![]() | 雲雀料理 月に吠える (Tsuki ni hoeru) | ![]() |
雲雀料理
五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の 愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつ かは一度、あの空に光る、雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。
山居
八月は祈祷
魚鳥遠くに消え去り
桔梗いろおとろへ
しだいにおとろへ
わが心いたくおとろへ
悲しみ樹蔭をいでず
手に聖書は銀となる。
魚鳥遠くに消え去り
桔梗いろおとろへ
しだいにおとろへ
わが心いたくおとろへ
悲しみ樹蔭をいでず
手に聖書は銀となる。
感傷の手
わが性のせんちめんたる
あまたある手をかなしむ
手はつねに頭上にをどり
また胸にひかりさびしみしが
しだいに夏おとろへ
かへれば燕はや巣を立ち
大麥はつめたくひやさる。
ああ 都をわすれ
われすでに胡弓を彈かず
手ははがねとなり
いんさんして土地を掘る
いぢらしき感傷の手は土地を掘る。
あまたある手をかなしむ
手はつねに頭上にをどり
また胸にひかりさびしみしが
しだいに夏おとろへ
かへれば燕はや巣を立ち
大麥はつめたくひやさる。
ああ 都をわすれ
われすでに胡弓を彈かず
手ははがねとなり
いんさんして土地を掘る
いぢらしき感傷の手は土地を掘る。
殺人事件
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて
こひびとの窓からしのびこむ
床は晶玉。
ゆびとゆびとのあひだから
まつさをの血がながれてゐる
かなしい女の屍體のうへで
つめたいきりぎりすが鳴 いてゐる。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて
こひびとの窓からしのびこむ
床は晶玉。
ゆびとゆびとのあひだから
まつさをの血がながれてゐる
かなしい女の屍體のうへで
つめたいきりぎりすが鳴 いてゐる。
しもつき上旬のある朝
探偵は玻璃の衣裳をきて
街の十字巷路を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ
はやひとり探偵はうれひをかんず。
探偵は玻璃の衣裳をきて
街の十字巷路を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ
はやひとり探偵はうれひをかんず。
みよ遠いさびしい大理石の歩道を
曲者はいつさんにすべつてゆく。
曲者はいつさんにすべつてゆく。
盆景
春夏すぎて手は琥珀
瞳は水盤にぬれ
石はらんすゐ
いちいちに愁ひをくんず
みよ山水のふかまに
ほそき瀧ながれ
瀧ながれ
ひややかに魚介はしづむ。
瞳は水盤にぬれ
石はらんすゐ
いちいちに愁ひをくんず
みよ山水のふかまに
ほそき瀧ながれ
瀧ながれ
ひややかに魚介はしづむ。
苗
苗は青空に光り
子供は土地を掘る。
子供は土地を掘る。
生えざる苗をもとめむとして
あかるき鉢の底より
われは白き指をさしぬけり。
あかるき鉢の底より
われは白き指をさしぬけり。
雲雀料理
ささげまつるゆふべの愛餐
燭に魚蝋のうれひを薫じ
いとしがりみどりの愛をひらきなむ。
あはれあれみ空をみれば
さつきはるばると流るるものを
手にわれ雲雀の皿をささげ
いとしがり君がひだりにすすみなむ。
燭に魚蝋のうれひを薫じ
いとしがりみどりの愛をひらきなむ。
あはれあれみ空をみれば
さつきはるばると流るるものを
手にわれ雲雀の皿をささげ
いとしがり君がひだりにすすみなむ。
天景
しづかにきしれ四輪馬車
ほのかに海はあかるみて
麥は遠きにながれたり
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を
また窓青き建築を
しづかにきしれ四輪馬車。
ほのかに海はあかるみて
麥は遠きにながれたり
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を
また窓青き建築を
しづかにきしれ四輪馬車。
掌上の種
われは手のうへに土を盛り
土のうへに種をまく
いま白きじようろもて土に水をそそぎしに
水はせんせんとふりそそぎ
土のうへに種をまく
いま白きじようろもて土に水をそそぎしに
水はせんせんとふりそそぎ
土のつめたさはたなごころの上にぞしむ。
ああとほく五月の窓をおしひらきて
われは手を日光のほとりにさしのべしが
さわやかなる風景の中にしあれば
皮膚はかぐはしくもぬくもりきたり
手のうへの種はいとほしげにも呼吸づけり。
ああとほく五月の窓をおしひらきて
われは手を日光のほとりにさしのべしが
さわやかなる風景の中にしあれば
皮膚はかぐはしくもぬくもりきたり
手のうへの種はいとほしげにも呼吸づけり。
焦心
霜ふりてすこしつめたき朝を
手に雲雀料理をささげつつ歩みゆく少女あり。
そのとき並木にもたれ
白粉もてぬられたる女のほそき指と指との隙間をよくよく窺ひ
このうまき雲雀料理をば盗み喰べんと欲して
しきりにも焦心し
あるひとのごときはあまりに焦心し まつたく合掌せるにおよべり。
手に雲雀料理をささげつつ歩みゆく少女あり。
そのとき並木にもたれ
白粉もてぬられたる女のほそき指と指との隙間をよくよく窺ひ
このうまき雲雀料理をば盗み喰べんと欲して
しきりにも焦心し
あるひとのごときはあまりに焦心し まつたく合掌せるにおよべり。
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