはわろし。只ありのまゝにやさしくとりなしてよむべし。戀の哥には。りこう空ごとおほかれど。わざともくるしからず。枕の下に海はあれど。むねは富士。袖は清見が關も。只おもひのせつなる風情をいはんとて。いか程もよそへいはむ事。四季の哥にことなるべしと申され候き。又四季の哥のそらごともやうによるべし。遍昭僧正の。玉にもぬける春の柳かとよまれたるをはじめて。有明の月とみるまでによしのゝ里にふれるしら雪。花を雲に似たりとも。とりなせる事どもは。僞ながらまことにさおぼゆる事なれば。くるしからずといふ事も。よくよく心得わくべきにや。又古郷といふ題にて。舊里とばかりよむ事。つねのことなれど。たゞの哥にもふるさとはよむことなれば。さして故郷といはん題にては。奈良の都とも。難波のみやことも。志賀の都とも。名にふりたるところをぞよみたきと候き。又月前の戀月によする戀といふ題をも。人皆思ひわかで。たゞおなじさまによむ事。念なくや。月によするとては。たゞ月といふ文字をかりつれば。よせたるにて有べし。うはの空なるかたみにて。おもひもいでばこゝろかよはんなどやうなるを。よせたると申べきにや。月の前とては。さしむかひたるやうなるべきにや。

戀しさの空しきそらにみちぬれは月も心の中にこそすめ

といふ哥も。俊成卿。月前戀といふ題にてよまれて候やらん。又うれしかりけり。かなしかりけりといふ文字を。みれんの哥よみは。つねにこのむなり。げにうれしきこと。かなしき事ならでは。つねによむまじきとこそ申され候し。たゞ哥の本躰には。古今の哥を見覺えて本哥にもすべし。三代集いづれもおなじことなれど。後撰にはやさしき哥も多く。又みだりがはしき哥もおほくまじりたり。なしつぼの五人。心々やかはりけむ。拾遺の哥は。又拾遺抄によき哥はみなえり出られためり。後拾遺また哥よみも。おほくつどひたる比なれば。おもしろき哥もおほげに候を。難後拾遺といふものにぞ。幹はもえ出るなどいふ哥をはじめて。さま\〃/そしりたる事も候やらん。金葉詞花などは。哥すがたもかはりて。一ふしおもしろきところある哥のみおほく。はいかいめきたる事がちに候やらん。かれよりのちの集どもゝ。撰者の心得心得にて。さま\〃/すてがたく見え候めり。新古今。むかしの歌のやさしきすがたにたちかへりて。おらばおちぬべき萩のつゆ。ひろはゞ消なんとする玉ざゝの霰など申べきを。あまりにたはぶれ過して。哥の樣又あしざまになりぬべしとて。新勅は。撰者おもふところありて。まことある哥を。えらばれけりなどぞうけ給りし。そのゝち。續後撰。たちかへり道をしろしめす御代にあひて。ときはゐのおほきおとゞをはじめ奉り。衣笠の内大臣信實ともいゑなど道にたへたる人。家の風吹たえぬ人々多く。君も臣も身をあはせ。時を得たりける撰者なれば。さすがみどころ候らん。それにも時による作者おほくなど。うちかたぶく人もありけるを。ましてそのゝちの事はいかゞ候らん。心もをよぶまじければをしこめぬ。むかし今の代々の集どもの作者も。世々にきこえ。哥のすがたもたけ高くやさしからんを。しだいに御めをとゞめて。ことのついでに題の心を御らんじわきて。かしこきをみては。ひとしからんと御こゝろをかけ候べし。當時の人々の哥をば。夢々まなびこのむ御事候まじく候。又とりあへぬ事に。時もかはさず詠出る哥の。返事立ながら。いひ出す哥はさしあたりて。唯今いひたきことを。さまよくつゞけ候ぬれば。何の風情も過て候。小式部内侍。定頼中納言をひきとゞめて。まだふみもみずあまのはしだてと申けるとかや。周防内侍。忠家大納言の。かひなくたゝむ名こそおしけれと申かはしける心とさなどは。たゞ人のこゝろ玉しゐにより。哥の道にしほなれぬる。くらゐのあらはるゝにて候へば。むかし今申にもをよび候はず。今はかゝるたにの朽木となりはてゝ候とも。さるやさしき人々だに候はゞ。などかは口とくあひしらふ事も。さぶらはざらんとおぼえて。その世の人々うらやましくこそ。