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Japanese Text Initiative (196)
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41Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Shosui fukaku seiro harukeki zushi yori  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   櫻山 ( さくらやま ) に 夏鶯 ( なつうぐひす ) 音 ( ね ) を 入 ( い ) れつゝ、 岩殿寺 ( いはとのでら ) の 青葉 ( あをば ) に 目白 ( めじろ ) 鳴 ( な ) く。なつかしや 御堂 ( みだう ) の 松翠 ( しようすゐ ) 愈々 ( いよ/\ ) 深 ( ふか ) く、 鳴鶴 ( なきつる ) ヶ 崎 ( さき ) の 浪 ( なみ ) 蒼 ( あを ) くして、 新宿 ( しんじゆく ) の 濱 ( はま ) 、 羅 ( うすもの ) の 雪 ( ゆき ) を 敷 ( し ) く。そよ/\と 風 ( かぜ ) の 渡 ( わた ) る 處 ( ところ ) 、 日盛 ( ひざか ) りも 蛙 ( かはづ ) の 聲 ( こゑ ) 高 ( たか ) らかなり。 夕涼 ( ゆふすゞ ) みには 脚 ( あし ) の 赤 ( あか ) き 蟹 ( かに ) も 出 ( い ) で、 目 ( め ) の 光 ( ひか ) る 鮹 ( たこ ) も 顯 ( あらは ) る。 撫子 ( なでしこ ) はまだ 早 ( はや ) し。 山百合 ( やまゆり ) は 香 ( か ) を 留 ( と ) めつ。 月見草 ( つきみさう ) は 露 ( つゆ ) ながら 多 ( おほ ) くは 別莊 ( べつさう ) に 圍 ( かこ ) はれたり。 野 ( の ) の 花 ( はな ) は 少 ( すくな ) けれど、よし 蘆垣 ( あしがき ) の 垣間見 ( かいまみ ) を 咎 ( とが ) むるもののなきが 嬉 ( うれ ) し。
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42Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Sunjo fudoki  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   金澤 ( かなざは ) の 正月 ( しやうぐわつ ) は、お 買初 ( かひぞ ) め、お 買初 ( かひぞ ) めの 景氣 ( けいき ) の 好 ( い ) い 聲 ( こゑ ) にてはじまる。 初買 ( はつがひ ) なり。 二日 ( ふつか ) の 夜中 ( よなか ) より 出 ( いで ) 立 ( た ) つ。 元日 ( ぐわんじつ ) は 何 ( なん ) の 商賣 ( しやうばい ) も 皆 ( みな ) 休 ( やす ) む。 初買 ( はつがひ ) の 時 ( とき ) 、 競 ( きそ ) つて 紅鯛 ( べにだひ ) とて 縁起 ( えんぎ ) ものを 買 ( か ) ふ。 笹 ( さゝ ) の 葉 ( は ) に、 大判 ( おほばん ) 、 小判 ( こばん ) 、 打出 ( うちで ) の 小槌 ( こづち ) 、 寶珠 ( はうしゆ ) など、 就中 ( なかんづく ) 、 緋 ( ひ ) に 染色 ( そめいろ ) の 大鯛 ( おほだひ ) 小鯛 ( こだひ ) を 結 ( ゆひ ) 付 ( つ ) くるによつて 名 ( な ) あり。お 酉樣 ( とりさま ) の 熊手 ( くまで ) 、 初卯 ( はつう ) の 繭玉 ( まゆだま ) の 意氣 ( いき ) なり。 北國 ( ほくこく ) ゆゑ 正月 ( しやうぐわつ ) はいつも 雪 ( ゆき ) なり。 雪 ( ゆき ) の 中 ( なか ) を 此 ( こ ) の 紅鯛 ( べにだひ ) 綺麗 ( きれい ) なり。 此 ( こ ) のお 買初 ( かひぞ ) めの、 雪 ( ゆき ) の 眞夜中 ( まよなか ) 、うつくしき 灯 ( ひ ) に、 新版 ( しんぱん ) の 繪草紙 ( ゑざうし ) を 母 ( はゝ ) に 買 ( か ) つてもらひし 嬉 ( うれ ) しさ、 忘 ( わす ) れ 難 ( がた ) し。
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43Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Tettsui no oto  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   天 ( てん ) 未 ( いまだ ) に 闇 ( くら ) し。 東方 ( とうはう ) 臥龍山 ( ぐわりうざん ) の 巓 ( いたゞき ) 少 ( すこ ) しく 白 ( しら ) みて、 旭日 ( きよくじつ ) 一帶 ( いつたい ) の 紅 ( こう ) を 潮 ( てう ) せり。 昧爽 ( まいさう ) 氣 ( き ) 清 ( きよ ) く、 神 ( しん ) 澄 ( す ) みて、 街衢 ( がいく ) 縱横 ( じうわう ) の 地平線 ( ちへいせん ) 、 皆 ( みな ) 眼眸 ( がんぼう ) の 裡 ( うち ) にあり。 然 ( しか ) して 國主 ( こくしゆ ) が 掌中 ( しやうちう ) の 民 ( たみ ) 十萬 ( じふまん ) 、 今 ( いま ) はた 何 ( なに ) をなしつゝあるか。
