| 243 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Isho | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 私にあなたがしてお置きになる遺言と云ふものも、私のします
其
(
そ
)
れも、権威のあるものでないことは一緒だらうと思ひます。ですからこれは覚書です。子供の面倒を見て下さる
方
(
かた
)
にと思ふのですが、今の
処
(
ところ
)
私の生きて居る限りではあなたを対象として書くより仕方がありません。私は前にも一度こんなものを書きました。もうあれから八年になります。
花樹
(
はなき
)
と
瑞樹
(
みづき
)
の二人が一緒に生れて来る前の私が、
身体
(
からだ
)
の苦しさ、心細さの
日々
(
にち/\
)
に募るばかりの時で、あれを書かなければならなくなつたのだと覚えて居ます。十二月の二十五日の午後から書き初めたのでした。
今朝
(
けさ
)
は
耶蘇降誕祭
(
クリスマス
)
の
贈物
(
おくりもの
)
で
光
(
ひかる
)
と
茂
(
しげる
)
の二人を喜ばせて、私等二人も楽しい顔をして居たと確か初めには書いたと思つて居ます。その時のも覚書以上の物ではありませんし、
唯
(
たヾ
)
今と同じやうにあなたの見て下さるのに骨の折れないやうにと雑記帳へ書くこともしたのでしたが、今よりは余程瞑想的な頭が土台になつて居ました。あなたの
次
(
つい
)
で結婚をおしになる女性に就いていろ/\なことを書いてありました。数人の名を
挙
(
あげ
)
て批判を下したり、私の希望を述べたりしたのでした。思へば思ふ程滑稽な瞑想者でした、私は。瞑想は下らないものとして、あなたに
僭上
(
せんじやう
)
を云つたものとして、
併
(
しか
)
しながらあの時にA子さんやH子さんのことをあなたの相手として考へたやうに、今も四人や五人はそんな人のあつた
方
(
はう
)
が、この覚書を読んで下さる時のあなたを目に
描
(
か
)
いて見る私にも幸福であるやうに思はれます。あの
方
(
かた
)
よりさう云ふ人を今のあなたは持つておいでにならない、あの
方
(
かた
)
は私が見たこともなし、
委細
(
くは
)
しい御様子も聞いたことはありませんけれど、近年になりまして私が死んだ
跡
(
あと
)
のあなたはどうしてもあの
方
(
かた
)
の物にならなければならない、私の子を世話して下さる人はあの
方
(
かた
)
よりないと云ふことがはつきりと、余りにはつきりと私に思はれて来ました。自分の死後の日を見廻す中にも、私は
傷
(
いた
)
ましくてその絵の掛つた
方
(
はう
)
は凝視することが出来ません。私は冷く静かな心になつて居ると思つて居ながら、あなたの苦痛のためにはこれ程の悲しみを感じるのかと
自
(
みづか
)
ら呆れます。あの
方
(
かた
)
はあなたの初恋の
方
(
かた
)
で、
然
(
しか
)
も何年か御一緒にお暮しになつた
方
(
かた
)
で、あなたのためにその
後
(
のち
)
の十七八年を
今日
(
けふ
)
まで独居しておいでになる
方
(
かた
)
であつても、悲しいことにはあなたよりもつとお年上なのでせう。去年あの
方
(
かた
)
のお国から出ておいでになつた
岩城
(
いはき
)
さんが、私等夫婦をもすこし
開
(
あ
)
け広げな間柄であらうとお思ひになつて、あの
方
(
かた
)
のことをいろ/\とお話しになつた時に、年は自分よりも確か二つ三つ上だと云つておいでになりました。
岩城
(
いはき
)
さんはあなたよりまた二つ三つ上なのでせう、であつて見ればあの
方
(
かた
)
の髪にはもう白い毛が出来て居るでせう、お目の下の皮膚から紫色になつた血が
透
(
す
)
いて見えるでせう。
真実
(
ほんたう
)
にあなたはお
可哀相
(
かあいさう
)
です。お
可哀相
(
かあいさう
)
です。あの
方
(
かた
)
のことをあなたが私へお話しになつたことは
唯
(
たヾ
)
一度しかありません。結婚して
一月
(
ひとつき
)
も経たない時分でした。つまりお
互
(
たがひ
)
に自己の利益などは考へ合はなかつた時だつたのです。ですからあなたは虚心平気でいらつしつた。昔の恋人のためにしみじみとお話しなさいました。けれどその晩を私は一睡もようしないで
明
(
あか
)
したことを覚えて居ます。 | | Similar Items: | Find |
244 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Joshi no dokuritsu jiei | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 人の性情にも体質にも万人共通の点
即
(
すなわ
)
ち類性と、個人独得の点即ち個性とがあります。前代の社会心理の公準は類性のみを見て人の全部だと誤解した
嫌
(
きらい
)
がありました。似た所ばかりを集めて一つの型を空に作り、その型を標準として逆に一般の人間を律しようと致し、
殆
(
ほとん
)
ど人の個性というものを眼中に置いていませなんだ。例えば初めから男というものはこういうものだ、女というものはこういうものだと決めてしまい、その「こういうものだ」という概念を土台にして更に男とはこうすべきものだ、女とはこうすべきものだという規範を立てて一概に万人を律し、その規範に合わない人は人間でないように
