University of Virginia Library

第百七十七段

鎌倉の中書王にて御鞠ありけるに、雨ふりて後、未だ庭の乾かざりければ、いかゞせ んと沙汰有りけるに、佐々木隱岐入道、鋸の屑を車に積みて、多く奉りたりければ、 一庭に敷かれて、泥土のわづらひなかりけり。とりためけん用意有り難しと、人感じ あへりけり。

此の事を或者の語り出でたりしに、吉田中納言の、「乾砂子の用意やはなかりける」 とのたまひたりしかば、はづかしかりき。いみじと思ひける鋸の屑、賤しく異樣の事 なり。庭の儀を奉行する人、乾砂子を設くるは故實なりとぞ。