![]() | 悲しい月夜 月に吠える (Tsuki ni hoeru) | ![]() |
悲しい月夜
蛙の死
蛙が殺された
子供がまるくなつて手をあげた。
みんないつしよに
かわゆらしい
血だらけの手をあげた。
月が出た
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顏がある。
幼年思慕篇
子供がまるくなつて手をあげた。
みんないつしよに
かわゆらしい
血だらけの手をあげた。
月が出た
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顏がある。
幼年思慕篇
かなしい遠景
かなしい薄暮になれば
勞働者にて東京市中が滿員なり
それらの憔悴した帽子のかげが
市街中いちめんにひろがり
あつちの市區でもこつちの市區でも
堅い地面を掘つくりかへす
掘り出して見るならば
煤ぐろい嗅煙草の銀紙だ
重さ五匁ほどもある
にほひ菫のひからびきつた根つ株だ
それも本所深川あたりの遠方からはじめ
おひおひ市中いつたいにおよぼしてくる。
なやましい薄暮のかげで
しなびきつた心臟がしやべるを光らしてゐる。
勞働者にて東京市中が滿員なり
それらの憔悴した帽子のかげが
市街中いちめんにひろがり
あつちの市區でもこつちの市區でも
堅い地面を掘つくりかへす
掘り出して見るならば
煤ぐろい嗅煙草の銀紙だ
重さ五匁ほどもある
にほひ菫のひからびきつた根つ株だ
それも本所深川あたりの遠方からはじめ
おひおひ市中いつたいにおよぼしてくる。
なやましい薄暮のかげで
しなびきつた心臟がしやべるを光らしてゐる。
悲しい月夜
ぬすつと犬めが
くさつた波止場の月に吠えてゐる。
たましひが耳をすますと
陰氣くさい聲をして
黄ろい娘たちが合唱してゐる
合唱してゐる
波止場のくらい石垣で。
くさつた波止場の月に吠えてゐる。
たましひが耳をすますと
陰氣くさい聲をして
黄ろい娘たちが合唱してゐる
合唱してゐる
波止場のくらい石垣で。
いつも
なぜおれはこれなんだ
犬よ
青白いふしあはせの犬よ。
なぜおれはこれなんだ
犬よ
青白いふしあはせの犬よ。
死
みつめる土地の底から
奇妙きてれつの手がでる
足がでる
くびがでしやばる
諸君
こいつはいつたい
なんといふ鵞鳥だい。
みつめる土地の底から
馬鹿づらをして
手がでる
足がでる
くびがでしやばる。
奇妙きてれつの手がでる
足がでる
くびがでしやばる
諸君
こいつはいつたい
なんといふ鵞鳥だい。
みつめる土地の底から
馬鹿づらをして
手がでる
足がでる
くびがでしやばる。
危險な散歩
春になつて
おれは新らしい靴のうらにごむをつけた
どんな粗製の歩道をあるいても
あのいやらしい音がしないやうに
それにおれはどつさり毀れものをかかへこんでる
それがなによりけんのんだ。
さあ そろそろ歩きはじめた
みんなそつとしてくれ
そつとしてくれ
おれは心配で心配でたまらない
たとへどんなことがあつても
おれの歪んだ足つきだけは見ないでおくれ。
おれはぜつたいぜつめいだ
おれは病氣の風船のりみたいに
いつも憔悴した方角で
ふらふらふらふらあるいてゐるのだ。
おれは新らしい靴のうらにごむをつけた
どんな粗製の歩道をあるいても
あのいやらしい音がしないやうに
それにおれはどつさり毀れものをかかへこんでる
それがなによりけんのんだ。
さあ そろそろ歩きはじめた
みんなそつとしてくれ
そつとしてくれ
おれは心配で心配でたまらない
たとへどんなことがあつても
おれの歪んだ足つきだけは見ないでおくれ。
おれはぜつたいぜつめいだ
おれは病氣の風船のりみたいに
いつも憔悴した方角で
ふらふらふらふらあるいてゐるのだ。
干からびた犯罪
どこから犯人は逃走したか
ああ いく年もいく年もまへから
ここに倒れた椅子がある
ここに兇器がある
ここに死體がある
ここに血がある
さうして青ざめた五月の高窓にも
おもひにしづんだ探偵のくらい顏と
さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。
ああ いく年もいく年もまへから
ここに倒れた椅子がある
ここに兇器がある
ここに死體がある
ここに血がある
さうして青ざめた五月の高窓にも
おもひにしづんだ探偵のくらい顏と
さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。
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