軽蔑
(
けいべつ
)
する習慣を作るに到りました。昔から支那などは習慣を重んじ過ぎる国ですから、少し新しい人が出て自己の特性を発揮しようとすると、直ぐに不忠だとか大逆無道だとかいう悪名を著せて死罪に処したりなんか致します。人が尊いか、習慣が尊いか解らなくなっております。日本にも以前はそういう無茶苦茶な事が随分
盛
(
さかん
)
に行われていて、それがために天子様も久しく王政を復古遊ばす事が出来ず、
佐久間象山
(
さくましょうざん
)
、
吉田松蔭
(
よしだしょういん
)
のような偉人も因襲を脱して
新吾
(
しんご
)
を磨こうと致したために殺されました。でその時代に危険のない生活を送ろうとする人人は、理も非もいわずに
旧
(
ふる
)
い習慣と旧い概念とに盲従し、徳川将軍は千秋万歳日本の政権を握っているもの、武士は
何時
(
いつ
)
でも主人のために腹を切るもの、儒学は永久に聖堂の
朱子学
(
しゅしがく
)
を標準とすべきもの、宗教は仏教以外に信ずべからざる事、百姓町民は万世にわたって武人の下風に立ち、生かすとも殺すとも御役人の自由に任すべきもの、女は三界に家なく親と
良人
(
おっと
)
と我子とに屈従すべきもの、こういう考でいるより外はなかったのです。 | | Similar Items: | Find |
245 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Kaette kara | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 浜松とか静岡とか、
此方
(
こちら
)
へ来ては山北とか、国府津とか、停車する度に呼ばれるのを聞いても、疲労し切つた
身体
(
からだ
)
を持つた
鏡子
(
かねこ
)
の鈍い神経には格別の感じも与へなかつたのであつたが、
平沼
(
ひらぬま
)
と聞いた時にはほのかに心のときめくのを覚えた。それは丁度ポウトサイド、コロンボと過ぎて
新嘉坡
(
しんがぽうる
)
に船の着く前に、恋しい子供達の
音信
(
たより
)
が来て居るかも知れぬと云ふ
望
(
のぞみ
)
に心を引かれたのと一緒で自身のために
此処
(
こゝ
)
迄来て居る身内のあるのを予期して居たからである。
鏡子
(
かねこ
)
の
伴
(
つれ
)
は文榮堂書肆の主人の
畑尾
(
はたを
)
と、鏡子の
良人
(
をつと
)
の
靜
(
しづか
)
の甥で、鏡子よりは五つ六つ年下の荒木
英也
(
ひでや
)
と云ふ文学士とである。畑尾は何かを聞いた英也に、 | | Similar Items: | Find |
246 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Kaikyutoso no kanata e | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 人類が連帯責任の中に協力して文化主義の生活を建設し、その生活の福祉に
均霑
(
きんてん
)
することが、人生の最高唯一の理想であると私は信じています。文化生活が或程度の成熟期に入れば、そこには個人の能力に適する正当な社会的分業の生活があるばかりで、只今のように、同じ人類の内に甲と乙とで利害を異にし、甲の幸福のためには乙の幸福を犠牲とせねばならず、従って甲と乙とはその境遇に由って人格価値に優劣を分ち、生活の機会と享楽とに差等を生じる、いわゆる階級思想の如きものは、全く一掃されてしまうでしょう。 | | Similar Items: | Find |
247 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Fujin kaizo no kisoteki kosatsu | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 改造ということは最も古くして併せて最も新らしい意味を持っています。人生は歴史以前の悠遠な時代に一たび文化生活の端を開いてこのかた、全く改造に改造を重ねて進転する過程です。男子は巧みにこの過程に乗って、その個性を開展し、幾千年の間に男子本位に傾いた文化生活を築き上げました。とかくこの過程に停滞し落伍する者は女子でした。人生の幼稚な過程に動物的本能がまだ余分に勢力を
振
(
ふる
)
っていた時代――腕力とそれの延長である武力と、それの変形である権力とが勢力を持っていた時代――では、すべての女性が男性に圧制されて、従属的地位に立たねばならなかったことは、やむをえなかった歴史的事実だともいわれるでしょう。しかしこれがために女子はその人格の発展を非常に鈍らせ、かつ一方に偏せしめてしまいました。それは蜂の女王が生殖機関たることに偏した結果、それ以外には
畸形
(
きけい
)
的無能力者となったのに
喩
(
たと
)
えても好いような状態に堕落してしまいました。『時事新報』の一記者が近頃その「財界夜話」の中で引用されたリバアブウル大学副総長の言葉の如く「国家が人民の半分だけを(即ち男子だけを)社会的、経済的、並びに公共的の業務に就かせている限り、強かるべきはずの者(即ち女子)も弱く、富むべきはずの者(即ち女子)も貧しいのだ」という状態になったことは、女子ばかりの不幸でなく、引いて人類全体の不幸であったのです。 | | Similar Items: | Find |