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44Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Tochi no mi  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   朝六 ( あさむ ) つの橋を、その 明方 ( あけがた ) に渡った――この橋のある 処 ( ところ ) は、いま 麻生津 ( あそうづ ) という里である。それから三里ばかりで 武生 ( たけふ ) に着いた。みちみち 可懐 ( なつかし ) い 白山 ( はくさん ) にわかれ、 日野 ( ひの ) ヶ 峰 ( みね ) に迎えられ、やがて、越前の 御嶽 ( みたけ ) の 山懐 ( やまふところ ) に 抱 ( だ ) かれた事はいうまでもなかろう。――武生は昔の 府中 ( ふちゅう ) である。
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45Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Wakana no uchi  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  春の山――と、優に大きく、 申出 ( もうしい ) でるほどの事ではない。われら式のぶらぶらあるき、 彼岸 ( ひがん ) もはやくすぎた、四月上旬の 田畝路 ( たんぼみち ) は、 些 ( ち ) とのぼせるほど 暖 ( あたたか ) い。
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46Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Yajiko  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   今 ( いま ) は 然 ( さ ) る 憂慮 ( きづかひ ) なし。 大塚 ( おほつか ) より 氷川 ( ひかは ) へ 下 ( お ) りる、たら/\ 坂 ( ざか ) は、 恰 ( あたか ) も 芳野世經氏宅 ( よしのせいけいしたく ) の 門 ( もん ) について 曲 ( まが ) る、 昔 ( むかし ) は 辻斬 ( つじぎり ) ありたり。こゝに 幽靈坂 ( いうれいざか ) 、 猫又坂 ( ねこまたざか ) 、くらがり 坂 ( ざか ) など 謂 ( い ) ふあり、 好事 ( かうず ) の 士 ( し ) は 尋 ( たづ ) ぬべし。 田圃 ( たんぼ ) には 赤蜻蛉 ( あかとんぼ ) 、 案山子 ( かゝし ) 、 鳴子 ( なるこ ) などいづれも 風情 ( ふぜい ) なり。 天 ( てん ) 麗 ( うらゝ ) かにして 其 ( その ) 幽靈坂 ( いうれいざか ) の 樹立 ( こだち ) の 中 ( なか ) に 鳥 ( とり ) の 聲 ( こゑ ) す。 句 ( く ) になるね、と 知 ( し ) つた 振 ( ふり ) をして 聲 ( こゑ ) を 懸 ( か ) くれば、 何 ( なに ) か 心得 ( こゝろえ ) たる 樣子 ( やうす ) にて 同行 ( どうかう ) の 北八 ( きたはち ) は 腕組 ( うでぐみ ) をして 少時 ( しばらく ) 默 ( だま ) る。
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47Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Yamanote shokei  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description: 「お 美津 ( みつ ) 、おい、 一寸 ( ちよつと ) 、あれ 見 ( み ) い。」と 肩 ( かた ) を 擦合 ( すりあ ) はせて 居 ( ゐ ) る 細君 ( さいくん ) を 呼 ( よ ) んだ。 旦那 ( だんな ) 、 其 ( そ ) の 夜 ( よ ) の 出 ( で ) と 謂 ( い ) ふは、 黄 ( き ) な 縞 ( しま ) の 銘仙 ( めいせん ) の 袷 ( あはせ ) に 白縮緬 ( しろちりめん ) の 帶 ( おび ) 、 下 ( した ) にフランネルの 襯衣 ( シヤツ ) 、これを 長襦袢 ( ながじゆばん ) 位 ( くらゐ ) に 心得 ( こゝろえ ) て 居 ( ゐ ) る 人 ( ひと ) だから、けば/\しく 一着 ( いつちやく ) して、 羽織 ( はおり ) は 着 ( き ) ず、 洋杖 ( ステツキ ) をついて、 紺足袋 ( こんたび ) 、 山高帽 ( やまたかばう ) を 頂 ( いたゞ ) いて 居 ( ゐ ) る、 脊 ( せ ) の 高 ( たか ) い 人物 ( じんぶつ ) 。
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48Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Yosoki  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  加賀の国 黒壁 ( くろかべ ) は、金沢市の郊外一 里程 ( りてい ) の処にあり、魔境を 以 ( もっ ) て 国中 ( こくちゅう ) に鳴る。 蓋 ( けだ ) し 野田山 ( のだやま ) の奥、深林幽暗の地たるに因れり。
