University of Virginia Library

15. 千載和歌集卷第十五
戀歌五

相模

題志らず

轉寐に儚くさめし夢をだに此世にまたは見でや止みなむ

和泉式部

ねをなけば袖は朽ても失ぬめり猶憂事ぞつきせざりける

とも斯もいはゞなべてに成ぬべし音に鳴て社見すべかりけれ

有明の月見すさびにおきて去にし人の名殘を詠めし物を

紫式部

忘るゝは憂世の常と思ふにも身を遣る方のなきぞ侘ぬる

馬内侍

左大將朝光がちかごとぶみをかきてかはりおこせよとせめはべりければつかはしける

千早ぶるかもの社の神もきけ君わすれずばわれも忘れじ

大貳三位

かたらひける人の久しく音づれざりければつかはしける

疑ひし命ばかりはありながら契りしなかのたえぬべき哉

相模

もと志りて侍りけるをとこのこと人に物申すと聞きてふみをつかはしければいひつかはしける

かり人はとがめもやせむ草茂みあやしき鳥の跡の亂れを

大納言たゞのふ

女のふかき山にもいらまほしきよしいひて侍りければつかはしける

山よりも深きところを尋ね見ば我が心にぞ人はいるべき

藤原つねひら

時々物申しける女のもとに文をつかはしたりけるをよもあらじとてかへして侍りければつかはしける

古へもこえ見てしかば逢坂はふみ違ふべきなかの道かは

赤染衛門

むすめのもとに通ふ男の狩になむまかるとて太刀をこひにおこせて侍りければ女にかはりてつかはしける

假にぞといはぬさきより頼まれず立止るべき心ならねば

藤原基俊

中納言國信の家の歌合に戀の心を詠る

人心何を頼みて水無瀬川せゞのふるぐひ
[_]
[5]汚ち
果てぬらむ

[_]
[5] SKT reads 朽ち.

隆源法師

堀川院の御時百首の歌奉りける時恨の心をよめる

恨みずは忘ぬ人もありなまし思知らでぞあるべかりける

中院右大臣

花園左大臣の家に侍りける女にまだ中納言など申しける頃物申しわたりけるをかれ%\になりにければ思ひやたへにけむ、前山城守なりける物に物申すと聞きていひつかはしける

まことにやみとせもまたで山城の伏見のさとに新枕する

かくいひて侍りければあやなくかのをとこにあはずなむなりにけるとなむ。

待賢門院堀川

百首の歌奉りける時戀の歌とて詠る

うき人を忍ぶべしとは思ひきや我が心さへなど變るらむ

上西門院兵衛

うかりける世々の契を思ふにもつらきは今の心のみかは

前參議親隆

志るなればいかに枕の思ふらむ塵のみ積る床のけしきを

右大臣

題志らず

儚くも來む世を兼て契るかな二度おなじ身ともならじを

右近中將忠良

思ひ出でよ夕の雲もたなびかばこれや歎きにたえぬ烟と

左兵衞督隆房

戀死なば浮れむ魂よ暫しだに我が思ふ人のつまに止まれ

太皇太后宮小侍從

君こふと浮ぬる魂のさ夜更ていかなるつまに結ばれぬ覽

二條院讃岐

君戀ふる心の闇をわびつゝは此世ばかりと思はましかば

殷富門院大輔

變行くけしきを見てもいける身の命をあだに思ひける哉

俊惠法師

君やあらぬ我身やあらぬ覺つかな頼めし事の皆變りぬる

圓位法師

物思へどかゝらぬ人もあるものを哀なりける身の契かな

月前戀といへる心をよめる

歎けとて月やは物を思はするかこちがほなるわが泪かな

寂超法師

久方の月ゆゑにやは戀ひそめし眺むればまづぬるゝ袖哉

祐盛法師

戀の歌とてよめる

つらしとも恨むる方ぞなかりける憂をいとふは君獨かは

藤原隆親

思ひ志る心のなきを歎くかな憂身ゆゑこそ人もつらけれ

源有房

思ふをも忘るゝ人はさもあらばあれうきを忍ばぬ心ともがな

惟宗廣言

儚くぞ後の世までと契りけるまだきにだにもかはる心を

源仲頼

厭はるゝ其ゆかりにていかなれば戀は我身を離れざる覽

鴨長明

隔海路戀といへる心をよめる

思ひあまりうちぬる宵の幻も浪路を分けてゆき通ひけり

土御門前齋院中將

たえて久しくなりにけるをとこ思ひ出でゝ今よりはあだなる心あらじなどいひければ遣はしける

年ふれど憂身は更に變らじをつらさも同じつらさなる覽

崇徳院御製

百首の歌めしける時戀の歌とてよませ給うける

歎くまに鏡の影もおとろへぬ契りしことの變るのみかは

左京大夫顯輔

としふれど哀にたえぬ涙かな戀しき人のかゝらましかば

藤原季通朝臣

今はたゞおさふる袖も朽ちはてゝ心のまゝにおつる涙か

皇太后宮大夫俊成

奥山の岩がきぬまのうきぬなは深き戀路になに亂れけむ

志き忍ぶ床だにみえぬ泪にも戀は朽せぬ物にぞありける

藤原清輔朝臣

朝夕にみるめをかづく蜑だにも恨はたえぬ物とこそきけ

上西門院兵衛

何せむに空頼めとて恨みけむ思ひたえたる暮もありけり

殷富門院大輔

戀の歌とてよめる

等閑の空だのめとて待ちし夜の苦しかりしぞ今は戀しき

攝政前右大臣

題志らず

をしみかねげにいひ志らぬ別かな月もいまはの有明の空

右近大將實房

戀侘ぶる心は空にうきぬれど涙のそこに身はしづむかな

前中納言雅頼

隔關路戀といへる心をよめる

思兼ねこゆる關路に夜を深み八聲の鳥に音をぞ添へつる

權中納言通親

九月つごもりに女につかはしける

世に志らぬ秋の別に打ちそへて人やりならず物ぞ悲しき

藤原經家朝臣

戀の歌とてよめる

契りしにあらず鳴門の濱千鳥あとだにみせぬ恨をぞする

藤原定家

志かばかり契りし中も變りける此世に人を頼みけるかな

顯昭法師

秋夜戀といへる心をよめる

秋の夜をものおもふことの限とは獨寐ざめの枕にぞ志る

前參議教長

十首の歌、人のよませ侍りける時よめる

よしさらば君に心はつくしてむ又も戀しき人もこそあれ

仁和寺後入道法親王覺性

暮戀故人と云る心を

亡人を思ひ出でたる夕暮は恨みしことぞくやしかりける

源俊頼朝臣

題志らず

これを見よ六田の淀にさでさして志をれし賤の麻衣かは

笹めかる荒田の澤にたつ民も身の爲にこそ袖もぬるらめ

馬内侍

笹の葉に霰ふる夜の寒けきに獨はねなむものとやは思ふ

和泉式部

恨むべき心ばかりはある物をなきになしてもとはぬ君哉