University of Virginia Library

第九段

女は髪のめでたからんこそ、人のめたつべかめれ。人のほど、心ばへなどは、も のいひたるけはひにこそ、ものごしにも知らるれ。

事にふれて、うちあるさまにも人の心をまどはし、すべて女の、うちとけたるいも寢 ず、身ををしとも思ひたらず、たふべくもあらぬ業にもよく耐へ忍ぶは、たゞ色を思 ふが故なり。

まことに愛著の道、その根ふかく源とほし。六塵の樂欲おほしといへども、皆厭離し つべし。其の中に、たゞかのまどひのひとつやめがたきのみぞ、老いたるもわかきも、 智あるも愚なるも、かはる所なしとみゆる。

されば、女の髪すぢをよれる綱には、大象もよくつながれ、女のはける足駄にて作れ る笛には、秋の鹿必ず寄るとぞ言ひ傳へ侍る。みづから戒めて、恐るべく愼むべきは 此のまどひなり。