254 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | "Onna rashisa" to wa nani ka | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 日本人は早く仏教に由って「無常迅速の世の中」と教えられ、儒教に由って「日に新たにしてまた日に新たなり」ということを学びながら、それを小乗的悲観の意味にばかり解釈して来たために、「万法流転」が人生の「常住の相」であるという大乗的楽観に立つことが出来ず、現代に入って、舶載の学問芸術のお蔭で「流動進化」の思想と触れるに到っても、
動
(
やや
)
もすれば、新しい現代の生活を
呪詛
(
じゅそ
)
して、
黴
(
かび
)
の生えた因習思想を維持しようとする人たちを見受けます。たとえていうなら、その人たちは後ろばかりを見ている人たちで、現実を正視することに
怠惰
(
たいだ
)
であると共に、未来を透察することにも臆病であるのです。そういう人たちは保守主義者の中にもあれば、
似非
(
えせ
)
進歩主義者の中にもあるかと思います。 | | Similar Items: | Find |
255 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Rikon ni tsuite | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 陸軍軍医
正
(
せい
)
の藤井氏と東京音楽学校助教授の
環
(
たまき
)
女史との離婚が、新聞紙の上で趣味の相違から生じた離婚だとか、陸軍と芸術との衝突だとか
大袈裟
(
おおげさ
)
に報道せられ、これについて諸先生方の御批評なども見えております。陸軍と芸術とがもし衝突致すものなら、
只今
(
ただいま
)
の我国の有様ではとても筆や楽器は鉄砲に
叶
(
かな
)
いませんから、素直に鉄砲に屈従して離婚
沙汰
(
ざた
)
などには立至らずに納まりそうなものでしたが、どういうものでしょうか。 | | Similar Items: | Find |
257 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Senkyo ni taisuru fujin no kibo | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 私は少しばかり政治について所感を述べようと思います。私たち婦人は憲法の上でこそ男子と同等の権利を持った個人ですが、専ら男子に由って作られた法律の上では憲法と矛盾して、不合理にも、単に女性であるからという理由だけで私たちの生存に必要ないろいろの権利を制限されております。以前のように依頼主義と屈従主義とに甘んじていた婦人と
異
(
ちが
)
い、個人としての自己の欲望の尊厳と、自己の能力の無限とを信ずる今日の婦人にあっては、次第に男女間の権利の
偏頗
(
へんぱ
)
が苦痛の種となります。 | | Similar Items: | Find |
258 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Shin fujin kyokai no seigan undo | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 去年の十一月に大阪朝日新聞社が主催となって関西婦人連合大会を大阪に開いたことは、多数の保守的な婦人団体を現代的に覚醒させるために、確かに一つの好い刺激になったと思います。我国の婦人とても、天賦的に
引込思案
(
ひっこみじあん
)
な者ではなく、男子専権の社会に圧迫されて、自主的に行動する意気を
麻痺
(
まひ
)
し、もしくはわざと遠慮気兼をして、万事に控目な依頼主義を取っているに過ぎないのですから、社会の有力な代表者である新聞社などがそういう風に保障と激励とを寄せられるならば、それに引出されて我国の婦人も必ず大に動き初めるに違いありません。現に大阪朝日新聞社に由って連合大会が催されて以来、関西の各地において婦人の新運動が続々と起りつつあるのを見受けます。名古屋市の教養婦人会が婦人の文化講座を開いたことなどもその一例です。 | | Similar Items: | Find |
259 | Author: | Yosano, Akiko | Requires cookie* | | Title: | Fujin to shiso | | | Published: | 2003 | | | Subjects: | Japanese Text Initiative | | | Description: | 行うということ働くということは器械的である。従属的である。それ自身に価値を
有
(
も
)
っていない事である。神経の下等中枢で用の足る事である。わたしは人において最も貴いものは想うこと考えることであると信じている。想うことは最も自由であり、また最も楽しい事である。また最も
賢
(
かしこ
)
く優れた事である。想うという能力に
由
(
よ
)
って人は理解もし、設計もし、創造もし、批判もし、反省もし、統一もする。想うて行えばこそ初めて行うこと働くことに意義や価値が生ずるのである。人が動物や器械と異る点はこの想うことの能力を
有
(
も
)
っているからである。また文明人と野蛮人との区別もこの能力の発達不発達に比例すると思う。 | | Similar Items: | Find |
|