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さびしい情慾
五月の貴公子
若草の上をあるいてゐるとき
わたしの靴は白い足あとをのこしてゆく
ほそいすてつきの銀が草でみがかれ
まるめてぬいだ手ぶくろが宙でをどつて居る
ああすつぱりといつさいの憂愁をなげだして
わたしは柔和の羊になりたい
しつとりとした貴女のくびに手をかけて
あたらしいあやめおしろいのにほひをかいでゐたい
若くさの上をあるいてゐるとき
わたしは五月の貴公子である。
わたしの靴は白い足あとをのこしてゆく
ほそいすてつきの銀が草でみがかれ
まるめてぬいだ手ぶくろが宙でをどつて居る
ああすつぱりといつさいの憂愁をなげだして
わたしは柔和の羊になりたい
しつとりとした貴女のくびに手をかけて
あたらしいあやめおしろいのにほひをかいでゐたい
若くさの上をあるいてゐるとき
わたしは五月の貴公子である。
白い月
はげしいむし齒のいたみから
ふくれあがつた頬つぺたをかかへながら
わたしは棗の木の下を掘つてゐた
なにかの草の種を蒔かうとして
きやしやの指を泥だらけにしながら
つめたい地べたを掘つくりかへした
ああ わたしはそれをおぼえてゐる
うすらさむい日のくれがたに
まあたらしい穴の下で
ちろ ちろ とみみずがうごいてゐた
そのとき低い建物のうしろから
まつしろい女の耳を
つるつるとなでるやうに月があがつた
月があがつた。
幼童思慕詩篇
ふくれあがつた頬つぺたをかかへながら
わたしは棗の木の下を掘つてゐた
なにかの草の種を蒔かうとして
きやしやの指を泥だらけにしながら
つめたい地べたを掘つくりかへした
ああ わたしはそれをおぼえてゐる
うすらさむい日のくれがたに
まあたらしい穴の下で
ちろ ちろ とみみずがうごいてゐた
そのとき低い建物のうしろから
まつしろい女の耳を
つるつるとなでるやうに月があがつた
月があがつた。
幼童思慕詩篇
肖像
あいつはいつも歪んだ顏をして
窓のそばに突つ立つてゐる
白いさくらが咲く頃になると
あいつはまた地面の底から
むぐらもちのやうに這ひ出してくる
ぢつと足音をぬすみながら
あいつが窓にしのびこんだところで
おれは早取寫眞にうつした。
窓のそばに突つ立つてゐる
白いさくらが咲く頃になると
あいつはまた地面の底から
むぐらもちのやうに這ひ出してくる
ぢつと足音をぬすみながら
あいつが窓にしのびこんだところで
おれは早取寫眞にうつした。
ぼんやりした光線のかげで
白つぽけた乾板をすかして見たら
なにかの影のやうに薄く寫つてゐた。
おれのくびから上だけが
おいらん草のやうにふるへてゐた。
白つぽけた乾板をすかして見たら
なにかの影のやうに薄く寫つてゐた。
おれのくびから上だけが
おいらん草のやうにふるへてゐた。
さびしい人格
さびしい人格が私の友を呼ぶ
わが見知らぬ友よ早くきたれ
ここの古い椅子に腰をかけて二人でしづかに話して居よう
なにも悲しむことなくきみと私でしづかな幸福な日をくらさう
遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう
しづかにしづかに二人でかうして抱き合つて居よう
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて
母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はさう
ありとあらゆる人間の生活の中で
おまへと私だけの生活について話し合はう
まづしいたよりない二人だけの秘密の生活について
ああその言葉は秋の落葉のやうにそうそうとして膝の上にも散つてくるではない か。
わが見知らぬ友よ早くきたれ
ここの古い椅子に腰をかけて二人でしづかに話して居よう
なにも悲しむことなくきみと私でしづかな幸福な日をくらさう
遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう
しづかにしづかに二人でかうして抱き合つて居よう
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて
母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はさう
ありとあらゆる人間の生活の中で
おまへと私だけの生活について話し合はう
まづしいたよりない二人だけの秘密の生活について
ああその言葉は秋の落葉のやうにそうそうとして膝の上にも散つてくるではない か。
わたしの胸はかよわい病氣したをさな兒の胸のやうだ。
わたしの心は恐れにふるへるせつないせつない熱情のうるみに燃えるやうだ。
わたしの心は恐れにふるへるせつないせつない熱情のうるみに燃えるやうだ。
ああいつかも私は高い山の上へ登つて行つた
けはしい坂路をあふぎながら蟲けらのやうにあこがれて登つて行つた
山の絶頂に立つたとき蟲けらはさびしい涙をながした。
あふげばばうばうたる草むらの山頂でおほきな白つぽい雲がながれてゐた。
けはしい坂路をあふぎながら蟲けらのやうにあこがれて登つて行つた
山の絶頂に立つたとき蟲けらはさびしい涙をながした。
あふげばばうばうたる草むらの山頂でおほきな白つぽい雲がながれてゐた。
自然はどこでも私をくるしくする
そして人情は私を陰鬱にする
むしろ私はにぎやかな都會の公園を歩きつかれて
とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ
ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ
ああ都會の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙
またその建築の屋根をこえてはるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好 きだ。
そして人情は私を陰鬱にする
むしろ私はにぎやかな都會の公園を歩きつかれて
とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ
ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ
ああ都會の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙
またその建築の屋根をこえてはるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好 きだ。
よにもさびしい私の人格が
おほきな聲で見知らぬ友をよんで居る
わたしの卑屈な不思議な人格が
鴉のやうなみすぼらしい樣子をして
人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるへて居る。
おほきな聲で見知らぬ友をよんで居る
わたしの卑屈な不思議な人格が
鴉のやうなみすぼらしい樣子をして
人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるへて居る。
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