新拾遺和歌集 (Shin Shui wakashu) | ||
2. 新拾遺和歌集卷第二
春歌下
光明峯寺入道前攝政左大臣
花の歌の中に
前中納言定家
後京極攝政の家の花の五十首の歌に
中宮大夫公宗
題志らず
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
二條院讃岐
春の歌とて詠める
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、花
前參議爲秀
同じ心を
前大僧正慈勝
前參議爲實
前關白左大臣九條
百首の歌奉りし時
前大納言實教
花間鶯といふ事を
壬生忠見
題志らず
入道二品親王性助
弘安元年百首の歌奉りける時
彈正尹邦省親王
花透霞といへる事を
後鳥羽院御製
春の御歌の中に
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時、花
前大納言爲家
文永二年白河殿にて人々題を探りて七百首の歌仕うまつりけるとき、挿頭花と云ふ事を
大納言經信
題志らず
伏見院御製
後宇多院御製
正安三年二月廿七日日吉の社に御幸ありて次の日志賀の山の櫻につけて内へ奉らせ給うける
後二條院御製
御かへし
永福門院
暦應二年の春花に付けて西園寺より奉らせ給うける
花園院御製
御返し
前大納言爲兼
弘安元年百首の歌奉りける時
前大納言爲氏
寳治元年十首の歌合に、山花
後一條前關白左大臣
花の歌の中に
光明峯寺入道前攝政左大臣
家の八重櫻を内裏へ召されけるにそへて奉りける
法性寺入道前關白太政大臣
鳥羽院、位おりさせ給うて後、白河に御幸ありて花御覽じける日よみ侍りける
中園入道前太政大臣
百首の歌奉りし時、花
如願法師
同じ心を
藤原光俊朝臣
寳治元年、百首の歌に、見花
後宇多院宰相典侍
題志らず
法皇御製
卅首の歌詠ませ給うける中に
權中納言公雄
文保の百首の歌奉りける時
前大納言爲家
弘長元年百首のうた奉りけるに、春月
後伏見院御製
朝花といふ事をよませ給うける
前大納言經繼
嘉元の百首の歌奉りける時、花
中納言爲藤
中務
早う住み侍りける家の櫻を箱の蓋に入れて人の許に遣すとて
源道濟
雲林院の櫻を折りて式部が許へ遣はすとてよめる
後徳大寺左大臣
齋院の女房の許より本院の櫻を折りて、之は見るやと申し遣したりけるに
讀人志らず
返し
藤原隆信朝臣
花の盛りに櫻のちひさき枝に結びつけて寂蓮が許に遣しける
寂蓮法師
返し
民部卿爲明
前大納言爲世人々いざなひて法性寺に花見に罷りて十首の歌よみ侍りける中に
花山院御製
折花といふ事を
土御門院小宰相
三十首の歌よみ侍りけるに、花
前關白左大臣近衛
百首の歌奉りし時、同じ心を
御製
春の御歌の中に
後照念院關白太政大臣
文保の百首の歌奉りける時
永福門院内侍
題志らず
前大納言爲世
源重之
前内大臣
忠房親王
文保の百首の歌奉りける時
後久我太政大臣
朝落花を
俊頼朝臣
落花留客といへる事を
六條内大臣
文保の百首の歌奉りける時
藤原基任
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、落花
伏見院新宰相
永仁二年三月内裏の三首の歌に、山路落花を
讀人志らず
堀河院の御時中宮の御方にてかたを分ちて花を折りに遣して御前に立て並べて歌詠ませ給うけるに詠める
院御製
春の御歌の中に
前參議教長
河上落花と云ふ事を
法性寺入道前關白太政大臣
堀河院の御時、鳥羽院に行幸の日、池上花といへる心をよみ侍りける
後二條院御製
折花といふ事をよませ給うける
按察使實繼
百首の歌奉りし時、花
前大納言爲世
永仁二年三月、内裏の三首の歌に、山路落花といへる事を
法皇御製
卅首の御歌の中に
前僧正道性
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、落花
後嵯峨院御製
文保二年白河殿にて人々題を探りて七百首の歌仕うまつりけるついでに、曉花
贈左大臣長實
寛治七年三月十日白河院北山の花御覽じにおはしましたりける日、處々尋花といへる心をよませ給うけるに
人丸
題志らず
前花大納言經繼
嘉元の百首の歌奉りける時、
源仲正
白河院の北面にて花未忘といへる事を仰事にて仕うまつりけるに
藤原清輔朝臣
久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時
中務卿具平親王
六條の家の今は野のやうになりにたるに櫻のいと面白く咲きたりけるを源爲善朝臣折りてもて來たりければよめる
冷泉前太政大臣
寳治の百首の歌奉りけるとき、落花
壬生忠岑
紀貫之曲水の宴し侍りける時月入花灘暗と云ふ事を
凡河内躬恒
燈懸水澄明
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、山吹
津守國冬
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、同じ心を
關白前左大臣
百首の歌奉りし時
源順
水邊山吹と云ふ事を
皇太后宮大夫俊成
二品法親王守覺の家の五十首の歌に
藤原長能
恒徳公の家の歌合に
藤原季綱
大井に住み侍りけるころ、花面白くなりなば必御覽ぜむとみかど仰事有りけるをおぼし忘れておはしまさゞりければ奏し侍りける
左兵衛督基氏
山吹をよめる
入道二品親王覺譽
西園寺入道前太政大臣
二品法親王道助の家の五十首の歌に、河山吹
道濟
藤花を
貫之
三條右大臣の家の屏風に、松に咲ける藤を
前大納言實教
文保二年八月常磐井仙洞に行幸の時人々題を探りて歌仕うまつりけるに、暮春
宜秋門院丹後
後京極攝政の家の百首の歌に
頓阿法師
山家暮春と云へる事を
中納言爲藤
文保の百首の歌奉りける時
入道二品親王尊圓
題志らず
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、暮春
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
前大納言爲世
嘉元の百首の歌奉りける時、暮春
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