2.4. 諸禮女祐筆
見事の花菖蒲おくり給はり。かず/\御うれしく詠め入まゐらせ候。京に女祐筆
とて上づかた萬につけて年中の諸禮覺え。みやづかひつかふまつりて後かならず身の
おさめ所よき人あまた。是を見ならへとて少女をかよはせける。我むかしはやごとな
き御方にありし。其ゆかりなればとて女子の手習所に取立られける。我宿として暮す
る事のうれしく。門柱に女筆指南の張紙して一間なる小座敷見よげに住なし。山出し
の下女ひとり遣ひて人の息女をあづかる事大かたならずと。毎日おこたらず清書をあ
らため女に入程の所作ををしへ。身のいたづらふつ/\とやめて何の氣もなかりしに。
戀を盛の若男やりくりの文章をたのまれ。むかし勤めし遊女の道はさして取ひよく連
理の根ごゝろをわきまへて。其壼へはまりたる文がらに惱せまたは人の娘なる氣を見
すかし。あるひは物馴手たれのうき世女にも。それ/\の仕掛ありていづれかなびけ
ざる事なし。文程情しる便ほかにあらじ其國里はるかなるにも。思ふを筆に物いはせ
けるいかに書つゞけし玉章も。僞り勝なるはおのづから見覺のして捨りて惜まず。實
なる筆のあゆみには自然と肝にこたへ其人にまざ/\とあへるこゝちせり。我色里に
つとめし時あまたの客の中にもすぐれて惡からず此人にあふ時は更に身を遊女とはお
もはず。うちまかせて萬しらけて物を語りけるに。其男も我を見捨てざりしに。事つ
のりてあはれぬ首尾をかなしく。日毎に音信の文しのばせけるに。男あひ見る心して
幾度かくり返して後。獨寢の肌に抱ていつとなく見し夢に。此文みづからが面影とな
り夜すがら物語せしを。そばちかく寢たる人ども耳おどろかしぬ。其後彼客御身の自
由になりてむかしに替らずあひける時。此あらましをかたられしに。毎日思ひやりた
る事どもたがはず通じける。さもあるべきかならず文書つゞくる時。外なる事をわす
れ一念に思ひ籠たる事脇へは行ぬはづぞかし。我たのまれて文書からはいかに心なき
相手なりとも。おそらくは此戀おもひのまゝにと請合て文章つくせしうちに。いつと
なく亂れて此男かはいらしくなれり。有時筆持ながらしばらく物おもふ皃なるが。耻
捨て語り出しけるは。そなたさまに氣をなやませつれなくも御心にしたがはぬは。世
にまたもなき情しらずといふ女なり。はかどらぬそれよりは我に思ひ替たまはんか。
爰が談合づく女のよしあしはともあれかし。心立のよきと今の間に戀のかなふと。さ
しあたつてお徳と申せは此男おどろき。物いはざる事しばらくなりしが。先はしれぬ
事近道に是もましぞと思ひ。殊には此女髪のちゞみて足の親指反て口元のちいさきに
思ひつき。かくす事にもあらず仕掛し戀も。金銀の入る事には思ひよらず。こなたと
ても帯一筋の心付ならず。中/\なじみて後近付の呉服屋有かなど。御たづねありて
も絹一疋紅半端。かならず共請合はならずはじめからいはぬ事は聞えぬといふ。よき
事させながらあまり成言葉がため。にくしさもしく此廣き都の町に。男日照はせまじ
又外にもと思ふ折ふし。五月雨のふり出よりいとしめやかに。窓よりやぶ雀の飛入と
もし火むなし。闇となるを幸に此男
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ひしと取つき、はや鼻息せは
しく、枕ちかく小杉原を取まはし、我よは腰をしとやかに扣て
そなた百迄とい
ふ。をかしや命しらず目。おのれを九十九迄置べきか。最前の云分も惡し一年立ぬう
ちに。杖突せて腮ほそらせて。うき世の隙を明んと
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昼夜のわかち
もなくたはぶれ掛て、よはれはどじやう汁・卵・山の芋を仕掛、
あんのごとく
此男次第にたたまれて。不便や明年の卯月の毛世上の更衣にもかまはず。大布子のか
さね着醫者も幾人かはなちて。髭ぼう/\と爪ながく耳に手を當。きみよき女の咄し
をするをもうらめしさうに皃をふりける
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.