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49Author:  Izumi, KyokaAdd
 Title:  Zushi dayori  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   夜 ( よる ) は、はや 秋 ( あき ) の 螢 ( ほたる ) なるべし、 風 ( かぜ ) に 稻葉 ( いなば ) のそよぐ 中 ( なか ) を、 影 ( かげ ) 淡 ( あは ) くはら/\とこぼるゝ 状 ( さま ) あはれなり。
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50Author:  Kunikida, DoppoAdd
 Title:  Ano jibun  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  さて、明治の 御代 ( みよ ) もいや栄えて、あの時分はおもしろかったなどと、学校時代の事を語り合う事のできる紳士がたくさんできました。
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51Author:  Kunikida, DoppoAdd
 Title:  E no kanashimi  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:   畫 ( ゑ ) を 好 ( す ) かぬ 小供 ( こども ) は 先 ( ま ) づ 少 ( すく ) ないとして 其中 ( そのうち ) にも 自分 ( じぶん ) は 小供 ( こども ) の 時 ( とき ) 、 何 ( なに ) よりも 畫 ( ゑ ) が 好 ( す ) きであつた。(と 岡本某 ( をかもとぼう ) が 語 ( かた ) りだした)。
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52Author:  Kunikida, DoppoAdd
 Title:  Gogai  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  ぼろ洋服を着た男爵 加藤 ( かとう ) が、今夜もホールに現われている。彼は多少キじるし[1]だとの評がホールの仲間にあるけれども、おそらくホールの御連中にキ[2]的傾向を持っていないかたはあるまいと思われる。かく言う自分もさよう、同類と信じているのである。
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53Author:  Kunikida, DoppoAdd
 Title:  Kyushi  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  九段坂の 最寄 ( もより ) にけち なめし屋がある。春の末の夕暮れに 一人 ( ひとり ) の男が大儀そうに敷居をまたげた。すでに三人の客がある。まだランプをつけないので薄暗い土間に居並ぶ人影もおぼろである。
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54Author:  Kurata, HyakuzoAdd
 Title:  Ai to ninshiki no shuppatsu  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description: この書を後れて来たる青年に贈る[#この行は頁中央に配置]
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55Author:  Masaoka, ShikiAdd
 Title:  Byosho saji  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  我ながらなが/\しき病に飽きはてゝ、つれ/″\のやるかたなさに書読み物書くを人は我を善く勉めたりといふ。日頃書などすさめぬ人も長き病の牀には好みて小説伝記を読み、あるはてにはの合はぬ歌発句をひねくりなどするものなり。況して一たび行きかゝりし斯道、これに離れよといはんは死ねといはんの直接なるに如かず。
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56Author:  Masaoka, ShikiAdd
 Title:  Dokushoben  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  大凡一個の人間の慾には一定の分量ある者と思はる。例へば甲なる者の慾心は百斤あるものならば、常に此分量を限りとして百斤より増すこともなく又減ずることなし。併し慾には種類ありて食慾色慾等五官の慾を初めとして無形の名誉に至るまで千差万別あることなるが、其各種の慾心には消長盛衰あれども其総体の分量は固より百斤ならば百斤の外に出づることなし。各人の分量を比較して相同じきや、又多くは相異なる者なるや、未だ断定し難しといへども、余の臆測によれば通例の人間は略々相同じき者と思惟する故に、今甲乙二人の慾の分量を各百斤として之を分析せんに
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57Author:  Masaoka, ShikiAdd
