University of Virginia Library

第七十五段

つれ%\わぶる人は、いかなる心ならん。まぎるゝかたなく、たゞひとりあるのみこ そよけれ。

世にしたがへば、心、外の塵にうばはれて惑ひやすく、人に交れば、言葉よその聞き に隨ひて、さながら心にあらず。人に戲れ、物に爭ひ、一度は恨み、一度は喜ぶ。其 の事定まれる事なし。分別みだりに起りて、得失やむ時なし。惑の上に醉へり。醉の 中に夢をなす。走りていそがはしく、ほれて忘れたる事、人皆かくの如し。

いまだ誠の道を知らずとも、縁をはなれて身を閑かにし、ことにあづからずして心を やすくせんこそ、暫く樂しぶともいひつべけれ。「生活、人事、伎能、學問等の諸縁 をやめよ」とこそ、摩訶止觀にも侍れ。