University of Virginia Library

第七十四段

蟻の如くに集りて、東西にいそぎ、南北に走る。高きあり、賤しきあり。老いたるあ り、若きあり。行く所あり、歸る家あり。夕にいねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞ や。生を貪り、利を求めて止む時なし。

身を養ひて何事をか待つ。期する所、たゞ老と死とにあり。其の來る事速にして、 念々の間にとゞまらず。是を待つ間、何のたのしびかあらん。惑へる者はこれを恐れ ず、名利におぼれて先途の近き事をかへりみねばなり。おろかなる人は、またこれを 悲しぶ。常住ならんことを思ひて變化の理を知らねばなり。