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1Author:  Yosano, AkikoRequires cookie*
 Title:  Isho  
 Published:  2003 
 Subjects:  Japanese Text Initiative 
 Description:  私にあなたがしてお置きになる遺言と云ふものも、私のします 其 ( そ ) れも、権威のあるものでないことは一緒だらうと思ひます。ですからこれは覚書です。子供の面倒を見て下さる 方 ( かた ) にと思ふのですが、今の 処 ( ところ ) 私の生きて居る限りではあなたを対象として書くより仕方がありません。私は前にも一度こんなものを書きました。もうあれから八年になります。 花樹 ( はなき ) と 瑞樹 ( みづき ) の二人が一緒に生れて来る前の私が、 身体 ( からだ ) の苦しさ、心細さの 日々 ( にち/\ ) に募るばかりの時で、あれを書かなければならなくなつたのだと覚えて居ます。十二月の二十五日の午後から書き初めたのでした。 今朝 ( けさ ) は 耶蘇降誕祭 ( クリスマス ) の 贈物 ( おくりもの ) で 光 ( ひかる ) と 茂 ( しげる ) の二人を喜ばせて、私等二人も楽しい顔をして居たと確か初めには書いたと思つて居ます。その時のも覚書以上の物ではありませんし、 唯 ( たヾ ) 今と同じやうにあなたの見て下さるのに骨の折れないやうにと雑記帳へ書くこともしたのでしたが、今よりは余程瞑想的な頭が土台になつて居ました。あなたの 次 ( つい ) で結婚をおしになる女性に就いていろ/\なことを書いてありました。数人の名を 挙 ( あげ ) て批判を下したり、私の希望を述べたりしたのでした。思へば思ふ程滑稽な瞑想者でした、私は。瞑想は下らないものとして、あなたに 僭上 ( せんじやう ) を云つたものとして、 併 ( しか ) しながらあの時にA子さんやH子さんのことをあなたの相手として考へたやうに、今も四人や五人はそんな人のあつた 方 ( はう ) が、この覚書を読んで下さる時のあなたを目に 描 ( か ) いて見る私にも幸福であるやうに思はれます。あの 方 ( かた ) よりさう云ふ人を今のあなたは持つておいでにならない、あの 方 ( かた ) は私が見たこともなし、 委細 ( くは ) しい御様子も聞いたことはありませんけれど、近年になりまして私が死んだ 跡 ( あと ) のあなたはどうしてもあの 方 ( かた ) の物にならなければならない、私の子を世話して下さる人はあの 方 ( かた ) よりないと云ふことがはつきりと、余りにはつきりと私に思はれて来ました。自分の死後の日を見廻す中にも、私は 傷 ( いた ) ましくてその絵の掛つた 方 ( はう ) は凝視することが出来ません。私は冷く静かな心になつて居ると思つて居ながら、あなたの苦痛のためにはこれ程の悲しみを感じるのかと 自 ( みづか ) ら呆れます。あの 方 ( かた ) はあなたの初恋の 方 ( かた ) で、 然 ( しか ) も何年か御一緒にお暮しになつた 方 ( かた ) で、あなたのためにその 後 ( のち ) の十七八年を 今日 ( けふ ) まで独居しておいでになる 方 ( かた ) であつても、悲しいことにはあなたよりもつとお年上なのでせう。去年あの 方 ( かた ) のお国から出ておいでになつた 岩城 ( いはき ) さんが、私等夫婦をもすこし 開 ( あ ) け広げな間柄であらうとお思ひになつて、あの 方 ( かた ) のことをいろ/\とお話しになつた時に、年は自分よりも確か二つ三つ上だと云つておいでになりました。 岩城 ( いはき ) さんはあなたよりまた二つ三つ上なのでせう、であつて見ればあの 方 ( かた ) の髪にはもう白い毛が出来て居るでせう、お目の下の皮膚から紫色になつた血が 透 ( す ) いて見えるでせう。 真実 ( ほんたう ) にあなたはお 可哀相 ( かあいさう ) です。お 可哀相 ( かあいさう ) です。あの 方 ( かた ) のことをあなたが私へお話しになつたことは 唯 ( たヾ ) 一度しかありません。結婚して 一月 ( ひとつき ) も経たない時分でした。つまりお 互 ( たがひ ) に自己の利益などは考へ合はなかつた時だつたのです。ですからあなたは虚心平気でいらつしつた。昔の恋人のためにしみじみとお話しなさいました。けれどその晩を私は一睡もようしないで 明 ( あか ) したことを覚えて居ます。
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