University of Virginia Library

第五十六段

久しくへだたりて逢ひたる人の、我が方にありつる事、數々に殘なく語りつゞくるこ そあいなけれ。へだてなく馴れぬる人も、程經て見るは、はづかしからぬかは。つぎ ざまの人は、あからさまに立ち出でても、けふありつる事とて、息もつぎあへず語り 興ずるぞかし。よき人の物語するは、人あまたあれど、一人に向きていふを、おのづ から人も聞くにこそあれ。よからぬ人は、誰ともなく、あまたの中にうち出でて、見 ることのやうに語りなせば、皆同じく笑ひのゝしる、いとらうがはし。をかしき事を いひてもいたく興ぜぬと、興なき事をいひてもよく笑ふにぞ、品のほどはかられぬべ き。

人のみざまのよしあし、ざえある人は其の事など定めあへるに、己が身をひきかけて いひ出でたる、いとわびし。