University of Virginia Library

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すさまじきもの

晝ほゆる犬。春の網代。三四月の紅梅のきぬ。嬰兒のなくなりたる産屋。火おこさぬ火桶、すびつ。牛にくみたる牛飼。博士のうちつづきに女子うませたる。方違に ゆきたるにあるじせぬ所。まして節分はすさまじ。人の國よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそは思ふらめども、されどそれはゆかしき事をも書きあつめ、世にある 事を聞けばよし。人の許にわざと清げに書きたててやりつる文の、返事見ん、今は來 ぬらんかしとあやしく遲きと待つほどに、ありつる文の結びたるもたて文も、いときたなげに持ちなしふくだめて、うへにひきたりつる墨さへ消えたるをおこせたりけり。「おはしまさざりけり」とも、もしは「物忌とて取り入れず」などいひてもて歸りたる、いとわびしくすさまじ。またかならず來べき人の許に、車をやりて待つに、入り來る音すれば、さななりと人々出でて見るに、車やどりに入りて、轅ほうとうち下すを、「いかなるぞ」と問へば、「今日はおはしまさず、渡り給はず」とて、牛のかぎりひき出でていぬる。また家動りてとりたる壻の來ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の宮仕する許やりて、いつしかと思ふも、いと本意なし。兒の乳母の唯あからさまとて往ぬるを、もとむれば、とかくあそばし慰めて、「疾く來」といひ遣りたるに、「今宵はえ參るまじ」とて返しおこせたる、すさまじきのみにもあらず、にくさわりなし。女などむかふる男、ましていかならん。待つ人ある所に、夜少し更けて、しのびやかに門を叩けば、胸少し潰れて、人出して問はするに、あらぬよしなきものの名のりしてきたるこそ、すさまじといふ中にも、かへすがへすすさまじけれ。驗者の物怪調ずとて、いみじうしたりがほに、獨鈷や珠數などもたせて、せみ聲にしぼり出し讀み居たれど、いささか退氣もなく、護法もつかねば、集めて念じゐたるに、男も女も怪しと思ふに、時のかはるまで讀みこうじて、「更につかず、たちね」とて珠數とりかへして、あれと「驗なしや」とうちいひて、額より上ざまに頭さぐりあげて、あくびを己うちして、よりふしぬる。除目に官得ぬ人の家、今年はかならずと聞きて、はやうありし者どもの、外々なりつる、片田舎に住む者どもなど、皆集り來て、出で入る車の轅もひまなく見え、物まうでする供にも、われも/\と參り仕うまつり、物食ひ酒飮み、ののしりあへるに、はつる曉まで門叩く音もせず。「怪し」など耳立てて聞けば、さきおふ聲して上達部など皆出で給ふ。ものききに、宵より寒がりわななき居りつるげす男など、いと物うげに歩み來るを、をるものどもは、とひだにもえ問はず。外よりきたる者どもなどぞ、「殿は何にかならせ給へる」など問ふ。答には、「何の前司にこそは」と、必いらふる。まことに頼みける者は、いみじう歎かしと思ひたり。翌朝になりて、隙なくをりつる者も、やう/\一人二人づつすべり出でぬ。ふるきものの、さもえ行き離るまじきは、來年の國々を手を折りて數へなどして、ゆるぎ歩きたるも、いみじういとほしう、すさまじげなり。よろしう詠みたりと思ふ歌を、人の許に遣りたるに返しせぬ。懸想文はいかがせん、それだにをりをかしうなどある返事せぬは、心おとりす。又さわがしう時めかしき處に、うちふるめきたる人の、おのがつれ%\と暇あるままに、昔覺えて、ことなる事なき歌よみして遣せたる。物のをりの扇、いみじと思ひて、心ありと知りたる人にいひつけたるに、その日になりて、思はずなる繪など書きてえたる。産養、馬餞などの使に、禄などとらせぬ。はかなき藥玉、卯槌などもてありく者などにも、なほ必とらすべし。思ひかけぬことに得たるをば、いと興ありと思ふべし。これはさるべき使ぞと、心ときめきして來るに、ただなるは、誠にすさまじきぞかし。

壻とりて、四五年までうぶやのさわぎせぬ所。おとななる子どもあまた、ようせ ずば、孫などもはひありきぬべき人の親どちの晝寢したる。傍なる子どもの心地にも、親のひるねしたるは、よりどころなくすさまじくぞあるべき。寢起きてあぶる湯は、腹だたしくさへこそ覺ゆれ。十二月の晦日のなが雨、一日ばかりの精進の懈怠とやいふべからん。八月のしらがさね。乳あへずなりぬる乳母。