![]() | 見知らぬ犬 月に吠える (Tsuki ni hoeru) | ![]() |
見知らぬ犬
海水旅館
見しらぬ犬
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる
みすぼらしい 後足でびつこをひいてゐる不具の犬のかげだ。
ああ わたしはどこへ行くのか知らない
わたしのゆく道路の方角では
長屋の屋根がべらべらと風にふかれてゐる
道ばたの陰氣な空地では
ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。
みすぼらしい 後足でびつこをひいてゐる不具の犬のかげだ。
ああ わたしはどこへ行くのか知らない
わたしのゆく道路の方角では
長屋の屋根がべらべらと風にふかれてゐる
道ばたの陰氣な空地では
ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。
ああ わたしはどこへ行くのか知らない
おほきないきもののやうな月がぼんやりと行手に浮かんでゐる。
さうして背後のさびしい往來では
犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつてゐる。
おほきないきもののやうな月がぼんやりと行手に浮かんでゐる。
さうして背後のさびしい往來では
犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつてゐる。
ああ どこまでもどこまでも
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる
きたならしい地べたをはひまはつて
わたしの背後で後足をひきずつてゐる病氣の犬だ
とほく ながく かなしげにおびえながら
さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる
きたならしい地べたをはひまはつて
わたしの背後で後足をひきずつてゐる病氣の犬だ
とほく ながく かなしげにおびえながら
さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。
青樹の梢をあふぎて
まづしいさみしい町の裏通りで
青樹がほそほそと生えてゐた。
わたしは愛をもとめてゐる
わたしを愛する心のまづしい乙女を求めてゐる
そのひとの手は青い梢の上でふるへてゐる
わたしの愛を求めるためにいつも高いところで
やさしい感情にふるへてゐる。
青樹がほそほそと生えてゐた。
わたしは愛をもとめてゐる
わたしを愛する心のまづしい乙女を求めてゐる
そのひとの手は青い梢の上でふるへてゐる
わたしの愛を求めるためにいつも高いところで
やさしい感情にふるへてゐる。
わたしは遠い遠い街道で乞食をした
みじめにも飢ゑた心が腐つた葱や肉のにほひを嗅いで涙をながした
うらぶれはてた乞食の心でいつも町の裏通りを歩きまはつた。
みじめにも飢ゑた心が腐つた葱や肉のにほひを嗅いで涙をながした
うらぶれはてた乞食の心でいつも町の裏通りを歩きまはつた。
愛をもとめる心はかなしい孤獨の長い長いつかれの後にきたる
それはなつかしいおほきな海のやうな感情である。
道ばたのやせ地に生えた青樹の梢で
ちつぽけな葉つぱがひらひらと風にひるがへつてゐた。
それはなつかしいおほきな海のやうな感情である。
道ばたのやせ地に生えた青樹の梢で
ちつぽけな葉つぱがひらひらと風にひるがへつてゐた。
蛙よ
蛙よ
青いすすきやよしの生えてる中で
蛙は白くふくらんでゐるやうだ
雨のいつぱいにふる夕景に
ぎよ ぎよ ぎよ ぎよ と鳴く蛙。
青いすすきやよしの生えてる中で
蛙は白くふくらんでゐるやうだ
雨のいつぱいにふる夕景に
ぎよ ぎよ ぎよ ぎよ と鳴く蛙。
まつくらの地面をたたきつける
今夜は雨や風のはげしい晩だ
つめたい草の葉つぱの上でも
ほつと息をすひこむ蛙
ぎよ ぎよ ぎよ ぎよ と鳴く蛙。
今夜は雨や風のはげしい晩だ
つめたい草の葉つぱの上でも
ほつと息をすひこむ蛙
ぎよ ぎよ ぎよ ぎよ と鳴く蛙。
蛙よ
わたしの心はお前から遠くはなれて居ない
わたしは手に燈灯をもつて
くらい庭の面を眺めて居た
雨にしをるる草木の葉を つかれた心もちで眺めて居た。
わたしの心はお前から遠くはなれて居ない
わたしは手に燈灯をもつて
くらい庭の面を眺めて居た
雨にしをるる草木の葉を つかれた心もちで眺めて居た。
山に登る
旅よりある女に贈る
山の頂上にきれいな草むらがある
その上でわたしたちは寢ころんでゐた。
眼をあげてとほい麓の方を眺めると
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
空には風がながれてゐる
おれは小石をひろつて口にあてながら
どこといふあてもなしに
ばうばうとした山の頂上をあるいてゐた
その上でわたしたちは寢ころんでゐた。
眼をあげてとほい麓の方を眺めると
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
空には風がながれてゐる
おれは小石をひろつて口にあてながら
どこといふあてもなしに
ばうばうとした山の頂上をあるいてゐた
おれはいまでも お前のことを思つてゐるのである。
孤獨
田舎の白つぽい道ばたで
つかれた馬のこころが
ひからびた日向の草をみつめてゐる
ななめに しのしのとほそくもえる
ふるへるさびしい草をみつめる。
つかれた馬のこころが
ひからびた日向の草をみつめてゐる
ななめに しのしのとほそくもえる
ふるへるさびしい草をみつめる。
田舎のさびしい日向に立つて
おまへはなにを視てゐるのか
ふるへる わたしの孤獨のたましひよ。
おまへはなにを視てゐるのか
ふるへる わたしの孤獨のたましひよ。
このほこりつぽい風景の顔に
うすく涙がながれてゐる。
うすく涙がながれてゐる。
田舎を恐る
わたしは田舎をおそれる
田舎の人氣のない水田の中にふるへて
ほそながくのびる苗の列をおそれる。
くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。
田舎のあぜみちに坐つてゐると
おほなみのやうな土壌の重みが わたしの心をくらくする
土壌のくさつたにほひが私の皮膚をくらずませる
冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。
田舎の人氣のない水田の中にふるへて
ほそながくのびる苗の列をおそれる。
くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。
田舎のあぜみちに坐つてゐると
おほなみのやうな土壌の重みが わたしの心をくらくする
土壌のくさつたにほひが私の皮膚をくらずませる
冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。
田舎の空氣は陰欝で重くるしい
田舎の手觸りはざらざらして氣もちがわるい
わたしはときどき田舎を思ふと
きめのあらい動物の皮膚のにほひに惱まされる。
わたしは田舎をおそれる
田舎は熱病の青じろい夢である。
田舎の手觸りはざらざらして氣もちがわるい
わたしはときどき田舎を思ふと
きめのあらい動物の皮膚のにほひに惱まされる。
わたしは田舎をおそれる
田舎は熱病の青じろい夢である。
白い共同椅子
森の中の小徑にそうて
まつ白い共同椅子がならんでゐる
そこらはさむしい山の中で
たいそう緑のかげがふかい
あちらの森をすかしてみると
そこにもさみしい木立がみえて
上品な まつしろな椅子の足がそろつてゐる。
まつ白い共同椅子がならんでゐる
そこらはさむしい山の中で
たいそう緑のかげがふかい
あちらの森をすかしてみると
そこにもさみしい木立がみえて
上品な まつしろな椅子の足がそろつてゐる。
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