枕草紙 (Makura no soshi) | ||
わろきものは
詞の文字あやしくつかひたるこそあれ。ただ文字一つに、あやしくも、あてにも、いやしくもなるは、いかなるにかあらん。さるはかう思ふ人、萬の事に勝れてもえあらじかし。いづれを善き惡しきとは知るにかあらん。さりとも人を知らじ、唯さうち覺ゆるもいふめり。難義の事をいひて、「その事させんとす」といはんといふを、と文字をうしなひて、唯「いはんずる」「里へ出でんずる」などいへば、やがていとわろし。まして文を書きては、いふべきにもあらず。物語こそあしう書きなどすれば、いひがひなく、作者さへいとほしけれ。「なほす」「定本のまま」など書きつけたる、いと口惜し。「祕點つくるまに」などいふ人もありき。「もとむ」といふ事を「見ん」と皆いふめり。いと怪しき事を、男などは、わざとつくろはで、殊更にいふはあしからず。わが詞にもてつけていふが、心おとりする事なり。
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