 Title:  Inu  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  長い/\話をつゞめていふと、昔天竺に閼迦衛奴国といふ国があつて、そこの王を和奴々々王といふた、此王も此国の民も非常に犬を愛する風があつたが、其国に一人の男があつて王の愛犬を殺すといふ騒ぎが起つた。其罪でもつて此者は死刑に処せられたばかりで無く、次の世には粟散辺土の日本といふ嶋の信州といふ寒い国の犬と生れ変つた。ところが信州は山国で肴などいふ者は無いので、此犬は姨捨山へ往て、山に捨てられたのを喰ふて生きて居るといふやうな浅ましい境涯であつた。然るに八十八人目の姨を喰ふてしまふた時、ふと夕方の一番星の光を見て悟る所があつて、犬の分際で人間を喰ふといふのは罪の深い事だと気が付いた。そこで直様善光寺へ駈けつけて、段段今迄の罪を懺悔した上で、どうか人間に生れたいと願ふた。七日七夜、縁の下でお通夜して、今日満願といふ其夜に、小い阿弥陀様が犬の枕上に立たれて、一念発起の功徳に汝が願ひ叶へ得さすべし、信心怠りなく勤めよ、如是畜生発菩提心、善哉善哉と仰せられると見て夢はさめた。犬は此お告に力を得て、さらば諸国の霊場を巡礼して、人間に生れたいといふ未来の大願を成就したい、と思ふて、処々経めぐりながら終に四国へ渡つた。こゝには八十八箇所の霊場のある処で、一箇所参れば一人喰ひ殺した罪が亡びる、二箇所参れば二人喰ひ殺した罪が亡びるやうにと、南無大師遍照金剛と吠えながら駈け廻つた。八十七箇所は落ち無く巡つて今一箇所といふ真際になつて気のゆるんだ者か、其お寺の門前ではたと倒れた。それを如何にも残念と思ふた様子で喘ぎ/\頭を挙げて見ると、目の前に鼻の欠けた地蔵様が立つてござるので、其地蔵様に向いて、未来は必ず人間界に行かれるやう六道の辻へ目じるしの札を立てゝ下さいませ、此願ひが叶ひましたら、人間になつて後、屹度赤い唐縮緬の涎掛を上げます、といふお願をかけた。すると地蔵様が、汝の願ひ聞き届ける、大願成就、とおつしやつた。大願成就、と聞いて、犬は嬉しくてたまらんので、三度うなつてくる/\とまはつて死んでしまふた。やがて何処よりともなく八十八羽の鴉が集まつて来て犬の腹ともいはず顔ともいはず喰ひに喰ふ事は実にすさまじい有様であつたので、通りかゝりの旅僧がそれを気の毒に思ふて犬の屍を埋めてやつた。それを見て地蔵様がいはれるには、八十八羽の鴉は八十八人の姨の怨霊である、それが復讐に来たのであるから勝手に喰はせて置けば過去の罪が消えて未来の障りが無くなるのであつた、それを埋めてやつたのは慈悲なやうであつて却て慈悲で無いのであるけれども、これも定業の尽きぬ故なら仕方が無い、これぢや次の世に人間に生れても、病気と貧乏とで一生困められるばかりで、到底ろくたまな人間になる事は出来まい、とおつしやつた……。といふやうな、こんな犬があつて、それが生れ変つて僕になつたのではあるまいか、其証拠には、足が全く立たんので、僅に犬のやうに這ひ廻つて居るのである。
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58Author:  Miyamoto, YurikoAdd
 Title:  "Aienkyo" ni okeru eigateki hyogen no mondai  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description: 「愛怨峡」では、物語の筋のありふれた運びかたについては云わず、そのありきたりの筋を、溝口健二がどんな風に肉づけし、描いて行ったかを観るべきなのだろう。
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59Author:  Miyamoto, YurikoAdd
 Title:  "Ai to shi"  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description: 「愛と死」が、読むものの心にあたたかく自然に触れてゆくところをもった作品であることはよくわかる。武者小路実篤氏の独特な文体は、『白樺』へ作品がのりはじめた頃から既に三十年来読者にとって 馴染 ( なじみ ) ふかいものであり、しかもこの頃は、一方で益々単純化されて来ているとともに練れて光沢を帯びたようなところが出来ている。そのような文章で描き出されている「愛と死」の夏子の愛くるしさは躍如としているし、その愛らしい妹への野々村の情愛、夏子を愛する村岡の率直な情熱、思い設けない夏子の病死と死の悲しみにたえて行こうとする村岡の心持など、いかにもこの作者らしい一貫性で語られている。
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60Author:  Miyamoto, YurikoAdd
 Title:  Akai kasha  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  そこは広い野原で、かなたに堤防が見えた。堤防のかなたに川があるのではなく、やはり野原で、 轍 ( わだち ) の跡が深く泥濘にくいこんだ田舎道が、堤防の橋の下をくぐったさきにつづいて見えた。工事のはじめから堤防は大きな空の下で弓なりに野をはい、多分愉快な自動車道にでもなるわけらしかった。革命の時、工事が中止された。それ以来いつになっても働く人間の姿は見えず、ある個所は橋をかけるように堤防と堤防とをきりはなしたまま、鉄橋はなかった。村に近いところでは、すでに堤防の砂がくずれた。未完成な堤防になれた子供たちがそこを駈けのぼったり駈け下りたりした。山羊が高いところで白い腹の毛を風に吹かせていることもある。
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